第77話 領主一族の覚悟

「らかられすねぇ……けしからんのれすよ。あのカミラ・リーゼンブルグという王女はぁ……実に、実にけしからんのれす。聞いてますか、クラウスさん」

「お、おう、聞いてるぞ、けしからんのだな……」

「そうなんれす……こう、ドーンって感じで、キューってなって、バーンなんれす……分かります?」

「あぁ、そうだな、そうなんだな……」


 何でしょうね。せっかく僕がカミラに関する情報を伝達しているのに、何でクラウスさんは迷惑そうな顔をしてるんですかね。


 リーブルの新酒で乾杯した後、次々に振舞われたメニューは、どれも素晴らしい味わいでした。

 蒸した鶏肉と野菜をドレッシングで和えた前菜に始まり、肉、魚、野菜、どの品も手が込んでいるのに変なくどさが無く、素材の味が引き立っていました。


 リーブルの新酒の後は、三年物、五年物のリーブル酒を飲ませてもらい、その味わいの違いを教えてもらいました。

 リーブル酒は、年月を経るごとに色合い、香り、そして味わいに深みを増していきます。


 初めて飲んだ僕には、今日飲んだ新酒が三年後、五年後にどんな味わいへと熟成されていくのか想像もつきませんが、通の人だと新酒を飲んだだけで、ある程度の予想が出来るそうです。


 その為、出来の良い年の酒は、三年先、五年先の物を先払いしてでも手に入れるのだそうです。


 そして今、僕が口にしているのは十年物のリーブル酒です。

 琥珀に色づいた酒は、口に含むとトロリとした舌触りの後で、芳醇な香りが爆発するように広がります。


 精神を蕩かすような多幸感は、筆舌に尽くし難いものがあります。

 フワフワと意識が空気中を漂う感じで、ちょっと突かれただけでも幽体離脱しちゃいそうですよ。


「もうね、リーゼンブルグの利益が最優先でぇ、僕らの事はサルとしか思っていないんれすよぉ……」

「あぁ、そうだな、その通りだな……」

「召喚されて来た時らって……服従か死か、好きな方を選べ……なんて金ピカの鎧姿で言ってやがって……けしからんでしょう!」

「いや、俺は実際に会ったことが無いから分からんからな……」

「ほぇ……クラウスさん、カミラに会った事が無いんれすか?」

「いや、それはもう何度も言っただろう、だからケントが情報を……って話なんだろ?」

「そうれした、そうれすよね……だから情報が大事なんれすよね」


 ヴォルザードの領主として、ランズヘルト共和国の七人の首脳に名を連ねているクラウスさんですが、カミラとは面識が無いそうです。

 魔の森を国境としているために商隊の行き来はあるものの、国の主要な人物の往来は途絶えてしまっているそうです。


 なので、使者が来るのに先立って、僕がカミラの情報をクラウスさんに伝授しているのです。

 あぁ……なんでしょうね、世界がグリングリン回って見えるのは、何ででしょうね。


「くぁぁぁ……ホントなんれすって……こう、けしからん……」

「クラウスさん、私が下宿まで運んできましょうか」

「いいや、もうこの時間じゃ下宿の者も寝てるかもしれんから、うちの部屋で寝かせるからいいぞ」

「寝る……にゃにを言って……まだカミラの……ふわぁぁぁ……」

「それじゃあ、部屋まで運びましょう」

「そうだな、頼むわ……」

「ほれ、ケント、行くぞ……」


 テーブルを回りこんで来たドノバンさんに、いつものように襟首を掴まれてプラーンと吊り下げられました。


「ちょ……ドノバンさん、僕はニャンコじゃないんれす……ほわぁぁぁ……」

「あぁ、分かったから、ほら歩け」

「うなぁ……床がグニャグニャしてます……クラウスさん、床が……」

「アホ、グニャグニャなのはお前の足だ」

「ほぁぁ? 僕の足が……何ですって……」


 ドノバンさんに吊り下げられながら、雲を踏んでるような気分で歩いていくと、広いベッドにポイっと放り投げられました。


「あぁ……ここは、下宿じゃないれすね……壁が……手が届かない……」

「いいから、とっとと寝ちまえ」

「そうなんですか? あの、カミラの情報は……」

「けしからんのだろう、分かったから、大丈夫だ」

「はい……はい……はい……」

「まったく、普段色々と押さえ込んでやがるから……」

「はい……は……」


 ドノバンさんに放り込まれたベッドはふかふかで、あっと言う間に眠りに引き摺り込まれてしまいました。



 気が付くと、僕はギルドの訓練場でカミラと向かい合っていました。

 カミラはいつものように金ピカの鎧に身を包み、これまた金ピカで柄には大きな宝玉がはめ込まれた剣を握っています。

 対する僕は、革の防具に身を包み、右手には木剣を握り締めています。


「ふん、身の程知らずのサルめが……私自ら引導を渡してやるのだ、有り難く思え!」

「そうはいかないぞ! 死んでいった船山や鷹山、新旧コンビにガセメガネ、みんなの思いが僕に力を与えてくれるんだ!」

「ふん、戯言だな……サルどもの思いなど、今頃ゴブリンに食われて腹の中で糞になってるだけだ」

「き、貴様……貴様だけは許さないぞ、カミラ・リーゼンブルグ、覚悟しろ!」


 僕は左肩を前にして、木剣を右上段へと振りかぶりました。


「ふん、サルめ……剣の錆びにしてくれる……マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて……」

「遅い!」


 カミラが身体強化の詠唱を始めた瞬間、僕は猛然と踏み込んでいきました。

 この日の為に、血の滲むような鍛練を続けてきたし、僕は身体強化の魔術も詠唱無しで使いこなせるのです。


「なっ……詠唱無しだと……くぅ」


 不意打ちに近いタイミングで踏み込んだのに、カミラは僕の一撃を辛うじて弾きました。

 カミラの宝剣と僕の木剣がぶつかり合い、甲高い音を響かせます。


 ギィィィィィン!


「なん、だと……我が宝剣エクスカリバーとそんな木剣が互角だと……」

「へへん、ただの木剣だと思うなよ!」


 僕は身体強化の魔法を発動すると同時に、付与魔術によって木剣を強化しているのです。

 勿論、どちらも詠唱無しでの発動ですから、カミラには理解不能でしょう。


「くっ、マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ! 調子になるなよ、サル風情が!」

「来い! けしからん王女め!」


 カミラは、身体がブレて見えるほどのスピードで踏み込んで来ましたが、身体強化を掛けた僕の視力では止まって見えるぐらいです。


 ギャン、ギィィィン、キィィィィィン!


 一合、二合、三合と、宝剣と木剣がぶつかり合う音がギルドの訓練場に響き渡り、見物に集まった群衆からは地鳴りのごとき歓声が降り注いで来ます。


「やっちまえ、魔物使い!」

「カミラ様、ぶちのめして下さい」

「やれ! 魔王、リーゼンブルグをぶっ倒せ!」

「カミラさまーっ! 頑張ってくださーい!」


 カミラと僕が打ち合う度に衝撃波が走り、ギルドの扉や窓がビリビリと振動します。

 衝撃の余波を受けた訓練場はヒビ割れ、あちこちに深い亀裂が刻まれていきました。


 ですが、カミラも僕も、亀裂に躓くようなヘマはしません。

 残像が残るほどの高速で動きまわり、僅かな隙すらも見逃さず、互いに必殺の一撃を繰り出し合いました。


 どれほどの時間が経過したでしょうか、ほんの数分のようにも思えるし、数時間が経過したようにも思えます。

 カミラの宝剣にも、僕の木剣にも刃こぼれが目立ち始め、互いの体力、魔力共にそろそろ限界を迎えようとしていました。


「ふん、サルの分際でなかなかしぶといではないか……」

「へへん、だいぶ息が上がってるみたいだな、行き遅れ王女様」

「なっ、何をぬかすか、私はまだ二十歳前だ!」

「うっそぉぉぉ! 風呂上りに体型を気にしてたのに?」

「き、きーさーまー……見てはならないものを見てしまったようだなぁ……おぉぉぉぉぉ!」

「なにぃ!」


 雄叫びと共に、カミラの魔力が爆発的に膨れ上がっていきます。


「ヴォルザードの街ごと消し飛ばしてくれる!」


 大上段に掲げた宝剣にカミラの魔力が収束し、目も眩むほどの輝きを放ちました。

 恐らく、カミラの残りの全魔力を込めた渾身の一撃が放たれるのでしょう。

 避けるのは難しくはありませんが、僕が逃げれば後にいるみんなが犠牲になってしまいます。

 僕は……もうこれ以上失う訳にはいないのです。


「覚悟はいいか、サルめ、くーらーえー……ロイヤル・インパクトォォォォォ!」


 振り下ろされたカミラの宝剣から、増幅された魔力が破壊の巨塊となって向かって来ます。


「おぉぉぉぉぉ! 闇の盾!」


 僕は左手を突き出して、巨大な闇の盾を発動させました。

 斜めに立てた闇の盾に弾かれ、カミラの魔術は空へと向きを変えました。

 その進行方向に別の闇の盾を発動させて、更に魔術を反射させます。


「なんだ、この黒い壁は、私の魔法が……ぐぁぁぁぁぁ!」


 跳ね返されたロイヤル・インパクトの直撃を受けて、カミラの鎧が粉々に砕けました。


「止めだカミラ! 食らえ、ファイナル・エクスプロォォォォォジョン!」

「きゃぁぁぁぁぁ……」


 瞬足の踏み込みから繰り出される逆袈裟の一撃に、カミラの身体は天高く跳ね飛ばされました。

 どさり……と襤褸切れのようになったカミラが地に落ちると、ギルドの訓練場は、それまでの喧騒が嘘のように静まり返りました。


「終わった……」


 僕も今の一撃で魔力の殆どを使い果たしガックリと膝を付きましたが、これで長かった戦いもようやく終わります。

 散っていった仲間達にも、ようやく勝利の報告が出来ます。


「まだだ……まだ終わってなどいない……」

「な、にぃ……」


 鎧の残骸を纏ったカミラは、額から血を流しながらも、折れた宝剣を支えにして立ち上がっていました。

 僕も立ち上がろうとしましたが、杖にした木剣が粉々に砕け散ってしまいます。


「負けないで健人!」


 駆け寄って来た唯香の治癒魔術が、僕に力を与えてくれる。


「ケント、これを……」


 マノンの癒しの水が、僕を潤して甦らせてくれる。

 僕は、力を振り絞って立ち上がりました。

 普段ゴージャズに整えられている、カミラの金髪縦ロールも今はグシャグシャに乱れ、その形相は山姥のようです。


「決着だ、サルめぇぇぇ!」

「カーミーラァァァァァ!」


 折れた宝剣を投げ捨てたカミラは、拳を固く握って走って来ます。

 僕もファイティングポーズを固めて迎え撃ちました。


 カミラは、何のフェイントも無しに渾身の右ストレートを叩き込んで来ました。

 僕は、ギリギリの見切りで躱しつつ、被せるように左フックを見舞いますが、カミラが反射的に曲げた肘でブロックされてしまいます。


 今度は、僕が渾身の右ストレートでカミラの顔面を狙いましたが、逆に左フックが襲い掛ってきました。

 ダッキングで左フックをかわして懐に潜り込もうとしますが、カミラの膝蹴りが顔面に迫ってきます。


 サイドステップを踏んで膝蹴りを避けながら背後に回り込み、ガッチリと抱え込んだ瞬間に、気合いと共にカミラを投げました。

 僕の身体は芸術的なブリッジを描き、カミラの後頭部を地面へと叩き付けています。


「がはっ……」


 肺に残った空気を絞り出すような呻きを残して、カミラの身体から力が失われました。

 ブリッジを解いて放り出しても、カミラは大の字ままで動かないようです。


「くっ……殺せ……」


 ひゃっは――っ、カミラのくっ殺、いただきました――っ!


「ふざけるな……貴様のような奴が、簡単に死ねると思うな」

「くっ……やめろ……リーゼンブルグの王族として、貴様のようなサルに辱めを受ける訳には……」

「ふぁはっはっはっ、敗者に選択の余地など残されていると思うなよ……」

「や、やめろ……やめて……」


 今更のように這って逃げようとするカミラを、ガッシリと後から抱き止めたけど、僕も体力、魔力ともにもう限界らしく激しい頭痛と共に意識が遠のいていきます。


「くぅ……せ、せっかくカミラを倒したのに……こんな……」


 僕は遠のいていく意識の中で、懸命にカミラのけしからん……けしからん……




 あぁ、頭が痛い……でも、このカミラのけしからん……あれ?

 両腕の中には、柔らかな感触があるけれど、これは一体……。


 朦朧とした意識の中で目を開くと、目の前が真っ赤です。

 あぁ、僕は血涙を流しているのだろうかと思ったけれど、少し視線をずらすと白磁のような滑らかな肌が目に飛び込んで来ました。


「あ、あれっ……?」


 腕の中の温もりは、ブルブルと小刻みに震えています。

 今、僕が抱き抱えているのは、体格的にも、色彩的にも、カミラ・リーゼンブルグではないよね。


 てかさ、僕、パンツ一丁な気がするんですけど……

 てかさ、てかさ、僕の腕の中に居る物体も、薄絹一枚のような気がするんですけど……。


 カミラに勝った達成感は吹き飛んでいき、激しい頭痛と焦燥感に嫌な汗が止まりません。


「ケント様……責任取って下さいますよね……」

「えぇぇぇ……」


 蚊の鳴くようなベアトリーチェの呟きに、全身の血の気が失われていきます。

 あれ? 僕上っちゃったの? 大人の階段上っちゃったの?


「勿論、責任取って下さいますよね?」

「ひぃ……」


 耳元で囁かれた声に、ギギギっと軋むようにして首を回すと、真っ赤なウサ耳が視界に飛び込んで来ました。


「おはようございます、ケントさん。昨夜はリーチェとお楽しみでしたねぇ……」

「お、お、おはようございます、マリアンヌさん。こ、こ、これはですねぇ……」

「ケントさん、女性の身体はデリケートなんですから、そんなに乱暴にしては駄目ですよ」

「は、はい……ですが、これは夢で……」

「夢なんかじゃないですよ」

「はい……」


 マリアンヌさんの言う通り、手の中の感触、温もり……夢なんかじゃないです。

 外堀どころか内堀まで埋められて、本丸まで斬り込まれちゃってますよね。


「この状況で、何も無かったとは……さすがの私も……ねぇ」

「い、いや……その記憶が……」

「そうですか、どうだったのリーチェ」

「お母様、私、身も心もケント様のものに……」


 あぁ、終わった。なんであんな夢見ちゃったんだろう。

 てか、ホントにしちゃったんでしょうか。

 初めての記憶が全く無いなんて……駄目すぎだよねぇ。


「ご主人様、うちも撫でて、撫でて」

「ふぇ? ミルト?」

「うちも、うちもお腹撫でて」

「うちは頭なでなでして、ご主人様」

「マルト? ムルト?」


 絶体絶命の大ピンチと思っていたら、思わぬ援軍の登場です。


「えっと……みんな、ずっと居たの?」

「ずっと居たよ、髭のおじさんが嫌そうな顔でご主人様の服を脱がせてたよ」

「えぇぇぇ! それってクラウスさん?」

「うん、この娘は一緒に寝るだけだからって言うから、うちらの間に入れてあげたの」

「えっ……じゃあ、僕は寝てただけなの?」

「うん、夜中はマルトが揉みくちゃにされてた」


 チラリと視線を向けると、さっとマリアンヌさんは視線を逸らしました。


「えーっと……マリアンヌさん?」

「な、何かしら、ケントさん」

「僕がリーチェを連れ込んだ訳じゃないんですよね?」

「そ、そうみたいね……でも一夜を共にしていたわよね?」

「うっ……そ、そうだとしても、この状況の責任を僕に問うのはズルくないですか?」

「くっ……でも、そんな格好で、一夜を共にしていたわよね?」

「うっ……でも、こんな格好にしたのはクラウスさんなんですよね?」


 一体どんな気持ちでクラウスさんが僕の服を脱がせていたのか、それを考えるとちょっと切なくなりますよね。


「はぁ……リーチェ、あれほどシッカリなさいと言っておいたのに……」

「だって、お母様、コボルトさん達にずっと見られていて……」


 はぁぁ……マルト達が居てくれて助かりました……。

 てか、居なかったら僕はどうなってたの? やっぱり肉食ウサギに食べられちゃってたんでしょうかね。


「はぁ……仕方無いわねぇ……ケントさん、今回は痛み分けって事でよろしいかしら?」

「はぁ、分かりました」


 外堀、内堀を埋められ、本丸まで斬り込まれたけど、ギリギリのところで和睦という感じなんでしょうかね。

 身支度を整えて、クラウスさん達と朝食の席に着いたのですが、やっぱり一言言わずにはいられませんでした。


「あの、クラウスさん」

「なんだ……」


 クラウスさんも朝から物凄い仏頂面ですよね。


「酔いつぶれて御迷惑をお掛けしたのは申し訳なく思いますけど、僕はこういうやり方は好きになれません」

「ふん……俺だって好きでやってる訳じゃねぇぞ」

「じゃあ何で……」

「領主の一族だからだ」

「でも、ベアトリーチェはまだ学校に通っているし……」

「それでも、領主の一族である事に変わりはねぇんだよ」


 クラウスさんは、いつになく厳しい表情で話してくれました。


「ケント、お前の国がどんな制度なのかは知らないが、ヴォルザードの領主は世襲制だ。領主の家に生まれれば、少なくとも普通の家より裕福な生活が出来る。だがな、それは責任の重さの裏返しでもある」

「責任ですか?」

「そうだ、領主の一族として裕福な暮らしをするならば、それに見合った働きをしなきゃいけない。でなけりゃサギ師と同じになっちまう」

「でも、だからと言って……」

「四頭ものサラマンダーが、もしヴォルザードに辿り着いていたら……そんな光景は想像もしたくねぇ。ケント、俺はどんな手を使ってでも、お前にヴォルザードに残ってもらいたいと思っている。いや、違うな……俺達はだ」


 真剣な表情でキッパリと言い切るクラウスさんを見て、またデルリッツさんの言葉を思い出しました。


「でも、それじゃあベアトリーチェの気持ちは……」


 ベアトリーチェに視線を向けた瞬間、僕は言いかけた言葉を飲み込みました。

 ベアトリーチェの決意に満ちた視線を受けて、僕はようやく理解しました。


 クラウスさんやマリアンヌさんだけじゃなく、ベアトリーチェもまた領主の一族として、我が身を賭してでも僕をヴォルザードに残らせようとしているのだと。

 それは、平和な日本で漫然と生きて来た僕から見れば、苛烈な生き方に見えます。


 少し圧倒されるような思いでベアトリーチェを見詰めていると、マリアンヌさんが声を掛けてきました。


「ケントさん、誤解なさらないで下さいね。確かにリーチェはヴォルザードのために、貴方と縁を結ぼうとしていますが、貴方を本気で慕ってもいるのよ」

「えっ……」


 一瞬マリアンヌさんに視線を向けて、すぐ視線を戻すと、さっきまで決意に満ちた視線を返してきたベアトリーチェは、もじもじしながら俯いて、チラチラと上目使いに視線を送って来ていました。


 うっ……こんなの反則ですよ。

 政略結婚を受け入れなきゃいけない貴族の子女が、その結婚相手に本気で惚れている……なんて、恋愛小説のヒロインみたいじゃないですか。


 しかも、その相手が自分だなんて……その希望を叶えてあげたいって思っちゃいますよ。

 でもその一方で、ヴォルザードの領主一家から期待される重圧も、ヒシヒシと感じさせられました。

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