第75話 カミラの推測

 オーランド商店の主人デルリッツさんとの会談を終えた夜、ラストックに偵察に出ていたフレッドから報告を受けました。


『カミラは……テイマーの存在を気にしている……』

「それって、僕がみんなに指示を出していたのをパウルに見られたから?」

『そうだと思う……テイマーの情報を集めていた』


 フレッドの報告によると、カミラはラストックのギルドマスターを招いて、テイマーについて色々と質問をしていたそうです。


 調教出来る魔物の種類、一度に操れる頭数、どの程度まで服従するのか、他の人間の指示を聞くようにさせられるのか、そんな芸当の出来る冒険者がリーゼンブルグに居るのか……などです。


 テイマーは殆どが親から子、または師から弟子へと引き継がれる技術で、人数自体が限られているようです。

 カミラが提示した条件を満たすような者は、ギルドマスターが知る限りではリーゼンブルグには存在していないそうです。


 作戦の最中に刺されて顔も見られたのですが、パウルは僕の顔に見覚えが無かったようです。

 と言うよりも、船山や委員長のように目立つ存在以外は、同級生たちの顔も覚えていなかったようで、僕が最初に切り捨てられた者だと気付かなかったのでしょう。


 そのために、カミラは今回の首謀者は、最初の実戦で死んだと思われている五人のうちの一人だと思い込んでいるらしいです。

 二度目の実戦に参加した者の生き残りだと疑っているようですが、救出作戦の規模を考えれば、その者では準備する時間が足りないと判断しているようです。


「じゃあ、カミラは新旧コンビとガセメガネ、三人の内の誰かが首謀者だと思ってるんだね?」

『ただ、テイマーは外部からの協力者……第二王子派だと疑っている……』

「つまりは、本当の首謀者は第二王子か、派閥の誰かだと思っているの?」

『その通り……』


 カミラの推測では、最初の実戦に参加した五人の内の何人かが生き残り、そこに第二王子派が接触。

 カミラに第二王子派の関与を悟られないように、テイマーが魔物を使って脱走を支援した可能性が高いと思っているようです。


 第一王子派と、第二王子派の版図を簡単に分けるならば、リーゼンブルグの西側が第一王子派、東側が第二王子派の勢力圏です。

 つまり、ラストックは第二王子派の勢力圏で、ポツンと第一王子派のカミラが実効支配している街なのです。


 もし、第一王子派と第二王子派が武力衝突を起こした場合、第二王子派はカミラの手勢によって挟撃を受ける形になってしまいます。

 当然、そうした状況にある事は、第二王子も十分に理解しているらしいし、カミラも第二王子から目障りだと思われていると気付いているようです。


 ラストックの騎士の数が少ない理由は、カミラが自由に出来る手駒自体が少ないだけでなく、第二王子を刺激したくないという理由もあるようです。

 ですが、召喚した二百人の訓練が進めば、戦力はこれまでの三倍近くになるので、第二王子派の動向に神経を尖らせていたのでしょう。


 今回の騒動で第二王子派の暗躍を疑っていても、それを裏付ける証拠が無いので、テイマーから辿って確証が得られないか試みているらしいです。

 その一方で、カミラは第二王子派以外の協力者の線も完全には捨てていないみたいです。


 第三者が協力者なら、脱走者の矛先はリーゼンブルグ全体に向けられるます。

 その場合、潜伏先はヴォルザードである可能性が高いと考えているようで、カミラは使者を送る準備も始めたそうです。


「ラインハルト、使者ってどんな感じの人が来るんだろう?」

『使者が届ける親書の中身にもよりますが、今回のように武力絡みの場合は、使者を務める騎士に、数名の護衛役の騎士が帯同するのが一般的ですな』

「つまり、親書が出来上がって人選が済めば、リーゼンブルグの騎士がヴォルザードに来るってことか」

『さよう、そうなりますな』


 ヴォルザードが属しているランズヘルト共和国は、元々はリーゼンブルグ王国の一部であったことから関係は微妙だと聞いています。

 国の境が魔の森なので武力衝突が起こりにくい環境ではありますし、交易は今も行われているそうですが、親密な関係とは言い難いようです。


「カミラは親書に何を書いてくるつもりかな?」

『そうですな、一番可能性が高いのは、奴隷の返却でしょう』

「だよね……でも、全員腕輪を外した状態でヴォルザードに着いているよね。こういう時はどうなるんだろう?」

『恐らくですが、ギルドで登録を行った時点で、一般人として認められているはずです。それに、ランズヘルト共和国では奴隷制度がありませんので、返却する奴隷は居ない……という返答になりますな』

「なるほどねぇ……でも、それではリーゼンブルグ側は納得しないよね?」

『さようですな、何らかの理由を付けて滞在を伸ばし、自分達で街を探索するといった手を使ってくるかも知れませんな』

「それじゃあ、騎士がリーゼンブルグに戻るまで、みんなには宿舎から出ないようにしてもらわないと駄目だね」


 どのぐらいの期間になるか分からないけど、ずっと宿舎に缶詰状態だとストレスが溜まりそうだよね。


『いいえケント様、それだけでは足りませぬぞ』

「えっ、だって……そうか、リーゼンブルグの騎士が守備隊の宿舎に来るかもしれないのか……」

『いいえ、そういう事ではございませぬ。例え姿を見られなくとも、街の噂に上ってしまうだけでも、存在を察知される危険性があります』

「あっ、なるほど……」


 一度に百五十人もの少年少女が、ゾロゾロと日用品の買い物をしていれば目立ちますし、何よりも、黒髪黒目という容姿がこちらの世界では異質な存在ですからね。


「黒髪黒目の集団を見なかったか? なんて聞き込みされたら一発でバレちゃう訳か……」

『そうですな、ケント様達の姿は少々目立ちますからな』


 だとすると、僕らがヴォルザードに居る事がバレるのを前提で考えないと駄目そうですね。

 明日の夕食の時に、クラウスさんにも相談して、対策を考えた方が良さそうです。

 ふと、昼間聞いたデルリッツさんの言葉が頭をよぎりました。


『クラウス・ヴォルザードという男は実にしたたかです。例え血縁関係を築けたとしても、街にとってデメリットだと判断すれば斬り捨てるだけの判断力を持っています……』


 もし僕らがヴォルザードにとってデメリットになると判断されたら……考えたくもありませんね。


「僕らがヴォルザードに居るのがバレて、それでもクラウスさんが返却を拒んだら、リーゼンブルグとランズヘルトは戦争になるのかな?」

『戦争にはならないでしょうな』

「絶対に?」

『絶対とは言い切れませんが、戦争を起こすには大前提として戦力が必要です。今のカミラにはヴォルザードに攻め込むだけの戦力はありません』

「そうか、リーゼンブルグからの親書って言っても、カミラが送ってくるだけで、リーゼンブルグ王国の総意って訳じゃないもんね」


 肝心の戦力の事をすっかり忘れていました。

 リーゼンブルグ国内は第一王子派と第二王子派で暗闘中ですし、カミラが第一王子派から追加の戦力を引き出せたとしても、第二王子派が支配する王国の東側を通過するのは難しいでしょう。


 ならば、第二王子派が力を貸すかと言えば、派閥争いの最中に自分達の戦力を減らすような手助けはしないでしょう。


「と言うことは、僕らがヴォルザードに居るとバレないようにはするけど、バレた時はバレた時……って感じかな」

『そうですな、現状の戦力ではヴォルザードの方が有利ですし、そもそもカミラの手勢だけではヴォルザードの城壁は越えられないでしょう』


 使者が来ると聞いて焦ったとはいえ、少し心配しすぎた気がします。

 いくら交渉を先生達に任せたと言っても、この程度の事で浮き足だっていたら駄目ですよね。


『ケント様、使者への対応も決まりましたし、そろそろ休まれなされ』

「そうだね、明日はクラウスさんのお屋敷に招待されてるしね」


 今夜も箱を増量して広げたベッドでは、マルト達に囲まれてメイサちゃんがスヤスヤと眠っています。

 うん、今夜は涎を垂らされないと良いのですが……。


 ミルトが空けてくれた場所に潜りこむと、寝返りしたメイサちゃんがスリスリと抱き付いてきます。

 もふもふであろうとなかろうと関係ないんじゃないの。


「うーん……ケント、凄い……」


 ふふん、昼間のギルドでの様子を夢で思い出してるんでしょうかね。

 そうだよメイサちゃん、僕ってけっこう凄いんだからね。


「ケント……凄い、スケベ……」

「ぶほぉ……」


 まぁ、いいんだけどね……どうせそんなもんですよ、僕なんて。

 でも、抱き付いてきたメイサちゃんが、眠りながらニヘラって笑ってるのを見たら許しちゃいますよね。


 幸いにして翌朝まで涎を垂らされる事は無かったのですが、やっぱり起きるとメイサちゃんに枕にされてました。

 朝食をみんなで食べてから、守備隊の宿舎に出向き、小田先生にフレッドの報告について話しました。


 小田先生もリーゼンブルグの使者については懸念を感じているようですが、対応策はクラウスさんと相談してから決める事にしました。

 どの道出来る事は、守備隊の宿舎から出ないようにするぐらいですからね。


 ついでに、ラインハルト達に頼んでおいた交渉に関する資料も手渡します。

 えっ、丸投げして楽してるんじゃないかって? とんでもない、また聞きして僕が資料を作ると間違える可能性があるから頼んだだけですよ。

 ラインハルト達だって、久々の書類仕事だって喜んでたし。


「ふむ、これは分かりやすくまとまっているので助かるな……」

「はい、ラインハルト達は元騎士なんで、その手の報告書はお手の物なんだそうです」

「そうか……国分、この資料のまとめ方は習っておくと良いぞ」

「えっ……そ、そうですよね……そう、なるほど、そうですよね……」

「国分……この先も全部丸投げしようと思っていただろう?」

「や、いやいや、そんな事は無くもない事も無いですけど……そうですね、勉強しておきます」

「ふふっ、まぁ時間のある時で良いぞ、なかなか忙しそうだからな」

「はぁ……」


 たぶん、委員長とマノンの事を言ってるんだと思うけど、今日の問題はベアトリーチェなんだよね。

 夕食に招待って、僕だけじゃないとは思うけど、委員長やマノンの居ないところで、ベアトリーチェにだけ自由にさせちゃうのは駄目だよね。


 かと言って、冷たく拒むってのも無理だし……今夜の招待って意外にピンチなのかな?

 小田先生との打ち合わせを終えた後は、守備隊の宿舎を出て、服屋さんへと向かいました。


 こちらの世界では、大量生産品は存在していないので、正装に使うような服は基本的にオーダーメイドなんだそうです。

 いわゆる既製品も存在はしているそうですが、正装として使えるような物は無く、殆どが普段着のようです。


 アマンダさんに聞いたところでは、貴族同士の集まりなどでは正装が当たり前だけど、いわゆる市民が呼ばれていく場合には、清潔でみすぼらしくない服装であれば大丈夫なんだそうです。

 ただ、僕の持っている服は、魔物に襲われた馬車からいただいたものばかりで、けっこう擦れてたりするので新しい服を買いに出掛けて来ました。


「こ、こんにちは……」

「いらっしゃいませーっ! あれ、国分君じゃない」

「えっ、相良さん?」


 アマンダさんに教えてもらった服屋さんに入ると、出迎えてくれた店員さんは同級生の相良さんでした。


「へへーっ、あたしファッション関係に興味があったから、ここで働かせてもらってるんだ」

「そうなんだ、もしかして本宮さんも一緒?」

「ううん、碧は色気よりも食い気タイプだから、食べ物商売の仕事してるはずだよ」


 ギルドの掲示板に張り出されていた仕事の中から、この店の店員見習いの仕事を相良さんは選んだそうです。


 お店のオーナーは、いずれ国に帰るかもと聞いて、最初はあまり雇う気が無かったようなのですが、相良さんが日本のファッションの絵を描いてみせると、コロリと態度を変えたそうです。


 確かに、ヴォルザードの街中で見かける服装は、良く言えばシンプル、悪く言うと面白みに欠ける感じはあります。


「タカコ、お客さんなの?」

「はい、フラヴィアさん」

「はぁぁぁ?」


 店の奥から出て来た女性の姿を見て、思わず叫んじゃいましたよ。

 フラヴィアさんは、二十代の後半ぐらいで、銀色のストレートヘア―から三角の耳が覗き、先だけちょっと黒くなったキツネっぽい太い尻尾が生えてます。

 背はあまり高くないのですが、凹凸豊かな体型は、かなり肉感的です。


 そんなフラヴィアさんが、アニメに出て来るかと思うような、巫女装束を萌えアレンジして、色々露出多めにした衣装に身を包んでいるんだもん、叫びもしますよ。

 緋袴はホットパンツか! って突っ込みたくなる短さで、純白のニーソックスが清楚さとムチムチ感を醸し出しています。


 白い単衣は紅い糸でステッチが施され、袖は振袖、胸元の合わせは双球の谷間が覗くほど浅くなっています。

 一言で言うなら、エッチぃ巫女さんのコスプレという感じです。


「いらっしゃいませ……黒髪黒目という事は、タカコの友達だね」

「フラヴィアさん、彼が噂の魔物使いですよ」

「まぁまぁまぁ……この子が? 本当に……?」


 僕が魔物使いだと聞かされたフラヴィアさんは、僕の周りを歩きながら、頭のてっぺんから爪先まで何往復もジックリと眺めました。


「ふーん……君が魔物使いねぇ……」

「は、はぁ……そんな風に呼ばれているみたいです……」


 正面に回り込んだフラヴィアさんは、腕組みをして少し前屈みになって、チラリと見上げるようにして僕と向き合いました。

 いやフラヴィアさん、その体勢は拙いですよ、中身が零れそうです。


「うふふ、男の子だねぇ……」

「ぐぅ、だって、その……すみません」


 マズいです、相良さんから絶対零度の視線を浴びせられちゃってますね。

 ここで何かやらかしたら、マノンや委員長に通報されちゃいますよね。


「うふふ、それで魔物使い君は、何をお探しなのかな?」

「あっ、えっと……クラウスさんから今晩の夕食に招待を受けたんですけど、着て行く服が無いもので……」

「なるほど、なるほど……そうね、うちでも正装に使える服は作るけど、今夜までには間に合わないわね。だったら凄腕の冒険者スタイルかしらね……とりあえず寸法を計らせてね」


 フラヴィアさんが寸法を計ってくれて、ジャケット、ベスト、パンツなどを何種類か並べてくれたのですが、ぶっちゃけどれを組み合わせて良いものなのか、全く分かりません。


 ポケットのたくさん付いたカーゴパンツも良いかなぁと思ったのですが、良く考えると影収納が使えるから基本的にポケット要らないんですよね。


 なので、動きやすそうな無難な形のパンツと格子柄のシャツ、これから気温が下がって来るそうなので少し厚手のジャケット、それとちょっと洒落た革のベストを御買い上げいたしました。


 お金を払い終えて、包んでもらった品物を影収納に仕舞うと、フラヴィアさんも相良さんもビックリしてました。


「魔物使い君は、詠唱をしないの?」

「はい、詠唱とか習わないうちに魔法を使えるようになっちゃったので……」

「そもそも闇属性の魔法を使える人が少ないのに、なるほどねぇ……これは噂になる訳だわね」

「いや……あんまり目立つのとか苦手なんですよねぇ……」

「うふふふ、ますます変わっているねぇ。冒険者なんて殆どが目立って何ぼって感じの輩ばかりなんだけどね」

「あんまり目立つと、色々面倒な事が増えるばかりなんですよねぇ……」

「それは有名税というやつだから、諦めるしかないわね」

「はぁ、そうなんですかねぇ……」


 この先も、雑魚っぽいのとかビヤ樽お姉さんみたいな人達に絡まれるのかと思うと、思わず溜息が出ちゃいますよね。

 フラヴィアさんのお店を出て次に向かった先は、知り合いの倉庫を間借りしているマルセルさんの所です。


 店や店頭に置いてあった商品は燃えてしまいましたが、裏の工房に置いてあった道具類は、殆どが燃えずに済んだそうで、マルセルさんは、店が再建されるまでに売り物を作っているはずです。


 仕事を再開してから五日程度なので、僕の足に合う靴が有るかは分かりませんが、靴を買うなら第一候補はマルセルさんのお店と決めています。

 ハーマンさんに描いてもらった地図を頼りに、裏通りを進んで行くと倉庫街のような場所に出ました。


 同じような形の建物が並んでいて、教えてもらった番号を探して歩いていくと、ようやく目的の倉庫へ辿り着きました。

 外から様子を窺うと、何やら作業をしているような音が聞えてきます。


「こんにちは……」

「誰だい、開いてるから入って来な」


 外から声を掛けると、聞き覚えのあるマルセルさんの声がしました。

 建て付けの悪い戸を軋ませながら開けると、マルセルさんが作業台の向こうから、こちらを眺めていました。


「おう、誰かと思えばケントじゃねぇか」

「こんにちはマルセルさん、お邪魔します」

「こんな所まで良く来たな、この前も大活躍だったみたいじゃねぇか」

「いえいえ、街を守りきったのは僕だけじゃなくて、守備隊や冒険者の皆さんの活躍があってこそですよ」

「そうかぁ? 魔王の眷属が凄い勢いでゴブリン共を薙ぎ払ってたって聞いたぜ」

「まぁ、うちの眷属は頑張ってくれましたけど、それでも僕らだけじゃ守りきれませんでしたよ」

「まぁ、そういう事にしとくか、で、どうしたんだ今日は」

「はい、実は今夜クラウスさんのお屋敷に招待されていまして……」

「あぁ……なるほど、その靴じゃなぁ……」


 今履いている靴も、魔の森で襲われた馬車からいただいて来たもので、かなりヨレてしまっています。


「店の再開に向けて、もう商品は作っているが、ケントの足に合うものがあるかどうか……ちょっと靴を脱いでくれ、サイズを測るからよ」

「はい、お願いします」


 足のサイズを測ってもらい、合いそうなものを出してもらいました。


「ケントのサイズだと……こいつと、こいつなら大丈夫だろう」

「それじゃあ、こっちのを……」

「待て、待て、履かないうちに買おうとすんじゃねぇよ」


 靴に関しても、値段の張るものは細かくサイズを測ってオーダーメードで作られるそうですが、殆どの人はサイズを選んで足にあわせて微調整するそうです。


「どうだ……?」

「ちょっと、横幅がきついです……履いてれば馴染むかなぁ……」

「ちょっと待ってな、いま調整してやるからよ」


 マルセルさんは、ハンドルが付いた工具を持ち出してきて靴の中に挿し込むと、グリグリとハンドルを回して靴の横幅を広げ始めました。


「こうすれば、革が伸びて少し余裕が出来るはずだ」


 日本に居た頃は自分のサイズの物をろくに履きもせずに買って、履きながら足に合わせていましたが、こうして丁寧に調整してもらうと、なんだか大人になったような気がしました。


「どうだ?」

「はい、ピッタリです。まるで自分の足の一部みたいです」

「そうか、そいつは良かった」

「えっと、おいくらでしょう?」

「お代は要らないぜ、ケントには世話になったからな」

「そんな、だって元はと言えば僕の同級生が迷惑掛けたんですから……」

「だから、そいつはケントの責任じゃねぇだろう。店が焼けて、自暴自棄になってた俺を立ち直らせてくれたんだ、ホント感謝してるんだぜ。だから、そいつは貰ってくれねぇかな……」

「マルセルさん……分かりました、大切に履かせていただきます」

「おう、靴で困ったら、いつでも相談に来てくれよ、必ず力になるからな」

「はい、ありがとうございます」


 この後少し、靴作りの事や再建中の店の話をしてから倉庫を後にしました。

 さぁ、帰って出かける支度をしましょうかね。

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