第79話 予期せぬ決断
早朝のラストック駐屯地、兵舎前には六人の騎士と六頭の馬が整列しています。
そこへ、金ピカの鎧に身を包んだカミラ・リーゼンブルグが姿を現しました。
六人の騎士達は、一糸乱れぬ敬礼でカミラを迎えました。
「ご苦労、直れ!」
「はっ!」
六人の騎士の中から一人が進み出ました。
「出立の準備、滞りなく整ってございます!」
進み出た騎士は、同僚であるゲルトの懸念をカミラに報告し、結果的に襲撃の予測をした形になり抜擢されたロンダルです。
「ロンダル、くどいようだが貴様の役目は何だ?」
「はっ! 城塞都市ヴォルザードの領主、クラウス・ヴォルザード殿にカミラ様の親書を手渡すことであります」
「途中、敵勢に襲われたらどうする?」
「はっ! 戦闘は回避し、ヴォルザードに向かう事を優先し、決して親書は奪われない。万が一、命を落とす事になった場合には、親書は解読不能の状態で処分します」
「そうだ、今回の役目はヴォルザードに親書を届けるのが第一だ。そして決して敵勢に親書の中身を見られるな」
「はっ!」
カミラが金の縁取りのされた封筒を差し出し、ロンダルは恭しい手付きで受け取ると、革のショルダーバッグへと収めました。
「ロンダル、親書を届けた後の貴様の役目は何だ?」
「はっ! 逃亡した奴隷共の痕跡がないか調べ、もし痕跡を発見した場合には、協力者の存在を確認する事であります」
「そうだ、現時点では第二王子派の暗躍が疑われるが、第三者の手によってヴォルザードに逃亡している可能性も否定できん。先入観を持たず慎重に探れ」
「はっ! 畏まりました」
ロンダルは大役を任された緊張感からか、少し蒼褪めているように見えます。
それを見たカミラは、ふっと頬を緩めました。
「ふふっ、ロンダル、そんなに緊張するな」
「はっ! ですがカミラ様の親書を預かる大役ゆえに……」
「ロンダル、確かに親書は今後のためにも重要ではあるが、所詮はただの紙切れだ」
「えっ、紙切れでございますか?」
「そうだ、失われたら書き直せば良いだけだ。良いか、親書よりも重要なのは貴様らの命だ。そんな紙切れに拘って無駄に散らす事は許さんぞ!」
「カ、カミラ様……」
「身の危険を感じたら、親書は文面が判別せぬように破棄し、己らの身を守る事を優先せよ。必ず六名全員が生きて戻って報告するのだ、分かったか!」
「はっ!」
六名の騎士は声を揃えて復唱し、再び一糸乱れぬ敬礼をしてみせました。
僕はその様子を影の世界から、フレッドやラインハルトと共に観察しています。
今回、リーゼンブルグからの使者を率いるのがロンダル、副官を二度目の実戦の責任者だったレビッチが務めるようです。
他の四人は護衛役で、古館先生の様子が変わったことに気付いたゲルト、僕を串刺しにしたパウルもその中に含まれています。
六人の騎士はラストックの駐屯地を出て跳ね橋を渡り、魔の森に向けて馬を走らせました。
先頭を進むロンダルにレビッチが声を掛けました。
「ロンダル、そんなに急ぐな、先は長いぞ」
「わ、分かっている! だが今回は敵勢の邪魔があるかもしれんのだ、あまりノンビリとは構えてられんぞ」
「それはそうだが、あまり最初から飛ばすと馬が持たんぞ」
「だが森に入るまでは遮蔽物も少ない、狙い撃ちを食らう可能性も考慮せんと……」
「ならば、森に入ったところでペースを落とそう。見通しが利かない場所では用心が必要だからな」
「分かった……」
言葉を切ったレビッチは、苦い表情を浮かべています。
どうやらロンダルは重責に気が逸り、少々オーバーペースで馬を走らせているようです。
『どう? ラインハルト』
『まだ行軍を始めたばかりですが、たしかに少々逸っているようですな』
『街道の安全は確保出来てるよね?』
『そちらは心配要りませんぞ、ザーエ達やアルト達が危険度の高い魔物は処分するように体制を敷いております』
今日の僕らの役目は、リーゼンブルグの使者を無事にヴォルザードに到着させる事です。
先日の極大発生以後、魔の森はざわついた状態が続いています。
ラインハルト達が手分けして処分したゴブリンの死体には、別のゴブリン達やコボルトなどが群がり、オークやオーガなどの姿も増えているようです。
あまり数が増えてヴォルザードの脅威になるようならば、殲滅する必要があるので、アルト達の中から交代で数頭が森の中を見て回っています。
今日はリーゼンブルグの使者が通るので、街道にはゴブリンとコボルト以外の魔物は近付かせないようにしておきました。
ゴブリンなども近づかせない方が護衛としては確実でしょうが、あまりにも魔物が姿を現さないと異常だと思われかねません。
実際にはオーガなども増えているのに、僕らが見えない所で倒しているとは、リーゼンブルグの連中は思いもしないでしょうね。
一行が魔の森に入り、速度を落として進み始めたのを見て、僕は一旦ヴォルザードに戻る事にしました。
『それじゃあ、ちょっとドノバンさんに報告に行ってくるね』
『畏まりました、こちらの監視はお任せを……』
ギルドでは、サラマンダーの解体作業が始まっていました。
一番大きな個体は、解体した上で部位ごとにセリにかけられるそうです。
後から倒した四頭のサラマンダーの内、二頭はオーランド商店が丸ごとの買い取りを決めたそうです。
サラマンダーは、普通サイズのものを一頭二百五十万ヘルトで買い取って貰える事になりました、
大きな個体の物は、セリの値段からギルドの手数料を差し引いた値段が、あとで振り込まれるそうです。
サラマンダーの解体とあって、ギルドには更に多くの人が見物に訪れていて、下手に姿を見せると面倒な事に巻き込まれそうな気がしますね。
ドノバンさんへの報告は、影の中から声を掛けて済ませてしまいましょう。
「おはようございます、ドノバンさん」
「むっ、ケントか、何をしてる?」
「いえ、人が多そうなので……」
「ふむ、てっきり女共に追われているのかと思ったぞ」
「そ、そ、そんな事ありませんよ」
「なんだ、ベアトリーチェに手籠めにされて観念したか?」
「されてませんし、しませんよ! てか、ドノバンさん分かっていて僕を置いて帰ったんですか?」
「ふん、あれしきの酒で潰れる方が悪い……」
「ぐぅ……とにかく、リーゼンブルグの連中が出発しました、道中は僕らが気付かれないように護衛します、夕方には到着する予定です」
「了解だ……」
ドノバンさんに報告を終えた後は、小田先生と佐藤先生をクラウスさんに引き合わせるために守備隊の宿舎に迎えに行きました。
ついでに同級生達の様子も見ておきましょう。
クラウスさんが言うには、リーゼンブルグの連中は聞き込みをする余裕も無く翌朝には蜻蛉返りをするという話なので、同級生達には今日と明日の二日間は守備隊の敷地から出ないように先生達から指示してもらっています。
強制労働に従事している連中も二日間は休みです。
何事も起こらないとは思うのですが、騒動を起こした前例があるので、どうしても心配になってしまいます。
まずは守備隊の前の通りから様子を見て、何事も無いことを確認。
敷地を見渡せる城壁の上から様子を見ても、特に変わった事は無いようです。
ところが、みんなが集まっているだろうと思って行ってみた食堂では、何やら騒ぎが起こっているようです。
また木沢澄華のグループが揉め事でも起こしているのかと思ったのですが、騒ぎの中心には委員長とマノン、そしてベアトリーチェの姿がありました。
「言ってる意味が良く分からないわ、キチンと説明して下さらない?」
うわぁ……委員長の声が凄く刺々しいんですけど……
「ですから申し上げた通り、私とケント様は一夜を共にいたしましたの……」
ベアトリーチェは恥ずかしげに両手で頬を押さえ、委員長とマノンは……あぁ、夜叉がいます。リアル夜叉が……角が生えてきそうです。
「ちょ、ちょっと待った!」
「健人!」「ケント!」「ケント様!」
このまま話が進むのは絶対に拙いので、影の世界から三人の真ん中へと飛び出しました。
「待って、ちょっと待って、ちゃんと説明するから、待って!」
目を怒らせて掴み掛かって来ようとする委員長とマノンを押し留め、まずはベアトリーチェと向き合いました。
「ベアトリーチェ」
「リーチェとお呼び下さいと……」
「ベアトリーチェ!」
「は、はい……」
「君が覚悟を決めているのも、僕を思ってくれているのも良く分かった。でも、僕はこういうのやり方は好きじゃないんだ」
「ですが……」
「何も無かったよね。でも、それを君は二人に何かあったと思わせようとしている。それはフェアじゃないよね」
「でも……ケント様、私を……」
「あ、あれは、寝ぼけてたからで……ふ、不可抗力だから……い、痛い……」
「健人、どういう事なの? ちゃんと説明して」
「い、痛い、唯香、説明するから、耳、耳引っ張らないでぇ……」
はい……正座ですね。
毅然とした態度で混乱した場を治める……なんて僕の思惑は一瞬で崩れて、リーブル酒で酔い潰れて、朝チュンな状況を仕組まれたと話したら、正座させられました。
目の前には、腕組みをした委員長とマノンが仁王立ちしていて、その隣でマノンも目を吊り上げています。
「それで、健人、ベアトリーチェをどうしたのかなぁ?」
「そ、それはですねぇ……えっと、夢の中でマルト達とじゃれてまして……その、撫で回したというか……」
うわぁ……何でしょう、周囲を囲んだ女子達がゴミでも見るような視線を送ってくるし、男子は歯ぎしりしながら睨み付けくるし……。
いや、この状況で、何でベアトリーチェは両手で頬を押さえながら、嬉しそうにイヤンイヤンしてるのかなぁ。
「もう、一夜を共にしてしまった以上は、ケント様に責任を取っていただかないと……」
「でも、一線は超えていないのよね?」
「うっ……そ、そうですけど……」
「コボルトちゃん達が、ずっと横で何もしないか見張ってたんだよね?」
「うぐぅ……そ、そうですけど……」
委員長とマノンに突っ込まれて、ベアトリーチェが劣勢ですね。
「そ、それでも、私は治療の時にも全身くまなく身体を撫で回されてまいましたし……」
「私は、お風呂覗かれたわよ」
「ぼ、僕もケントにお風呂を覗かれた」
ぐはっ……確かに事実ですけど、ここでみんなに公表されるのは……
「いやぁ……国分君がここまでとは……」
「ホント屑な、サイテー」
「よし、処刑しよう、取り調べは不要だな」
「くっそぉ、垂れウサ耳の美少女を蹂躙だと……」
いやいや蹂躙なんてしていないからね。ちょっと、ほんのちょっと撫で撫でしただけだから……
「で、健人はどうするつもりなの?」
「ケント!」
「ケント様ぁん……」
なんか楽しそうなベアトリーチェには、ちょっとイラっとしちゃいます。
でも、もう僕も覚悟を決める時だよね。
一度大きく息を吸って、委員長とマノンに視線を送ってから口を開きました。
「僕は、みんなが日本に帰れるように全力を尽くすけど……ヴォルザードに残ろうと思っている」
「健人……」
同級生のみんなは、半ば予想していた事らしく僕の話を聞いても驚いた様子を見せなかったけど、委員長は少し戸惑った様子です。
「唯香……僕は、唯香にも一緒に残ってもらいたいって思ってる」
「健人!」
「でも、でもゴメン! 僕は唯香も、マノンも、リーチェも、みんな僕のものにしたいって思ってる!」
思い切ってハーレム願望を口にしたら、当然のようにブーイングが起こりました。
「うわぁ……本気でハーレムとか思ってる……ちょっと引くわ」
「ありえないっしょ……調子乗りすぎ……」
「よし処刑だ処刑、火炙りが良いな、いや一度水責めしてからか?」
「ラノベやアニメの中ならともかく、リアルで言っちゃうとか、無いわぁ……」
女子からも、男子からも批判的な言葉しか降って来ないけど、まぁ当然だよね。
「私は、ケント様がヴォルザードに残って下さるならば、この身も心も捧げてお仕えしますわ」
同級生達からのブーイングが降り注ぐ中で、ベアトリーチェが僕の横にしゃがみ込んで、頬にキスしてみせました。
「ぼ、僕だって、ケントが残ってくれるなら……」
マノンも僕の横にしゃがみ込んで、右腕を抱え込みながら頬にキスしようとして、こめかみに頭突きを食らわせてきました。
「あ痛っ……マノン……」
「ゴ、ゴメン……ケント」
マノンのドジっ娘ぶりに周囲のみんなからクスクスと笑いが洩れましたけど、委員長は顔を蒼ざめさせて立ち尽くしています。
突然僕を選ぶのか、それとも家族を選ぶのかの選択を迫ってしまった形ですから、委員長が困惑するのも当然です。
「唯香……ゴメンね、突然こんな事を言い出しちゃって、でも、まだいつ日本に戻れるのか分からないし、急いで答えを出さなくても良いし、唯香が決断できるまでは、マノンやベアトリーチェとも今以上の関係になるつもりはないよ」
「健人……うん、少し考えさせて……」
「マノンもリーチェも、それで良いかな? 特にリーチェ、街で会ってもキスとか駄目だからね」
「僕はそれで良いよ。ユイカとはフェアに競い合うって約束したからね」
「私もそれで結構ですわ。ケント様がヴォルザードに残って下さるならば、お待ちします」
マノンもベアトリーチェも委員長に気を使って、抱えていた腕を離してくれました。
「じゃあ、僕は小田先生と佐藤先生を領主のクラウスさんに紹介しないといけないから、行くね」
「健人……」
「なぁに、唯香……」
「私も、ちゃんと考えて答えを出すね……」
「うん、待ってる」
委員長と頷き合って、食堂を出ようとしたら、入口に小田先生と佐藤先生が立っていました。
「おはようございます、すみません、お待たせしちゃいましたか?」
「いいや、私達は今来たところだ、そっちは良いのか?」
「はい、大丈夫です、じゃあ御案内しますね」
大丈夫とは言ったものの、食堂からは批判的な声が聞こえてきます。
「助けてもらったのは感謝してるけど、ちょっとなぁ……」
「苦労したんだろうけど、結局はチート頼みだろう……」
「ねぇ唯香、どうすんの? 本気でハーレムとか考えてるんだよ」
「さぁ、処刑の準備を始めよう、幸い今日は強制労働も無いからな、時間はたっぷりあるぞ」
「国分君、ちょっといいかなぁ……って思ってたけど幻滅ぅ……」
足早に食堂から立ち去っても、同級生達の言葉が耳に残って、すぐには消えてくれませんでした。
「大丈夫か、国分」
「えっ……は、はい、大丈夫ですよ」
「ふっ、ちっとも大丈夫そうには見えんぞ、お前は顔に出るからな」
「うっ……はい、自業自得なんですけど、ちょっときついですね」
「だが、お前が考えて、自分で決断したんだろう?」
「はい、そうです……」
「だったら迷うな。揺らぐな。でないと選んでくれた女の子にも、これから決断する浅川に対しても格好が付かんぞ」
「そう、ですよね……」
小田先生から、少し厳しい口調でたしなめられてしまいましたが、全くもってその通りです。
僕が揺らいでいたら、委員長が決断出来なくなっちゃいますよね。
「国分……」
「はい」
「惚れてくれた女の子にぐらい格好付けてみせろ」
「はい、分かりました」
日本に居た頃は、堅物に見えて話し難かった小田先生ですけど、意外と面倒見が良いように思えてきました。
「あれっ? 惚れてくれた女の子にぐらい……って事は、他の人からは格好悪いって思われてるんですか?」
「ふふっ、さあな……そこまでは分からんが……」
「分からんが……何ですか?」
「本来の実力ほどは、凄みに欠けるのは確かだな」
「ぐぅ……反論出来ないところが辛いですね」
騒動の原因になったリーブル酒の話をすると、小田先生はゴクリと喉を鳴らしました。
「生徒達を無事に日本に帰すまでは、気を抜く訳にはいかんのだが……」
「僕は他のお酒の事はわかりませんが、昨日飲ませてもらった二十五年物のリーブル酒は絶品でしたよ」
「くぅ……国分、その酒を帰還が決まった時の祝杯用に手に入れられんか?」
「先生……それは多分可能ですけど、今は帰還の目途が立つように専念して下さいよ」
「分かってる……分かってるから、目途が立ったら頼むぞ……」
「分かりました、今度またリーブル農園のディーノさんを訪ねた時に聞いておきます」
堅物そうな小田先生の意外な一面が見えましたが、お酒で交渉に失敗しないように気を付けないと駄目ですね。
うん、お酒は本当に怖いと、嫌というほど思い知らされましたからね。
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