第47話 足止めの雨

 木立の間から見える空は、どんどん黒い雲に覆われ始めました。

 街道から少し森へ入った周囲よりも高い場所を選び、少し早いですが野営の準備を始めます。


 やがてポツポツと雨粒が落ち始め、天幕を張り終えた頃には本降りとなっていました。

 天幕は樹液を浸み込ませ防水が施されているので、雨水が浸みて来る事は無いものの、叩き付ける雨音や湿気で不快感が一気に増してきます。


 今回の実戦に参加した50名の内、男子が27名、女子は23名で、10張りのテントの6張りは男子用、4張りを女子用とします。

 5人用の天幕に6人が眠る事になりますが、小柄な女子ならば問題は無さそうです。


 男子のまとめ役を、近藤とへなちょこ鷹山、女子のまとめ役を本宮さんと相良さんに頼みました。

 天幕の一つに集まってもらって、これまでの経緯を話し、今後の行動を理解してもらうと共に、ふざけた行動をする者が出ないようにしてもらいます。


 ついでに今後の救出作戦の話もして、協力してもらえるように説得しました。


「……と言うのが、これまで僕がやってきた事と、これからの計画なんだけど……何か質問はあるかな?」


 4人に尋ねた瞬間、ガバっと音がするような勢いで、本宮さんが頭を下げました。


「ごめんなさい、国分君がそんなに頑張ってくれていたのに、筋違いな文句を言って平手打ちまでしてしまって……」

「うん、結構痛かったけど、でもいいよ、みんなに内緒で作戦を進めていたのも誤解される要因だったしね」

「そんな……それじゃ私の気が治まらない……私も叩いて! 思い切り! 遠慮は要らないわ!」

「いやいやいや、そんな事は出来ないよ……」


 ちょっと失敗をやらかしたから、テンぱっちゃったのでしょうかね、そんなとんでもない要求は飲める訳ないよね。


「そう……そうよね、こんな場所じゃ駄目よね……もっと大勢の人の前じゃなきゃ……」

「そうそう……って、はぁぁ? ちょっと本宮さん、何を言ってるの?」

「もっと大勢の人が見守る前で、売女とか、メス豚って罵られてから張り倒されて、惨めに這い蹲って……」

「いやいや、待って待って、そんな事したら僕がゲス野郎だと思われちゃうよ」

「いっそ足蹴にされて踏み付けられて……んきゃ!」

「碧、戻って来なさい!」

「あぅぅ……貴子、ごめん」

「ごめんねぇ、男子の前では殆ど表に出さないけど、碧は時々変な方向に逝っちゃう事があって……まぁ見なかった事にしておいて」


 相良さんが後頭部に強烈な平手打ちを食らわすことで、ようやく本宮さんの暴走は止まりました。

 ちょっと目が逝っちゃってて怖かったです。


「それと、私も、酷い事言ってしまって……ごめんなさい」

「俺もだ……知らなかったとは言え、すまなかった」


 相良さんも、近藤も揃って頭を下げてくれました。

 で、へなちょこ勇者の鷹山はと言えば……。


「誤解してしまったのは悪かった……だが国分、この計画は甘すぎだろう。これだけの事が出来て腕輪も外せるならば、騎士は皆殺し、カミラは捕えて拷問するか、人質にして他の王族から帰還方法を聞き出すとかするべきじゃないのか?」


 鷹山の意見に、他の3人や、天幕に居合わせた男子達も頷いています。

 やっぱりラストックの駐屯地で虐げられてきたからなんでしょうか、思想が過激になっている気がします。


 それとも鷹山の言う通り、僕が甘すぎるのでしょうかね。


「鷹山、この前さ、森を抜けた先の街ヴォルザードに、二百頭以上のロックオーガの群れが押し寄せて来たんだ」

「ロックオーガ? どんな魔物だ」

「身長は3メートル以上、簡単に剣が通らないような硬い筋肉の鎧を纏った魔物で、腕利きの冒険者じゃないと太刀打ち出来ない。 若手冒険者の有望株では3人ぐらいで掛かってやっと互角。 僕らレベルだと……」

『10人以上いても蹴散らされるでしょうな』

「10人以上いても蹴散らされるって……」


 ラインハルトの言葉を伝えると、4人は顔を見合わせて、ロックオーガの姿を想像しているようですが、ピンとこない様子です。


「その……ヴォルザードだっけ? 大丈夫だったの?」

「あぁ、それはラインハルト達がロックオーガを殲滅したから問題無いよ」

「あのスケルトンって、そんなに強いの?」

「うん、何か……異次元って感じだね」


 オークの群れを瞬殺した前回と違って、実際の戦闘を見ていないから、質問を重ねるほどに想像が追いつかず、本宮さん達は困惑の度合いを深めているようです。


「そのロックオーガとやらは討伐されたんだろう? それは国分、お前が使役しているスケルトンがやったんだろ? だったら尚更やつらを簡単に皆殺し出来るって事じゃないか」

「うん、やろうと思えば出来るだろうけど、話はまだ途中だから最後まで聞いてくれるかな?」


 自分の主張がなかなか認められないから、鷹山は苛立っているようです。


「ヴォルザードの人達から聞いた話では、一部の魔物が大量発生すると、暫くの間は魔の森が活性化するんだって」

「活性化って、魔物が増えるってこと?」

「まぁ、簡単に言うと相良さんの言う通りで、魔の森近くの集落に魔物が押し寄せる可能性が高まるって意味でもあるんだよね」

「だから、何が言いたいんだ、ハッキリ言えよ!」

「鷹山、ラストックの街に魔物が襲い掛って来たら、誰が街を守るの?」

「はぁ? それは……」


 鷹山だけでなく、他の3人も話の意図に気付いたようです。

 4人とも考え込んだ後で、最初に口を開いたの鷹山でした。


「そんなもの、奴らの自業自得だろう、俺たちの知ったこっちゃないだろう?」

「ちょっと待って、私達は駐屯地から出ていないから分からないけど、街には女性や子供、お年寄りも居るんだよね?」

「勿論、駐屯地の外は普通の街だから、普通の人達が生活しているよ」


 僕の答えを聞いた本宮さんは、鷹山に睨み付けるような視線を送ります。


「私は皆殺しには反対。騎士を皆殺しにして、街の人が魔物に殺されたら、直接手を下していなくても私達が殺したのと同じになっちゃうよ」

「そ、そんなのは……あのスケルトンに街を守らせれば良いじゃないか、それなら騎士なんか皆殺しにしたって平気だろう」

「何それ、全部スケルトン任せにするの? でも国分君が反対してるんじゃスケルトンは動いてくれないんじゃないの?」

「うん、僕はそんな事をラインハルト達に頼む気は無いよ」

「お前、どっちの味方なんだよ! あいつらの味方する気かよ!」


 本宮さんと相良さんは皆殺しには反対みたいで、近藤は考え中、鷹山と居合わせた男子達は皆殺し推進派って感じだね。


「こっちの世界って、日本みたいに医療が進んでいないから、盲腸になっただけでも死んじゃうんだ。 それに、騎士を1人育てるには、20年ぐらいの時間と手間とお金が掛かる 。簡単に殺す……なんて考えには賛成出来ないよ」

「じゃあどうすんだよ! 船山は殺されたんだぞ。みんな酷い目に遭わされてるのに、このまま泣き寝入りしろって言うのか」

「泣き寝入りしろとは言わない。てか、少なくとも鷹山が言う事じゃないよね……随分と良い暮らししてたし……」


 僕の一言で、居合わせた男子の目の色が変わりました。

 みんな鷹山がシーリアとイチャついていたのを見てるもんね。


「なっ……お、俺だって辛い思いを……」

「シーリアと一緒にお風呂にも入ってたよね……」

「ど、どうしてそれを……」

「おう鷹山ぁ……その話、詳しく聞かせろや……」

「そうだ、国分の言う通り、お前にとやかく言う資格なんかねぇよな……」

「俺らが酷い目に遭ってたのに、手前ぇ……」


 あぁ、男子達の目が怖いっすねぇ……シーリアと一線を越えたらしいなんて言ったらどうなるんだろうね。


「はいはい、鷹山の処刑は後にして、とにかく騎士達は眠らせるだけにしたいんだ。いつでも殺せるけど、あえて殺さないでやったんだ……的に、交渉を優位に進める材料にしようかと思ってる。とにかく帰る事が一番、その次に、金銭的な賠償って感じで進めたいんだけど、いいよね?」

「私は賛成」

「私も、それで良いと思う」

「俺も概ね賛成だが、実施の前にはみんなに計画を説明して納得してもらった方が良いと思うぞ」

「分かった、どのみち、この雨じゃ全員を集めて説明するのは無理だから、詳しい話はヴォルザードに着いてからにしよう」


 本宮さん、相良さん、近藤が賛成に回ったので、居合わせた男子達も……いや鷹山をいかに処刑するかしか考えて無さそうだね。

 天幕の隅へと連れていかれた鷹山は、時々脇腹を貫き手で突かれながら尋問を受けているようですが、勿論助けるつもりは欠片もありませんよ。


 鷹山の尋問をニヨニヨしながら眺めていると、相良さんに質問されました。


「ねぇ、国分は何で鷹山の生活振りを知ってたの?」

「あぁ、それは闇属性の魔術の影移動の応用でね……」


 影の世界に潜って、ラストックの駐屯地を偵察したり、委員長と連絡を取ったりケアしていると話すと、驚いていました。


「光属性まで使えるなんて、かなりチートだよね……でも、どこでも覗けるって、唯香のバスタイムも覗いたんじゃないわよね?」

「うぇ、そ、そ、そんな事する訳ないじゃん……さ、さすがに覗きは……」

「そうよねぇ、そんな事はしないわよね」

「も、勿論だよ……」

「でも、唯香の宿舎には、ちゃんと湯船があるんだよね? 私らなんて、水を貯めた大きな桶があるだけだったよ。 夏ならまだしも、この気温なのに酷過ぎると思わない?」

「確かに、この時期に、あれは悲惨だよねぇ……」

「そうでしょう? それで国分君は、何で、あれは悲惨だ……って知ってるのかな?」


 ヤバいです、気温の下がった時期に湯船すら無い状況を思い出して、思わず余計な事を口走ってしまいました。


「うぇ……? そ、それは……そう、男子がそうだから、女子も同じなんだろうなぁ……って思って」

「そんな事言って、本当は女子のヌードを一人一人じっくり網膜に焼き付けてたんじゃないの?」

「そんな事しないよ、いくら僕でも帰りたいって泣いてる女の子を見て興奮するような鬼畜では……」

「ふーん……何を見たって……?」

「えっ……いやぁ……な、何かなぁ……」

「国分君、ちょっと私らの天幕に来てくれるかな……てか、来い!」

「は、はい……」


 この後、女子用の天幕へと連行され、鷹山以上に厳しい尋問の末、委員長やカミラのバスタイムの覗きまで白状させられ、僕の株はストップ安の大暴落をしました。


「国分、サイテー……」

「ぐはっ……」

「これは、唯香が来たら報告だよね」

「ちょ、それは……」

「チートの無駄遣いにも程があるよね」

「ぐふっ……否定出来ないです」

「ちょっと格好良いかも……なんて思っちゃった、あたしの気持ちをどうしてくれんのさ」

「それは、その、申し訳無いです……」

「ヴォルザードだっけ? 避難先の街でも覗きやってそうだよね」

「やってない、ヴォルザードではやってないからね」


 必死で否定してみても、冷たい視線が突き刺さってくるだけです。


『ケント様……そろそろ夕食……』

「あっ、そうだ、今回は守備隊の食堂に夕食を頼んでおいたんだ」


 前回、5人がまともな食事にいたく感激していたので、途中の食事も温かいものを提供できるように、ヴォルザードの守備隊の食堂から影移動で運ぶことにしたのです。


「ヤバい、シチューの肉がトロトロだよ」

「パンが……パンがふかふかぁぁぁぁぁ!」

「果物なんて、いつ以来だろう、駄目だ涙出てきた……」


 温かく美味しい食事という威力絶大な援護により、僕の株価暴落には歯止めがかかったようです。

 みんなに食事を配り終えたら、僕も守備隊の食堂で、ヴォルザードに残った5人に経過を報告しながら慌しく食事を済ませ、次はドノバンさんに経過の報告に向かいました。


 ドノバンさんは、今夜もサービス残業の真っ最中で、これが自分の将来の姿かと思うと目から汗が流れてきます。


「こ、こんばんは……ドノバンさん」

「むっ、どうしたケント、何か拙い事でも起きたのか?」

「いいえ、これは……目にゴミが入っただけです」

「そうか、なら良いが……順調なのか?」

「全員を救出したのですが……」


 ギルドの窓にも大粒の雨が叩きつけています。


「なるほど、足止めを食らっているのか……」

「はい、前回ほどの距離は稼げていませんし、天候が回復しないと明日以降も……」

「そうか、だが通常、雨の日には魔の森へは入らないから、追っ手の心配はないだろう。 道がぬかるめば、馬での追跡も難しくなる」

「それじゃあ、焦らずに天候回復を待った方が良いですかね?」

「少なくとも、ずぶ濡れになるような雨が止んでからの方が良いだろうな」

「分かりました、また明日の晩にでも報告に来ます」

「うむ、了解だ」


 ドノバンさんへの報告を終えたら、今度は委員長への報告です。

 駐屯地の部屋へ行くと、委員長の叫び声が聞こえて来ました。


「何が兵士として召喚したよ、ふざけないでよ! 50人よ、50人もの仲間が……何のための実戦なのよ、これじゃあ、ただ魔物に殺されに行くだけじゃないのよ!」


 髪を振り乱して叫ぶ委員長に、世話役のエルナは返す言葉に困っているようです。


「今回は、騎士達にとっても想定外の事態だったようで、最初からこんな事になるとは思っていなかったようです」

「今回は……? それじゃあ、前回の実戦は初めから殺すつもりで実戦に出したって事なのね? 人殺し……この人殺し!」

「いえ……これは、言葉の綾で……前回も殺すつもりではなかったはずです」

「でも死んだわ……誰1人戻って来てないじゃないのよ、国分君と船山君を加えれば、もう57名も死んでるのよ、そんなつもりじゃなかった? ふざけないでよ! 人殺し!」

「本当に、そんなつもりではなくて……」

「うるさい! 出て行って、人殺しの顔なんか見たくない! 出て行きなさいよ!」

「わ、分かりました……失礼いたします」


 こぼれ落ちんばかりに目を見開き、喚き散らす委員長の剣幕に押されて、エルナは一礼すると部屋から出て行きました。

 委員長は救出作戦を知ってるんだから、これは演技のはずなんだけど、あまりにも真に迫っていて、ちょっと怖いです。


 エルナを見送った委員長は、部屋の明かりを消して、ベッドが置かれている側の壁を睨み付けています。

 委員長の部屋を出たエルナは、リビングから自分の部屋へと移動して、覗き穴から委員長の部屋を覗き込んで、はっと顔を離しました。


 次の瞬間、ドンっと壁から大きな衝撃音が響きました。

 覗き穴が開いたのを見た委員長が、猛然と歩み寄って、思いっきり壁を蹴りつけたのです。


「こそこそネズミみたいに覗いてんじゃないわよ!」


 委員長の怒鳴り声は、壁越しでも耳に届いたようで、エルナは自室の椅子に座ると、大きな溜息を洩らして頭を抱えました。

 ついでに僕の心にも委員長の言葉は、ぐっさりと突き刺さりました。


 バスタイムを覗いたのがバレたら……どうなっちゃうんでしょうか。

 一方の委員長はと言えば、壁を背にしてベッドに座り、俯いた姿勢で肩を震わせて……笑いを堪えてますね。


 うん、委員長の演技力が、ぱないっすね。

 もしかして、僕と一緒の時も演技なのでは……って心配になっちゃいます。


 椅子に座り込み、頭を抱えていたエルナは、もう一度大きな溜息を洩らすと、顔を上げて壁に目を向けました。

 少しの間、壁を眺めていたものの、緩く頭を振ると、足音を忍ばせて部屋を出て、リビングを突っ切り廊下へと出て行きました。


 恐らくカミラの所へ報告に行くのでしょう。


『じゃあ、フレッド、カミラの様子も見て来てくれる?』

『了解……』


 フレッドにエルナの監視をお願いして、僕は委員長へと声を掛けました。


「ゆ、唯香……」

「健人、どこ?」

「しーっ、声が大きいよ。 エルナは出て行ったけど、階段の所には騎士が居るから気をつけて」

「ごめんなさい……」


 影から表に出ながら、明かりを灯すと、軽やかな足取りで歩み寄って来た委員長が、ぎゅーっと抱き付いて来ました。


「みんなは、救出してくれたんだよね?」

「勿論、でも、この雨で足止めを食ってる……」


 ラストックでも、窓に叩き付けるような雨が降っています。


「みんなは、濡れたりしてないの?」

「うん、ここの倉庫から拝借した天幕は、なかなか優秀だから雨漏りもしてないよ」

「えぇ! ここの備品を持ち出してるの?」

「うん、だって買うとお金掛かるからさ」

「うふふふ……凄い、やっぱり健人って凄い」

「ううん、僕が凄いんじゃなくて、周りの人がアイデアを出してくれているからだよ」

「でも、健人が居なかったら実現出来ていないんだよね? やっぱり健人は凄いよ」


 い、いやぁ……委員長から面と向かってベタ褒めされちゃうと、照れるよねぇ。

 でも、ここはチャンスかもしれませんね。


「えっと、唯香……」

「なぁに……?」


 うっ、僕に抱きついたまま小首を傾げる委員長、めっちゃ可愛いです……って、そんな事を考えてる場合じゃないよね。


「僕、唯香に謝らないといけない事があって……」

「健人が? 私に? そんな事ある訳ないよ、こんなに私を支えてくれているのに……」


 いや、あるんですよ、この信頼を裏切っていたかと思うと、心が痛いです。


「あ、あのね……この前、鷹山が来てたじゃない」

「えっ、鷹山君って……訳の分からない忠告をしに来た時の事?」

「そう、その時ね、実は僕、影の中から見守ってたんだ……」

「えっ、そうだったんだ……でも、それは私のためなんだよね」

「う、うん、勿論そうだよ。でね、唯香が鷹山と話している時、エルナが物凄く険悪な顔をしていて……」

「それって、私が実戦に参加するって言ってたから?」

「そうそう……それで、ちょっと気になっちゃったんだ……」

「気になったって?」

「えっと……唯香とエルナが、どんな会話をして、どんな関係になっていくのか……」

「そっか……でも、エルナには救出作戦の話は出来ないから、芝居を続けるしかないよね?」

「そ、そうだね……で、でも、気になっちゃったんだ……」

「ん? どうしたの、健人?」

「そ、その……気になっちゃって、その後の様子も見守らせてもらったと言うか……」

「その後の様子……えぇっ!」


 鷹山が帰った後、何をしていたのか思い出した委員長の顔が爆発的に赤くなって、その直後、脇腹を思いっきり抓られました。


「痛い、痛い、痛い、ごめんなさい、ほんの出来心なんです」

「健人、どこまで見たのかなぁ?」


 委員長の声のトーンが1オクターブ低くなってます。


「えっと……ほぼ全部……痛い、痛い、痛い!」

「他の女子も覗いたの?」

「うっ……ちょ、ちょっとだけ……痛い、痛いです」

「まさか、カミラも?」

「ぐぅ……は、はい……痛い、痛い、脇腹千切れる……」


 委員長、身体強化の魔術を使ってるんじゃないの、むちゃくちゃ痛いんですけど。

 きゅっと吊り上がった形の良い眉の下で、委員長の瞳が怪しく光ります。


「責任……取ってくれるよね?」

「はぃぃ……? 痛い、痛い、責任って、どうすれば……」

「浮気なんてしたら、許さないんだから……」


 にっこりと微笑む委員長の目が、全然全く笑ってません。

 サーっと音を立てて、全身から血の気が引いていきます。


『ケント様……世話役が戻って来る……』

「ゆ、唯香……エルナが戻って来るから……その、全員の救出が終わったら、ちゃんとするから……」

「約束だから……ね!」


 今夜の別れ際はキスではなくて、脇腹をギュっと抓られながらフレッドに影へと引き込まれました。

 はぅぅ……マズいです、覗きの一件だけでも、この状況なのですから、マノンやベアトリーチェが絡んだら……うぅぅ、委員長マジで怖いです。

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