第33話 実は僕、結構チートなんです

 救出した五人を無事にヴォルザードに連れて来た翌朝、僕は決意を固めて朝食の席に着きました。


「はいよ、おまたせケント、たんとお食べよ」

「あ、あの……アマンダさん、後でお話したい事があります」


 五人を連れて来た機会に、これまで隠してきた真実をアマンダさんに話すつもりです。


「話……? あぁ、ケントが異世界から召喚されて来たって話なら、ドノバンさんから聞いてるよ」

「ふぇ……?」


 これまでアマンダさん達を騙していたのですから、場合によっては下宿を出て行く覚悟を固めて切り出したのに、既に聞いてるなんて……間の抜けた声が出ちゃいましたよ。


「き、聞いてるって……その……」

「友達がリーゼンブルグの奴らに捕まってる事も、ケントが召喚したスケルトンが街を守ってくれた事も、みんな聞いてるよ」

「え、えっと……これまで嘘をついていて、ごめんなさい」

「馬鹿だねぇ……謝る事なんか無いよ。 ケント、これまで一人で良く頑張ってきたね。それに街を守ってくれて、ありがとう」

「はい……はい……」


 ズルイです、駄目ですよ、そんな事言われたら、涙が溢れてきちゃうじゃないですか。


「馬鹿だねぇ、泣くことないだろう……ほら、食事にするよ」

「僕は……僕は、ここに居ても良いんですか?」

「当たり前だよ! 何言ってんだい、ここが、ヴォルザードでのあんたの家だよ」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

「あぁ……もう、そんなに泣くんじゃないよ。ほら、今日も忙しいんだろう? しっかり食べないと駄目だよ」

「はい……はい……」


 先日のおねしょの件のおかえしとばかりに、メイサちゃんにニヨニヨとした視線を向けられてしまいましたが、涙がなかなか止まりませんでした。


「お母さん、やっぱりあたしの言った通りだったでしょう?」

「ん? 何の事だい?」

「ケントは、ぜったい何か飼ってるって言ったじゃない」

「あぁ、そう言えばそうだね。 でも、街を守ってくれるようなスケルトンなら歓迎だよ」

「ラインハルト、ちょっと挨拶してもらえるかな?」

『勿論ですぞ』


 歓迎してもらえると言う事なので、ラインハルトに影の中から出てもらう事にしました。

 僕の影からヌルリと表に出て来たラインハルトを見て、アマンダさんとメイサちゃんは驚いて目を見張りました。


「紹介します、僕の警護をしてもらっているラインハルトです。昔は騎士団の分団長をしていたそうです」


 ラインハルトが誇らしげに騎士の敬礼をして見せると、二人は表情を緩めました。


「お母さん、うちの警備は万全だね。泥棒なんて絶対に入れないよ」

「まったくだ、最果ての街ヴォルザードで一番安全な家だよ」

「メイサちゃん、泥棒も魔物も心配は要らないけど、おねしょの心配は自分でしてね」

「きぃぃぃ……おねしょなんて、もう絶対にしないもん! ケントの意地悪、馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁ!」

「あははは、メイサ、おねしょの心配もしなくて良いようにしておくれよ」

「きぃぃぃ……しないもん、しないもん! もう、おねしょなんて絶対にしないもーん!」


 気掛かりだったカミングアウトも終えて、僕は居場所を失わずに済みました。

 おかげで、スッキリとした気分で5人を迎えに行く事が出来そうです。


 守備隊の詰所に顔を出すと、立ち番をしていた隊員さんに敬礼されちゃいましたよ。


「おはようございます、どうぞ、皆さん食堂でお待ちですよ」

「お、おはようございます……あ、ありがとうございます……」


 詰所の中に入ってからも、出会う人、出会う人、みんなに敬礼されちゃいます。

 その度に、ペコペコと頭を下げていたら、クスクス笑われちゃいましたけど、これって遊ばれちゃってるんでしょうかね。


 食堂に行くと、5人が同じテーブルでダラーっとお茶を飲んでいました。

 厳しい状況から開放された反動なんでしょうかね、小林さんもかなり緩んでいる気がします。


 てか、八木なんか緩みきっていて、ニートへ一直線って感じですよ。


「おはよう、みんな良く眠れた?」

「もう、すんごい良く眠れて、なんだか罪悪感を感じちゃうぐらい……」

「あー……小林の言う通りかもな、俺らも良く眠れたけど、あっちに残っている連中を考えるとなぁ……」


 なるほど、だらけているというよりも、持て余しているという感じなんですかね。


「それじゃあ、これからギルドに行って身分証を作るよ。みんなの行動次第で、ヴォルザードからの印象が決まるからね。残っている人達のためにも良い印象を持ってもらえるように行動してね」


 僕の言葉を聞いて、1人を除いて表情が引き締まりましたね。


「働きたくないでござる……」

「八木ぃ……あぁ、ギルドに行けば、猫耳のお姉さんに会えるかもよ……」

「よし行くぞ! どうした国分、グズグズするな!」


 まったく分かりやすいというか、単純バカと言うか、ある意味扱いやすいから良いんですけどね。

 守備隊の詰所からギルドに向かう道は、考えてみると僕が初めて歩いたヴォルザードの道でもあります。


 みんな街並みとか、行き交う人々、開店の準備をしている店先などを物珍しそうに眺めています。

 きっと僕も、みんなと同じような感じだったのでしょうね。


「けっこう……と言うか、かなり綺麗だよな」

「そうそう、下水とかも整ってるみたいだし」

「うぉ、あそこ、ケモ耳のおばちゃん……」

「なんか、髪の色がすげぇカラフルなんだけど……」

「いいなぁ……カラーリング剤とか売ってないかなぁ……」


 ギルドは朝の喧騒がそろそろ終わる時間で、掲示板の前は空いて来ていましたが、カウンターの前は賑わいが残っています。

 オットーさんに話しておいてくれるという事でしたが、もう少し空いてからの方が良いですよね。


 いつもの壁際へと向かうと、そわそわした様子のマノンが立っています。

 笑いたそうな、泣きそうな、何だか複雑な表情をしていますね。


「ねぇ、国分、あの人知り合い? 紹介してよ」


 マノンの方へと近付いてく途中で、小林さんから肩を叩かれました。


「いいけど、マノンは女の子だからね」

「えぇぇ……うわぁ、何か、ある意味反則……」

「女の子ってマジか!紹介しろ国分」

「八木、ウザい……」


 近くまで行くと、マノンは覚悟を決めるように、大きく頷きました。


「おはよう、マノン」

「ご、ごめんなさい!」

「えぇぇ? えっと……それって……」

「この前……僕、感じ悪かったよね。そ、その……僕の事、嫌いになっちゃった?」


 もしかしたら、メリーヌさんと話している時に、プンスカして帰っちゃったからでしょうか。

 そんなの全然気にしていないですし、それよりも僕が隠し事をしているの謝らないといけないぐらいなんです。


 てか、ちょっと涙目の上目使いが、破壊力高すぎなんですけど!

 ハグしちゃ駄目ですかね、ギューって、ギューって……。


「別に気にしてもいないし、マノンを嫌いになんかなってないよ」

「ホントに? 良かった……」


 マノンが小さく弾んでるんですけど! なんですか、この超絶可愛らしい生き物は! もう独占禁止法に抵触しても構わないので、独り占めしたいです。


「国分ぅ、隅に置けないじゃないのよ……」

「い、いや、マノンは、その……」

「新田、古田、俺は取り調べが必要だと思うが……」

「異議なし!」

「無論、異議なし!」

「いや、ちょっと……」


 目を血走らせた新旧コンビとガセメガネ、そしてニヤニヤしている凸凹シスターズを、マノンは首を傾げて見ています。


「ケント、もしかして商隊の人達が生きてたの?」

「うっ……マノン、ごめん! 後でちゃんと事情を話すから、今は聞かないで」


 話が更にややこしくなりそうなので、拝み倒してマノンには説明を待ってもらいました。


「国分ぅ……手前、俺らが大変な思いしてる間に、随分と良い思いしてたみてぇじゃねぇか……」

「な、何言ってんだよ、僕だって大変だった……んじゃないかなぁ……」

「どこまで行った?」

「ふぇ? な、何のこと?」

「キリキリ吐け、黙秘権は認めん」

「いや、だから……」


 僕が新旧コンビとガセメガネに捕まっている間に、マノンには凸凹シスターズの魔の手が迫っています。


「どうも……あたしはトモコ、で、こっちが……」

「アケミだよ、よろしくね」

「ぼ、僕はマノン……よろしく」

「ちょっと、あっちゃん、僕っ娘だよ、僕っ娘」

「水色のサラサラヘアーとか、反則だよねぇ……」


 あぁ、マノンに魔の手が……マノンが腐ってしまうぅぅ……。


「ケント、こいつらが連れてきた奴らか?」

「はい、おはようございます」


 おう、救世主ドノバンさん登場です。

 5人にドノバンさんを紹介したのですが、全員一睨みで姿勢を正しました。


 うんうん、君らの行動は正しいよ、逆らっちゃ駄目だからねぇ。


「鑑定と登録は会議室でやる、連れて来い」

「あの、ドノバンさん、マノンも一緒に連れて行って良いですかね?」

「うん? どうしてだ?」

「その……同じぐらいの歳で協力してくれる人が居た方が安心なので」

「ふむ……そうだな、いいだろう」


 少し考えてから、ドノバンさんは了承してくれました。


「マノン、お願いがあるんだ、一緒に来てくれる?」

「ぼ、僕に? う、うん……いいよ」


 二階の会議室に行くと、オットーさんが準備を整えていてくれました。


「おはようございます、オットーさん。よろしくお願いします」

「おぉ、おはようケント。そうだ……ほれ、ちょっと触ってみてくれ」


 オットーさんが指差す先にあるのは、憎き魔眼の水晶です。

 言われるがままに触ってみるのですが、やっぱり全然光らねぇぇぇ……。


「光りませんねぇ……」

「ケント、お前さん本当に魔術が使えるのか?」

「はい、闇属性と光属性の魔術が使えます」

「そもそも二つの属性を使えるのがおかしな話なんじゃが……反応しないのは、そのせいなんじゃろうな」


 僕の横で話を聞いていたマノンが、目を真ん丸に見開いて驚いてますね。

 やっぱり、ちゃんと話して謝らないと駄目ですよね。


「オットーさん、みんなの登録をお願いします。 マノン、ちょっと来て」


 マノンを会議室の隅へと引っ張って行くと、また凸凹シスターズにニヤニヤした視線を送られちゃいましたよ。


「ごめん、マノン。騙すつもりじゃなかったんだけど、実は……」


 マノンに召喚されてからの経緯を話して、みんながヴォルザードに馴染む手助けをしてもらえるように頼みました。


「小林……じゃなくて、えっと……トモコとアケミは、女の子だし、ヴォルザードに来てから同じぐらいの歳で仲良くなった女の子ってマノンしかいないから、いきなりで戸惑ってると思うけど、なんとか引き受けてくれないかな?」

「うん、いいよ。僕しか仲の良い女の子が居ないんじゃ仕方ないよね」


 あれっ、面倒事を頼んだのに何だかマノンが御機嫌なんですが、新しい友達が出来るのが嬉しいのでしょうかね。

 やっぱりマノンも、ボッチ体質だったんですかね。


 マノンと話をしている間に登録が終わったようで、5人はギルドのカードを嬉しそうに眺めています。

 うん、みんなFランクのカードですね、良し良し……。


「ケントよ、この5人の当座の生活費はどうするんじゃ?」

「あっ、はい、それは途中で倒してきたオークの魔石とギガウルフを買い取ってもらって、そこから出します」

「なんじゃと、ギガウルフじゃと!」


 オットーさんは、ギガウルフの話は聞いていなかったららしく、腰を抜かさんばかりに驚いています。

 驚くオットーさんの言葉を遮るようにして、ドノバンさんが訊ねて来ました。


「ケント、そいつは何処に置いてある?」

「はい、影収納に入れてあるんで、いつでも出せますけど……」

「当然デカいよな?」

「はい、ビックリするぐらい大きいですね」

「よし、裏の訓練場に出せ、俺が鑑定する」

「はい、よろしくお願いします」


 ギガウルフを鑑定してもらうため、ギルド裏手の訓練場へと移動しました。

 今日も術士の講習が行われていますが、無事に次の段階へと進んだミューエルさんの姿はありません。


「ケント、ここらに出してくれ」

「分かりました。ラインハルト、お願い」

『了解ですぞ』


 影収納への入口を開くと、ラインハルトが、ヒョイヒョイとギガウルフを取り出していきます。

 メタリックなスケルトンが、ギガウルフの巨体を次々に運び出す姿に、周囲から驚きの声が上がりました。


 術士の講習をやっていた皆さんも、講習そっちのけで集まってきましたよ。

 そりゃそうだよね、いきなりモフモフ山が現れれば僕だって驚くもの。


 ラインハルトには、作業が終わったら影の中へと戻ってもらいました。

 ギガウルフの傷口を検分していたドノバンさんが、不審そうな表情で訊ねてきました。


「おいケント、こいつらは、どうやって倒したんだ?」

「はい、影移動で頭の下に移動して、そこから光属性の攻撃魔術で仕留めました」

「何だと! お前が倒したのか?」


 ドノバンさんは、てっきりラインハルト達が倒したものだと思っていたらしく、もの凄く驚いた声を上げて、おかげで回りにいる人達の視線が僕に集中しちゃいました。


「え、えっと……はい、そうです」


 ドノバンさんは僕の首根っこを捕まえて、術士の講習が行われていた的の前まで引っ張っていきました。

 てか、そんなに僕の首根っこは掴みやすいですかね。


「やってみろ……」


 いや……なんか凄いギャラリーが集まっちゃってるんですけど、良いのでしょうか? 僕は確か悪目立ちしちゃいけないはずですよね。

 でも、ドノバンさんに早くしろと顎を振って催促されちゃ、やらない訳にいきませんよね。


「はぁ……では……」


 的の藁人形に向かって、ピストル状にした右手を伸ばして攻撃魔法を撃ち出しました。

 魔法はちゃんと命中して、藁人形の頭にポっと穴が開いたのを確認してから手を下ろしました。


 ドノバンさんは的の藁人形に向かって目を見開いていますが、遠巻きにしていたギャラリーからは的が良く見えなかったのか、ざわめきが聞こえてきます。


「どうしたんだ、やらないのか?」

「何だ、始めないのか?」


 少しのタイムラグの後、藁人形の頭から煙が上がり、やがて炎に包まれました。


「うぉ、なんだあれ、燃えてるぞ」

「あいつ何をやったんだ?」


 的を見詰めていたドノバンさんのフリーズが解けて、僕の方へと視線が向けられました。


「お前……詠唱は?」

「えっと……したこと無いです」

「そう言えば、詠唱無しで影に潜ってたな……今のは、本当に光属性なのか?」

「た、たぶん……そうだと思います、イメージしたのは光属性の方なので……」

「うーむ……」


 腕組みしたドノバンさんに睨まれ、周囲のざわめきに囲まれて、もの凄く居心地が悪いです。

 やがてギガウルフの方へと視線を移した後で、ドノバンさんに尋ねられました。


「魔石は取り出していないんだな?」

「はい、解体とかしている時間はなかったので、そのままです」

「分かった、あれに関しては、鑑定して解体の手間を引いた金額を後で払う形で良いか?」

「はい、それで結構です……あっ、みんなの当座の生活費が必要なんで、オークの魔石だけ現金化していただけますか?」

「そうだな……良し、中のカウンターに移動するぞ。おら、お前らは、さっさと講習を再開しろ」


 術士の皆さんは講習へと戻り、ギガウルフの周りには自主練習をしていた冒険者さん達が集まっていますね。


「あの……ドノバンさん、ギガウルフって珍しいものなんですか?」

「当たり前だ。あいつらはロックオーガよりも遥かに厄介だからな」

「ヴォルザードを襲って来たりは?」

「滅多に無いし、来ても群れじゃなくてハグレ個体だが、平気で城壁を跳び越えて来やがる。なにしろ動きが速くて、仕留めらる可能性の低いとんでもない奴らだ」


 以前、ヴォルザードに現れたギガウルフは、城壁を跳び越えて街へ侵入し、人を襲って咥えたまま魔の森に戻って行ったそうです。

 しかも、その手口に味を占めて、仕留めるまで何度も襲って来て、十人以上の犠牲者が出たのだそうです。


「もし今度来た時は知らせて下さい。 魔の森まで追い掛けてでも仕留めますから」

「む……そうか、分かった、その時は頼むぞ」

「はい、任せて下さい」


 オークの魔石は、1個1万2千ヘルトで買い取ってもらえたので、5人には当座の生活費として1万5千ヘルトずつ支給します。

 身分証を作り終えたので、次は生活に必要な物の買出しですね。


「マノン、みんなの着替えとかを買いたいんだけど、お店に案内してもらえるかな……マノン?」

「えっ……?」


 急に色々な事が起こって、戸惑っているんでしょうか、マノンはポヤーっと僕の顔を眺めて話を聞いていなかったようです。


「えっと……みんなの買い物がしたいんで、お店を案内してもらえるかな?」

「う、うん、大丈夫、任せて! 僕がみんなを案内するよ、うん、うん」

「お、お願いね……」

「任せて!」


 何だかマノンが凄くやる気なんですが、一度に友達が増えるのが嬉しいのか、自分の街を案内するのが嬉しいのでしょうかね?

 凸凹シスターズがニヨニヨしてるし、新旧コンビとガセメガネが殺気を含んだ視線を投げてくるんですけど、何なんですかね、こんなに僕は頑張っているのに。

 とりあえず、買い物に出掛けましょうかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る