第39話 へなちょこ勇者は踏み台に

 マノンにビンタを食らって下宿に戻ると、余程ドヨーンとした顔をしていたのでしょうね、夕食の席で何があったのかとアマンダさん達に訊ねられました。


「お母さん、聞くまでも無いよ。マノンにエッチな事をしようとして嫌われたに決まってるよ」

「いやいや、メイサちゃん、僕は紳士だからそんな事しないからね」

「それじゃあ何があったんだい、そんな辛気臭い顔されてちゃ、折角の料理も不味くなっちまうよ、話してごらん?」

「うっ、実は……」


 凸凹シスターズの追跡をかわし、城壁に上ったものの桃色過ぎる雰囲気に気圧されて退散してきたら、ベアトリーチェに会ってからかわれ、マノンが怒って帰ってしまったといったと話すと、大笑いされてしまいました。

 さすがにベアトリーチェからキスされたとは話せませんでしたよ。


「もう、笑い事じゃないですよ。 明日、マノンと会うのが気まずいんですからね」

「あははは、ごめん、ごめんよ、でもさ、マノンちゃんの誤解なんだろう?」

「そうですよ、僕は依頼を受けてベアトリーチェの治療しただけなんですからね」


 そう言うと、みんなの笑い声がピタリと止みました。


「ケント、治療ってのは、どういう意味だい?」

「えっ? あっ、光属性の魔術も使えるって話してませんでしたっけ?」

「えぇぇぇ! 嘘っ、ケントのくせに生意気!」

「えっ? えっ? どういう事なの?」


 アマンダさんとメイサちゃんには僕の素性を話してありますが、メリーヌさんは、まるで話が見えていないようです。

 なので、改めて異世界から召喚されてきた経緯を話しました。


「ドノバンさんからは、クラウス様からの仕事としか聞いてなかったけど、あんた本当にベアトリーチェちゃんの治療をしたのかい?」

「はぁ……まぁ、一応」


 光属性の治癒魔術も使えると話していなかったので、アマンダさんも驚いているようです。


「でも、ちょっと待って。ベアトリーチェちゃんなら、当然治癒士の治療は受けてるわよね? どうしてケントが治療するの?」


 まぁ、メリーヌさんの疑問は当然ですよね。

 領主の娘が満足な治療も受けられないはずがないので、普通なら僕の出番は無いはずですもんね。


「えっと……治癒士の方からは、匙を投げられたみたいで、最後の可能性に賭けるみたいな……?」

「えぇぇぇ……」


 治癒士は経験を必要とする職種のようですし、僕みたいな子供がホイホイ出来るなんて思いませんよね。

 ましてや治癒士が諦めるような状況を打開するなんて、考えられませんよね。


「それで、ベアトリーチェちゃんは何の病だったんだい?」

「腐敗病でした」

「えぇぇぇぇぇ!」


 うわっ、三人とも立ち上がらんばかりに驚いてますね。

 そう言えば、腐敗病は普通では治らないでしたね。


「ケント、それは本当に本当の話なのかい?」

「はい、もう嘘付く必要も無いですから……あぁ、でも、あんまり目立たない方が良いのかなぁ……この話は、ここだけにして下さい」


 ギルドの訓練場にモフモフ山を出現させたり……詠唱無しの攻撃魔術を使ってみせたり……衆人環視の中でベアトリーチェにキスされたり……今更目立たないようにしても、あまり意味が無いと思うけど、自分から目立つ必要も無いよね。


「お母さん、このケントは偽者だと思う……」

「この子は、何を馬鹿な……いや、そう言われれば……」

「いやいや、アマンダさん、そこは迷わず否定して下さいよ」


 何でしょうね、三人からジトーって見られて、居心地悪いですね。


「なるほどねぇ……ケントは優しいだけじゃなくて、出来る子なんだね。だからマノンちゃんも……」

「ぐぬぅぅ……ケントのくせに生意気」

「ぬっふっふっ、こう見えても僕は結構優秀なんだよ、メイサちゃん」

「きぃぃぃ……ケントのくせに、生意気、生意気、でもマノンちゃんには振られてるじゃん!」

「ぐはぁ……そうだった……」

「あははは、そりゃ明日会って、ちゃんと話すしかないだろうね、さあさあ早く食べちまっておくれよ、いつまで経っても片付かないじゃないか」


 明日の事を考えると憂鬱ですけど、今は食事に専念します。

 そりゃもうヤケ食いですよ、ヤケ食い。


 今夜のメニューはコルヒ豆と鶏肉のスープです。

 コルヒ豆は一粒が5センチぐらいある大きな豆で、乾燥させて長期保存します。


 この乾燥したコルヒ豆を鶏がらのスープでコトコトと煮込んだもので、豆にボリュームがあるのでスープだけでお腹が膨れます。


「ほらほら、そんなに慌てて食べるんじゃないよ、そんなんじゃ味が分からないだろう? 丸呑みしてるみたいじゃないか」

「そんな事ありませんよ、ちゃんと美味しく味わって食べて……」

「どうしたんだい? 何か変なものでも入ってたのかい?」

「そうか! そうだよ、味わわせなきゃ良いんだよ!」


 頭の中にピカーンとアイデアが閃きましたよ。


「はぁ? 何言ってんだい、そんなにあたしの味が気に入らないのかい?」

「違います、そうじゃないです、ずっと考えてた事の答えが見つかったんです、アマンダさん、ありがとうございます」

「はぁ……何だか分からないけど、悩みが解決したなら良かったじゃないか」

「はい、これで仕返しが出来ますよ……くっくっくっ……」


 夕食を終えたら、さっそく作戦を立てて、今夜のうちに実行に移しましょうかね。


「お母さん、ケントが悪い顔してるよ……」

「ケント、仕返しってベアトリーチェちゃんに何かしようってんじゃないだろうね?」

「ち、違いますよ、仕返しする相手は、リーゼンブルグの性悪王女です」

「王女様に仕返しって、あんた何するつもりだい」

「あぁ……仕返しって言っても、嫌がらせ程度で怪我をさせたり、命を奪ったりするつもりは無いですからね」

「本当だろうね?」

「はい、勿論です、安心して下さい」

「まぁ、そんなら良いけど……あんまり危ない事をするんじゃないよ」

「はい、分かってます」


 夕食を終えて自室に戻り、偵察に出ていたフレッドとバステンにも戻ってもらいました。


『今夜、カミラに対して反撃に出ます!』

『ほほう、遂に手篭めにする決心が出来ましたか』

『いやいや、手篭めにはしないからね。ちょっと、ちょーっと精神的に凹んでもらうだけだから』

『どんな作戦…… 知りたい……』

『教えて下さい、ケント様』

『簡単に言うと、カミラに眠り薬を盛って、眠っている間に嫌がらせをします』

『裸に引ん剥いて、屋根から吊るしますか?』

『いやいや、ラインハルト、そんな過激な事はしないからね』

『でも、どうやって薬を飲ませる……?』

『胃袋の中に直接放り込みます』


 眠り薬を使うのには、薬の苦味が大きなネックになっていました。

 ですが、良く考えてみると、影のある場所ならば、何処にだって入っていけるんですよね。


 以前ラストックの診察室で、心停止状態の子供の心臓を直接マッサージした時の要領で、薬を胃の中に放り込んでやれば良いのです。

 これならば、苦味を感じさせずに眠らせられるでしょう。


『なるほど、考えましたね』

『でしょ、でしょ』

『カミラは毎晩寝酒を飲む……その時がチャンス……』

『うん、その時に仕掛けよう』


 簡単な打ち合わせを終えて、僕らはラストックの駐屯地へと移動しました。

 今日は安息の曜日なので、騎士達にも休みが与えられ、同級生達への訓練も行われていません。


 カミラへ仕返しを実行する前に、委員長をケアしておこうかと部屋を覗くと、へなちょこ勇者が来ていました。

 へなちょこ勇者の後ろにはシーリアが、委員長の後ろにはエルナが控えています。


「浅川さんの気持ちも分かるけど、この腕輪がある以上は従うしかないじゃないか」

「鷹山君はあんなに凄い魔術が使えるのに、どうしてもっと待遇の改善を訴えてくれないの?」

「いや、僕だって言ってるよ、待遇の改善は何度も訴えてるけど、出来ない奴の待遇が悪いのは当然だって言われたらさ……」

「それにしたって酷過ぎるよ、もう七人も死んでるんだよ。国分君、船山君、新田君、古田君、八木君、小林さん、桜井さん、みんな日本にいたら死ぬことなんか無かったはずだよ」

「それは……確かにそうだけど、僕だって出来る事はやってるつもりだよ」


 確かに出来る事はやってるよね、自由にして良いって差し出されたシーリアに、エロいことしてるんでしょ。

 もげちまえ、ついでにハゲちまえよ、エロ勇者め。


「私は、次の実戦の時には同行させてもらうから」

「なっ、何を言ってるんだ! 浅川さんにもしもの事があったら、みんなの待遇は更に悪くってしまうよ」

「それでも私が同行すれば、リーゼンブルグの騎士達だって本気で戦ってくれるんじゃない?」

「そうかもしれないけど……」

「鷹山君はどうするの?」

「えっ、僕? 僕は……」

「実戦には出ないつもり? みんなを守ってくれないの?」

「そ、そりゃあ僕だってみんなを守りたいよ……ただ、行くなって言われたら、無理に参加は出来ないよ」


 何だかんだ言って、行かない気満々だな、このへなちょこめ!


『ねぇ、ラインハルト、鷹山の魔術だったらオークぐらいは倒せるかな?』

『そうですな、あの者の火属性魔術なら倒せるでしょうな』

『実戦に出れば、戦力にはなるんだよね?』

『そうですが、それは訓練通りの力が発揮できれば……の話ですぞ』

『だったら、尚更実戦に出ないと駄目だよね』

『いかにも、その通りですな』


 ですが、へなちょこ勇者の鷹山は、その後も何だかんだと理由を付けて、委員長に実戦に出ると約束しません。


「と、とにかく、浅川さんは、もう少しリーゼンブルグに協力してほしい」

「それは出来ないよ、協力しろというなら、待遇を改めるのが先だよ」

「ふぅ……君も頑固だね。忠告はしたからね」


 忠告なんて言っても、忠告したという実績を残すためのもので、委員長を思いやっての言葉じゃないよね。

 シーリアを連れて、へなちょこ勇者が帰って行き、それを見送って委員長は深い溜息を洩らしました。


 あれでは、どちらの味方なんだと言いたくもなりますよね。

 委員長は、入浴の支度をエルナに言いつけました。


『ケント様、どうされますかな?』

『えっ? ど、どうされますかって……?』

『入浴の様子を見守られますか?』

『い、いやいやいや……そ、それは必要無いでしょう……ねぇ』


 ラインハルトは何を言い出すのかな、そりゃ見たくないかと問われれば、見たいに決まってるけど……ねぇ。


『ケント様……役得……』

『そうですぞ、こんなにケント様は頑張っておられるのです。 役得があっても罰はあたりませんよ』

『いやいやいや、フレッドもバステンも、何を言い出しているんだか……』


 やっぱり騎士って体育会系のノリなんですかねぇ、三人ともニマニマしながら僕に覗きを勧めてくるんですよ。


『ケント様、どうやら世話役も一緒に入浴するようですぞ』

『入浴中の会話……聞いておいた方が良い……』

『あの世話役、かなり厳しい顔をしてましたからな……』


 確かに、へなちょこ勇者との会話中、ずっとエルナは眉間に皺を寄せていたんですよね。

 こ、これは、入浴中の会話も聞いておかないと駄目ですよね。


 うん、あくまでも会話の様子を知るために、仕方なく、仕方なくですからね。

 当たり前ですが、脱衣所に移動すると、委員長は躊躇無く服を脱ぎました。


 生まれたままの姿の二人は、湯船の中で対峙していました。

 服という鎧を脱ぎ捨てて、捨て身の斬り合いに臨むような緊迫感が二人の間に漂い、空気がビリビリと帯電してくかのようです。


「聖女様、本気なのですか?」

「次の実戦には、必ず同行させてもらいます」

「危険すぎます、どうか考え直して下さい」

「嫌よ……」


 そりゃあ、実戦イコール救出だって思ってる委員長が、考え直すはずがないよね。

 一方のエルナにしてみれば、実戦イコール死亡だと思ってるんだから考え直してほしいよね。


 その後エルナが言葉を尽くし、委員長がその悉くを拒絶する展開が続きました。

 何とか二人の間を取り持ちたいけど、救出作戦をエルナに打ち明ける訳にもいかないし、もどかしい関係だよね。


 その後、委員長はエルナの手を借りながら身体と髪を洗い、委員長が再び湯船に浸かった後、エルナは自分の身体を洗いましたが、二人とも無言のままです。

 普段だったら色々な場所に目が奪われそうですが、張り詰めた空気に当てられて、二人の表情から目が離せませんでした。


 結局、二人とも無言のままで、お風呂タイムは終了。

 はふぅ……僕には、刺激が強すぎます。ごめんなさい、色々見ちゃいました。


 この後、エルナがカミラの元へ報告に行ったら、委員長のケアをする予定だけど、まともに顔を見られるかな。

 リビングに戻った委員長に、冷たい飲み物を用意しながらエルナが話し掛けました。


「どうしても考え直して下さいませんか?」

「くどいわ……」


 にべも無い委員長の返事に、エルナは小さく溜息を洩らしました。

 飲み物を半分ほど飲むと、委員長は寝室へと向かいました。


 エルナは飲み物のグラスを片付けると自分の部屋へ入り、覗き穴から委員長の様子を窺っています。

 驚いた事に覗き穴は一つではなく、委員長の側から分かり難い位置に複数設けられています。


 エルナは、最初は一番見つかり難い場所から覗いて委員長の位置を確かめてから、見やすい場所を選んで覗いているようです。

 寝室に入った委員長はガウンを羽織ると、机に向かって何やら書いているようです。


 僕らの位置からでは、文面までは見れませんが、恐らく日記の類いなのでしょう。

 時折、日記を書く手を止めては、頬杖をついて吐息をもらすアンニュイな姿を見せられると、早く抱きしめてあげたくなります。


「ママ……パパ……」


 うっ……すみません、調子に乗ってました。

 てっきり僕の事を考えてるのだろう……なんて思っちゃってましたよ。


 そりゃ日本に居る家族の方が、会いたいに決まってるよね。

 日記を机の引き出しに戻した委員長は、ガウンを脱いで椅子の背に掛けると、寝巻きの袖でそっと目元をぬぐってベッドに入りました。


 覗き穴からその様子を見届けたエルナは、更に暫くベッドに入った委員長を観察した後で、足音を忍ばせて自分の部屋を出ると、そのまま静かにリビングを抜け、廊下へと出て行きました。


『フレッド、エルナを監視して、戻って来る前に知らせて』

『了解……カミラの様子も見てくる……』


 フレッドにエルナの監視を頼んでから、委員長に声を掛けました。


「ゆ、唯香……」

「健人……どこ? あっ!」


 ベッドの影から表に出ると、委員長が抱き付いて来ました。

 僕の首筋に顔を埋めて、ギューっと腕に力を込めています。

 

「ご、ごめんね。ヴォルザードの領主さんから仕事を頼まれて、ちょっと来られなかったんだ」

「何かあったのかって心配した……」

「ごめん、でもヴォルザードは、ここよりもずっと安全だから心配しないで」

「うん……それでも心配だよ、健人が居なくなったら、誰も助けてくれないもん……」

「僕は、唯香が無理していないか心配だよ」

「ごめんなさい、たぶん無理しちゃうと思う。だって、じゃないと、みんなが……」


 そうだよね、委員長は無理するなって言ったって、みんなのために無理しちゃう子だもんね。


「分かった。だったら僕が無理する唯香を支えるよ」

「健人……でも、それじゃ健人が……」

「時間を決めようよ。お昼休みと、夕方四時ぐらいが良いかな、仮眠する振りをして。そしたら影から治癒魔術を掛けるからさ」

「健人、ありがとう……大好き……」


 委員長は、甘えるように僕のに頭を預けてきます。

 くぅぅ……絶対次の実戦でお持ち帰りする。もう決めた、決めました。


「さっきね、鷹山君が来てたの……私に反抗するなって言うんだよ」

「そ、そうなの?」


 殆ど話は聞いてたんだけど、それがバレるとお風呂タイムを覗いていたのもバレそうなので、とぼけておきましょう。


「うん、メイドの女の子を連れて来てさ……だから言ってやったの、私は次の実戦に出るから、鷹山君も一緒に行ってみんなを守ほしいって」

「鷹山は何て言ってたの?」

「行くなって言われたら従うしかない……だって、もう最低」

「大丈夫、鷹山がいなくったって、僕がみんなを守るから……みんなを救い出してみせるから」

「うん、待ってる……」


 ふははは、へなちょこ勇者よ、僕の踏み台となってくれたまえ。


「唯香……今夜、カミラにちょっと反撃を仕掛けようかと思ってるんだ」

「えっ……反撃って?」

「うん、まだ嫌がらせ程度の事しか出来ないけど、ちょっとだけ凹ませてやれると思う」

「ホントに? でも、何をするの?」

「うーん……まだ内緒」

「えぇぇ……健人の意地悪」

「上手くいったら教えてあげる」

「うん、約束……」


 委員長と小指を絡めて指きりしました。


『ケント様……世話役が戻ってくる……』

『了解!』

「唯香、エルナが戻って来るから行くね」

「うん……」


 影に潜ろうとする僕の頬に、委員長がキスしてきました。

 さぁ、それではカミラに反撃を食らわせに行きますかね。

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