第80話 リーゼンブルグの使者

 クラウスさんと先生達の会談は、ギルドの応接室で和やかな雰囲気で始まりました。


「ようこそヴォルザードへ、私が領主のクラウス・ヴォルザードです。本来ならもっと早いタイミングでお会いすべき所ですが、何分にも極大発生の後始末に追われていまして、遅くなってしまった事をお詫びします」

「いいえ、我々こそ、こんな大人数を受け入れていただいて本当に感謝しております。私は数学の教師をしております、修司・小田と申します」

「私は国語を担当しております、律子・佐藤と申します」

「さぁ、お掛けになって下さい。ケント、お前も座れ」

「えっ、あっ、はい……」


 四人掛けの対面式のソファーに、なぜだが僕はクラウスさんの隣に座らされました。


「シュウジさん、率直に申し上げて、皆さんを受け入れる事はヴォルザードにとって殆ど負担になっていません」

「そうなのですか? しかし総勢二百人にもなりますし、一部の生徒が騒動を起こしてご迷惑をお掛けしたと聞いております」

「確かに、少々元気の有り余っている者達が騒ぎを起こしましたが、その賠償費用も皆さんの滞在費用も、このケントが全部負担してますから、ヴォルザードからの出費はほぼゼロなんですよ」


 ポンと置かれたクラウスさんの手が、僕の肩をグッと握ってきたのですが、ちょ、ちょっと強すぎませんか?


 何かミシミシいってるんですけど、ベアトリーチェの一件を根に持ってますよね。

 地味に嫌がらせしようとしてますよね。


「いや、正直に言って、我々も世話になりっぱなしで、国分が居なかったら今頃まだラストックで囚われの身だったでしょう」

「いや、世話になりっぱなしなのはヴォルザードも同じですよ。ロックオーガにオークの大量発生、そして今回のゴブリンの極大発生、ケントが居なかったら最悪街が滅んでいたかもしれません」


 いやぁ……そんなに持ち上げられると照れちゃいますから……もっと褒めて下さい。

 僕は、褒められて伸びる子ですからね。


「あのような魔物の大群が襲って来る事は、良くあるのですか?」

「いいえ、あれ程の規模は、百年に一度あるか無いかぐらいだと思います。ヴォルザードは、このような場所にある街なので、城壁の建設を最優先に進めてきました。今の城壁ならば強力な魔物の大量発生でなければ問題無く守り切れると思っていましたが、実際にはかなりギリギリの状態でしたね」


 一昨日の夕食の席で聞いたのですが、僕らがヴォルザードに戻るのが遅れていたら、最初の時点で壁を越えられ、消耗戦を余儀無くされる所だったそうです。

 城壁は守りきれていれば効果は絶大ですが、入り込まれてしまった場合、魔物は殲滅しない限り出て行けなくなってしまいます。


 ラインハルト達が城壁下のゴブリンの死体を薙ぎ払ったのは、ヴォルザードにとって本当に大きかったそうです。


「ケントがヴォルザードに残ってくれるならば、皆さんには何か月でも、何年でも滞在していただいて結構ですよ」

「出来るだけ早く元の世界に戻りたいと思っていますし、さすがに何時までも国分に世話になりっぱなしという訳にはいかないので、仕事を探して自立させるつもりではいます」

「労働力が増えることも消費が拡大する事も、ヴォルザードにとっては有り難い事ですから、出来る限りのサポートはいたしますよ」

「はい、よろしくお願いいたします」


 クラウスさんとガッチリと握手を交わしたのですが、小田先生はちょっと驚いた顔をしています。

 たぶん、クラウスさんの領主らしからぬ労働者の手に驚いたのでしょう。

 何にせよ、会談が円満に終わってホッとしました。


「ところでケント、リーゼンブルグの連中はどうした?」

「はい、今朝出発した所までは確認していますし、道中危険な魔物と遭遇しないように手配してあります」

「ならば、今日中にはヴォルザードに到着するな」

「はい、余程の事が起こらなければ、その予定です」

「ふふん、奴らもまさか自分達が探している者達に、護衛されているとは思わないだろうな」

「僕も、まさかリーゼンブルグの騎士を守るように、指示を出すようになるとは思ってもみませんでしたよ」


 カミラの親書を奪ってしまうのは簡単ですが、ヴォルザードには僕らが居ないらしいと思い込ませるためにも、無事に到着させて無事に戻らせる必要があります。

 親書の内容は、当然僕らの交渉にも影響を及ぼすので、先生達も興味があるようです。


「その親書の内容は、我々にも教えていただけるのでしょうか?」

「本来は明かすべきではないのでしょうが、こいつにとっては覗き見するのなど簡単でしょうから、隠す意味がありませんな。そうだろう?」


 クラウスさんは、佐藤先生の質問に答えた後で、僕に視線を投げ掛けて、ニヤリと笑って見せました。

 ぶっちゃけカミラが親書を作成している時点で覗き見することも出来たのですが、まがりなりにも王女から領主に宛てた手紙を盗み見る訳にはいきませんよね。


「やはり、我々の返却を求めて来るのでしょうか?」

「その可能性が一番高いでしょう。ですが私の街には奴隷は存在しませんので、返却するものは無いとしか答えようがありません」

「それでも我々の存在に気付かれたら、こちらにご迷惑が掛かるのではありませんか?」

「その心配も、おそらくは大丈夫でしょう。ただし、明日いっぱいは守備隊の敷地から出ないようにしておいて下さい」

「分かりました」


 この後、小田先生と佐藤先生をドノバンさんに紹介して、リーゼンブルグの騎士が立ち去り次第、今回救出してきた全員をギルドに登録してもらえる事になりました。


 先生達と別れたら、急いでリーゼンブルグの騎士達の所へと戻ります。

 使者を務める一行は、小川のほとりで休息していました。


『ただいま、ラインハルト、様子はどう?』

『つい今しがた、ここに辿り着いて休息に入った所ですぞ』


 ロンダル達は、馬に水を飲ませて休ませています。

 自分達も携帯食を取り出して座り込み、ここで暫く休息するようです。


「大型の魔物には遭遇しなかったが、ずいぶんとゴブリンの数が多くなかったか?」

「ここまで深く森に入るのは初めてだから良くは分からんが、確かに多いように思うな」


 リーゼンブルグの騎士達は、道中の様子を語り合っています。

 ラインハルトに聞いたところでは、ここまで来る間にコボルトと一回、ゴブリンと三回の遭遇戦を行っているそうです。


 とは言っても、リーゼンブルグの騎士から選ばれた者達だけあって、それこそ鎧袖一触で馬上槍の錆として走り抜けて来たそうです。

 危なげなさげに見えたそうですが、それでも魔物との遭遇を繰り返せば精神的に疲労するのでしょう、騎士達はホッとした様子で休息しています。


 そんな中、ゲルトだけは街道を歩いて、何やら考え事をしている様子です。

 それに気づいたレビッチが声を掛けました。


「どうした、ゲルト、何かあったか?」

「あぁ……いくら何でも道が綺麗すぎないか?」

「なにっ……?」


 ゲルトの言葉を聞いて、他の五人も顔を見合わせて立ち上がり街道へと出て来ました。


「ずっと気になっていたんだ。ラストックを出てからここまで、余りにも道が綺麗だと。たまに商隊が通るだけの道が、どうしてこんなに整備されている?」


 それまで、休息に入った事で緩んでいた騎士達の顔が引き締まりました。

 他の五人も通って来た道、これから進んで行く道、そして自分達の足元を確認しました。


「これは、土属性の魔法で固めたものではないな……」

「だが、一体誰が……」

「まさか、奴らが脱走する為に整備したのか?」

「いや、これだけの距離を整備するのは、並大抵の労働力じゃないぞ」


 全員の視線が、今回の隊を率いるロンダルに向けられた。


「ん、うむ……そうだな、何者か大掛かりな組織が存在して道を整備した……これは間違いない……」


 ロンダルは、話しながら首を捻っていますが、考えが纏まらないようです。


『ラインハルト、ちょっと拙いかな?』

『あの男が例の異変に気付いた騎士ですな、やはり切れ者のようですな』

『僕らが救出用に整備したって気付かれちゃうかな?』

『可能性はありますが、今更どうにもなりませぬ。このまま様子を見守りましょう』


 すると、道を調べていたゲルトが口を開きました。


「ロンダル、今の時点で道を整備した者の目的を決め付けるのは危険だ」

「そ、そうだな、俺も幾つもの可能性があるから決めかねていたところだ」

「奴らの脱走のために整備されたとしたら、余程大きな組織が後ろ盾に付いている事になるが、単純に交易のためにヴォルザードが整備したのならば、考えるだけ無駄になる」

「そうだな、ヴォルザードが整備したのを、奴らが利用した可能性もある」


 ゲルトとロンダルの話に口を挟んだのは、パウルだった。


「こいつがヴォルザードの仕事だったら何の問題もねぇが、もし奴らの後ろに居る組織の仕業だとしたら、相当気を引き締めておかねぇと拙いんじゃねぇのか?」

「よ、よし、出発の支度を……」


 出発の号令を出し掛けたロンダルを、今度はレビッチが止める。


「待て、ロンダル、馬を十分に休めておいた方が良い」

「そ、そうか……そうだな、よ、よし、全員その間に装備の確認をしておいてくれ」


 そう指示を出すと、ロンダルは自分の剣を抜いて刃を確かめると鞘に納め、その後は鎧の留め具を確かめ始めました。

 他の騎士達はと言えば、苦笑いを浮かべつつ目線を交わし合っています。


『ケント様、どうやらこのロンダルという男、部隊を率いるのに慣れていないようですな』

『うん、僕から見ても浮足立っているように見えるよ』


 結局ロンダルは、我々にも休息が必要だとレビッチに宥められて、もう一度街道脇の草地に腰を下ろしました。

 うん、この人、ヴォルザードに着く頃にはヘトヘトになってそうだよね。


 リーゼンブルグの騎士達は、十分な休息を取ってから出発したけれど、ヴォルザードに到着した時には、ロンダルだけでなく他の五人もかなり疲労する事になりました。


 理由は、極大発生の余波で、ヴォルザードの周辺でゴブリンの密度が高い状態が続いていたからです。


「左前方にも居るぞ、数は六頭前後!」

「右手の群れは離れて行くようだ、いや、その先の街道脇に潜んでるぞ!」

「け、牽制だ! レビッチ!」

「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風弾となれ! たぁぁぁ!」


 風弾とは凝縮された空気の弾だそうで、前方で潜んでいたゴブリン達が吹き飛ばされました。


「ロンダル、左後方からコボルトの群れが来てるぞ!」

「何だと、どうなってんだ、いくら何でも多すぎるだろう……」

「ギリギリまで引き付けろ、俺がやる!」


 パウルが隊列から離れて殿まで下がり、遅れた振りをして速度を緩めました。

 他の騎士もパウルが離れ過ぎないように速度を調整しているようです。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ! いくぞ!」


 身体強化の詠唱を終えたパウルは、馬を反転させてコボルトの群れに突っ込んで行きました。

 パウルの馬上槍が電光のごとき速度で繰り出され、コボルト達を血祭に上げていきました。


『ただの嫌な野郎かと思ってたけど、騎士になるだけあって鍛えられてるんだね』

『普通のコボルト程度であれば、身体強化を万全に使えれば恐れるには足りませんからな』

『うちのコボルト達だったら?』

『槍の上で踊ってみせるでしょうな』

『あははは、本当にやったらパウロは卒倒しちゃうかもね。でもさ、さすがにちょっとゴブリンとかが多すぎじゃない?』

『いえいえケント様、このぐらいはやっておかないと駄目ですぞ。なにせ極大発生の後ですからな』

『そうか、それもそうだね』


 僕らが通った時には、それこそ深緑色の津波が押し寄せて来るようだったのですから、この程度は生温いぐらいですよね。


「見えた! ヴォルザードの城壁だ!」

「よ、よし、全員速度を上げろ! ヴォルザードまで持てば、馬は潰れても構わん!」


 リーゼンブルグの騎士達は、ゴブリンやコボルト達を振り切るために馬の速度を上げました。

 一行が森を抜けた所で、ラインハルトやザーエ達が影から気配を表に流すと、追いかけてきたゴブリン達は慌てて回れ右して逃げて行きます。


「か、開門! 開門! 我々はリーゼンブルグ王国第三王女、カミラ・リーゼンブルグ様からの親書を届けに参った者だ! 速やかに門を開けよ!」


 ロンダルは少し声を裏返しながら、必死に城門に向けて叫び声を上げました。

 酷使しすぎたのか、パウルの乗っていた馬は膝を付き、横倒しになってしまいました。


「今は城門を開ける訳にはいかん、下馬して通用口から入ってくれ」


 ヴォルザードの守備隊からの返事に、ロンダルは色をなして抗議しました。


「何だと! 我々はリーゼンブルグ王国からの使者だぞ、城門を開けずに通用口から入れなどと無礼にも程がある!」

「嫌ならば、いつまででもそこに居てくれ、これは住民の安全の為の措置だ。そちらの面子など与り知らぬ」

「くそっ……」


 ロンダルが目を吊り上げて睨み付けるが、門の上に陣取る守備隊員はどこ吹く風といった様子です。

 極大発生の直後なので、開門中に魔物が近付かないようにザーエ達に見張らせておいたのですが、どうやら守備隊の対応はクラウスさんの指示かと思われます。


「ロンダル、ここは拙い、とにかく中に入った方が良いだろう」

「だがレビッチ、このような扱いを受けて……」

「我々の役目はカミラ様の親書を届ける事だ、その為ならば泥水でも啜るべきだろう」

「く、くそっ、分かった、全員下馬! 通用口から街へと入る」


 通用口は、乗馬のままでは通り抜けられない高さなので、全員が馬を引いてヴォルザードへと入りました。


「よし、そこで武装を解除してくれ、武器は全てここで預かる」

「何だと、我々は使者だぞ、無礼にも程があるぞ!」

「武装解除が出来ないなら、お引取り願おう。我々はゴブリンの極大発生を乗り切ったばかりで、住民にもピリピリした空気が残っている。武装した状態で街に入り不測の事態が起これば困るのは、そちらの方ではないのか?」

「な、何だと、極大発生だと?」

「そうだ、こんな時期によく魔の森を抜けてこられたな。我々から見たら自殺行為にしか思えんぞ」


 ここで初めて極大発生が起こった事を知ったロンダル達は、互いに顔を見合わせて小声で囁きあった。


「どうするロンダル、極大発生なんて聞いていないぞ」

「そ、そんな事は俺だって一緒だ、だが、いくら極大発生の後とは言え、この扱いは……」

「扱いについては直接領主に抗議すれば良い、とにかく親書を渡す役目を果たすべきだ」


 結局ゲルトの意見を採用して、親書を手渡す事を優先したようです。

 ロンダル達は疲弊した馬を置き、守備隊が用意した箱馬車に乗って移動する事になりました。


 武装を取り上げられ、馬も取られて馬車に詰め込まれたら、聞き込みをするどころじゃないですものね。

 リーゼンブルグの騎士達が案内された先は、クラウスさんの御屋敷です。


 ここでも、屋敷の玄関まで馬車は乗り入れてしまうので、一般の人達と接触する可能性は皆無です。

 リーゼンブルグの一行は、使節団が滞在するための離れへと案内されました。


「どうぞ、こちらの建物をご自由にお使い下さいませ。旅塵を落とされ、ご休息を終えられましたならば、お声を掛けて下さいませ。主がお会いいたします」


 案内役の執事さんが下がると、ロンダル達は顔を突き合わせて相談を始めました。


「ロンダル、どうする?」

「ど、どうすると言われても、とりあえず先に汗を流してしまおう、サッパリして頭を切り替えた方が良い」


 離れには大きな浴室が設えてありますが、リーゼンブルグの一行は不測の事態に備えて三人ずつ交代で入浴をする事にしたようです。

 先にロンダルと二人の騎士が入り、レビッチ、ゲルト、パウルの三人が応接室に残りました。


 もしかしたら、ロンダルがこの三人を煙たがっているのかもしれません。

 ロンダル達が浴室へと向かった事を確かめると、レビッチが声のトーンを落として話し始めました。


「どうする、ロンダルでは心許ないぞ」

「だが、今になって正使を交代させるなど出来ないぞ」

「ゲルトの言う通りだ、レビッチ、お前が副官として列席するか、全員を列席出来るように要求するしか無さそうだぜ」

「そうだな、それしかないだろうな……しかし、極大発生とは……」

「レビッチ、それは予想するなど不可能だ。今は、今出来る最善の方法を考えるべきだろう」

「そうだぜ、今はとにかく情報だ。少しでもヴォルザードの奴らから、情報を引き出すのが先決だ」

「問題は……」


 三人の視線は、ロンダルが消えた廊下へと向けられました。

 三人から働き振りを疑問視されたロンダルはと言えば、風呂場から戻って来ると他の騎士に断りを入れてソファーに横になり、あっと言う間に高鼾をかき始めました。


 使者としての役割を与えられた緊張感に加え、道中何度も魔物の襲撃を受ければ疲労するのも当然でしょう。

 他の騎士達も、一応起きてはいるものの相当に眠そうに見えます。

 そこへ風呂から上がった三人が戻って来ました。


「お前ら……」

「待てパウル、このまま少し寝かせてしまおう。でないとヴォルザードの領主と顔を合わせる時に頭が働かなくなる」


 怒鳴り声を上げようとしたパウルでしたが、ゲルトの言葉に納得したようでした。


「そうだな、もう少し眠らせて、それから茶でも飲ませてから会談という事にしよう」


 レビッチの言葉に他の四人も同意して、各々楽な姿勢で休息する事にしたようです。


『クラウスさんは、もう御屋敷の方に戻ってるのかな?』

『領主殿は、すでにお戻りです、ご主人様』


 アルトに案内させて、クラウスさんの書斎へと向かいました。


「クラウスさん、ケントです、よろしいでしょうか?」

「おう、連中の様子はどうだ?」


 机に向かって書類に目を通していたクラウスさんは、顔を上げると楽しげな笑みを浮かべました。

 謁見の準備なのでしょうね、いつもとは違う貴族っぽい出で立ちです。

 僕は影から出て、これまでの様子を報告しました。


「道中ゴブリンやコボルトなどに繰り返し襲撃されていましたから、結構疲れているみたいですよ」

「ほう、お前んところの眷属が護衛してたんじゃないのか?」

「はい、大型の魔物は近付かないようにしていましたが、この程度の襲撃が無いと極大発生の後なのに不自然だって、ラインハルトが加減してくれました」

「くっくっくっ、いいぞ、それでいい、後は俺が止めを刺しておいてやる。ヴォルザードが極大発生したゴブリンに襲われ、じきに季節風の向きが変わるとなれば……」


 クラウスさんが、実に楽しそうで意地の悪い笑みを浮かべています。


「なるほど、そんな状況じゃノンビリとしてはいられない、ラストックにトンボ帰りするって事ですね」

「その通りだ。オマケに今は乾季だ、ラストックは魔物の森との間に川がある街だが、水量の減っている今の時期に、この前の極大発生と同じ数のゴブリンが押し寄せたら、川を超えて雪崩込まれちまうだろうな」

「そうですか……」


 ラストックは、僕にとっては縁も所縁も無い街ですが、カミラのおねしょの噂を撒いて歩いた時に、普通の人達が普通に暮らしている姿を見ています。

 あの人達が、ゴブリンに食い殺されるとしたら……実際に一度食われているだけに、その恐ろしさ、痛さ、絶望感は嫌と言うほど知っています。


「ケント、お前、自分等を酷い境遇に落とした国まで守ろうと思ってんのか?」

「うっ……でも、街の人達は、本当に普通の人ばっかりだから……」

「ふっ、ホントにお人好しな野郎だな。まぁ、それがお前のやり方だって言うなら好きにしな。あぁ、ただしヴォルザードも襲われた時には、こっちを優先してくれよな、婿殿」


 クラウスさんは、またニヤリと笑ってみせました。


「えぇぇ……婿って……」

「なんだ、ヴォルザードに残るんだろう? リーチェが満面の笑みで知らせに来たぞ。俺には最近あんな笑顔は見せてくれねぇのによ……」

「た、確かに残るつもりではいますけど、まだみんなの帰還がハッキリしない事には……」

「ふん、分かってるよ。俺としては、お前さえ残ってくれるなら、別にリーチェの婿にならなくても良いって思ってる……てか、マノンだけで我慢しろ」

「ぐぅ……そう言われると、むしろ何が何でもリーチェを手に入れたくなるんですけど……と言うか、手放しがたいですよねぇ……」


 感触を思い浮かべるようにして、両手の手の平をムニムニと動かして見せると、クラウスさんの額に青筋が浮かんで来ました。


「面白ぇ……リーゼンブルグの使者共を守備隊の臨時宿舎に案内してやろうか?」

「あぁ……そんな事されたら、僕もヴォルザードには居られなくなっちゃいますねぇ……」

「ぐぬぅぅ……言うようになったじゃねぇか、ケントよ……」

「これもご指導ご鞭撻のおかげだと、感謝しておりますよ……お義父さん」

「くぬぅぅぅ……やっぱり許さん、手前にリーチェはやらん!」


 僕とクラウスさんが、視線で火花を散らしていると、書斎のドアがノックされました。


「クラウス様、リーゼンブルグの使者が面会を求めております」

「分かった、すぐに行くから謁見の間に通しておいてくれ」

「畏まりました……」


 クラウスさんは、僕にギロリと視線を向けるて言い放ちました。


「見るなと言っても覗き見するんだろう? シッカリ見ておけ」

「はい、勉強させていただきます……お義父さん」

「くぅ……あんまり調子に乗ってっと、うちの嫁がどう動くか分からんからな……」

「うっ……勉強させていただきます、クラウス様」

「ちっ、白々しい……その言い方も何かムカつくな」


 クラウスさんは舌打ちを繰り返しながら、書斎を出て謁見の間へと向かいました。

 僕も影の中から後を追う事にします。

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