第63話 薬屋の魔法使い
マリアンヌさんに馬場と馬車を借りられるように頼んだ後、ラストックの駐屯地に移動して委員長のケアをしました。
お昼まで少し時間があったので訓練の様子を覗いてみたのですが、確かに鬼気迫るといった感じです。
救出した同級生達から聞いた話では、騎士タイプの訓練での殴り合いは最初の頃こそガチでやっていたけど、酷い怪我が絶えないので示し合いをして勝者と敗者を決め、演技をするようになっていたそうです。
と言ってもリーゼンブルグの騎士が見回っている中での訓練ですので、完全な演技という訳にもいかず、結果としては生傷が絶えない状況が続いていたのだそうです。
ですが今、目の前で展開している戦いは、とても演技という感じには見えません。
血走った目で相手を見据え、隙あらば止めまで刺そうとするかのごとく激しい打ち合いをしています。
生き残るには強くなるしかないし、弱いままでは確実に死ぬという思いが現れているようです。
戦いが終わった後には、蹲ったまま呻き声を上げている者が何名も居て、これを委員長一人が治療するのかと思うと暗澹たる気持ちにさせられます。
診察室へと移動すると、能面のごとく無表情で治療を続けている委員長の姿がありました。
先に救出した5人が死んだとされた時から演技を続けているようで、以前のように治療に来たラストックの住民と笑顔で交流する姿はありません。
「一体どうしてしまわれたのじゃろう……」
「まるで人が変わられてしまった……」
「仲間に何かあったらしいが……以前のように笑顔に戻ってくれないかね」
治療を受けに訪れるラストックの住民には、委員長が無表情でいる理由が明かされていないようで、不安を感じる声が聞こえています。
そうこうしている間に訓練を終えた同級生達が姿を現すと、治療を急がない住民達は待合室から外へと出て行きます。
「聖女様のお仲間が来たようだ、わしらは後にしよう」
「そうね、これ以上聖女様に負担を掛けられないから……」
本来はラストックの住民が優先だったようなのですが、委員長の態度や同級生達の怪我の酷さを見て、住民が自主的に治療を遠慮するようになったそうです。
「さぁ、みんな中に入って、怪我の酷い人を優先してね」
委員長は、それまでの無表情を脱ぎ捨て大きく深呼吸を繰り返すと、全身全霊を傾けるようにして治療を始めました。
『ケント様……聖女様の治療、レベルアップしている……』
『それって連日、倒れそうになるまで治療している影響なのかな?』
『たぶん……魔術は修練するほど強くなる……』
元々、魔眼の水晶を目が潰れるかと思うほど光らせた委員長ですから、レベルアップする度合いも高いのでしょう。
骨折や酷い裂傷なども次々に治療していくのですが、一人治療を終える毎に委員長の顔色が悪くなっていくようで、見ていてハラハラさせられてしまいます。
今は委員長に治癒魔術を掛けられないので、魔力の回復を助ける丸薬を委員長に投薬しておきます。
「次……あっ……」
「ちょっと、唯香大丈夫? 無理していない?」
「うん、大丈夫だよ、私には王子様がついてるからね」
「はぁ……ホント、唯香には話しているだけでも助けられるよ」
また委員長が夢見るような話を始めたと少し呆れながらも、治療を待つ女子は表情を柔らかくしています。
「大丈夫、きっといつか王子様が助けに来てくれるから、希望を捨てちゃ駄目だよ」
「うん、そうだね、唯香がそう言うんだもん、間違いないよね」
僕は王子様なんてガラじゃないけれど、みんなの期待には絶対に応えないといけないと思いを新たにしました。
フラフラになりながらも同級生達の治療を終えた委員長は、崩れ落ちるようにソファーに身を預けました。
世話役のエルナは無言で毛布を掛け、無言で一礼して診察室から出て行きます。
フレッドに見張りを頼んで表に出ると、委員長が両腕を広げてハグを求めてきました。
「バカ健人、また女の子の匂いがする……」
「ごめん。マノンは、みんなが仕事に慣れるのを手伝ってくれていて……」
「駄目、許さない……もっと、ギューってして……」
「唯香……」
強くしがみ付いてくる委員長に、全力で治癒魔術を流します。
少し冷たいと思えた身体も、温かみを増したようで、唯香という存在をより強く意識させられてしまいます。
「健人……あと何日?」
「明日、明後日の夜には迎えに来るからね」
「絶対だよ……約束だよ……もう、みんな限界だから」
「うん、もうちょっとだけ頑張って」
「分かった……」
エルナが戻って来るまで、抱き締め合ってから診察室を後にしました。
さぁヴォルザードに戻って、眠り薬の手配を済ませてしまいましょう。
目抜き通りから一本入った裏通りの小さな薬屋を訪れると、ミューエルさんの師匠が出迎えてくれました。
「こ、こんにちは、コーリーさん」
様々な薬が入った引き出しだらけの壁の前、カウンターの向こうにいるコーリーさんは、いかにも魔法使いという風貌のお婆さんです。
深い皺が刻まれた顔は、三百歳だと言われても納得してしまいそうな雰囲気があり、正直ちょっと怖いんですよね。
コーリーさんは、僕の顔を暫し見詰めた後でニタリと口元を緩めて、二本ばかり欠けた歯を見せました。
「いらっしゃい、色男、今日は二人だね……」
「うっ……はい……その通りです」
「ひっひっひっ、あんまりフラフラしていて刺されたりするんじゃないよ。 お得意さんに死なれたら困るからねぇ……」
薬を調合するからなのかコーリーさんはとても匂いに敏感で、香水どころか委員長の体臭まで嗅ぎ分けているようです。
「それで、今日はいくつだい?」
「はい、例のサイズを二百お願いします」
「ほう……それじゃあ、仕掛けるんだね」
「はい、明後日の晩に決行するつもりです」
コーリーさんには、既に事情を話して眠り薬を何に使うのかも説明してあります。
「そいつは困ったねぇ……」
「えっ、まさか量が足りないとか?」
「ひっひっひっ、この私が、そんなヘマを踏むものかい……作戦が終わってしまえば、薬を使う用事も無くなるんだろう? うちはお得意が減って困るって言ってるのさ」
「あっ、なるほど……でも魔力の回復を助ける薬とかは、この先もお世話になるつもりですよ」
「さぁて……そいつも、あんたらが向こうの世界に戻っちまえば必要なくなる……と言うか買いに来られやしないだろう……」
「あっ、確かに……」
「でもまぁ、お前さんはこちらに残りそうだから……これからもご贔屓に頼むよ」
「それはまだ分かりませんが、こちらこそよろしくお願いします」
姿勢を改めて頭を下げると、コーリーさんは何度か頷いてみせました。
「お前さんは良いね。 ギリクや取巻き共はガサツでいけないよ。 デカイ図体も目障りだね……」
コーリーさんはギリクに対して辛辣ですが、確かにこの小さな店にあの体格がウロウロしていたら目障りですよね。
その姿を想像して苦笑いを浮かべると、コーリーさんもニタリと笑みを浮かべました。
「そこに座って待っておいで、今用意してあげるよ」
一見すると即身仏かと見まがうようなコーリーさんですが、意外にも矍鑠とした動きで眠り薬を整えてくれました。
五粒ずつ、小さな紙の袋に分けて四十袋、お金を払ってから落さないように影収納へと入れてしまいます。
それを見たコーリーさんは、ちょっと目を見開いた後で、またニタリと笑みを浮かべました。
「ひっひっひっ、私も長いこと生きて来たけれど、詠唱もせずにホイホイ魔術を使って見せる輩に会ったのは初めてだよ。一体どうやってるんだい?」
「うーん……自分でも良く分かっていないんですよね」
「ひっひっひっ、本当に面白い子だねぇ……どうせなら、ミューエルもお前さんが貰っちまいな」
「えぇぇ……そんな事は……」
「ひっひっひっ、ちょっと思っただろう」
「うっ……はい、ちょっとだけ……」
「お前さんは思ってることが顔に出る。 交渉事には向かないね」
「ぐぅ……ですよねぇ。はぁ、この先その交渉事が待ってるのに困ったなぁ……」
「ひっひっひっ、いっそ仮面でも着けて行くんだね」
「あっ、そうか、その手があるか……」
思ってる事がバレるなら、仮面を着けて交渉するのは良い手かもしれないと考えていたら、コーリーさんに笑われてしまいました。
「あーはっはっはっ、こりゃ傑作だ。本気にする奴があるかい、どこの世界に仮面を着けて交渉する奴が居る」
「でも、僕、異世界人ですから……」
「ほぅ……やっぱりお前さんは面白いねぇ。ほれ、こいつも持ってお行き……」
コーリーさんは、小さな薬瓶をカウンターに置きました。
「あの、これは……?」
「そいつは、ブースターって奴さ、そいつを飲めば半日ぐらいは魔力切れ無しで戦える……ただし、効き目が切れたら丸三日ぐらいは寝込むだろうね」
「あの……もうちょっと効き目が穏やかなのは……」
「ひっひっひっ、あるならとっくに出してやってるよ」
「ですよねぇ……」
「この婆の老後を楽しませに、必ず帰っておいで……ほら、忙しいんだろう?」
「はい、落ち着いたら、また遊びに寄らせてもらいます」
コーリーさんは、うんうんと頷くと、追い払うように手を振って僕を送り出してくれました。
裏通りの薬屋を後にして路地裏から影に潜り、ラインハルト達の下へと移動しました。
ラインハルト達は、今日は街道周辺の魔物の掃討と道の整備をすると言っていました。
眷属のみんなが居たのは街道のリーゼンブルグ寄りの場所で、雨水が溜まった場所に土を入れて均していました。
アルト達が一斉に街道脇の土を掘り、雨水が溜まった穴を埋めていきます。
良く見ると、道を均す道具とかも揃えられています。
「ラインハルト、あれって何処から持って来たの?」
『無論、ラストックの駐屯地の倉庫からですな』
「やっぱりか……バレないかな?」
『倉庫の奥で埃をかぶっていたものですから心配無いでしょう。 恐らくは、御学友の訓練が終わった後、森を切り開く時に使うように用意した物でしょうな』
「まぁ、ある意味正しい使い方だからいいか……」
作業していない方向を眺めてみると、そちらは既に作業が終わっているらしく、綺麗に道が整えられています。
ごく稀に商隊が通るだけなので、道が荒れている印象があったのですが、これなら快適な馬車の旅ができそうです。
ヴォルザードも加盟しているランズヘルト共和国は、元々はリーゼンブルグの一部でしたが、魔の森の侵食が進んで往来が難しくなって以後、七つの州の領主が集まって独立を宣言した国だそうです。
そのためリーゼンブルグ側には、今でもランズヘルトは自分達の国の一部だという意識がある為に関係は微妙なのだとか。
魔の森という緩衝地帯があるから戦にならないで済んでいるけど、リーゼンブルグ側が魔の森の開拓を進め、距離が縮まった場合にどうなるのかは予測出来ないそうです。
もっとも、魔の森の開拓は言うほどに簡単ではないので、『仮に……』という話の域を出ないそうで、現実問題として考える人は少ないそうです。
「ご主人様、でっかいトカゲが来るよ」
道の整備を見守っていたら、偵察に出ていたタルトが話し掛けて来ました。
「でっかいトカゲ? リザードマンかな?」
「ううん、もっとでーっかいトカゲ」
『ケント様、サラマンダーかもしれませんぞ』
「それって、フレイムハウンドが討伐したって自慢話してた奴?」
『はい、かなり危険な魔物です、いかがしますか?』
「勿論、討伐しておかないと駄目だけど……みんな一旦作業を中止して影に潜って!」
そもそもサラマンダーの実物を見た事がないので、いきなり戦うのではなく様子を見ました。
タルトが示した方向をみていると、森の中を近付いて来る影があります。
と言うか、赤褐色の丘が動いてるように見えるんですけど……。
「えっと……あんなに大きいの?」
『いや、さすがに大き過ぎる気がしますな、普通はあの半分程度の大きさかと……』
「これも魔の森の活性化の影響なのかな?」
『分かりませんが、可能性は高いでしょうな』
森の中を移動するサラマンダーは、胴体と頭だけで普通のトラックぐらいの大きさがあり、尾の長さまで加えると大型トラックよりも長くなりそうです。
色は赤褐色で背中は硬そうな鱗に覆われていて、鱗の無い部分もゴツゴツとしています。
サラマンサーの鱗や皮には特殊な性質があり、魔力を通すと火に耐性を持つそうです。
そのため、生きた状態のサラマンダーには火属性の魔術は全く通じないそうです。
死んだ後の鱗や皮も、生きている時よりは劣るものの魔力を通すと耐火性があり、防具や火消しの装備に使われているそうです。
「あれって、火を吐くの?」
のそりのそりと歩いてくるサラマンダーの口元からは、時折チロチロと炎が出ているように見えます。
『吐きますな。例の駄目勇者の数倍の威力の炎弾を無尽蔵に思えるほど吐きますが、あのサイズとなると……考えるのも恐ろしいですな』
「うぇぇ……もう怪獣レベルじゃん……」
通常のサイズでも危険度の高い魔物なので、街の近くに現れた場合には、討伐というよりも威嚇して追い払うというのが一般的だそうです。
下手に討伐を試みて暴れられると、炎弾の流れ弾などで周囲にまで被害が及ぶ可能性が高まるからです。
フレイムハウンドの連中が、討伐したと言っていたのは、恐らく街のすぐ近くまで接近してしまったか、街中にまで入り込まれてしまった、あるいは街から離れている場所に潜んでいたものを倒したのでしょう。
「威嚇っていっても、どうやるの?」
『サラマンダーは水属性の攻撃魔術に弱い……と言うか嫌うので、水属性の術士を並べて攻撃魔術で追い返すのが一般的ですな』
「なるほど……でも、ここには水属性の術士は居ないよね」
『ですな、ケント様の光属性の攻撃魔術か、我々が内部から攻撃して討伐するしかないでしょうな』
「そっか……」
救出作戦を考えれば、間違いなく討伐しておくべきなのでしょうが、生きた恐竜にしか見えないサラマンダーを討伐するのは、ちょっと気が引けてしまいます。
『ちなみに、サラマンダーを一頭仕留めれば、ギガウルフの二、三十倍の値段になるでしょうな』
「えぇぇ……そんなに高いの?」
『当然ですぞ、小さな街ならば簡単に破壊してしまうほど危険で、討伐には腕利きの冒険者が最低でも十人単位で必要ですからな』
「って事は、フレイムハウンドの三人は結構凄いって事なの?」
『さぁ? 討伐した個体の大きさも分かりませんし、例の不幸な事故にあったとされる水属性の使い手が凄かったのかもしれません』
ラインハルトと話をしているうちに、巨大なサラマンダーは街道のすぐ近くにまで来てしまいました。
ラインハルト達が活動しているせいでゴブリンなどは寄り付かず、獲物に恵まれないのか、しきりに鼻をひくつかせて周囲の匂いを嗅いでいます。
『ケント様、悪くするとラストックに向かうかもしれませんぞ』
「こいつがラストックに行ったとして、リーゼンブルグの騎士が追い返したり、討伐したり出来そう?」
『無理ですな、こんなサイズのサラマンダーは伝説レベル、天災レベルです、国を挙げて討伐に乗り出さねば無理でしょうな』
「仕方無いね、討伐しようか……」
このタイミングでラストックが襲われて、混乱するのは困りますし、同級生に被害が出る恐れもあるので、討伐する事に決めました。
サラマンダーの頭の中に影の空間を繋げ、大振りのナイフを使って延髄の部分を切り裂きました。
頭を高く上げて匂いを嗅いでいたサラマンダーは、動きを止めると地響きを立てて平伏しました。
『これは、どうされますか?』
「うーん……ドノバンさんに頼んじゃおうかと……」
『ぶははは、さすがのドノバン殿も腰を抜かすかもしれませんが、まぁ、妥当な選択ですな。 では、我等で影空間に収納いたしましょう』
危険な魔物を危なげなく討伐出来るのは良い事なのかもしれませんが、巨大な生き物の命を奪ってしまった事に何となく罪悪感を感じてしまいます。
サラマンダーと人間が共存する光景は思い描けないのですが、互いに干渉しないで良い方法は無いものかと考えずにはいられませんでした。
ラインハルトとアルト達には道の整備を続けてもらい、僕はヴォルザードに戻ってサラマンダーを買い取ってもらう事にしました。
夕方までまだ間があり、仕事を終えた人の報告や素材を収集した人が買取を求めるのはもう少し遅い時間なので、ギルドは少し閑散としています。
カウンターでドノバンさんとの面会をお願いすると、裏の執務スペースへと通されました。
ドノバンさんは、自分の机に座り空いた時間でお茶を楽しんでいるらしく、手招きされました。
「まぁ座れ、茶を淹れてやる……」
「はい、ありがとうございます」
たぶん、ドノバンさんがお茶を振舞うのは珍しいのでしょう、周囲にいるギルドの職員の皆さんが興味深げな視線を投げ掛けて来ます。
ドノバンさんは、体格や風貌に似合わない繊細な手付きでお茶を淹れてくれました。
「ふん、また失礼な事を考えてただろう……」
「と、と、とんでもない……あっ、いただきます」
お茶は先日のものとは違うようですが、芳醇な香りと味わいは素晴らしいものでした。
「まぁいい……どうした、何かあったか?」
「はい、買い取りをお願いしたくて……」
「ほう、またギガウルフか……今度は何頭だ?」
「いえ、サラマンダーです……」
「ぶはっ、ごほっごほっ、サ、サラマンダーだと!」
何があっても動じそうもないドノバンさんが、思いっきりお茶を噴き出しましたね。
てか、職員の皆さんも目を見開いて腰を浮かせてますね。
「どこだ、どこで見た!」
「えっ……街道のリーゼンブルグ寄りの場所ですが……」
「成体か? どの程度の大きさだ! どっちに向かっている!」
「成体だと思いますけど……あの、討伐したんで買い取りをお願いしたいんですけど……」
あれ、何だか皆さん固まってますね。
暫しのフリーズの後で、ドノバンさんは大きく溜息をつきました。
「はぁぁ……サラマンダーと聞いて、お前を普通の奴と同じ扱いにしちゃならん事を思わず忘れていた」
「いやいや、そんな変人扱いされるのは、ちょっと不本意なんですけど……」
「何をぬかすか、サラマンダーを討伐したなんてサラっと言う奴が、変人でなくて何だって言うんだ」
「いや……まぁ、そうなのかもしれませんけど……それで、買い取っていただけるんでしょうか?」
「当たり前だ、鱗、皮、牙、爪、骨、需要はいくらでもある、買い取るに決まってるだろうが」
「じゃあ、ギガウルフの時と同じで良いですか?」
「うむ、構わんぞ、そいつを飲み終えたら裏の訓練場に出してくれ」
ドノバンさんが座れと手で促したので、職員の皆さんも大きく息を吐きながら腰を下ろしました。
「やっぱりサラマンダーって危険な魔物なんですね」
「当たり前だ、何を言ってる。ヴォルザードの城壁だって炎弾を食らい続ければ、どれほど持ちこたえられるか分からんし、一度街に入れてしまったら、どれほどの被害になるか……ロックオーガなら腕利きの冒険者で対応出来る。ギガウルフでも討伐自体は数人いれば出来るだろう。だがサラマンダー相手に街を守りながら戦うんじゃ、守備隊、冒険者が総出で掛からねばならんのだぞ」
「なるほど……そういうレベルなんですね」
「逆に言うならば、サラマンダーを討伐したお前の眷属には、ヴォルザードの守備隊、冒険者を揃えても敵わないって事にもなるな……」
ドノバンさんは、渋い笑みを浮かべてカップを口元へと運びました。
「えっと……討伐は僕が1人でやったんですけど……」
「がはっ、ぐほっ……うぐぅ、がはっ、がはっ、ひっ……1人だと!」
ごめんなさい、ドノバンさんが狼狽するのがちょっと面白いって思ってしまったので……黙っていても良かったんですけどね。
「まぁ、不意打ちみたいな形ですけど……」
「ぐぅ……まったく、せっかくの茶が台無しだ、おい、お前ら今聞いた事は忘れろ」
ドノバンさんはギルドの職員に口止めをした後で、僕をギロリと睨み付け増した。
「ケント! 眷属を使って倒した事にしておけ……分かったな?」
「は、はい!」
「単独で倒したなんて知られたら、腕試しをしたがる馬鹿共が押し寄せて来るぞ」
「うぇぇ……それは、ちょっと困ります」
「乱闘沙汰、決闘沙汰、これ以上俺の仕事を増やすようなら、クラウスさんに上申して、お前をランクアップして……この机に座らせてやるぞ」
「ひっ……そ、それだけはご勘弁を……」
「だったら大人しくしてろ!」
「はい、すみません……」
失敗しました、冒険者という仕事は調子に乗ると碌な事にならないと、肝に銘じておきましょう。
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