第96話 シーリアの気持ち

 リーゼンブルグの王子達の乱行を覗いた翌朝、ギルドにクラウスさんを尋ねる事にしました。

 影移動で日本に戻れた事や、第四王子ディートヘルムを傀儡にすると決めた事を報告して、意見を聞こうと思ったからです。


 特に、第二王子派を排除する時に、気を付けなければならない事があったら教えてもらおうと思っています。


 少し自意識過剰かもしれませんが、極大発生以後、少し顔が売れてきたようなので、ギルドの人混みに顔を出すと面倒事になりそうな気がしたので、影移動で直接執務室の前まで移動しました。


 執務室に来客などが居ないのも確認した後で、ドアをノックしました。


「誰だ」

「ケントです」

「おう、開いてるぞ、入って来い」

「おはようございます。突然押しかけて、すみません」

「どうかしたのか?」

「はい、ご報告が遅れて申し訳ありません。実は一昨日の夜なんですが、闇属性魔術の影移動で元の世界に戻れる事が分かりました。今まで色々とお世話になりました」


 姿勢を改めて、キッチリと頭を下げると、執務室に沈黙が訪れました。


「はぁ? 元の世界に戻れただと。お、お前、まさか帰っちまうんじゃねぇだろうな?」


 クラウスさんの少し慌てた声が聞こえても、頭を深々と下げたまま沈黙を保ちます。


 鷹山達に恩赦を与えて、領主として寛大な姿をアピールしつつも、賠償金は僕に払わせる、ちょいズル親父に一矢報いるには、表情を読まれないようにしないといけませんからね。


「ケント、お前……ベアトリーチェはどうするつもりだ。まだ魔の森の状態だって、落ち着いたとは言い切れない状態なんだぞ。ヴォルザードを見捨てるつもりか?」

「実は、一昨日、実家に帰ったんですが……」


 実家がもぬけの空になっていた事、僕らが召喚された以後に日本で起こった事、僕以外の者は未だに帰る手段が無い事などを報告しました。


「これまで色々とお世話になりましたが、どうやら元の世界に僕の居場所は無さそうなので、ヴォルザードで一人前の男として認められるように頑張っていく事にしました。これからもよろしくお願いいたします……お義父さん」


 もう一度頭を下げてから、ニヤリと笑って見せると、クラウスさんは腕組みをして睨み返してきました。

 こめかみに青筋が浮かびかけているような……ちょっとやり過ぎちゃいましたかね?


「ほぅ……面白ぇじゃねぇかよ、たっぷり扱き使ってやるから覚悟しろよ」

「は、はい、勉強させていただきます」

「それにしても、帰らなくても良いケントが帰れて、帰りたいって喚いていた連中が帰れないとは皮肉なもんだな」

「まぁ、そうなんですけど、影移動で日本にも戻れる事が分かったのは一歩前進です。影の世界へ他の人を連れ込む方法が分かれば帰還の問題は解決出来ますから」

「なるほどな……影移動、闇属性の魔術か……」


 クラウスさんは、組んでいた腕を解いて顎を撫でながら、考えを巡らせ始めました。


「誰か詳しい人とか居ませんかね?」

「一般的な傾向では、一番多いのが土属性、そこから風、水、火と減っていって、光属性と闇属性は稀な属性だ。それだけに伝わっている話も、下手をすると御伽噺レベルで、どこまで信用して良いのか分からんものもある」

「そうなんですか?」

「お前なぁ……詠唱もせずに闇属性の魔術を平然と使う奴は、俺らから言わせれば御伽噺レベルの存在だぞ」

「でも、やったら出来ちゃったんですよねぇ……」


 実際、初めて魔法を使ったのは、ゴブリンに食われていた時ですし、魔法を使ったという意識すらしていませんでした。


「その、やったら出来ちゃいました……ってな感じで、他の連中を連れて行く事も何とかならねぇのか?」

「同級生の救出の時に、ちょっと試した事はありますけど、上手くいきませんでしたね」

「そうか……闇属性かぁ……ん、待てよ、そう言えば、ドノバンがギルド本部に極大発生の報告書を送ったはずだな……」

「報告書が何か関係あるんですか?」

「あぁ、あるぜ、大ありだ」


 クラウスさんは、ニヤリと口元を緩めました。


「報告書には、当然お前の話も書かれているだろう。そうなるとSランクへの昇格も取り沙汰される事になる。とすれば、本部のギルドマスターがヴォルザードに来る可能性が高い……」

「その人が、闇属性に詳しい人なんですか?」

「そうだ、だがケント、気を付けろよ。二百五十歳を超える化物だからな」

「えぇぇぇ……二百五十歳? 冗談ですよね」

「冗談ではねぇぜ。まぁ会ってみりゃ分かるし、もしヴォルザードに来ないようならば、紹介状を書いてやるから会って話を聞いてみろ。解決の糸口が見付かるかもしれねぇぞ」

「はい、是非お願いします」


 二百五十歳というのは引っ掛かりますが、問題解決の為には会わない訳にはいきませんよね。


「ケント、話はそれだけじゃねぇんだろう?」

「はい、僕が元の世界に戻った事で、僕の住んでいた日本とリーゼンブルグの交渉という事になると思うのですが……」

「あぁ、そいつは面倒な話になるだろうな」


 さすがに領主としての仕事をこなしているクラウスさんだけあって、言葉も習慣も価値観も違う国同士の交渉の煩雑さは、説明するまでもなく分かっているようです。


「はい、単純に請求しているだけでは、何時になったら払われるのかわかりませんし、そもそもカミラ以外の王族が交渉に応じるかも疑問です。なので、僕らが勝手に盗み出して、それを賠償金だとカミラに追認させようと思ってます」

「追認させるって……そんな事を認めるのか?」

「はい、カミラは僕の事を魔王だと思い込んでいるみたいなので、もう魔王になりきって屈服させて忠誠を誓わせました」

「くっくっくっ、マジで魔王やる気かよ……まぁいいだろう、その方が物事は早く片付くだろうぜ」

「日本との交渉は、そんな感じで片付けるとして、リーゼンブルグの王室なんですが……」


 これまでに見て来た四人の王子の現状と、将来的に第四王子ディートヘルムに王位を継がせようと考えている事を話しました。


「どうでしょうかね?」

「そうだな、俺が直接見た訳じゃねぇから何とも言えねぇが、第二王子については良い噂は聞いていないのは確かだ。そいつらが全権を掌握するのは、ヴォルザードにとっても好ましい状況とは思えねぇな」


 クラウスさんが言うには、第二王子派の貴族達が治めている地域では、税金の取立てが厳しくなっているそうです。

 重税がリーゼンブルグ全域に広がるようだと、砂漠を越えてくるバルシャニアの商隊の通行にも影響が出る恐れがあるそうです。


「国に入るのに高い税を掛けられ、国の中での商いにも高い税を掛けられるような事になれば、商人は足を運ばなくなってくる。そして、商人てのは品物を運ぶだけでなく、他国の情報も運んで来るんだ。そいつが途絶えると、隣の国が何をやってるのか、何を考えているのか分からなくなる。ぶっちゃけ商品よりも情報が途絶える事の方が痛いな」


 僕らの住んでいた地球のように、星の裏側の情報まで一瞬で伝わるなんて事は無く、それだけに運ばれて来る情報には価値があるようです。


「この先もヴォルザードで暮らしていく事を考えたら、第二王子派は排除した方が良いと思うのですが、それとも王位争奪とかには関わらない方が良いのでしょうか?」

「ケント、そいつはお前だから出来る事であって、普通は手出ししたくても出来ねぇ事なんだぜ」

「あっ、そうか、そうですよね……」

「普通は、そんな内情まで調べる事なんか出来やしない。だからどんな人物が王になるかは見守る事しか出来ねぇ。新しい王が誕生したら、どんな態度で臨んで来るのか、そいつを見てから対応するしかないんだぜ」


 クラウスさんの言う通り、スパイを送り込んだとしても、王室の奥まで入り込むのは難しいでしょう。

 影移動を日常的に使っているので、それが当たり前のような気がしていましたが、これは大きな強みです。


「普通は出来ない事ですけど、それが出来るとしたら……」

「勿論、手を貸してもらうぜ、婿殿。俺にとっては、ヴォルザードの利益が第一だ。まずは、もっと詳細な情報を集めてくれ。そいつを見て、俺も進め方を考える」

「何か、気を付けないといけない事とかありますか?」

「そうだな……王位の継承争いとか、それに伴う派閥の争いってのは、残りの人生をチップにしてやる博打だ」

「博打……ですか?」

「そうだ、自分の支持する王子が次の王になれば、領地が増えたり、肥沃な土地に移れたりするが、逆の立場になれば、難癖を付けられて土地を奪われたり、痩せた土地に移らされたりする。王子だって王になれなきゃ幽閉されたり、下手すりゃ殺される。残りの人生が掛かった争いにチョッカイ出そうってんだ、生半可な覚悟で手を出せば大火傷する事になるぞ」


 クラウスさんの忠告を聞いて、背中がゾクッとしました。

 第二王子派を排除して、ディートヘルムを次の王に据える……それぞれの人生を掛けた争いなのに、僕はどこかゲーム感覚でいました。


「今は、第二王子派が実入りの良い東部を領地にしてるそうだが、第一王子が王になれば西の僻地に追いやられる心配があるって事だ。そうなりゃ当然実入りも減る、今みたいな良い暮らしを続けられなくなるって訳だ。そもそも貴族なんざ、見栄が服を着て歩いているようなもんだから没落する事は最大の恥だ。それこそ、いざって時には死に物狂いで第二王子を王位に据えようとするはずだ」


 ゲーム盤の上から、第二王子という駒をヒョイっと取り除くように簡単にはいくはずもないのです。


「や、やっぱり、やめておきましょうか……」

「そうはいかねぇぞ。俺の耳に入れちまったんだ、やってもらう」

「えぇぇ……でも、皆さん人生を掛けて……」

「馬鹿野郎、俺達だって人生掛けてんだろうが。お前は自分が暮らす街が、安心して暮らせないような状況になっても構わねぇのか? 第二王子が、とち狂って戦争仕掛けて来たらどうするよ?」

「そ、それは困りますけど……」

「だったら、お前が裏で操れる第四王子を王にしちまった方が、都合が良いに決まってんだろうが」

「そ、そうですよね……」


 あれ? リーゼンブルグの王位争いも僕が仕切っちゃいますよ……みたいな感じで、クラウスさんから一目置かれちゃおうとか思っていたのに、何か主導権を握られちゃってるような……


「いいかケント、例え対立している相手でも、将来使える人材だと思ったら懐柔して味方に引き入れる事を考えろ。だがな、役に立たない、将来自分達にとって害にしかならないと見極めたら容赦するな。中途半端な対応をすると、必ず災厄になって戻って来るから、キッチリと息の根を止めろ」

「どうしても……ですか?」

「どうしてもだ。その手の奴らは、直接向かって来るとは限らない。家族、友人、知人、大切な物を守りたいと思っているならば、情けを掛けるな」


 何時になく厳しいクラウスさんの言葉に、思わず唾を飲みこんでから頷きました。

 たぶん、第二王子と第三王子は、息の根を止めなきゃいけない相手になりそうな気がします。


「いきなり今日明日に事態が動くとも思えねぇが、モタモタしていて間に合わなかったら意味がねぇ、早めにリーゼンブルグの国内事情を調べて報告しろ」

「分かりました、早急に取り掛かります」

「頼りにしてるぜ、婿殿」

「ぐぅ……失礼します」

「あぁ、そうだ、忘れるところだった」

「なんでしょう?」

「一昨日、恩赦を与えた連中だが、昨日も城壁工事の現場に姿を見せたそうだぞ」

「えっ、本当ですか?」

「おう、仕事っぷりも一人前になりつつあるって、現場監督が言ってたぜ。どうだ、人材は使ってこそだろう」


 ニヤリと笑ったクラウスさんに、一礼して執務室を後にしました。

 一矢報いるどころか、身体中に矢を撃ち込まれてハリネズミみたいにされた気分です。

 悔しいけれど、クラウスさんの方が何枚も上手です。


『ケント様、これから我々だけで貴族の相関関係を調べていては時間が掛かり過ぎますぞ』

『うーん、どうしよう……』

『これはカミラから聞き出すのが一番手っ取り早いでしょうな』

『なるほど、カミラなら第一王子派は勿論、第二王子派の貴族の事も把握してそうだよね。よし、今夜聞き出すとして……』


 ちょっとラストックのカミラの所に行ってきましょう。

 カミラには、フレッドが張り付いて監視をしてくれています。


『フレッド、カミラの様子はどう?』

『資材の目途が立ったので……だいぶ落ち着いた……』


 最大の懸案だった極大発生対策用の資材が揃ったので、計画したペースで工事は進んでいるようです。

 ただ、絶対的な人手不足はいかんともしがたいようで、全体の工事が完了するまでには、まだまだ時間が掛かりそうです。


 カミラは、例によって扉を開け放ったままの執務室で計画のチェックをしているようです。


『もうすぐ現場の視察に行く時間……』

『それならば、こちらの指令も届けておこうかね』


 カミラへの指令を走り書きにして、姿は見せずに小さく出した闇の盾から、手元へと滑らせます。


「なっ……どこから」


 突然目の前にヒラリと紙が降ってくれば、それは驚きますよね。


『ディートヘルムを王座に座らせるのには情報が足りない。リーゼンブルグの貴族の相関関係を夜までにまとめておけ』


 走り書きを読んで大きく目を見開いたカミラは、紙を小さく折り畳むとポケットへと仕舞い、小さな声で呟きました。


「了解いたしました、魔王様」


 クラウスさんは、使える人材ならば味方に引き入れろって言ってたけど、それだとカミラは間違いなく味方に引き入れる人材なんだけど、四十九人もの犠牲者を出した騒動の張本人だけに、簡単に許す気にはなれないんだよね。


 てか、そもそも僕は最初に切り捨てられて、危うくゴブリンの餌になる所だったからね。

 日本政府が、どういう対処をしてくるかにもよりますが、何よりも亡くなった人の遺族の皆さんが納得する形で、何らかのペナルティーを受けてもらいます。


 リーゼンブルグ王家の金銀財宝を奪取するのもペナルティーではあるけれど、カミラ個人が負担を感じる事じゃないもんね。

 今回の騒動は、王家の秘事である召喚術を使ったカミラに最大の責任があるのですから、カミラ個人に罰則を与える必要があるでしょう。


 ラストックまで来たので、ついでに委員長の日記を回収しておきました。

 それと、もう一つ気掛かりな事を片付けておきましょう。


『フレッド、シーリアさんは今どこに居るんだろう?』

『駐屯地の狭い部屋……幽閉状態……』

『ちょっと案内してくれる?』

『了解……こっち……』


 シーリアが居るのは、カミラが居住に使っている棟の一階の片隅でした。

 設備、広さ的には、ワンルームマンションぐらいなのですが、扉は外から鍵が掛けられていて、洋風座敷牢といった感じです。

 シーリアはベッドに腰掛けて、ボンヤリと窓の外を眺めていました。


『フレッド、回りに見張りは居る?』

『見張りは付いていない……極大発生対策で人が足りない……』

『一応、人が近付いて来ないか見張っていて』

『了解……』


 鷹山は、シーリアをヴォルザードに引き取って、一緒に暮らしたいと思っているようですが、肝心のシーリアにその気が無ければ話になりません。


 なので、ちょっと気持ちを確かめてみる事にしました。

 いきなり姿を現すと驚くでしょうから、一声掛けてから表に出ます。


「こんにちは、シーリアさん」

「誰? どこに居るの?」

「僕は鷹山秀一の同級生で、ケントと言います。今は闇属性の魔術を使って影の世界に居るのですが、そちらにお邪魔してもよろしいですか?」

「えっ、シューイチの仲間……はい、どうぞ……」

「おじゃまします」


 シーリアが座っている所から、少し離れた場所に闇の盾を出して、そこから表に出ました。


 影移動を見るのは初めてらしく、目を見開いて驚いていますね。

 ですが、一旦大きく見開かれた瞳は、鋭い目付きとなって僕を射抜きました。


「どうして……どうしてそんな力があるのに、シューイチを助けてくれなかったの?」

「えっ? えっと……」

「貴方なんでしょ、他の人達の脱走を手助けしたのは。それだけの力があるんでしょ? なんでシューイチを助けて……うぅぅ……シューイチ……シューイチ……」


 シーリアは、立ち上がって抗議の声を上げた後、跪いて両手で顔を覆い、泣き崩れました。

 忘れてました。鷹山、死んだ事になってましたよね。


「あのぉ……鷹山、死んでませんけど……」

「えっ……」

「鷹山は、一緒に実戦に参加した五十人と共に救出して、今はヴォルザードで元気にしてますよ」

「嘘っ……本当に?」

「はい、元気が有り余って、ヴォルザードの同年代の奴らと乱闘騒ぎ起こして……ホント迷惑させられてます」

「あぁぁ……シューイチ、シューイチ……良かった、本当に良かった……」


 両手を組んで、ぽろぽろと涙を流しているシーリアを見ていると、何だか鷹山へのムカつき度が急上昇していきます。

 うん、そう言えば、結局マルセルさんへの賠償金は僕が負担してるんですよね。


 絶対に、何かで埋め合わせさせてやらないと気が済みませんよね。

 えぇ、僕は器の小さい男ですからね。


「えっと……それでですね。今すぐという訳にはいかないのですが、鷹山がヴォルザードで一緒に暮らしたいって思ってるんですけど、どうします?」

「本当に? 本当にシューイチが、私と暮らしたいって言ってるの?」

「はい、そうなんですけど、今は守備隊の宿舎に間借りしている状態ですし、まともな収入源も無いから……」

「私も働きます。ここから出てシューイチと一緒に暮らせるなら……」


 そこまで言いかけて、シーリアは言葉を切って俯いてしまいました。


「お母さんのことですね?」

「どうしてそれを……」

「すみません、少し調べさせていただきました。お母さんは、王宮に幽閉されていらっしゃるんですね?」

「はい、言う通りにしないと母の命は無いと、カミラが……」

「では、お母さんも一緒に行けるならば、鷹山の所へ行きますか?」

「勿論! でも、そんな事が出来るのですか?」

「今すぐは無理です。でも、僕は二百人の仲間を助けた男ですよ」


 うん、僕一人の力じゃないけど、ちょっと格好良くない?

 再びシーリアの瞳が大きく見開かれましたね。


「お願いします。どうか、どうか私と母を助けて下さい。私も母も王位なんか全く興味は無いんです。シューイチと普通の暮らしが出来れば、それだけで幸せなんです」

「分かりました、ですが、一応お母さんの意志も確認しないといけませんし、王都から救い出すとなると、それなりの準備も必要です。もう少しだけ待っていてもらえますか?」

「はい、待ちます。シューイチが生きていると分かっただけでも、灰色だった世界が今は輝いて見えていますから……」


 胸に両手を当てて、花がほころぶように微笑むシーリアを見たら、なんだか久々に八木達の気持ちが分かったような気がするよ。


「それじゃあ、連れ出す準備を進めますが、周りの人に気付かれないように、これまで通りの生活を続けていてもらえますか?」

「分かりました。あの……シューイチに伝えてもらえますか? また会える日を心待ちにしていますと……ずっと、ずっとお慕いしていますと」

「はい、分かりました。僕も色々と動き回らないといけないので、すぐに伝えられないかもしれませんが、必ず伝えます」


 うん、忙しくて忘れちゃった事に……しちゃ駄目だよね。

 シーリアと別れて影の世界へと戻ってから、バステンを召喚しました。


『お呼びですか? ケント様』

『忙しいのに呼び出してゴメンね。ちょっと頼みたい事があるんだ』

『何なりとお申し付け下さい』

『シーリアの母親の居場所を確かめておいて。後で接触する予定だから』

『了解です。しかし、あれだけ迷惑を掛けてきた奴の頼み事まで……ケント様は人が良すぎます』

『うん、まぁそうなんだけど、こればっかりは性分だからね……』


 バステンに頼み事を終えて、そろそろ丁度良い時間だろうと思い、捜査本部に顔を出す事にしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る