第69話 緊急事態

 ヴォルザードに夕暮れが迫る頃、森の外には殆どゴブリンの姿は見えなくなりました。

 一時は森の中から溢れ出して来たゴブリン達ですが、城壁ではラインハルト達が、群れの中ではザーエ達が、群れの外周ではアルト達が暴れたおかげで数も減り、また食料が手に入ったために動きが止まったようです。


 偵察してきたフレッドによれば、何体もの上位種によって、無数のグループのようなものが形成されつつあるそうです。

 そうしたグループが出来れば、縄張り争いとかが起きそうな気もしますが、何しろ食料が潤沢にある状況なので、グループごとの争いは起きていないのでしょう。


 極大発生の第1段階をしのぎ切り、ほっと一息ついていた冒険者達は、第2段階の襲撃に備えて待機している状態です。

 待機と言っても、いつ襲撃があるのかはゴブリン次第で、そうなると冒険者の中には焦れてくる者も出始めました。


「ドノバンさん、奴らが落ち着いている今のうちに、こっちから打って出た方が良くないですか?」

「下手に出て行って囲まれる事になれば、食われるだけだが良いのか?」

「いや……それは……」

「じゃあ、ここから見える上位種を狙い撃ちするってのはどうです?」

「倒れた上位種の魔石を食らった奴が、次の上位種になるだけだ……」

「そ、そうっすね……」


 冒険者とすれば、手柄を立てて名を上げたい、他人より多くの収入を得たいという気持ちが働くのでしょうが、籠城戦のような状況では望みを叶えるのは難しいようです。

 それでも黙って状況が動くのを待つと言うのは焦れったいものですし、街の人達の事を考えれば少しでも早く事態が収拾された方が良いですよね。


「あの、ドノバンさん……うちの眷属に上位種の魔石を回収させるというのは、駄目ですかね?」


 魔石が魔物の身体の中でどんな役割を果たしているのかは、正確には分かっていないそうです。

 ただ、心臓が血液の循環を行うように、体内のマナの循環に関わっているのであろうと思われ、実際に魔石を砕かれたり抉り取られると魔物は息絶えます。


 僕の眷属が上位種の体内から魔石を抜き取ってしまえば、その上位種を討伐出来るし、別のゴブリンが上位種になるのも防げます。


「そんな事が出来るのか?」

「はい、うちの眷属は影の世界で自由に移動できますので、上位種を選んで魔石を抜き取って来るのは可能です」

「そうだな、魔石さえ回収しちまえば次の上位種も出て来ないか……良し、やってくれ」


 ドノバンさんの許可が下りたので、早速マルトを伝令に飛ばそうとしたのですが、一人の冒険者から待ったが掛かりました。


「ちょっと待ってくれドノバンさん、そいつの眷属が上位種の魔石を回収するって事は、そいつが魔石を独り占めするって事になるんじゃないのか? それは、いくら何でも不公平だろう」


 文句を付けてきたのは、サラマンダーの買い取りを頼んだ日、ギルドで絡んで来たペデルでした。


「大体そいつは、眷属とやらにサラマンダーを倒してもらって、たんまり稼いだばかりだろう。それで更に魔石をゴッソリ独り占めってのは、みんなも納得しないんじゃないのか?」


 まるで自分が冒険者の代表のような話振りですが、周囲の冒険者も僕だけが魔石を独り占めすると聞かされれば、あまり良い顔はしませんよね。


「あの……僕の眷属が回収した魔石は山分けするって……」

「駄目だ。どこに山分けする必要がある」


 その場の空気を読んで、山分けを申し出ようとしたのですが、ドノバンさんに却下されました。


「お前らがケントを羨む気持ちは良く分かるぜ。こんな頼り無さそうに見える小僧が、お前らが何年も掛かって稼ぐような金を簡単に手にしちまうんだからな」

「だったら山分けしたって……」

「駄目だ。冒険者家業ってのは手前の才覚、努力、能力で儲ける商売だ。他人を当てにするんじゃねぇ! 山分けだと? 手前らが山分けしてもらえる働きを何かしたか?」


 ドノバンさんにギロリと睨みを効かされれば、面と向かって反論出来る人なんて居ないでしょ。


「城壁の下を見てみろ。山積みになっていたゴブリン共の死骸を片付けたのは誰だ? 奴らの圧力が弱まったのは誰のおかげだ? 事実から目を逸らすな。こいつはもう魔石の独り占め程度じゃ足りないぐらい働いてるぞ」

「で、でも、それは、そいつの眷属の働きであって……」

「だから何だ? 文句があるならお前も眷属を働かせてみろ。あのスケルトンやリザードマンが誰の為に働いてるのか、わざわざ言う必要も無いだろう。だったら誰が報酬を得るべきなのか、分からないとは言わせんぞ」


 ペデルは苦々しげな表情を浮かべたものの、反論を口にする事が出来ませんでした。


「ペデル、このケントは、お前を簡単に追い越していくだろう……いや、もう追い越してるかもしれん。世の中には、こういうイレギュラーが時々現れやがるもんなんだよ」


 ドノバンさんがジロっと視線を送って来ましたけど、僕だって望んで手に入れた力じゃないんですけどね。


「そりゃ地道にコツコツやってる身とすれば、腹立たしいし妬ましい存在だろう。だがな、そいつの足を引っ張ったところで、手前が今より上に上がれる訳じゃねぇ。上に行きたきゃ手前の足で上れ」


 ペデルは、まだ不満そうな表情を浮かべていましたが、それでも頷くと踵を返して自分の持ち場へと戻って行きました。


「ケント、やってくれ」

「はい、分かりました!」


 上位種からの魔石回収は、アルト達にやってもらう事にしました。

 アルトからノルトまでの25頭に魔石の回収、ハルトからホルトの5頭には群れの外周の監視を頼みました。


 30頭のアンデッド・コボルト達が散って行くと、直ぐに変化が現れました。

 さざ波のように、森にゴブリン共の声が広がっていきます。


「ギギッ……ギィィ……」

「ギャッ、ギャギャグゥゥ……」


 夕闇が迫る魔の森でゴブリン達が騒ぎ始めたので、待機していた冒険者や守備隊の隊員が一斉に身構えました。

 アルト達に指示を出した僕も、場合によってはラインハルト達に防衛の指示を出さなければいけないと思ったのですが、水面の波紋のように広がったざわめきは、やがて静まっていきました。


「ご主人様、終わりました」

「ご苦労様……」


 アルトが知らせに来たので影の空間を覗いてみると、上位種のものと思われる魔石が山になっていました。

 たぶん、軽く千個以上はありそうで、軽く眩暈を感じて額を押さえちゃいましたよ。


「どうしたケント?」

「いえ、魔石が山になってたもんで……」


 他の冒険者に聞えると拙いと思い小声で答えると、ドノバンさんはニヤリと笑ってみせました。


「ふふっ、働きの良い眷属を持ったもんだな」

「はい、もう感謝しかないです……ところで、ゴブリン共は静かになったみたいですね」

「さっきの騒ぎは、自分らの頭が突然死んじまって、手下になったゴブリン共が動揺したんだろう」

「この後、襲ってきませんか?」

「おそらく無い。奴らは今は満腹だ、腹が膨れれば……」

「眠ってしまうんでしょうか?」

「たぶんな……」


 念の為にアルト達を偵察に行かせると、ゴブリンは数頭が固まる形で眠り込んでいるとの事でした。

 ゴブリンの生態は全然分かりませんが、例え眠りから覚めても、急激に飢餓感を覚える訳でもないでしょうし、まだ仲間の死骸が残っている状態ならば、街を襲っては来ないような気がします。


 それにしても、ロックオーガに始まった大量発生は、オークの大量発生へと繋がり、今度はゴブリンの極大発生、なんでヴォルザードにばかり来るんでしょうかね。

 一度ぐらいはラストックの側へと行ってもおかしくないですよね。


「そいつは、おそらく風のせいだろうな……」

「風ですか?」


 ドノバンさんの話では、今の時期には東からの季節風が吹く日が多いのだそうです。

 その風に乗って、ヴォルザードに住む人々の匂いが流れ、それに魔物が引き寄せられているらしいです。

 確かに今も、風は城壁から森の方向へと吹いています。


「じゃあ風向きが変われば……」

「そうだな、年末近くからは西風が吹く日が増える。そうなればラストックが狙われる事になるだろう」


 ぶっちゃけ、みんなが元の世界に戻った後ならば、カミラ達がどうなろうと知った事ではありませんが、それ以前に魔物達に襲われて全滅……なんて事になったら、帰還が覚束無くなってしまいます。

 リーゼンブルグは、ちゃんと極大発生への備えをしてるんでしょうかね。


 ざわめいていたゴブリン共が静かになった頃には、すっかり日も暮れて、冒険者達にも夕食が配られました。

 濃厚なミルクティーと乾パンのようなビスケットのみでしたが、味はまあまあでしたし、しっかりとお腹に溜まりました。


 ゴブリンではないですが、お腹が膨れると急激な眠気が襲って来ました。

 昼食の後は、まだ切迫した状況が続いていたので気が張っていましたが、膠着状態が続くと思われる状況では、どうしても気が緩みがちです。


 城壁の上に立って森を睨んでいても、ふわぁっと意識が遠のいていき、足元もフラフラします。

 朝からイレギュラーな救出作戦で動きっぱなしですし、串刺しにされて消耗した影響もあるのでしょう。


 周囲の冒険者を見ると、順番を決めて見張りを行っているようです。


「あの……ドノバンさん、僕の見張りの順番は……」

「お前は、呼ぶまでそこらで寝てろ」


 ドノバンさんが顎で示す先には、毛布が積んでありました。


『ケント様、我々が見張りと偵察を務めておきますので、お休み下され』

『ありがとう、頼むね、ラインハルト』


 肌触りは今いちですが、防寒性は良好な分厚い毛布に包まって、城壁の壁に寄りかかった途端に眠りに転落しました。

 眠りに落ちる前に、救出してきた同級生達の宿舎の手配とかを全く忘れていた事を思い出しましたが、強力な睡魔には敵いませんでした。


 ヴォルザードに来たばかりの頃に、夜中に魔の森で特訓していた時のようで、眠りに落ちるのは一瞬、起こされた時には5分と経っていないような感覚です。


『ケント様、起きて下され! 何やら様子が変です!』

「全員起きろ! 戦闘準備!」


 ラインハルトに起こされた直後にドノバンさんの鋭い声が聞こえ、目が覚めてすぐに異変に気が付きました。

 森の方から地響きと共に、悲鳴のごときゴブリンの叫び声が聞こえてきました。


「突っ込んで来るぞ、1匹たりとも街に入れるんじゃねぇぞ!」


 空気を振るわせる地響きを圧倒するように、ドノバンさんの怒号が冒険者達の耳に届きました。


 僕が眠り込んでから、どのぐらいの時間が過ぎたのか分かりませんが、まだ夜が明ける気配は無く、城壁上に設置された魔道具の明かりは、森までは届いていません。

 でも夜目が利く僕の視界には、遠くから近付いてくる土埃が見えました。


「ご主人様、ゴブリンはでっかいトカゲに追われてる」

「ヘルト、でっかいトカゲって……」


 偵察の報告に来たヘルトに問い掛けた時、地響きの向こう側から炎弾が上がりました。


「くそっ、サラマンダーだと!」


 夜の間は眠り込み、街に押し寄せて来るのは明日以降だと思っていたゴブリン達が、突然暴走を始めたのは、サラマンダーに襲われたからでした。


「ヘルト、サラマンダーの大きさは?」

「この前の半分ぐらい」


 この前討伐したサラマンダーは特に大きな個体だったようですから、今回のが通常サイズと考えるべきなのでしょう。

 サラマンダーの襲来に一瞬動揺した表情を浮かべたドノバンさんですが、通常サイズと聞いて対応策を練り始めたようです。


「ご主人様、大きさは半分だけど、4匹いるよ」

「なん、だと……?」


 あのドノバンさんが目を見開いて絶句した後、慌てて森の方角へ視線を転じました。

 言われてみれば確かに炎弾は複数の箇所から上がっています。


「ラインハルト、みんなを指揮して街を守って!」

『了解ですぞ!』

「ドノバンさん、サラマンダーを倒して来ます!」

「お、おい、ケント……」


 ドノバンさんの返事を聞かずに一気に影に潜って、サラマンダーの居る場所を目指しました。

 影の中から覗いてみると、ゴブリン達は完全にパニックに陥っているようです。


 上位種という纏め役を失い、群れやグループを統率する者が不在のため、てんでんバラバラに逃げ惑っているという状態です。

 サラマンダーが居る場所は炎が吹き荒れる特撮映画のようで、ちょっと顔を出しただけでも熱気で火傷しそうでした。


 サラマンダーは4頭が連携して炎弾を吐き、ゴブリン達を追い込んでいるようです。

 炎を恐れ、逃げ惑うゴブリンをサラマンダーは容赦なく襲い、2匹、3匹を纏めて食らっていました。


「グワァゥゥゥゥゥ!」


 4頭のサラマンダーは前回倒した半分以下の大きさですが、ノンビリと餌を探していた前回の個体とは違い、炎弾を吐き、お腹に響く咆哮を繰り返す姿は恐ろしく、足が竦んでしまいます。


 その上、巨体に似合わぬ俊敏さでゴブリンを捕らえ、バリバリと咀嚼する姿は生態系の王者の風格に満ちていました。

 前回同様に延髄を切り裂いて討伐しようと試みたのですが、動き回っているために闇の盾を狙ったところに設置できません。


 その間にも、サラマンダー達はヴォルザードの方向へと進んで行きます。

 サラマンダーが進めば、追いかけられたゴブリン達もヴォルザードの方向へと逃げ出しています。


 サラマンダーを止めなければゴブリンも止まらず、逆にサラマンダーさえ止まればゴブリンも止まるかもしれません。

 今回は光属性の攻撃魔術で討伐する事にしました。


 影を伝って移動しながら、サラマンダーの頭を狙い撃ち出来る場所を探し、チャンスと見たらすかさず魔術を撃ちました。

 命中したはずですが、攻撃魔術法の効果範囲に比べて、サラマンダーが大きすぎるようで、1発では仕留められません。


 結局10発近くの攻撃魔術を撃ち込んで、ようやく一頭のサラマンダーが動きを止めました。

 仲間の1頭が突然倒れたので、他の3頭も足を止め、様子を見に戻って来ました。


「グルゥゥゥ……」


 喉鳴りを重く響かせながら、1頭が動かなくなった仲間を鼻先で突き、起こそうと試みています。

 他の2頭も不審そうな顔で状況を見守っていますが、動きを止めてくれたのは助かりました。


 影の空間をサラマンダーの頭の中に繋いで、延髄を切り裂きます。

 たちまち2頭が崩れ落ち、残った1頭も驚いて動きを止めた所を狙い仕留めました。


 無事に仕留められたのは良いのですが、倒したサラマンダーの処理に困ってしまいました。

 このまま放置したら、下手をするとゴブリン共の餌になってしまいます。


 かと言って、影空間にしまうには眷属の手を借りる必要がありますが、みんな戦っている最中です。

 その時に、ふっと思い付いた事を試してみる事にしました。


 闇の盾をサラマンダーが横たわった土の下に出して影の空間に繋げば、まぁ、何と言うことでしょう。

 落とし穴に落ちるように、サラマンダーは影の空間へと収納されたではありませんか。


 うん、僕も匠の仲間入り出来るかな?

 こちら側からの脅威が無くなりましたから、ヴォルザードに掛かる圧力は下がるはずです。


 急いでヴォルザードへと戻ってみると、城壁の上にサラマンダーが居るのかと思うような光景が展開されていました。

 城壁の中央から炎弾が降り注ぎ、突進してきたゴブリン共を纏めて吹き飛ばしています。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて火となれ、踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ! たぁぁぁ!」


 鷹山の魔術がバスケットボール大だったのにくらべ、その火球は大人が両手を広げた以上の大きさがあります。

 着弾地点では十頭以上のゴブリンが吹き飛び、地面にはクレーターが出来ています。


「群れの中央付近に狙いを集中して、ゴブリン共がヴォルザードを避けて通るようにするのよ!」


 炎弾の使い手は赤毛のウサ耳をピンと立て、守備隊の術士に指示を飛ばしています。

 さすがは守備隊の総隊長、マリアンヌさんが火属性の術士とは聞いていましたが、これほどの腕前とは思ってもみませんでした。


 マリアンヌさん率いる守備隊の攻撃によって、ゴブリンの群れは左右に分かれる動きをするものの、それでも後ろからの圧力が強いために一部は城壁へと押し付けられて来ます。


 ラインハルトやバステンが城壁下で群れを薙ぎ払っていますが、数の力で押し込まれているようです。

 またジワジワと城壁下に死骸が溜まり始めているようで、守備隊や冒険者達が奮戦してもゴブリンが上の方まで上がって来るようになっています。


「ドノバンさん、サラマンダーは片付けて来ました」

「ケント、本当か!」

「はい、これから城壁下の死骸を崩します。マルト、ラインハルト達に一旦城壁下から離れるように言ってきて!」

「わふぅ、分かりました、御主人様」


 僕も影に潜って、城壁下の様子が見える場所まで移動しました。

 死骸の片づけは、さっきのサラマンダーと同じ方法を使います。


 影の空間には、生きているものは入れないけど、死んだものは入れます。

 城壁下の地面の下に闇の盾を出し、影の空間へと繋げれば、重みに耐えかねた地面ごと影の空間へと死骸は転落しました。


 一度に城壁の全周を片付けるのは無理でしたが、死骸が多く積り切迫している場所から順番に片付けていくと、高さを取り戻した城壁を見てゴブリン共は回避して逃げることを選び始めあようです。


 サラマンダーの圧力が無くなった事もあってか、徐々にゴブリン共の動きは鈍くなり、朝日が昇る事には城壁に迫って来なくなったようです。

 影の世界から表に出て、ほっと一息ついているドノバンさんに声を掛けました。


「何とかなったみたいですね」

「おう、ケントか、死骸はどこにやったんだ?」

「一時的に影の空間に落としておきましたので、後でラインハルト達に森の奥へ捨ててもらいます」

「そうか、サラマンダーはどうした?」

「4頭とも仕留めて、これも影の空間に置いてありますので、後で買い取りをお願いしますね」

「ふははは……一度に4頭ものサラマンダーか、ギルドの金が底を尽きそうだな」


 ドノバンさんは笑顔を見せてはいますが、さすがに表情には疲れが見えますね。


「ケント、お前の眷属に、森の中の様子を探って来てもらえんか?」

「お安い御用ですよ、アルト、ちょっと様子を見て来て」

「わふぅ、了解です、ご主人様」


 アルトが偵察に出掛けると、ドノバンさんは胸壁に両腕をついて、森を見透かすような視線を向けました。


「何度か城壁上まで登られて、軽い怪我を負った奴は居たが、死んだという報告も街に入り込まれたという報告も聞いてない」

「守り切れましたね」

「まだ、完全に終わりって訳じゃないが、それでも山場は超えただろう、ケント、お前が居てくれたおかげだ、礼を言うぞ」

「お礼なんて要りませんよ、ヴォルザードは僕にとっても大切な街なんですから、守るのは当然です」

「そうか……そうだな……」


 ドノバンさんの渋い笑いには、ヴォルザードという街への愛情が籠っているように感じられました。


「ご主人様、ゴブリンはあちこちに散らばっている感じで、こっちに向かってくる感じはないです」

「分かった、ラインハルト、ちょっと良いかな?」

『何でしょう、ケント様』


 呼びかけるとラインハルトはすぐに姿を現しました。


「影の空間に落としたゴブリンの死骸を、魔石を抜き取ってから森の奥に分散させて捨てて来てほしいんだ」

『なるほど、森の奥にゴブリン共の餌場を作る訳ですな、了解ですぞ』


 皆まで言わずともラインハルトは僕の意思を汲み取って、すぐに行動を起こしてくれました。

 森の奥に餌場が出来れば、ゴブリン共がヴォルザードに来る理由は無くなります。


「ドノバンさん、後は街の回りを片付けてしまえば……」

「ふふん、そんなに俺の仕事がしたいなら、いつでも机と椅子を明け渡してやるぞ」

「と、と、とんでもないです、結構です、辞退させていただきます!」

「ふはははは、お前は下宿に戻って寝てろ、後は俺達や守備隊の連中がやる」

「分かりました……あっ、ドノバンさん、救護所って何処ですかね?」

「なんだ、どこか怪我でも……って、お前は自分で治せるか」

「救出してきた治癒魔術を使える同級生が、志願して参加しているので……」

「ほう、そうか、救護所は食堂の脇に設えてあるはずだ」

「分かりました、ちょっと様子を見てから下宿に戻ります」


 救護所に向かって歩いていると、カーン、カーンと警報の解除を知らせる鐘が鳴り響きました。

 ヴォルザードが無事に新しい朝を迎えるのに、少しは貢献出来たかと思うと、ちょっと誇らしい気持ちになりました。

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