第64話 ギリクの弱点

 ドノバンさんが淹れ直したお茶を楽しんだ後、首根っこを掴まれて訓練場へと連行されました。

 根に持ってますよね、お茶吹き出させたの根に持ってますよね。


 訓練場では数人の冒険者が自主トレを行っていましたが、ドノバンさんに追い払われる形で場所を空けました。


「よしケント、こっちの端に出せ」

「分かりました……結構見られてますけど、良いんですか?」

「人払いをした所で、すぐに噂が流れる、気にするな……」

「分かりました……じゃあ、ザーエ、お願いね」


 闇の盾を大きく出して、影の空間に繋げます。

 5頭のアンデッド・リザードマンが、討伐したサラマンダーを引き摺り出すと、周りで見守っていた冒険者達が声を上げました。


「うぉぉぉぉ……何だあの馬鹿でかいトカゲは!」

「サラマンダーなのか? 俺、初めて見たよ」

「てか、黒いリザードマンって、あれオークの群れをぶっ殺してた奴じゃねぇの?」

「ドノバンさんが使役してるのか?」


 ザーエ達はサラマンダーを訓練場に出すと、横一列に並んで騎士の敬礼をして影の空間へと戻って行きました。

 ドノバンさんはと言えば、サラマンダーを見上げて目を丸くしてますね。


「何だこのデカさは……確かにサラマンダーだが……大き過ぎるだろう……」

「ドノバンさんが見ても大きいんですか?」

「普通は、この半分程度、大きいものでも、ここまでの大きさは……」


 ドノバンさんはサラマンダーの大きさに驚きつつも検分を始めたのですが、すぐに表情を曇らせました。

 僕の近くまで戻って来ると、耳元に口を寄せて呟きました。


「ケント、お前これをどうやって倒したんだ?」


 言われてみれば影の空間経由で延髄を切り裂いただけなので、全く外傷は無く、僅かに鼻から出血している程度です。

 たぶん。周りの人に聞かれない方が良いだろうと思い、耳元で討伐方法を囁くと、ドノバンさんは目を見開いて僕を見下ろしてきました。


「そんな事まで出来るのか……とんでもない奴だな」

「すみません、これもやったら出来ちゃった感じでして……」

「ふふん、まるで浮気相手を孕ましたみたいだな……」

「ちょ……僕は、そんな事したことないですからね」

「ふん、時間の問題って気もするがな……」

「な、何言ってるんですか、しませんよ……まだ……」


 まったく、ドノバンさんが変な例えをするから、妙な汗が出てきちゃいましたよ。

 この後、ドノバンさんは皮の手袋を嵌めて、サラマンダーの爪とか牙とかを確認していきました。


 サラマンダーの良し悪しなんか全く分かりませんので、判断はお任せするしかないですよね。


「これまでに見た事もない程長く生きた個体だ。古傷も多いが最高だ。歴史に書き残されるレベルと言っても良いだろう」

「歴史って、いくらなんでも大袈裟じゃ……」

「ふん、この大きさだぞ、すぐに噂が流れ大騒ぎになる。この鱗や牙、爪などが市場に出回るんだぞ、この大きさを見れば、玄人ほど驚き、何としても手に入れようとするぞ」


 言われてみれば、そういう気もします。


「ケント、こいつは莫大な金になるだけでなく、お前の問題も解決してくれるかもしれんぞ」

「へっ? 僕の問題ですか?」

「ふっ、まぁ期待しないで待っておけ……」

「はぁ……分かりました」


 ドノバンさんの思わせ振りな言い方は少し気になりましたが、買取り査定を丸投げして自分の仕事に戻りましょう。

 今日のうちにやっておく仕事は、委員長の夕方のケアと、先生達への連絡、それから忘れてました、残っている同級生のリストを作っておかないといけませんね。


 そろそろ仕事を終えて女子のみんなが戻って来る頃だと思うで、少しギルドの中で待っていましょう。

 壁際に寄りかかって待っていると、仕事を終えた人や採集を終えた人達が戻って来ます。

 その中には、ミューエルさんとギリクの姿もありました。


「お疲れさまです。ミューエルさん、ギリクさん」

「あらケント、こんな時間に珍しいね」

「けっ、チビ助か……フラフラ遊んでんじゃねぇぞ……」


 ふんっ、犬っころよりも、ずーっと働いてますよーだ。


「ちょっと買取りをお願いしに来て、今は同級生達が仕事から戻って来るのを待っていました」

「へぇ、ケントも素材を売りに来たんだ、そうそう、私も買取してもらわないと……ギリク、ここで待ってて……」


 えぇぇ……ミューエルさん、僕に犬っころのお守をさせるつもりですか?


「けっ、俺は負けてねぇからな……」

「はいはい、そういう事にしておきましょうね」

「くっ、このクソチビが……」

「何でしょう? 鼻血出して、ぶっ倒れてても負けてないギリクさん」

「手前、調子に乗ってんじゃねぇぞ……」

「いえいえ、僕は事実を申し上げてるだけですしぃ……」

「このぉ……」

「何ですかぁ……」


 上から睨み付け来る犬っころを下から睨み返していると、脇から声を掛けられました。


「すまない、ちょっと良いかな?」

「あぁん? 何か用っすか?」

「いや、君じゃなくて、こっちの彼の方なんだが……」

「あっ、僕ですか、何でしょう?」


 声を掛けて来たのは30代半ばぐらいの男性で、ギリクよりは少し小さいですが均整の取れた身体つきをしています。

 ちょっとうらぶれた感じで、丁寧な喋り方がかえって胡散臭く感じますね。


「あのサラマンダーだが、あれは君が討伐したのかい?」

「えっと……僕というか、僕の眷属ですね」

「サラマンダーだと、チビ助、何の話だ?」


 どうやら男性は訓練場でサラマンダーを出す所を見ていたらしく、興味を持って話し掛けてきたのでしょうが、当然犬っころが食い付いてきますよね。


「えっと……たまたまサラマンダーが倒せたんで、買取りをお願いしに持って来たんですよ」

「はぁ? 寝言ほざいてんじゃねぇぞ、クソチビが、手前なんかがサラマンダーを倒せる訳ねぇだろうが!」

「君、疑うんだったら見てくるといいよ、あんな大きなものは滅多に見られる物じゃないからね」


 男性は、話の邪魔をするギリクを追い払うように、訓練場の方を指差しました。


「けっ、どうせ鶏程度の大きさなんだろう……見て来てやんよ」


 不貞腐れた様子で歩み去るギリクを、男性は含み笑いを浮かべながら見送りました。


「あぁ、すまない、名乗るを忘れていたね。俺はぺデル、Bランクの冒険者だ」

「あっ、どうも、ケントです」

「それでケント、あのサラマンダーは君が倒したのかい?」

「いえ、倒したのは僕の眷属です」

「眷属……というのは、あの黒いリザードマンの事かな?」

「はい、一応……」

「と言う事は、あのリザードマンは、君が使役してるんだね?」

「はい、まぁ……そうです」

「ふむふむふむ……」


 ぺデルが、どんな意図を持って質問して来ているのかが分からないので、どこまで話して良いものなのか迷います。

 ペデルは、僕が答える度に何度も頷いて、頭の中で考えをまとめているように見えます。


「あの黒いリザードマンだが、先日のオークの大群を討伐していたよね?」

「はい……そうです」

「あの時、真っ黒なコボルトの群れが、オークを追い込んでいたけど、あのコボルトも君の……眷属? なのかい?」

「まぁ……そうです」

「なるほど……君はテイマーなんだね?」

「いいえ、僕はテイマーではないです」


 それまで上機嫌に頷いていたペデルが、怪訝な表情に変わりました。


「じゃあ、君はどうやって魔物を使役してるんだい? ちゃんと制御出来ているんだろうね?」

「はい、それは大丈夫ですし、みんなギルドに登録済みです」

「だから、どうやって使役しているんだ?」


 ペデルは、自分の考え通りだった時には落ち着いた様子だったのですが、予想が外れた途端に問い詰めるような口調になり、目付きもなんだか怪しくなってきました。


「全部お話ししないと駄目なんでしょうか?」

「何ぃ? 俺が聞いてるのに答えられないって言うのか?」

「初めてお会いした方に、何でもかんでも手の内を明かすというのは……ちょっと」

「お前、この俺様と敵対するつもりか?」

「いや、積極的に敵対するつもりはないですけど……」

「だったら答えろ、敵対しないんだろう?」

「うーん……嫌です、何となくペデルさんは信用出来ません」

「何だと、このガキ……」


 うん、何となくどころか、全然信用出来ないよね。


「ペデルさんは、サラマンダーが何処から出て来て、リザードマン達が何処に帰って行ったか見てなかったんですか?」

「何を言って……えっ……?」

「思い出しましたか? 僕の眷族は、見えていない、ここには居ないからと言って、すぐ近くに居ないとは限らないんですよ」


 今にも掴み掛かろうとしていたペデルは、飛び退くようにして距離を取ると、キョロキョロと周囲を見回しました。


「手前、覚えてやがれよ……」

「だから、何でそうなるんですか」

「けっ……」


 ペデルは、1人で勝手に腹を立てて去って行きました。


「マルト、一応どこに行くのか確かめておいて」

「わふぅ!」


 マルトに尾行を頼んで送り出すのと入れ替わるようにして、ミューエルさんが素材の買取りを終えて戻って来ました。


「あれ、ギリクは?」

「はい、裏の訓練場に行ってます」

「訓練場  何かあるの?」

「えっと、サラマンダーが……」

「えぇぇ! 本当に? ちょっと見てくる」


 サラマンダーと聞いたミューエルさんは、尻尾をピンっと立てながら訓練場へと走って行ってしまいました。

 うーん……折角犬っころ抜きで、ミューエルさんとお話出来ると思ったのに……


「おい、クソチビ、手前どんなズルしやがった」


 うん、戻って来なくて良いのが戻って来ちゃったよ。


「ズルって……どういう意味です?」

「あんなデカいサラマンダーを倒すのに、どんな汚い手を使ったんだって聞いてんだ、答えろ!」

「嫌ですよ」

「何だと、クソチビ!」

「だって、正直に話したって、ギリクさん信じないでしょ。嘘だ、そんなはずねぇ、俺は負けてねぇ……とか言ってさ」

「この野郎……」


 再び上からと下からの睨み合いをしていると、聞き覚えのある声がしました。


「あっ! りっくんだ、ともちゃん、りっくんが居るよ」

「マジ? おぉぉ、ギリギリ、久しぶりぃ……」


 犬っころは、声のした方向へギュンって勢いで顔を向けると、顔を蒼ざめさせました。

 無言でスーっと移動しようとしたので、ベルトをグッと掴まえます。

 てか、りっくんとかギリギリって、犬っころの事なんですかね?


「ギリクさん、何処に行くんですか?」

「馬鹿、クソチビ離せ!」

「小林さん、桜井さん、ギリクさんが逃げようとしてるよ」

「ばっ……手前、何言ってやがる……」

「えぇぇぇ……りっくん、酷い、冷たいぃ……」

「そうそう、ミュー姉さんから、女の子には優しくしないさいって言われてるよねぇ?」


 犬っころと凸凹シスターズの間に何があったのかは知りませんが、直感的に僕には有利な展開になると確信しました。

 うわぁ……尻尾が股に隠れようとしてるよ……って事は、凸凹シスターズはドノバンさん並の効果があるって事だよね。

 うん、これは良い武器を手に入れた感じだね。


 凸凹シスターズと一緒に仕事に行っていたらしい、6人ほどの女子も寄って来ました。

 ついでと言ってはなんですが、こちらの皆さんにもご協力願いましょうかね。


「えっと……こちらがヴォルザードの若手のホープ、ギリクさんです。彼女達は僕の同級生なんで、よろしくお願いしますね」

「なっ……お前、何を言って……」

「みんな、りっくんは、ちょっと強面だけど優しいんだよ」

「そうそう、ギリギリは頼り甲斐があるからねぇ」


 何なんでしょうね、ミューエルさんにはベッタリなのに、女の子に耐性が無いんでしょうか、犬っころが借りてきた猫になってますよ。

 顔色悪いですし、変な汗かいてる感じですね。


「うわぁ……おっきいねぇ……」

「凄い……筋肉凄そう……」

「みんな、ほら、尻尾がモフモフなんだよ……」

「あふぅ……か、勝手に触るなぁぁ……」


 うん、尻尾は弱いみたいだねぇ、腰砕けになってるよ、たーのしぃぃぃ!

 と思っていたら、ミューエルさんが戻って来ましたね。


「ねぇねぇ、ケント、ケント、あのサラマンダーって、ケントが倒したってホント?」

「僕がって言うか、僕の眷属がですけどね……」

「すっごーい、凄いよケント、びっくりだよ」


 いやぁ、それほどでも……あるんですけどね、もっと褒めてくれて良いですよ。


「ミュー姉さん、何の話です?」

「あぁトモコ、裏の訓練場にケントが倒したサラマンダーが置いてあるから見ておいで、あんなに大きなのは一生に一度しか見れないかもよ」

「あっ、りっくんが逃げた!」


 女子のみんなの注意がミューエルさんに集まった隙を突いて、ギリクが逃げ出して行きましたね。

 うひゃひゃひゃ、尻尾が、尻尾が股に隠れてるぅぅぅ。


 ギリクに逃げられた女子達が、サラマンダーを見に訓練場へと向かうと、ミューエルさんは溜息を洩らしました。


「はぁぁ……まったくギリクったら……」

「ギリクさんは女性が苦手なんですか?」

「うん、ちょっとね……幼少期のトラウマって感じ?」


 ミューエルさんが言うには、ギリクは4人姉弟の末っ子で上3人は女性ばかり、家の近所にも同年代の男の子が居らず、女の子に囲まれて育ったのだそうです。


「ケント、羨ましいとか思ったでしょう?」

「うぇ? い、いえ……そんな事は……ちょっとだけ……」

「でも、あれを見たら羨ましいなんて絶対に思わないよ……」


 なんかミューエルさんが遠い目をしてるんですが、一体ギリクの過去に何があったんでしょうね。


「ギリクの名誉のために詳しい話は省くけど、とにかく、ギリクはフレンドリーな女の子が苦手なの」

「でも、ミューエルさんは平気ですよね?」

「私は……って言うか、私だけは庇ってあげてたからね」

「なるほど、ミューエルさんは心のオアシスだったんですね」

「あははは、ケントは上手いこと言うね。 でも、ホントそんな感じだったんだ……」


 再び遠い目をしているミューエルさんの様子からして、この話には深く踏み込まない方が良いと感じました。

 下手に突っつくと、ヘビが出て来そうな気がします。


「あの、ミューエルさん、うちの女子達がお役に立つならば、どうぞ使って下さい」

「うーん……ケント、ちょっと面白がってるでしょ?」

「えぇぇ、そ、そ、そんな事は……」

「あるよね?」

「はい……かなり……」

「もう、しょうがないなぁ……めっだぞ!」


 ひゃっはぁぁぁ、久々にミューエルさんに、めっされちゃいました。


「すみません、あんまりにもギリクさんが普段と違うもんで……」

「まぁ、気持ちは分かるし、実際、今のギリクだと女の子は寄って来ないから、アケミやトモコの存在は貴重ではあるんだよね」


 ミューエルさんは、腕組みして何やら考え込み始めました。


「ケーンートー……」

「ひゃい? うっ……お、おかえり、マノン……」


 油断していました、ミューエルさんに見蕩れていたら、夜叉のごとき表情のマノンがジト目で睨んでいます。

 ついでに、相良さんと本宮さん他、女子の皆さんにも睨まれてますね。

 拙いです、また株が大暴落してます。


「あっ、マノンだ、碧達もおかえりぃ!」

「ちょっと、ちょっと、みんな見てきなよ、恐竜だよ恐竜、恐竜!」


 おぅ、凸凹シスターズ、グッドタイミングですよ。

 凸凹シスターズが、後から戻って来た一団を訓練場へと連れていったので、どうにか事無きを得た感じです。


「うふふふ、良かったね、ケント」

「うっ……はい」


 てか、ミューエルさんから言われるのは、ちょっと気拙いですよね。

 サラマンダー見物から戻って来た女子達に、ラストックに残っている同級生のリスト作りを頼んで、マノンにチュってしてからギルドを後にしました。


 男子にリスト作りを頼まないと駄目ですし、委員長のケアに、先生への連絡……まだまだ僕の1日は終わりません。

 頑張らないと、救出作戦決行まで、あと2日です。

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