第97話 メッセージ
捜査本部に顔を出す前に、校舎の跡地に手を合わせていこうと思い、献花台が見える所へと移動すると、上空からヘリコプターの音が聞えてきました。
『ケ、ケント様、あれは何ですか? こちらの世界には魔物の類いは居ないはずでは?』
『うん、あれはヘリコプターって言って、人が乗って空を飛ぶ道具だよ』
『人が、空を飛ぶのですか?』
ラインハルトが呆然と見上げる先で、ヘリコプターはホバーリングして地上を撮影しているようです。
フェンスの向こう側に目を移せば、そちらにもカメラを構えたテレビ局のクルーが居るのが見えました。
『ケント様、あ奴らは何者です?』
『うん、マスコミって言って、事件とか事故とかを知らせる仕事をしてる人達だよ』
『ほほう、先日は居なかったようですが……』
『うん、たぶん、僕がこっちに戻って来た情報が、どこかから洩れたんだろうね』
警察署の前へと移動してみると、こちらには更に多くのマスコミ関係者が押し掛けていました。
警察署の前でレポートをしているアナウンサーさんの話に耳を傾けてみましょうか。
「まだ正式な発表はされていませんが、複数の関係者から行方不明となっている中学生と連絡が取れたとの情報が入っており、間も無く捜査本部からも発表があると思われます……」
みんなの家族の元へ手紙が届けられたでしょうし、そうなればマスコミに話が流れるのも当たり前ですよね。
でも、良く考えてみると、拉致事件とか誘拐事件とかの場合、解放されたり救出された人が記者会見とかやってますよね。
もしかして、僕もやらないと駄目なんですかねぇ……帰っちゃ駄目ですかね。
捜査本部を覗いてみると、こちらも昨日とは違い大勢の捜査関係者が動き回っています。
昨日事情聴取に来ていた、他の省庁の担当者さんの姿もありますね。
何か、今出て行くと、また確保――って、されそうな雰囲気です。
とりあえず、顔を出せと言われているので、顔が出せる程度の大きさに闇の盾を出して声を掛けてみます。
「こんにちは、須藤さん、何か大騒ぎになってますね」
「うおぉ……国分君か。それは、止めてくれたまえ」
「えっ……拙かったですか?」
闇の盾から顔だけ出して声を掛けたら、あれほど賑やかだった捜査本部が静まり返って、みんなの視線が僕に集まっています。
「それでは、まるで生首が宙に浮いているようだ。一度鏡の前でやってみたまえ、どれだけ気持ちが悪いか分かるぞ」
「うっ……そうですよね、失礼しました」
闇の盾を広げて、捜査本部へと足を踏み入れました。
「本当に空中から出て来たぞ」
「あれって、瞬間移動みたいなもんなのか?」
「何かのトリックじゃねぇだろうな……」
「トリックって、どうやったら何も無い場所から人間が出て来るんだよ」
初めて見た捜査関係者は、疑うような視線を送ってきます。
まぁ、初めて影移動を見たら、こうなりますよね。
「須藤さん、マスコミが押し掛けて来てるみたいですけど、僕も記者会見とかに出なきゃいけませんかね?」
「その件だが、今の所は考えていないし、暫くの間は君がこちらの世界に戻って来ている事は明かさないつもりだ」
捜査本部や日本政府の方針としては、異世界への召喚という突拍子も無い出来事が原因となっているので、捜査や開放交渉に支障をきたすという理由で真相を一時的に秘匿する事にしたそうです。
現時点で、異世界への召喚を証明するには、僕が魔術を使って見せるしかなく、そうなれば僕がマスコミの見世物となってしまうのは間違いありません。
「全てがマスコミの責任とは言えないだろうが、君や君の家族がこれ以上マスコミの晒し者となり、その結果として他の方達の帰還に悪影響が出るような事は避けたい。なので、必要な物があれば我々が用意するので、国分君は暫くの間は表に出ないでもらいたい。警察署の中であれば、基本的にマスコミは立ち入り出来ないからな」
「分かりました、ご配慮に感謝いたします」
この後、別室に移動して、他の省庁の皆さんも交えて、今後の方針についての打ち合わせを行いました。
僕に依頼された事は、むこうの世界の状況をビデオカメラで撮影してくる事です。
召喚された校舎の残骸や、異世界の風景などを撮影して、確かに地球上には存在しない場所だという証明を行いたいそうです。
「僕らを召喚した国、リーゼンブルグ王国の王都アルダロスには高い塔があるのですが、そこからの風景とかはどうですか?」
「どの程度の眺望が見られるのかな?」
「他に高い建物などは無いので、三百六十度見渡せます。都市全体の大きさは、大体山手線の内側程度かと」
「良いね、そこは是非お願いしたい。それほどの規模の街ならば、地球上で映像として残っていない街は考えられないから、異世界である良い証明になるだろう」
その他にも、ヴォルザードの城壁の様子や、城壁上から眺めた街並み、そして何よりも召喚によって戻れない状態のみんなの姿を撮影して来る事になりました。
「撮影に関しては、全部国分君が担当しなくても構わないよ。ただ、失敗した部分も削除せずに撮影を続けてもらえるかな。その方が編集を疑われなくて済むからね」
「分かりました、あの……自分のスマホとかを持っている人もいるので、ソーラー発電で充電出来る機材と、メモリーカードを用意してもらえれば、家族へのビデオメールとかも作れるのですが……」
「なるほど……今の子達は、スマホが当たり前か……私達の頃は、携帯なんて存在していなかったけどね」
撮影に関する打ち合わせは、機材を準備してきた外務省の寺本さんが主導する形で進められましたが、時折、公安の戸崎さんや捜査本部の須藤さんから細かい注文が入りました。
「召喚された校舎の残骸だが、外部だけでなく内部の様子も写して来てもらえるかな」
「それと、周囲に召喚の痕跡があるならば、それも撮影してきてくれ」
「分かりました、召喚に関する資料は近々手に入れられる予定ですが、あちら側の言語で書かれているはずなので、一度、日本語に翻訳してからお渡しするような形で良いでしょうか?」
「あぁ、それで構わないが、国分君、そんなに仕事抱えて大丈夫かい?」
「いえ、翻訳とかの作業は先生にお願いしようかと思っていますし、校舎の残骸がある場所や王都には僕しか行けませんが、他の場所の撮影は誰かに頼むつもりです」
僕の話に全員が頷いた後、手を上げて話し始めたのは内閣官房室の梶川さんでした
「今回撮影してもらう映像は、総理にも御覧いただく予定だし、その結果次第では国分君に一度官邸まで足を運んでもらう事になるかもしれないが、それは大丈夫かな?」
「はい、マスコミに付け回されるような事にならないで済むならば……」
「その点は十分に配慮するよ」
「ありがとうございます」
この後、賠償金に関しては、リーゼンブルグ王家から勝手に持ち出して、カミラに追認させる形を考えていると話すと、皆さん驚いた表情をしていましたが、大きな異論は出ませんでした。
日本政府としても、手掛かりが殆ど無く、一向に解決の糸口すら掴めていなかった状況に、世間からの批判が高まっていて、早期に解決が出来るならば……という条件付の容認という感じのようです。
「そのカミラ・リーゼンブルグという王女の見た目はどうなのかな?」
「僕個人の意見ですけど、かなりの美人ですしスタイルも良くて、王族としてのオーラも感じさせますね」
「そうか、そうであれば、いずれ謝罪のメッセージみたいなものを撮影してもらう事になるだろうね」
「でも、カミラは日本語を話せませんよ」
「あぁ、それは大丈夫だよ。君の同級生達が戻って来た時に見たら拙いから、台詞はちゃんとした謝罪にしてもらうけど、それよりも、表情とか口調の方が重要だからね」
寺本さん曰く、カミラの動画は謝罪の意志を伝えて、遺族を完全には無理でも納得させるための物だそうです。
「遺族の方は、それで納得するかもしれませんが、召喚された同級生達が何て言うか……」
「そう言えば、相当酷い扱いを受けていたみたいだね」
「はい、奴隷として扱うための腕輪まで騙されて嵌められていましたし、一部の魔力の高い者を除いて、生活環境も酷い状態でした」
「だとすると、召喚された人達が戻って来て、その動画を見た時にでも納得する謝罪の台詞を考えないと駄目だね」
「そうですね。それはカミラ本人に考えさせてみます。それを向こうに居る連中に見せて、納得させてから撮影って感じでどうでしょう?」
「そうだね、そんな感じにしよう。まぁ、まだ日本政府からの正式な抗議もなされていないのだから、その撮影についてはもう少し先の話になるだろうね」
とにかく、今はリーゼンブルグやヴォルザードの現状を政府関係者に確認してもらうのが先決という事で、ビデオカメラなどの機材を手渡されました。
「須藤さん、向こうでは電池の充電は出来ないので、こちらのどこかに充電器を置かせてもらえませんか? 僕が充電しに来ますので」
「そうだな。捜査本部の隅に充電器を置ける場所を設けよう。そこで現地に居る者のスマートフォンも順番に充電出来るようにしようか?」
「そうして貰えると助かりますが、何だか充電のための使い走りにさせられそうですね」
「そうならないように、ソーラーパネルの手配もしておこう」
「よろしくお願いします。じゃあ、撮影が終わったメモリーを順次お渡しするようにしますね」
「よろしく頼むよ」
ビデオカメラなどを入れたケースを受け取り、ヴォルザードへと戻ります。
今から戻れば、夕食の時間に間に合うでしょうから、食堂でみんなの食事風景を撮影するのも良いかもしれません。
でも、その前に、ちょっと召喚された場所を確認しに戻ってみる事にしました。
久々に来てみましたが、荒れ地にポツンと鉄筋コンクリートの建物が建っているのは異質な感じがします。
日が傾いてきていますが、少し撮影してみます。
『ケント様、そのビデオというのは何をする道具ですかな』
『これは見ている風景を映像として記録する為の道具だよ』
『おぉぉ……景色が板の中に封じられてますぞ』
『封じている訳じゃなくて、自動的に超精密な絵を連続して記録する……みたいな感じかな』
『ぬぅぅ……ケント様の住んでいる世界は、確かにリーゼンブルグよりも文明が進歩しているようですな』
撮影し始めて、すぐに気付いたのですが、校舎の周囲は大きな石とかが取り除かれて整地された形跡があるのですが、それをグシャグシャに荒らしてあります。
『ラインハルト、地面を荒らしてあるのって……』
『恐らく、召喚用の魔法陣の形跡を消したのでしょう。御覧下さい、黒い砕けた石のようなものが混ざっております。これは陣を形作った魔石が、発動後にマナを失ったものです』
『なるほど……ちょっと離れて見てみようか……』
校舎の残骸から離れてみると、巨大な円形が描かれていたらしい形跡が見えます。
『これだけ巨大な陣を築くとなると、膨大な量の魔石が必要となりますな』
『魔法陣は、魔石を使って描くの?』
『さよう、こうした場所で発動させる魔法陣は、砕いた魔石の粉で地面に描き、それを土属性の魔法で固めてから魔力を注いで発動させます』
『なるほど、それじゃあ大量の魔石を用意する為の資金が必要になるって事だね』
同級生達を帰還させるための一つの方法として、僕が日本で召喚術式を発動させるというアイデアがあります。
まだ実現出来るか分かりませんが、カミラから聞き出す情報に従って、必要な魔石を準備する事も考えておかないといけないでしょう。
『ケント様、魔石でしたら我らが準備いたします。いつでもお申し付け下され』
『うん、何時になるのか分からないけど、その時に協力してもらうね』
校舎の中は、召喚された日のままで放置されていました。
倒れた机から教科書やノートが床に散らばっています。
教科書を拾い集めて持って帰ったら、先生からは誉められるかもしれないけど、同級生達からは、もの凄いブーイングを受けるでしょうね。
日が傾いて辺りが赤く染まり始めたので、今度は王城の塔へと移動して、夕日に照らされるアルダロスの街並みを撮影します。
塔の屋根に上って、ぐるっとカメラを振って三百六十度のパノラマを録画しました。
何となく、世界遺産を巡る旅番組の撮影みたいです。
この光景は、委員長にも見せてあげたいな。
再生用のタブレットとモバイルバッテリーも用意してもらいましょう。
『なるほど、こうして見た光景を持ち運んで、他の場所に居る者にも見せる事が出来る訳ですな。いやはや、とんでもない技術ですな』
『うん、正直に言って、この機械の構造を全部説明する事は、僕にも出来ないよ。凄く専門的な知識を持つ人達が、何人も集まって出来上がってきた技術だからね』
『以前、ケント様は御自分の国を平和ボケしている国と仰っておられましたが、こうした技術は平和だからこそ発展するものなのでしょうな』
『そうだね。戦争していたら、製品の研究とか生産は出来ないものね。そう考えると、日本はやっぱり良い国なんだね』
沈んでいく夕日を眺めていると、冷たい風が吹きつけてきました。
『西風ですな……』
『えっ、あっ本当だ、もう季節風が変わっちゃったの?』
『ケント様、風は、ある日突然東向きから西向きに変わる訳ではありませんぞ。今までは東風が吹く日が多く、これからは西から吹く日が増えていくのです』
『そうだよね、ずっと同じ方向から風が吹く訳じゃないよね』
『いかにも、ですが、この風の強さは季節の変わり目を感じさせますな』
『じゃあ、次に極大発生が起こったとしたら……』
『魔物共の向かう先はラストックでしょうな』
王都での撮影を終えて、守備隊の食堂へ移動すると、同級生達が夕食を食べに集まって来ていました。
まだバッテリーにも、メモリーにも少し余裕がありましたが、撮影内容が混同すると困るので、メモリーもバッテリーも入れ替えておきます。
闇の盾を出して、撮影を始めながら表に出ました。
「はいはい、みんな注目! スマイル、スマイル、最高の笑顔をお願いしまーす!」
ビデオカメラを目にした途端、みんな大騒ぎになりました。
「おぉぉ、マジ、それ撮ってんの?」
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、ポチ、たま、みんな元気ぃ!」
「いえぇぇぇぃ! 俺、元気でーす!」
「痛てて……押すな、押すな!」
「こっち! 国分、こっちも写せ!」
「ママ、パパ、元気にしてるぅ?」
写っていない人が出ないように、ゆっくりとカメラをパンさせて、一人一人の表情を捉えていきます。
「後で、一人一人、順番に写ってもらうからね。予備のバッテリーとかメモリーも持って来たから、出席番号順で撮っていくから、一人一分ぐらいのメッセージ準備してね」
「一分とか短くねぇ?」
「これから何度でも撮影出来るし、今回は一人一人の姿を確認する為だからね。じゃあ一旦止めるよ」
「おーい、俺写ってなくねぇ? こっち、こっちも写せ!」
「八木のところはモザイク掛けとかないと……」
「おいっ!」
送還術式が無いと分かって以来、どこか殺伐とした空気が漂っていましたが、久々に全員の顔に笑顔が戻りました。
ビデオを一旦止めて、食堂の明るい場所を借りて、三脚などを用意して撮影の準備を進めます。
その間に、みんなは夕食を急いで済ませ、一分間のメッセージ作りを始めました。
「小田先生、撮影をお願いしても良いですかね?」
「いや……私は、その、機械ものが苦手でなぁ……」
「じゃあ、僕がやりましょうか?」
嬉々として撮影役に名乗りを上げたのは、古館先生でした。
カメラとかビデオでの撮影が趣味なんだそうで、それならば任せても大丈夫でしょう。
「メモリーカードは余分に準備してあるので、失敗しても削除せずに撮影して欲しいとの事でした」
「なるほど、加工とか編集を疑われないためだね。了解、了解!」
壁を背にした椅子に座り、バストショットで一人ずつメッセージを撮影していきます。
伝えたい事があり過ぎて時間をオーバーしてしまう人、伝えたい気持ちが空回りして、考えていたメッセージが言葉にならない人、途中で泣き出す人、弾けすぎてフレームアウトする人。
ハイテンションで進んでいた撮影でしたが、誰かが漏らした一言で、食堂の空気が一変しました。
「ねぇ、もし帰れなかったら、これが最後のメッセージになったりするのかな……」
「やめてよ! 縁起でもないこと言わないでよね」
「でも、国分が急に魔法を使えなくなったら……」
「ふざけんな、縁起悪いフラグ立ててんじゃねぇよ、馬鹿かよ」
日本に居る家族を意識した事で、不安な気持ちが湧き上がってきてるんでしょうね。
帰りたいと強く思っている人ほど、不安な気持ちも強いのでしょう。
「はいはい、そこまでね。スマホを充電出来るようにソーラーの発電機とか、予備のメモリーカードとかも準備してもらっているから、もっと長いメッセージを自分で撮影出来るようになるよ」
「マジかよ、国分のくせに手際が良いじゃねぇかよ」
「あぁ、八木の映像は、法律に抵触するから日本に持ち込めないみたいだよ」
「おいっ! 俺は猥褻物か!」
八木が抗議の声を上げても、周りのみんなはウンウンと頷いてますよ。
「ちょ、酷くない? 俺は断固待遇の改善を要求しちゃうよ」
「てか、ちゃんとメッセージ考えてあるの?」
「ふはははは、俺様は存在する事自体がメッセージなんだよ、分かるか? 国分」
「はいはい、このビデオ、たぶん総理大臣も見る事になると思うから、頑張って存在でメッセージを伝えてね」
「ちょ、総理って……冗談だろう?」
「カメラは外務省の人が準備してくれたけど、内閣府からも担当の人が来てたし、映像はコピーして持ち帰ると思うよ」
「馬鹿、そういう事はもっと早く言えよ!」
「そうよ、あたしなんか噛み噛みだったんだからね」
「ふざけんな、俺なんかギャグやって盛大に滑っちまったんだぞ、どうすんだよ」
「大丈夫、大丈夫、生きて元気にしてるって事は分かるから大丈夫だよ」
「お前なぁ、そんな訳にいくか、アホ!」
「撮り直し、もう一回撮り直して!」
「うるさいよ、俺の順番なんだから静かにしてくれよ!」
こうしたアクシデントがありながら、やがて委員長に順番が回ってきました。
さすがの委員長も緊張した面持ちで、二度三度と深呼吸をした後で、撮影に臨みました。
「パパ、ママ、美緒、元気ですか? 私は元気にしています。こちらの世界に召喚された時に、私は光属性の魔法を授かりました。この魔法を使って、今は病気や怪我の治療を行っています。こちらの世界は、日本ほど医療技術が進んでいなくて、日本では簡単に治る病気でも命を落す人が居るそうです。私は、そういう人達を一人でも救えるようになりたいと思っています。一度は日本に戻りますが、将来的にはこちらの世界で、医療に携わりたいと思っています。それと……日本に戻った時に紹介しますが、好きな人ができました。みんなのために頑張ってくれる、とっても素敵な人です。私は、その人と一緒に、ヴォルザードで暮らしていきたいと思ってます」
少し頬を染めながら喋り終えた委員長は、見守っていた僕へと視線を向けると、にっこりと微笑みました。
うん、後でハグします、ギューって、ギューってハグしちゃいます。
でも、その前に、僕もメッセージを撮影してもらわないといけません。
順番が近付いてくると、心臓がどんどん高鳴って、何とも言えない緊張感が圧し掛かって来ました。
「次、国分……」
「はい、お願いします」
僕が撮影用の椅子に腰を下ろすと、食堂にいるみんなの視線が集まって来ました。
小田先生と加藤先生には、母さんの事を話してありますが、同級生のみんなには、委員長にすら話をしていません。
色々と聞かれたくもないので、自殺の話はしないようにします。
古館先生が、手を開いて一本ずつ指を折り、カウントダウンを始めました。
「父さん、健人です。えーっと……母さんの話は聞きました。聞いたけど、正直、全然実感が湧きません。なので、その、日本に戻った時に、詳しい話を聞かせて下さい。それと、僕は日本に戻る事があっても、またヴォルザードに戻って、こちらで生きていこうと思っています。日本に居た頃は、何をやっても駄目な子供でしたが、こちらに召喚された時に、普通の人とは違う力をもらいました。この力を、こちらの世界でお世話になった人達のために使いたいと、今は思っています。また日本で会った時にも、ちゃんと言うつもりですが、これまで育ててくれて、ありがとうございました。これからは、自分の足で歩いていこうと思っています」
ビデオカメラに向かって一礼して、メッセージを締め括ると、誰ともなしに拍手が起こりました。
最初は疎らだった拍手が、やがて全員に広がっていって、何だか良く分からないけど、凄く気恥ずかしい思いをしながら、次の人へ椅子を譲りました。
「良かったぞ、国分」
「はい、ありがとうございます」
撮影を見守っていた小田先生が、肩を叩いて労ってくれました。
僕の思いは、上手く父さんに伝わるでしょうか。
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