第38話 安息の曜日は晴れのち嵐?

 アマンダさんのお店で修行中のメリーヌさんは、朝早くから来て仕込みの手伝いもしています。

 一日でも早く仕事の手順やレシピを覚えて、お父さんの遺してくれた店を再開したいのだそうです。


 まったく、愚弟のニコラに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですよ。

 アマンダさんも話を聞いて、熱心に指導をしているようです。


 同じヴォルザードに商売敵が出来る事になっても良いのかと聞いてみたら、例え自分のところで修行した者が相手でも負ける気は無いし、ライバルが居た方が互いに高められて成長出来るから、むしろ大歓迎なんだとか。

 アマンダさん、少年漫画のヒーローみたいで格好良いっすよね。


 という訳で、朝食の席にはメリーヌさんも加わるようになって、一層賑やかな朝を向かえられるようになっています。


「メリーヌさん、カルツさんとは会っているんですか?」

「うん、カルツさんは時々お昼に食べに来てくれてるよ」


 そりゃそうでしょう、メリーヌさんがいて、今度は味も良いのですから喜んで来るでしょうね。


「守備隊の人とか、男の客が増えてねぇ、売上もぐっと上がって大助かりさ」


 今日は安息の曜日なので、ギルドなどはお休みなのですが、飲食店や商店は闇の曜日を休みにする所も多く、アマンダさんの店も通常営業です。

 そして看板娘の地位をメリーヌさんに奪われそうなメイサちゃんは、復権のために店の手伝いをする気満々です。


「ケントは邪魔だからウロウロしないでよ」

「はいはい、分かりましたよ……」


 朝食を終えて、さて今日は何をしようと考えてみたら、救出してきた5人に仕事の受け方などを何も説明していない事を思い出しました。

 一昨日、職探しにギルドに連れていったけど、ドノバンさんと話し込んで、その後はギリクとのリベンジマッチで倒れて医務室送り。


 更には、ミューエルさんに眠り薬を盛られて、起きたらドノバンさんに連れられて、ベアトリーチェの治療をして、また倒れて、戻って来たのは昨日の夕方。

 結局、5人の事は完全に放置の状態なんですよねぇ。

 と言うか、僕の日常がハード過ぎじゃない?


 昨日のミューエルさんの話では、新旧コンビはギリクに懐いているようなので大丈夫そうですし、凸凹シスターズもまぁ大丈夫でしょう。

 問題は、ニート一直線状態だったガセメガネなんですよね。


 ミューエルさんを餌にしてギルドに連れていきましたけど、ギリクにコテンパンにされて、その後どうなっているのやら。

 やっぱり心配なので、ちょっと見てきましょう。


「アマンダさん、ちょっと夕方まで出て来ます」

「あいよ、気を付けて……って、あんたはボディーガードが居るから大丈夫だね、いっといで!」

「はい、いってきます!」


 アマンダさんに声を掛けて、裏口から出た所で、驚いて棒立ちになってしまいました。


「マ、マノン……?」

「お、おはよう……ケント」


 いつもはダボっとしたズボンに大きめのシャツという服装のマノンが、スカートを穿いています。

 髪に合わせた水色のワンピースにダークブラウンのハーフコート、足元は可愛い花飾りの付いたショートブーツ。

 ヤバいです、可愛いです、めちゃめちゃ女の子してます。


「に、似合わないかな……?」


 モジモジしながら訊ねてくるマノンに、言葉も無くプルプルと首を振るしか出来ません。


「に、似合ってる……?」


 もう、コクコク頷くしか出来ませんでしたが、ふと視線を感じて路地の方へと目を向けると、さっと影が隠れましたね。

 ジーっと見てると、物陰から縦に並んでこちらを窺う二つの顔、なるほど凸凹シスターズ・プロデュースという訳ですね。


 でも……良い! もう邪魔者が居なかったら、ギューって、ギューってハグしちゃうのに……ごめんなさい、嘘です、そんな勇気無いです。


「か、可愛い……凄く可愛い……」

「ホント?」

「うん……ホントに可愛い……」


 くぅぅぅ……小さく弾んでるマノンが可愛すぎて辛いです。


「ケントは、どこかに出掛けようとしてたの?」

「えっ? う、うん……そうなんだけど、ちょっとあそこに居る二人に話を聞いてから決めようかと……」

「あぅ……バレてるの?」

「うん、て言うか、それこの前買った服だよね?」

「うっ……ごめんなさい、無駄遣いしちゃって……」


 ヤバっ……しょんぼりモードに突入させちゃったよ。


「あぁ、違う違う、怒ってなんかいないからね、大丈夫、ギガウルフも高く売れたから気にしなくても大丈夫だからね」

「ホント?」

「うんうん、ホント、ホント……本当に可愛いよ」

「はぅぅ……」


 ありゃ、両手で顔を覆って、向こう向いちゃいましたけど、後姿も可愛いですね。

 もう、凸凹シスターズさえ居なければ……って、視線を感じて振り返ると、アマンダさん、メリーヌさん、メイサちゃんにニヨニヨしながら見られてるんですけど。


「ケントも隅に置けないねぇ……」

「うんうん、ケントは優しいからねぇ……」

「でも、ケントはスケベだよ」

「ちょっと、何言ってるのメイサちゃん!」


 と、とりあえず、ここに居るのは拙い気がします。


「マ、マノン、一緒に来て……」

「えっ、う、うん……」

「リーブル農園の方に行くよ!」


 マノンの手を引いて、凸凹シスターズが居る路地とは逆の路地へと入ります。

 八木の様子を聞こうかと思っていましたが、今は後回しにします。

 早足で路地を進んで更に別の路地へと入り、積まれた箱の影に身を潜め、闇の盾を衝立にして隠れます。


「あっ、居ない、何処に行った?」

「ともちゃん、その先にも路地がある!」

「ちっ、逃がしはしないわよ……」

「確か、りーぶるのうえん……とか言ってたよ」

「オッケー、行くわよ、あっちゃん!」

「了解だよ、ともちゃん!」


 ドタバタと二つの足音が路地を遠ざかって行きます。

 足音が聞えなくなるまで、じっと息を潜めていました。


 って、隠れるのに夢中になって、物陰でマノンを抱き締めちゃってますよ。

 ドキンと跳ねた心臓を深呼吸で静めてから、マノンに囁きました。


「マノン、ちょっと八木……ユースケの様子を見に行きたいんだけど、いいかな?」

「うん……」


 闇の盾を消して表に出ると、マノンが手を握ってきました。

 ちょっとビックリしたけれど、思い切って指を絡めるように握り直します。


 今度は、マノンが驚いていたけれど、キュっと握り返してくれました。

 そのまま、守備隊の臨時宿舎を目指したいけど、汗が……キモいって思われないかな。


 道行く人達が、生暖かい視線や殺気に満ちた視線を投げ掛けてきます。

 ひゃっは――っ! 僕、リア充してまーす!


 やっぱりガセメガネなんか忘れて、どこかに遊びに行っちゃいましょうかね。


「ユースケは……僕もちょっと心配だったんだ……」

「えっ、そうなの? どうかしたの?」

「うん……何て言うか、ギリクさんに目を付けられて……」

「あぁ、ボロ雑巾みたいになってたもんね……」

「うん……あの後も、カズキとタツヤ? の二人に引っ張られて連れて行かれたみたいだし……」

「あっちゃぁ……そう言えば、昨日は?」

「昨日は、トモコとアケミとしか会ってないから分からないや……」


 やっぱり、ちょっと見に行っておいた方が良さそうですね。

 仕方が無いので守備隊の臨時宿舎に行ってみたのですが、八木はどこかに出掛けていて姿が見えません。


「八木のやつ、何処に行ったんだろう?」

「探しに行ってみる?」

「うーん……気晴らしに出掛けたなら大丈夫だと思うから、行かなくてもいいよ」

「そ、そう……じゃ、じゃあさ、ちょっと城壁に上ってみない?」

「城壁? いいよ……」


 何でしょうかね、もうロックオーガの死体は無いですし、そんなにマノンは城壁に上るのが好きなんでしょうかね。

 誘われるままに城壁に上ってみてビックリですよ。この前上った時と景色が一変していました。


 右を向いても、左を向いても、カップルだらけです。

 僕らと同じぐらいの年頃のカップルもいますけど、殆どはもっと年上のアダルティなカップルばかりです。


 当然の事ながら、密着の度合いが違うんですよね。

 手を繋いだだけでドキドキしているなんてものじゃなく、もっとピターっと、ベターっと引っ付いてるんです。


 あっちこっちで、チュッチュッしてますし、むっチュゥゥゥ……ってな感じで熱烈なキスしているカップルも珍しくありません。


「え、えっと……ここって、安息の曜日は、いつもこんな感じなのかな……」

「そ、そ、そうみたいだね……」


 想像もしていなかった桃色空間に、頭がボーっとしてきちゃいますよ。

 日本にだってデートスポットとか、カップルが集まる場所がありますけど、一緒に行ってくれる女の子なんていませんでした。


 大人の階段を上るというより、エレベーターを降りたらいきなり大人の階だった感じで、どうして良いのかも分からずに、ただ城壁の上を歩きました。

 あまりにも桃色な空気に、視線も上げられず、心臓はバクバクしっぱなしです。


 チラリと視線を向ければ、マノンの首筋が朱に染まっていて、何とも言えぬ艶っぽさです。


「マ、マノン……ここは、ちょっと僕らには早い気がする……」

「う、うん……僕もそう思う……」


 って、マノンの目がグルグルしちゃって、無理しすぎでしょう。

 目を回す寸前のマノンの手を引いて、回れ右して城壁から下りました。

 でも、もうちょっと大人になったら、僕も……って、何言ってんですかね。


 門の近くまで戻ったので、ついでに八木が戻って来ていないか、もう一度守備隊の宿舎へと顔を出してみました。

 八木は戻っていなかったのですが、思わぬ人と出会いました。


「あらケントさん、昨日は娘が大変お世話になりました」

「あっ、マリアンヌさん、いえ、こちらこそ過分な報酬を頂きまして、ありがとうございます」


 守備隊の制服に身を包んだマリアンヌさんは、凛々しさ倍増です。

 マノンちゃん、ちょっと手がミシミシいってるような……強く握りすぎじゃないですかね。


「丁度良かったわ、ほらリーチェ、ちゃんとお礼を言いなさい」


 ベアトリーチェは、マリアンヌさんの後ろに隠れるようにしていたのですが、じーっと僕とマノンを見ていたようです。

 体調もすっかり元に戻っているようで、すっとマリアンヌさんの横に立った時には、初めて会った時のようなオーラが感じられました。


 両手でスカートを摘まんで軽く腰を屈め、うっとりするような優雅な一礼を披露してから、おもむろに口を開きました。


「ケント様、私の命をお救いいただき、心から感謝申し上げます」

「は、はい……いえ、僕は僕に出来る事をしただけで……」

「それでも、ヴォルザードの治癒士が見放した命を救っていただいたのです、感謝の言葉が見つからないほどです。 それに……」

「そ、それに……?」


 ベアトリーチェは、チラリとマノンの方へと視線を投げると、恥らうように両手を頬に宛てました。


「全身をくまなく撫で回されてしまったとあっては……もう、お嫁に行けません」

「ケント……どういう事なのかな?」


 いぎぃぃぃ……マノンちゃん、指が……指が折れるぅぅぅ……


「い、いや、あ、あれは治療ですから……その、ノーカウントという事で……」


 それにしたって、いきなり何を言い出しちゃってるのかなベアトリーチェは、周りに居る守備隊の人までザワザワ言い出しちゃってるじゃないですか。


「ですが、殿方にあられもない姿を見られたとあっては……責任取って下さいますか?」

「えぇぇ……せ、責任と言われえましても……」


 両手で胸を隠すのは止めて! まるで僕がとんでもない行為に及んだみたいじゃないですか。

 全くの無罪という訳でもないけど、あれはあくまで治療の一環ですし……というか、左手の指先から感覚が無くなってきてるような……。


 全身冷や汗にまみれてキョドりまくりの僕に、ベアトリーチェは余裕綽々の笑みを浮かべながら近付いて来ると、しな垂れかかるようにハグしてきました。

 おぉぉぉ……と言うどよめきの中で、頬にチュっとキスした後で、ベアトリーチェはペロっと唇を舐めてみせます。


 肉食ですか? ヴォルザードのウサギは肉食性なんですか?


「ケント様、これからは私の事は、リーチェとお呼び下さいませ」

「は、はひぃ……」

「では、失礼いたしますね、お母様、参りましょう」


 いや、マリアンヌさん、ヤレヤレみたいな表情してないで、何とか言ってやって下さいよ。

 てか、守備隊の皆様の生暖かい視線に囲まれ、左からは鋭利な刃物のように突き刺さるマノンの視線を浴び、僕にどうしろと言うのですか?


「ケント……詳しい話、聞かせてくれるよね?」

「も、勿論だよ……」

「ケント、こっちを見て……」

「うっ……あ、あれは、か、からかわれているだけだから……」

「触ったの?」

「うっ……でも、治療のためで……」

「触ったの……?」

「は、はい……」

「ケントの浮気者!」

「ひゃぶぅ……」


 そ、そんなぁ……思いっきりビンタを食らわせて、マノンが去って行きます。

 てか、マノン、今日はスカートなんだから、そんなノシノシ歩いちゃ駄目だよ。

 うっ……周囲から降り注いでくる生暖かい視線が痛いです。


「ひゃーひゃっひゃっひゃっ、国分、ざまぁ!」

「この声は……」


 声のした方を振り返ると、腹を抱えて僕を指差し、笑い転げている八木の姿がありました。


「思い知ったか国分、お前はなぁ……こっち側の人間だ!」


 いやいや、それ威張って言う事じゃないと思うけど……。


「いいか、お前なんかが俺様に先んじて、可愛い女の子と仲良くなろうなんて千年早い!」

「いやいや、千年なんて生きられないからね」

「当たり前だ。だからこそ、お前が彼女が欲しいと思うなら、まずこの俺様に可愛い女の子を紹介するのだ。 そうすれば、万事丸く収まるのだ!」

「はいはい、分かった、分かった、八木がミューエルさんを狙ってるって、ギリクさんに言っておくよ……」

「ばっ、馬鹿! 何言ってんだ、お前のせいで俺がどれほど酷い目に遭ったか知らないだろう? ガセネタ流してんじゃねぇぞ! 俺は猫耳のお姉さんを狙うなんて考えてないからな!」


 余程ギリクに扱かれたんだろうね、八木が必死すぎるよ。


「はいはい、狙ってない、狙ってない、狙ってないけど、ミューエルさんの胸をガン見してたってギリクさんに言っておくよ……」

「アホか! 余計に悪いわ!」

「でも、見てたでしょ?」

「えっ……い、いやぁ……どう、だったかなぁ……」


 とぼけたって無駄だよね、見ないはずがないんだからさ。


「はい、見てましたって報告しまーす!」

「お前なぁ、そんな事言うなら、お前もガン見してたって言うぞ!」

「いいよ、別に……いずれギリクは、キャーン言わせてやるから……」

「お前……マジで、そんな事考えてんの?」

「うん、だ・か・ら……報告しまーす!」

「ちょ、ちょっと待て、ちょっと待て国分、そうだ、話し合おう、我々は共に召喚されてしまった仲間じゃないか」


 何が話し合おうだよ、人を指差して爆笑してたくせに……。


「なぁ、考え直そうよ、国分君、国分さん? 国分様!」

「明日から真面目に働く? 働くならば報告しないでおくよ」

「くっ……汚いぞ、国分」

「はい、報告……」

「分かった! 働く、働けばいいんだろう……くそっ」

「じゃあ、明日の朝も迎えに来るから、ちゃんと起きててよ」

「分かったよ。ちっ、しゃーねぇな……」


 まぁ、当初の目的は達成出来たけど……はぁ、明日マノンと顔合わせる事を思うと憂鬱だよぉ……。

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