第32話 魔の森を抜けて
魔の森で一夜を過ごした翌朝、遅くまで話し込んでいた5人を叩き起こして出発の準備をさせました。
「ほらほら早く起きないと、マジで置いて行くよ。もたもたしてると、今夜も天幕で寝る事になるからね。まともなベッドで寝たいなら、さっさと起きる!」
夜中まで特訓する生活が続いていたおかげで、少々夜更かししても起きるのは苦にならないんだよね。
でも、僕以外の5人は、やっぱり眠たそうです。
「ちょ……国分、あと5分……」
「八木ぃ、したければ二度寝しても構わないけど、次に起こしてくれるのは僕じゃなくてオークかもしれないよ」
「そんな冷たいこと言うなよ、あとちょっとだけ……」
「はぁ……言っておくけど、ノンビリしていられる余裕なんて全然無いんだからね」
喉元過ぎれば何とやらではないけど、昨日オークに襲われたばかりなのに、もうその恐ろしさを忘れ掛けてるみたいです。
そこで5人に、先日のロックオーガの大量発生によって魔の森が活性化していて、あまりにも魔物が多いとラインハルト達でも守りきれないと話しました。
「最悪、僕は影の世界に逃げ込んでしまえば、どんな魔物が来ようとも逃げ切れるから構わないけど、八木はどこに逃げる?」
「いや、それは……」
「昼間と夜、どっちが危険かなんて言うまでもないよね。八木、明かりも無しで夜の魔の森で走って逃げられる?」
「いや……無理」
「みんな、まだ命の危険に晒されてる状態なんだからね。今日中に、何としてもヴォルザードに入る、いいね?」
「分かった……」
やっと少しだけ緩んだ顔を引き締めたように見えますが、いつまで続くか……。
この後、簡単な朝食を済ませ、すぐにヴォルザード目指して出発しました。
季節は晩秋に向かう頃なので、歩くのには丁度良い気温です。
魔物さえ出なければ、緑の匂いのする道を歩くのは本当に気持ちが良いです。
歩き始めてしまえば、新旧コンビと凸凹シスターズは、体育会系とあって歩くスピードも早いです。
問題は、やっぱりガセメガネなんですよね。
やれ疲れた、やれ足が痛い、やれ腹が減った……二言目には文句や泣き言の連続で、本気で腹が立ってきます。
昼食の後も休憩の延長を要求して、なかなか立ち上がろうとしません。
「あと10分だけ……頼むよ、10分経ったら歩くからさ……」
万事この調子で、僕だけでなく、他の4人も呆れているようです。
「てかさ、ロックオーガだっけ? 200頭とか盛り過ぎじゃね? 本当は20頭ぐらいなんだろ?」
いくら本当の話をしても、信じてもらえないんじゃ効果が無いです。
「国分、もうこいつ捨てて行こう。いいよ、あたしも一緒に唯香に謝ってあげるからさ」
「ちょ、小林、お前なぁ……」
「うるさいよ! グジグジ、グジグジ、文句ばっか言いやがって、準備してくれた国分の身にもなんなよ」
「俺は、お前らみたいな脳筋と違って、体力に限りがあんだよ。ちっと歩けるからって偉そうにすんじゃねぇよ」
「はん、だったら、あんた1人で魔物に食われて死んじまいな。あたしらは巻添えになるのはゴメンだからね」
ガセメガネのせいで、険悪な雰囲気になってしまいました。
あと半日なんだから、さっさと歩けとマジで怒鳴りつけたいです。
『ケント様、少々厄介なのが……』
「はぁ……だから早く行きたかったんだよねぇ……えっ、何あれ?」
ラインハルトの念話に声を出して答えたので、みんなも周囲を見回しました。
ヴォルザードに向かう街道の先に、狼っぽい魔物の姿が見えます。
『あれは、ギガウルフですな。凶暴で、敏捷で、頭が良く、執念深い……厄介ですぞ』
「ギガウルフ……って、何だか随分大きい気がするんだけど……」
『はい、四つ足の状態で、頭までの高さはオークと同じぐらいですぞ』
「えぇぇ……四つ足の状態でオークと同じって、大きすぎない?」
ギガサイズのウルフ……ギガウルフと呼ばれているだけあって、遠近感が狂いそうな大きさです。
5人も、その大きさに気付いたらしく、顔を蒼褪めさせています。
「見なさいよガセメガネ、あんたがグズグズしてっから……」
「うるせぇよ、俺が歩いてたって、結局は囲まれてたよ、他人のせいにすんな!」
「何だよあれ、デカすぎだろう……」
「国分、だ、大丈夫なのか?」
「うーん……ちょっと厄介だって」
「えぇぇ……やだよ……怖いよ……」
既にラインハルト達は、迎撃体勢を取っています。
僕らは3人の中央に固まっている状態で、僕以外の5人はパニック寸前といった感じです。
ギガウルフは、こちらに向かって少し進んではジッと僕らを観察して、また少し進むという感じで近付いてきます。
この1頭は僕らの注意を引き付ける役割のようで、周囲を見回してみると、昨日のオーク同様に僕らを取り囲もうとしているようです。
「全部で何頭居るのかな?」
『見える範囲では、五、六頭……ですか、もう少し居るでしょう』
『ケント様……全部で九頭……』
「九頭か、じゃあ、昨日同様にお願い……」
『いいえ、今日はケント様の出番ですぞ』
「えっ? 僕の出番?」
『ギガウルフの毛皮は珍重されますので、傷は小さいほど良い……つまり……』
「あぁ……なるほど。僕の攻撃魔術でサクっと倒せば良いんだね」
『そういう事です。ケント様、頼みますぞ』
「了解って、ここからだと狙い難いかなぁ……ちょっと行って来るから、護衛をお願いね」
『ケント様、正面に居るのが群れのボスです。あやつから倒して下され』
「うん、分かった……」
ラインハルト達の念話は聞き取れない5人は、僕の言葉から状況を判断しようと試みているようで、小林さんが訊ねて来ました。
「ちょっと待って、国分が戦うの?」
「うん、そうだよ」
「そうだよって、どうやって? あんた武器持って無いじゃない」
「うん、後で説明するよ……ちょっと待ってて」
「ちょ、ちょっと……」
元の場所から狙っても倒せるとは思いますが、正面からだと変なところに傷が出来そうなので、影の中から指先だけ出して光属性の攻撃魔術で仕留めます。
ジリジリと距離を詰めて来ていたボス個体の足元へ移動して、顎の下から脳天に向けて打ち抜けば、声すら上げさせずに仕留められました。
姿勢を低くして忍び寄ろうとしていたので、そのまま伏せるような姿勢で息絶えたので、残りの八頭は待機を指示されたと思ったようです。
同じ様に伏せるギガウルフもいて、仕留めるのは実に簡単。九頭のギガウルフを仕留めるのに、一分も掛かりませんでした。
「ただいま。バステン、ギガウルフを影収納に仕舞っちゃうから手伝ってもらえるかな」
『お安い御用です、参りましょう』
毛皮が高く売れると言っても今は解体している時間が無いので、丸のままで影収納に仕舞っておきます。
確かに毛皮が、ふっかふかのモフモフで、めっちゃ手触りが良いです。
影収納の中に九頭ものギガウルフを積むと、すごいボリュームで圧倒されました。
モフモフ山ですよ、モフモフ山。
『ケント様、これは高く売れますよ』
「本当に? いくらぐらいになるんだろう?」
『これだけ状態の良いものは、普通ではありえませんから、ロックオーガの魔石の数倍の値段は付くでしょうね』
「えぇぇ……そんなに高く売れるの?」
『魔石も良い値段で売れますから、一頭で30万ヘルトぐらいになるかもしません』
「うーん……なんか実感無いね。とりあえず、ヴォルザードに戻ったらドノバンさんに相談してみるよ」
『そうですな。これだけ状態の良いギガウルフですし、皮を剥ぐのは専門の職人に任せた方がよろしいですな』
「そもそも、僕は解体出来ないから頼むしかないんだけどね」
ギガウルフも片付きましたから、ヴォルザードに向けて出発しましょう。
「じゃあ、みんな出発するよ」
「ちょ、待てよ国分。あのデカイ狼はどうしたんだよ」
「あぁ、歩きながら説明するね」
影移動と光属性の攻撃魔術を併用して倒したと説明して、攻撃魔術を実演して見せたら、みんな微妙な表情をしています。
「いや、あんなデカい魔物に襲われないで済んだんだから文句は無いんだけどよぉ……」
「ちょっと国分がチートすぎるよね」
八木と小林さんの言葉に、他のみんなも頷いています。
と言うか自分でもチートすぎるとは思ってますけどね。
「てかよぉ、お前、なんで詠唱しないで魔術を使えるんだよ」
「なんでって……やったら出来ちゃったんだもん、仕方無いじゃないか」
「いやいや、出来ちゃったんだもんじゃねぇよ、だもんじゃ……普通出来ないだろう?」
「そうなの? てかさ、魔術の使い方とか誰からも習ってないんだけど」
「出来ないんだよ。俺らだって魔術が使えるって分かった時から短縮詠唱とか、無詠唱とか試したけど、全然出来ないぞ」
「うーん……なんで出来るのかは分からないや」
最初に魔術を使った時も無意識だったし、その後も詠唱自体を教えてくれる人が居なかったので、イメージするぐらいしかやってないんだよね。
発動時間を短縮するのもイメージを鮮明に固めるぐらいで、どうして出来るのか分からないし、説明のしようもないんだよね。
ヴォルザードまで歩きながら、八木や凸凹シスターズは攻撃魔術を、新旧コンビは身体強化の魔術を無詠唱で発動させようと四苦八苦していたけど、結局上手く発動させられませんでした。
最初に魔術は詠唱して発動するものだというイメージを植えつけられてしまったからなんでしょうかね。
結局上手くいかないので、詠唱してでも確実に発動させた方が良いというラインハルトのアドバイスに従う事にしたようです。
昨日から約2日間歩き続けて、日が西に傾き始めた頃、ようやくヴォルザードの城壁が樹木の間から見えるようになりました。
「見えてきたよ、あれがヴォルザードの城壁だよ」
「おぉ、すげぇな、ずーっと繋がってるじゃん」
「今も外側に向かって新しい城壁を作って、どんどん街を広げてるんだよ」
「中はどんな感じなの?」
「あぁ……うん、いかにも異世界っぽい感じだよ、色んな髪色の人がいるし、獣人さんも普通に居るからね」
「獣人? マジか、ケモ耳美少女とかは?」
「ふっふっふっ、それは見てのお楽しみだね……」
「うぉぉぉぉぉ!」
猫耳天使のミューエルさんに会ったら、新旧コンビと八木は大興奮だろうね。
「これだから男どもは……」
「あぁ、ケモ耳は女子限定じゃないからね、犬耳男子なんてのもいるからね」
「マジ? ねぇ、格好良い男子とか、可愛い男子はいる?」
「ふっふっふっ、それも見てのお楽しみかな……」
小林さんはケモ耳男子に興味深々のようですから、ギリクでも紹介してみましょうかね。
女の子に迫られたギリクが、どんな顔するのか見てみたいですよね。
魔の森の端まで来ると、ヴォルザードの門で慌しく人が動いているのが見えます。
そういえば初めてここに来た時は、商隊の生き残りの振りをして、命からがら辿り着いた演技をしたんでしたっけ。
今回は、先頭にラインハルトが居るので、魔物の迎撃のための準備をしているのかもしれません。
「ラインハルト、フレッド、バステン、影の中からの護衛にしてもらえるかな?」
『了解ですぞ』
ラインハルト達が影に沈んだので、今度は僕が先頭を歩きます。
20メートルほどの距離に近付くと、門の上から声が掛けられました。
「よし、全員そこで止まって、武器を外せ」
「みんな、剣とナイフを外して」
5人に剣とナイフを鞘ごと外させました。
「武器を足元に置いてから、ゆっくり前に進め」
「みんな行くよ……」
五人を先導して歩いて行くと、大きな門の脇にある、頑丈そうな扉が開き、渋い表情のカルツさんが顔を出しました。
もう、速攻で深々と頭をさげましたよ。
「ごめんなさい、カルツさん、嘘をついていました」
「話はドノバンさんから聞いている。とにかく頭を上げて中に入ってくれ、話はそれからだ」
頭を上げると、カルツさんの後ろからバートさんが出て来て、ウインクをすると剣とナイフを回収に走って行きます。
通用口を抜けて城壁の中へと入ると、守備隊の人達が集まっていました。
もしかして歓迎されていないのでしょうか、何となく皆さん探るような視線を投げ掛けてきます。
「ケント、夕食は食べていないんだろう?」
「はい。とにかくヴォルザード到着を優先したんで、昼食後は殆ど歩き通しです」
「そうか、ならこっちだ……おい、お前ら通してくれ」
カルツさんが守備隊の人達を下がらせてくれたのですが、両側に人垣が出来ていて、どうにも居心地が良くありません。
他の5人も同じらしく、小林さんに肩を叩かれました。
「国分、ちゃんと話ついてるんでしょうね?」
「うん、そのはずなんだけど、僕は商隊の生き残りの振りをして入り込んでるんで、結果的には守備隊の人達に嘘をついてる状態なんだよね」
「馬鹿っ、あんた何でそんな事してんのよ」
「だって、こっちが別の国だなんて思ってなかったんだもの、召喚者だなんて言ったら、みんな同様に捕えられると思ってたからさ」
「あっ、そうか……それじゃ仕方無いか……」
カルツさんは、僕らを守備隊の食堂へと連れていきました。
トレイを受け取って、カウンターから夕食を受け取ります。
メニューは、大きな肉の塊が入ったトマトベースのシチューと、ふかふかのパンにサラダ、それにデザートとしてジブーラも添えられています。
「うぉぉ……ヤベぇ、何このデカい肉……」
「ねぇねぇ、パンがフカフカだよ、フカフカ……」
「これ何、果物? スイカみたいだけど、柑橘系の香りがするよ」
「おい、早く行けよ、早く食おうぜ」
ラストックの駐屯地で、あまり良い食事をさせてもらっていなかったので、5人とも涎を垂らしそうな顔をしています。
「お替りは自由だぞ、慌てずに食べてくれ」
「い、いただきまーす!」
テーブルに着いた途端、もう5人とも待ちきれないといった様子で夕食に齧り付きました。
「むほーっ、うんめぇ!」
「ヤバい、こんなまともな食事って、いつ以来だよ?」
「あぁ……マジで奴隷から開放されたんだな……」
「奴隷解放とか社会科の授業で習ったけど、実感するとは思ってなかったわ」
「うわぁ……こんなに美味いと、残っている連中に対して凄い罪悪感だよ」
5人は感激の言葉を口にしながらも、凄い勢いで食事を腹に収めていきます。
「すみません、リーゼンブルグで余り良い食事をさせてもらってなかったみたいで……」
「その話も聞いている。ケントも食べながらで良いから、少し話を聞かせてくれ」
「はい、今度は洗いざらい話しますので、何でも聞いて下さい」
「うむ。まず最初に、例の三体のスケルトンは、本当にケントが召喚したものなのか?」
「はい、何も知らされずに魔の森を一人で歩かされ、ゴブリンに襲われて死にそうになった時に、無意識で召喚した十一体のスケルトンのうちの三体です」
「本当に、無意識で召喚したのか?」
「はい、こちらの世界に召喚されたばかりで、詠唱のやり方も知りませんでした」
「そうか……普通ではあり得ない話なんだが、実際にあのスケルトン達に護衛されて森から出て来たのを見せられては、信じない訳にはいかないな……」
そう言うと、カルツさんは元々良い姿勢を更に正して、僕に向かって深々と頭を下げました。
「ちょ……カルツさん……」
「ありがとうケント、改めて礼を言わせてくれ」
「そんな……頭を上げて下さい、お礼を言うのは僕の方ですよ」
「いや、ケントは意識していないのだろうが、先日ロックオーガが襲来した時、俺は死を覚悟していたんだ」
カルツさんの話に、5人も食事を中断して聞き入っています。
「あんな数のロックオーガ、俺達守備隊と選り抜きの冒険者が命懸けで戦っても、全部倒しきれていたか怪しいところだ。間違いなく多数の死傷者が出ていただろう」
守備隊の人達が、僕らを値踏みするような視線で出迎えたのは、どこからかスケルトンの召喚者が僕だという噂を耳にしたからだそうです。
カルツさんは、食事を中断している5人に向き直って話を続けます。
「君らが置かれていた状況についても、話を聞いている。リーゼンブルグとランズヘルトの微妙な関係上、救出に手を貸せないのは本当に心苦しいのだが、ヴォルザードに辿り着いた者は全力で保護すると約束しよう」
「ありがとうございます、カルツさん」
「それで、彼等の今後なのだが、ケントの時と同様で良いんだな?」
「はい、ギルドで身分証を作って、出来る仕事を探してもらいます」
「そうか、当座の金ならば……」
「あぁ、それは大丈夫です、ロックオーガの魔石がありますので……」
「そうか、となるとケント、君はかなりの資産家という事になるな……」
カルツさんが、いたずらっぽくニヤリと笑ってみせました。
「いえいえ、この後救出する200人近い同級生の滞在費用を考えると、そんなに裕福って訳じゃないですよ」
「なるほど、それもそうだな……200人を養うと考えると、確かにそんなに余裕は無いな」
「でも、ヴォルザードで受け入れてもらえて、本当にほっとしてます」
「たぶん、クラウスさんやドノバンさんにも言われているだろうが、ヴォルザードでは人材は貴重なんだ。無論、きちんと働くのが前提だが、人材はいくらでも欲しい」
「それは、守備隊も同じなんですか?」
「そうだな、平和な時には、街の治安維持程度だから大変ではないが、この前のような魔物の大量発生が起こった時には、最前線で戦うのが俺達の役割だから、欠員が出る事も少なくはないんだ」
「欠員って、殉職って事ですか……?」
「勿論、それもあるが、手足を失えば、最前線で戦うのは難しいからな」
魔の森を無事に渡り切り、開放感に浸っていた5人ですが、ヴォルザードの厳しい現実を突きつけられて神妙な顔をしています。
5人が住む場所は、守備隊詰所の敷地にある、魔物の大量発生が起こった時に使う臨時宿舎を使わせてくれるそうです。
狭いながらも一応個室の作りになっていて、食事は詰所の食堂を利用して良いそうです。
明日の朝、ギルドに行く約束をして5人と別れて、僕はドノバンさんに報告を入れに行きます。
「じゃあ、カルツさん、よろしくお願いいたします」
「あぁ、任せておけ」
「みんなも迷惑掛けないようにね。特に八木、頼むよマジで」
「お前なぁ……少しは俺様を信用しろよ」
「いや、信用出来ないから言ってるんだよ。小林さん、絞めといて」
「オッケー、オッケー、任せなさい!」
「ちょ、お前ら……」
ガセメガネの監視は小林さんに頼んで、すっかり日が暮れたヴォルザードの街をギルドに向かって歩きます。
なんだか、二日しか留守にしていなかったのに、帰って来たって感じるのは、それだけヴォルザードに住み慣れてきたからなんでしょうね。
この時間のギルドは、採集の依頼を受けた人達が、集めてきた薬草や素材を買い取ってもらうために集まっていて、朝ほどではないですが賑わっています。
素材を買い取って貰った人の中には、そのまま酒場に直行して、全部飲んでしまうような強者もいるそうです。
「あれ、ケントじゃない、こんな時間に珍しいね」
「あっ、こんばんは、ミューエルさん……と、ギリクさん」
声を掛けて来たのは猫耳天使のミューエルさんで、当然、犬ッころが一緒です。
「なんだ、俺が一緒じゃ悪いみたいだな……」
「いえいえ、そんな事……思っていても口に出したりしませんよ」
「手前、調子くれてんじゃねぇぞ……」
「何ですか、僕は至っていつも通りですけど……」
「もう、二人とも顔を合わせた途端に喧嘩しないの、めっ!」
ひゃっは――っ、ミューエルさんに、めっされちゃいました。
うん、これに関しては犬っころも役に立ってますね。
よしよし、ご褒美として小林さんを紹介してあげましょう。
その代わりに、ミューエルさんは僕がいただきましょうかね。
「それで、ケントは何しに来たの?」
「ちょっとドノバンさんに報告に来たんですけど、この時間は忙しいですかね?」
「ちっ、鳥のヒナみてぇにドノバンのおっさんに付いて回りやがって、一人じゃゴブリン一匹仕留められねぇくせに、調子乗んなよ」
「それはどうでしょうかね。本当は、凄く強いのかもしれませんよ」
「はぁぁ? 手前なんざ紙屑みたいに丸めてやんよ」
「ふふん……そんなに簡単にいきますかねぇ」
「お前らは本当に仲が良いな……何なら今から稽古するか?」
再びギリクとメンチの切り合いをしていたら、頭の上からドノバンさんの迫力のある声が降ってきました。
「げぇ、じょ、冗談じゃねぇ、こちとら一日採集で歩き回って来たんだ、稽古なんかやってられっか……ミュー姉ぇ、帰るぞ」
「はいはい、じゃあね、ケント」
「はい、おやすみなさい」
うきゃきゃきゃ、犬っころめ尻尾巻いて逃げていきましたよ。
勿論、僕に恐れをなした訳じゃないですけどねぇ。
「で……無事に連れて来たのか?」
「はい、守備隊の臨時宿舎に押し込めてきました」
「そうか、じゃあ登録は明日の朝だな? オットーに伝えておいてやる」
「よろしくお願いいたします。それと、途中でなんですが……」
周りの人に聞かれたら拙そうなので、ギガウルフの一件を耳打ちすると、ドノバンさんの表情が一変しました。
「何頭の群れだった? どっちの方向へ逃げて行った?」
「えっと、全部で九頭で、一頭も逃がしていません」
「全滅させたのか……よし、詳しい話は明日、連れて来た連中を登録する時に聞く。お前も疲れただろう、戻って休め」
「はい、ありがとうございます」
自分では意識していなかったのですが、やはり色々と神経を使っていたようです。
下宿に戻ってアマンダさんに挨拶して、自室のベッドに横になった途端、眠りに落ちてしまいました。
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