第53話 支えてくれる人々
予想通りと言うか、当然の成り行きと言うか、女子のみんなは渡した3千ヘルトを綺麗さっぱり使い果たしていました。
誰が首謀者なんて、言うまでもないよね。
「守備隊の臨時宿舎に居住する事に関する経費、食堂の食費も含めてだけど、それは僕の方で負担するけど、その他のお金は出せないと思って……」
会議室に集まった女子のみんなに、今度の支援について話をしたら、小林さんに質問をされました。
「それって、男子が……って言っても鷹山だろうけど、燃やしたお店の賠償費用を国分が負担するから?」
「そうだよ。たぶん、手持ちのお金を全部突っ込めば足りるとは思うけど、どの程度の金額を請求されるか、まだ分からないから余分なお金は出す訳にいかないんだ」
「でもさ、それって国分が負担する物なのかな?」
「勿論、本当なら違うね」
「だったら、そっちの支払いは男子達にやらせて、最初の方針通りに女子には支援してくれないかな」
「はぁ……そんな事が出来ると本当に思ってるの?」
「うっ……それは、言ってみただけよ」
女子のみんなに責任がある訳じゃないけど、気分がささくれていて、どうしても対応がぶっきら棒になってしまいます。
「今朝、ドノバンさんから言われた通り、僕らは決して歓迎される存在じゃない。 それなのに、こんな騒動を起こして、その上きちんとした謝罪や賠償をしなかったら、本当に放り出されたって文句は言えないんだよ。いい加減甘っちょろい考えは捨ててくれないかな……」
会議室に集まっている女子の顔を見回しても、反省してそうな顔が半分、残りの半分は、どうして自分が……という被害者面をしているように見えます。
「確かに、僕らはカミラによって望んでもいないのに召喚されてしまったけど、それはヴォルザードの街の人には全く関係の無いし、嫌だろうが何だろうが、元の世界に戻る方法を手に入れるまでは、ここで生きていくしかないんだからね……」
現状を分からせようと言葉を繋いでも、余計にふてくされた表情を見せる者が3割以上は居るよう見えます。
もう本当に全部放り出して帰国もやめて、ヴォルザードで自由に暮らしてやろうかと思ってしまいます。
「僕の話はこれだけだけど、何か質問ある?」
「あの……乗馬の訓練って……」
桜井さんは、余程乗馬が気に入ったみたいだけど、期待には応えられないかな。
「ごめん、それも自分で交渉してみて。僕は残りのみんなの救出作戦に専念するから」
「分かった……ごめんね……」
「他に質問は……無いみたいだから、帰らせてもらうね」
凸凹シスターズと本宮さん、相良さんに後を頼んで会議室を出ると、すぐに不満を訴える声が聞こえたけど、耳を塞いで影の世界へと潜り込みました。
次はギルドに行って、ドノバンさんに謝らなくっちゃいけないのに、駄々っ子の相手なんかしてられませんよ。
ギルドに行くと、いつものようにドノバンさんが一人で仕事をしていますが、いつもより机に積まれた書類の山が高いような気がします。
もしかしなくても、乱闘騒ぎの後始末の分でしょう。
「すみませんでした……」
「ケントか……」
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「ふん……確かに迷惑を被っているが、それはお前の責任じゃないだろう」
「でも……僕が連れて来た連中が起こした事ですし……」
「お前は、何でもかんでも責任を被りすぎだ。 登録の手続きの前に、あれほど俺が釘を刺して、それでも騒動を起こしたんだ、覚悟は出来てるのだろう……」
「いえ、あいつら覚悟なんて欠片も出来てないと思うし……その、放逐だけは……」
額が膝に着くくらい、深く頭を下げてお願いしました。
「ふん……そいつは、奴らの態度次第だな。ヴォルザードでは、お前らの歳になれば、大人と同じ責任を背負う事になる。街中で武器を振り回し、魔術をぶっ放す事が許されるか許されないか、その程度の事は判断出来るだろう」
「はい、あいつらが無罪だなどとは言いませんし、処分に関してはヴォルザードの法律に従って、厳正に下される事を望みますが、出来るならば放逐だけは勘弁してやって下さい」
もう一度、深く頭を下げてお願いしました。
もし放逐なんて事になったら、元の世界に帰れるとなった時に、居場所を探し回らないといけなくなるでしょう。
既に船山は連れて戻れません、これ以上、戻れない者を増やすわけにはいきません。
「ケント、クラウスさんの話がめちゃくちゃだと言えなくなるぞ」
「はい……自覚はしてます、申し訳ありません」
「考慮はする……だが、期待はするな」
「はい、ありがとうございます。それと、クラウスさんにも謝罪したいのですが……」
「そうだな、週明け、火の曜日の昼前にでも顔を出せ。その時間ならギルドに居るはずだ」
「はい、分かりました、そうさせてもらいます」
「ケント、明日の安息の曜日は何もしないで、コボルトでも抱えて寝てろ。お前は充分良くやってる、分かったな」
「はい、はい……失礼します」
素っ気無い言い方だったけど、思いやりの籠もったドノバンさんの言葉に、堪えきれず泣いてしまいそうだったので、慌てて影の中へと逃げ込みました。
ドノバンさんとの話を聞いていたのか、マルト、ミルト、ムルトが尻尾をパタパタ振り回しながら寄って来ます。
「ご主人様、明日はずっと一緒にいれるの?」
「抱っこしてくれるの?」
「撫でて、いっぱい撫でて!」
「そうだね、明日はノンビリしちゃおうか?」
「わーい! ノンビリ、ノンビリ!」
僕の周りをグルグルと走り回るマルト達を見ていると、ささくれた心が静まっていきます。
後は、委員長をケアすれば、今日のノルマは終わりです。
明日はドノバンさんの言う通り、マルト達をモフりながら寝てましょう。
ラストックに影移動して、フレッド、バステンと合流しました。
『ケント様……もう休まれた方が良い……』
『そうです、あんな奴らのために、ケント様が辛い思いをされる事はありません』
「うん、でも委員長は騒動と無関係だし、こっちで頑張ってるからね……」
いつもなら委員長の様子を覗き見しながら、エルナが立ち去るのを待っているのですが、今夜はフレッドに見ていてもらって、マルト達をモフって待ちました。
座り込んだ僕の周りに3頭が寄って来て、早く撫でろと身体を擦りつけて来ます。
自分がイメージした結果とは言え、絶妙なモフモフ感に癒されますね。
『ケント様……世話役が出て行った……』
「分かった、みんなはここで待っていて……」
マルト達を影の世界に残して、委員長の部屋に入りました。
「こんばんは……唯香」
「健人……? 何かあったの?」
「えっ……どうして?」
「声が、物凄く疲れてるみたい」
駄目ですね、こんな事じゃ委員長をケアするどころじゃないよね。
「うん、実はね……」
委員長の心配を否定して誤魔化し続ける自信が無かったので、乱闘騒ぎについて話しました。
「信じられない! 馬鹿じゃないの!」
「ごめん、僕が目を離したから……」
「違う! 健人は何も悪くない、こんなに……うぅぅ……健人は、こんなに毎日頑張ってるのに……うぅぅぅ……」
ぎゅーっと抱き付いて来た委員長は、僕のために泣いてくれました。
委員長の背中に腕を回して抱き締め返します。
「ありがとう……ありがとう、唯香」
「ごめんなさい。健人一人に任せきりにしちゃって……」
「ううん、僕は一人じゃないよ、心強い眷族がいっぱいいるんだ」
「眷属……?」
委員長にラインハルトをはじめとする眷族達の話をしました。
「いつも、誰かが一緒にいてくれるから大丈夫」
「いつもって……今も?」
「うん、バステン、マルト、ミルト、ムルト、出て来て」
「えぇぇ……」
影から出て来たチタンカラーのスケルトンは、キッチリとした騎士の敬礼をして、マルト達は僕に抱き付いている委員長に羨ましそうな視線を向けています。
「か、可愛い……」
「でしょ、でしょ」
「さ、触ってみてもいいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ふわぁぁ……」
ふら~っとした足取りで歩き始めた委員長は、真っ直ぐにバステンに歩み寄りました。
「そっちかい!」
「えぇ? だって、こんなに可愛いんだよ。うわぁ、これ何か金属っぽいよね?」
可愛いと言われて、バステンも戸惑っているようです。
「バステンは、騎士団で部隊長をしていた人で、槍の名手なんだよ。サンドブラスト仕上げのチタンをイメージして強化したんだ」
「すっごーい、すっごく可愛い!」
うん、キラキラした目でバステンを見ている委員長の可愛いの基準が全く分からないよ。
「ご主人様、このメスはご主人様の番なの?」
「えぇぇ……ま、まだ番じゃないけど、その……大事な人だよ」
「うぅぅ……じゃあ、うちらのライバルなの?」
「ふふっ、みんなと同じ大事な人だよ」
「わふぅ、それじゃあ仲間なんだね」
それまで少し警戒していたマルト達も、ゆるゆると尻尾を振って委員長を受け入れたみたいなんだけど……委員長はバステンに夢中だね。
『ケント様、こ、これは、ちょっと気恥ずかしいと言いますか……』
「うん、ごめんバステン、もうちょっとだけ我慢して」
委員長は、バステンを頭のてっぺんから足の爪先まで、舐めるように眺めています。
「ねぇねぇ健人、どうしてバステンさんはバラバラにならないの?」
「うーん……スケルトンだから? 魔力的な何かが作用して?」
「すっごーい……ねぇねぇ健人、バステンさんは強いの?」
「もうね、異次元レベルだよ。ここの騎士が全員で掛かっても敵わないと思うよ」
「へぇ……えっ?」
突然、委員長が振り向いて僕の方を見詰めました。
「ねぇ健人。私達を救出する時、ここの騎士はどうするつもり? 殺すの?」
「ううん、薬を使って眠らせるだけだよ」
「はぁ……良かった。皆殺しにするなんて言われたらどうしようかと思った」
「騎士を殺しちゃうと、街を守る人が居なくなっちゃうからね」
ロックオーガの大量発生以後、魔の森が活性化しているし、もし川を越えて魔物が押し寄せたら街を守るのは騎士しかいないと話すと、委員長は大きく頷きました。
「眷属を増やしたから、救出したみんなに頼らなくても大丈夫になったんだ。あと1週間ぐらいを目途に、ここに居る全員を救出するつもりで居る」
「健人、先生達は?」
「大丈夫。居場所は分かっているし、そっちも一度に救出するつもりでいるよ」
「良かった、さすが健人だね」
委員長はバステンの所から離れて、またそっとハグしてきました。
「細かい作戦や実行する日取りが決まったら知らせる」
「分かった。みんなには希望を捨てずに、いつでも逃げられる心構えをするように言っておくよ」
「でもリーゼンブルグの奴らに気付かれないようにね」
「うん、気を付ける……」
そっと目を閉じた委員長は、僕の肩に頭を預けてきます。
『ケント様……世話役が戻って来る……』
「唯香、エルナが戻って来たから行くね……」
「うん、待ってるから……」
委員長の背中に回していた腕を解いて、バステン達と一緒に影に潜りました。
短い時間だったけど委員長と過ごしたおかげで、荒んでいた心が元に戻ったような気がします。
僕には心強い眷族が付いていてくれるし、委員長やマノンも居るのだから、下を向いてる場合じゃないよね。
ヴォルザードに戻ると、下宿は既に寝静まっていました。
アマンダさんも騒動を聞いて心配したかもしれないから、明日の朝、謝らないと駄目ですね。
『おかえりなさい、ケント様。アマンダ殿が心配されてましたぞ』
「やっぱりか、明日ちゃんと説明する」
『その方が宜しいですな』
「うん、さすがに今日は疲れたよ……」
『まったく、あのような馬鹿者共には手を差し伸べる必要などありませんぞ』
「うん、さすがに堪忍袋の緒が切れたから、もう援助はしないつもりだよ」
『それが宜しいですな、明日は安息の曜日ですし、少し休まれませ』
「うん、そうする……」
狭い下宿のベッドに潜ると、さすがに布団が冷え切っています。
うん、ここは湯たんぽが必要ですね。
「マルト、おいで……」
「くぅん……」
布団の中に出て来たマルトを抱えて眠りにつきます。
モフモフですし、やっぱり温かいのは強化の時のイメージおかげでしょうね。
明日からマルト、ミルト、ムルトのローテーションでモフりましょう。
でも、夏はちょっと暑いだろうねぇ。
翌朝、寝苦しくて目が覚めました。
狭いベッドの上でマルトとムルトに挟まれて、足元ではミルトが丸くなっています。
うん、順番だって説明しておかなかったのは失敗でした。
まだ少し早いですけど起きてしまいましょう。
「んっんー……うん、みんな、ありがとうね、一旦影に戻ってて」
「わふぅ、撫でて……ご主人様」
「はいはい、後でいっぱい撫でるからね」
マルト達を影に戻して、ふとベッドを確かめてみたのですが、うん、抜け毛は落ちてませんね。
これって、ある意味理想のペットだよね。
言葉は通じるし、強いし、速いし、モフモフだし、言う事無しだよね。
部屋から出ると、もうアマンダさんが仕込みを始めているらしく、良い匂いが階下から立ち上ってきます。
「おはようございます、アマンダさん」
「ケント、あんた大丈夫だったのかい?」
「すみません、同級生達がお騒がせしたようで、面目ないです」
「それで、あんたは怪我とかしなかったのかい?」
「はい、僕は別の場所に居たので、戻って来たのは騒動が終わってからです」
「はぁ……そうかい、それを聞いて安心したよ」
アマンダさんは心底安心したという様子で、こんなに心配を掛けてしまって本当に申し訳ないです。
「あの……アマンダさん、結構噂になってるんですかね?」
訊ねた途端にアマンダさんの表情が曇ったのを見ても、状況は良くないようです。
「殴り合い程度なら珍しくないし、みんな限度はそれなりに弁えているんだよ」
「はい、カルツさんからも聞きました」
「武器を振り回したのも……まぁ、逆に奪われて痛い目に遭ったみたいだからまだ良いのさ」
「靴屋さん……ですね?」
「そうさ、周りの者にまで迷惑や被害が出るような魔術を街中で使うなんてのは、ちょっと許される事じゃないよ」
鷹山が死んだと思っても、カミラが残念がらないのも当然ですね。
キチガイに刃物じゃないけど、なんで鷹山なんかに、あんな強力な魔術の素質が宿ったのか……神様の嫌がらせとしか思えないよね。
「はぁ……あの馬鹿、ホント何やってんだよ。あれほどトラブルを起こすなって言っておいたのに……」
「まぁ、ケントに出て行けって言う奴はいないだろうが、他の連中に対しては相当風当たりが強くなると思っておいた方が良いだろうね」
「はぁ……そうですよね」
女子のみんなに、これ以上の援助は難しいって言ったけど、仕事を探すのも難しくなるかもしれない状況では、援助を続けるしかないかもしれません。
「でもさぁ、ケントは何も悪い事してないんでしょ? ケントが謝るなんて変じゃない?」
「メイサちゃん、そうなんだけどね、昨日騒ぎを起こした連中をヴォルザードに連れて来たのは僕だから、やっぱり責任はあるんだよ」
「でも、ケントは街を守ったんだよね?」
「うん、でも、街を守ったのはラインハルト達だし……」
「でもでも、ケントがヴォルザードに来なかったら、ラインハルトのおじちゃん達だって、ヴォルザードには来て居なかったんでしょ?」
「うん、まぁ、それはそうなんだけどね」
「おかしいよ! ケントが謝るなんて、絶対におかしい!」
メイサちゃんが、地団駄踏んでプンスカ怒ってくれているのを見て、また涙が零れそうになりました。
「大丈夫、ケントが頑張ってるって、私達はちゃんと分かってるからね……」
メリーヌさんもギュっとハグしてくれました。
「さあさあ、朝食にするよ、うちは今日も通常営業だからね!」
心が折れそうになるほどに嫌な事や悪い事が起こっても、僕には心配してくれる人、支えてくれる人が沢山居ます。
だから頑張らないと駄目だよね。
関係が壊れてしまたり、感情が悪化してしまったのなら、修復し、築き直せば良いんだよね。
僕らは死んでしまった訳じゃないし、まだまだやり直す方法があるのだから諦めてちゃ駄目です。
しっかり朝ごはんを食べて、今日も一日頑張りましょう。
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