第13話 猫耳と犬耳とチョイ悪オヤジ

 今日は、10の月の5日、闇の曜日、ぐふふふ……闇属性の魔術士である、このケント様が最も力を発揮できる日……ではないです。

 曜日に属性の名前が付いていますけど、これは便宜上そうなっているだけで、曜日によって魔力が強まったり弱まったりはしないそうです。


 ガーム芋倉庫での仕事が昨日で終わったので、今日は新しい仕事を探しにギルドにやってきました。

 今朝も依頼が貼られた掲示板の前は、黒山の人だかりですねぇ。


 たぶん早い時間の方が良い仕事があるんでしょうね、みんな目が血走っていて、ちょっと……いや、かなり怖いです。

 喧騒が終わるまで待っていようと壁際へと向かうと、可愛げの欠片も無い犬耳のギリクが、ポツネンと一人で立っています。


 あれ、猫耳天使のミューエルさんは、いずこ?


「お、おはようございます、ギリクさん」

「あん? おう、チビ助か……」


 気付かない振りをして回れ右も出来たのですが、礼儀正しい僕はギリクに挨拶しました。

 決して、後で挨拶しなかったとバレるのが怖いからじゃないですよ。


「あのぉ……今日は、ミューエルさんはいらっしゃらないのですか?」

「あぁん? ミュー姉ぇ?」

「は、はい、いらしたら挨拶しようと思ったもので……」

「ミュー姉は、術士の講習だ……」


 何で普通に答えられないのかねぇ……いちいち凄まないと死ぬのか? この犬っころめ。

 てか、術士の講習もあるんですね。


「あのぉ……術士の講習もあるんですか?」

「あぁん? あるに決まってんだろ、火、水、風、土の曜日にやる講習までは、術士も騎士も一緒だが、闇、光、星の曜日にやる講習は、別々にやんだよ、覚えとけ!」

「は、はい……すみません」


 なるほど、途中までは、術士タイプも騎士タイプも一緒にやって、専門性が出てくる辺りから別々って事なんですかね?

 てか、術士の講習って、どんな事やるんでしょう、見学とか出来るんでしょうかね?


「あのぉ……」

「なんだ、まだ居やがったのか……」

「す、すみません、その術士の講習って、見学出来るのでしょうか?」

「あぁ、訓練場でやってっから、見るのは自由だ」

「あっ、そうなんですね、ありがとうございます」


 おぅ、見学自由とあらば、これは見に行かねばなるまい。

 勿論、純粋に術士の講習とは、どんな風に行うのか見るためですよ、け、決してミューエルさんを拝みに行くんじゃないからね。


 さぁ、訓練場へと、レッツゴー!


「ちょっと待て!」

「ぐぇぇ……く、首がぁ……」


 訓練場に行こうとしたら、ギリクに襟首を掴まれました。


「な、何ですか、いきなり……」

「俺も一緒に行く、手前がミュー姉を薄汚い目で見ないように、監視してやる……」

「そ、そんな目的で僕は……」

「うるせぇ、行くぞ……」


 くっそーっ、この犬っころめ、妙なところで鼻が利き……いやいや、僕は、そんなつもりは無いですよ、ホントだよ。

 てか、僕は猫の子じゃないんだから襟首摘んで歩くんじゃないよ、みんなに注目されちゃってるじゃないか。


 ちっくしょー、いつか、キャーン言わせてやるからなぁ!


 訓練場へと連行されると、僕らが講習をやったのとは別の場所に人が集まっていました。

 そこは弓矢などの練習場のようで、頑丈そうな土壁の前に的になる人形が立てられています。


 さてさて、猫耳天使のミューエルさんは……いました、いました、薄桃色の尻尾がユラユラと揺れてます。

 確か、にゃんこが何かに興味を示しているときの動きでしたよねぇ、つまりは講習を熱心に聞いているって事でしょうか。


 むっ、隣の野郎がチラチラとミューエルさんに視線を……。


「あの野郎、ミュー姉を……」

「うぐぅ……ぐふぅ……首ぃ、首がぁ……」

「おっ? おぅ、悪ぃ、悪ぃ……」

「もう、勘弁して下さいよ」


 ミューエルさんは猫獣人だし、ギリクは犬獣人だから、実の姉弟って事はないよね。

 この二人って、どんな関係なんでしょう、ベタな幼馴染の片思いとか?


 そんな事を考えていたら、どうやら実技に入るようですね。

 一人目の男性が、的に向かって身構えました。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて火となれ、踊れ、踊れ、火よ舞い踊り、火球となれ! とぁぁ!」


 痛たたた……何なんすか、この痛い詠唱は……って思っていたら、男性は震える右手に掲げた直径15センチほどの火の玉を、的に目掛けて投げました。

 あっ……届かないで手前で落ちちゃったよ。


「ふん、ざまぁねぇな……」


 あぁ、やっぱり残念な人だったんですね。


「火球を作るところまでは、まぁまぁだったがな……」


 えぇぇ……あれが、まぁまぁ……?


『ねぇ、ねぇ、ラインハルト、今の見てた?』

『見ていましたぞ、火球を作るところまでは、なかなかスムーズでしたな』

『えぇぇぇ……魔術って、あんなに長々と詠唱しないと駄目なものなの?』

『そうですぞ。威力の高い魔術を使うには、更に詠唱を重ねないとなりませんぞ』

『えぇぇぇ……そんなにノンビリしてたら魔物に殺されちゃうよ』

『ですから術士は動きながら詠唱する練習を重ねたり、騎士とコンビを組んで活動するのです。ワシらからすれば、詠唱しないで魔術を使うケント様の方が、よっぽど異常な存在ですぞ』

『そうなんだ……』


 そう言えば、術士と騎士で別れて講習を行うのは、闇の曜日からって話だから、この講習は術士の初級講習って事なのかな。

 そんな事を思っていると、今度はミューエルさんの番のようです。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ! やぁぁぁ!」


 火球と違って、風の刃は目には見えないらしく、ミューエルさんが腕を振り下ろした一拍の後、藁人形がザックリと切り裂かれました。

 おぉ、ミューエルさんの尻尾がピーンと上を向いて、何だか誇らしげです。


「さすがミュー姉、これなら次のレベルに上がるのは間違いないな」


 いやいや、何でギリクが得意気なんだよ、お前は何にもしてねぇーじゃんか。

 でも、あと二段階で講習は終わりなんだよね、そしたら一人でダンジョンに潜ってもOKなんだよね。


 あれ? ダンジョンって、意外と危険じゃないんじゃね?


「お前ら、こんな所で何してる?」


 こ、この声は……慌てて振り向いた先にいたのは、ドノバンさんですよ。


「また覗き見か、ギリク」

「ちっ、違う……俺はその……」


 また? 今確かにドノバンさんは、またって言いましたよね、このピーピングドッグめ。


「お前は巻き添えか? ケント」

「はい……い、いえ、術士の講習がどんなものか見てみたかったので……」

「ほほう、そうかそうか、つまりは、術士に対抗する方法を探しに来た訳だな?」

「えっ? いえ、そういう訳では……」


 違います、そんな大それた事なんか、考えていませんからね。


「だが、心配いらんぞケント。術士とやり合う時は、詠唱が終わるまでに殴っちまえば、こっちの勝ちだ。たとえ詠唱が終わっても、動きを予測して回避すれば良いだけだ」


 うわぁ、出た――っ、筋肉で全てを解決する人だぁ!


「おう丁度いい。ギリク、少しケントを揉んでやれ」

「はぁ? 何で俺が、こんなチビ助を……」

「何だ……何か文句があるのか?」

「い、いや、そういう訳じゃ……」


 うひゃひゃひゃひゃ、ギリクの尻尾が股の間に隠れようとしてるよ、めっちゃビビりまくりじゃん。


「いいかギリク、ヴォルザードは最果ての街だ。魔の森に一歩踏み入れば、そこは魔物が支配する場所だ。こんな場所で生きていくには、人を育てていかなきゃならん。使える人材を増やすほどに街は発展して、巡り巡って自分の懐も暖かくなるんだ。女のケツばっかり追いかけてねぇで、下を育てる事も考えろ!」

「は、はい……」


 うひゃひゃひゃひゃ、ギリクの体積が二割は縮んだよね、ざまぁ!


「手前、何ニヤニヤしてやがんだ……」

「い、いいえ……そ、そんな事無いですよ……」


 やっべぇ……あまりの喜びが、ミーのマウスをスマイルさせちゃってたみたいです。


「こいつ……たっぷり可愛がってやっからな」

「ちょ、僕は術士の講習を見に来ただけで……」

「いいかケント、頭で考えるも悪くはないが、魔の森で生き残った時を思い出せ。 いざって時に直感で正しく動けなきゃ、簡単にくたばっちまうんだぞ。そのためには鍛練あるのみだ」

「は、はい……」


 どう動いても、この状況からは逃げられなかったですよね。

 あぁ、そうか、犬っころなんかに声掛けないで、仕事探せば良かったのか……でも、もう完全に手遅れだよねぇ。


 ギリクからも逃れられなかった僕が、ドノバンさんから逃げられるはずがないもんね。

 と言う訳で、準備が整いました。


 革の兜、胴、それに籠手を付けさせられて、短剣サイズの木剣を握らされてます。

 てか、この籠手、絶対臭うよね、お花の香りの石鹸とか、こっちの世界にも無いですかねぇ。


「いいか、ギリクはケントの防具を付けている所だけを狙え。ケントはギリクの何処を狙っても構わないぞ、何なら急所に一撃入れてやれ!」

「ふん、こんなチビ助なんかに、やられっこねぇよ」


 ギリクは通常サイズの木剣を右手に下げて、自信たっぷりにふんぞり返ってます。

 だが貴様は、その自信が過信だったと思い知る事になるだろう。


 ふっ……魔の森での特訓の成果を、こんなに早く披露する事になるとは思ってなかったよ。


「お、お願いします!」


 短剣を正眼に構えて、ギリクと向かい合いました。

 僕を舐めくさっていられるのも、今だけだよ、さぁ、ショータイムだ。


 鋭い踏み込みと同時に、上段に振り上げた短剣を……。


「ぐへぇ……」


 振り下ろす前に鳩尾にヤクザキックを食らって、もんどり打って倒れました。

 ズルい……蹴るのありとか聞いてないよ。


「おっせぇ、オマケに隙だらけだ、おら立て、次だ、次!」

「ぐぅぅ……今度こそ! だぁぁぁ……ふっ、ぎゃひぃ!」


 今度は上段に振り上げる振りをして、ヤクザキックをガードしたら、脳天に木剣を食らいました。


「足ばっかり見てっからだ、おら、さっさと掛かって来い」

「くぅぅ……やぁぁ! ふっ、やぁぁ……うぐぅぅ……ぐはっ!」


 ヤクザキックをガードして、すかさず脳天への一撃も受け止めたのですが、鍔迫り合いで押し込まれたところで、右の脇腹に膝蹴りを食らいました。


「がはっ……ごほっ、ごほっ……」


 うぎぃぃぃ……あばらがミシっていって、息が詰まります。

 治癒、治癒……もう全力で自己治癒しましたよ。

 もう許さん、こっから本気出す。


「うぐぅぅぅ……行きます!」

「ほぅ、一丁前に根性あんじゃねぇか、来い!」


 せめて一太刀と思って、向かって行っても、一方的にボコられただけでしたよ。

 大体、リーチが違いすぎだってぇの、くそぉ、何回やっても掠りもしないよ。


 こうなったら、自己治癒全開で、何度だって食らい付いてやりますよ。


「ぐはぁ……うぎぃぃぃ……もう一本!」

「こいつ……はぁ、しつけぇ! おらぁ!」

「ぐへぇ……いぎぃぃぃ……もう一本!」

「はぁ、はぁ……手前は、ゾンビか! おうらぁ!」

「だはぁ……うぐぅぅ……はぁ、はぁ……あれっ?」


 自己治癒をフルに使って、立ち上がれるようにしたはずなのに、膝がカクンと折れて、地面が迫って……ぷつっと意識が途切れました。



 どの位の時間、気を失っていたのか、何だか布団に寝かされているようです。

 混濁していた意識が戻ってくると、頬に暖かくて柔らかな温もりを感じ、それは、ゆっくりと息づいているようです。


「えっ……これって、誰かいるの?」


 どうやら、ベッドの中には誰かがいて、僕を抱え込んでいるようです。

 状況が飲み込めず、もぞもぞと脱出を試みていたら、謎の人物も目を覚ましたようです。


「ん、んーっ……おはよう、ケント」

「えっ、えぇぇぇ! ミューエルさん?」


 なんでミューエルさんとベッドを共にしてるのでしょう、一体何が起こってるんですか。

 あれですか? 無意識のうちに、大人の階段を上ってしまったのですか?


「ごめんねぇ、ケントが気持ち良さそうに眠ってるのを見てたら、私も眠たくなっちゃって、ベッドにお邪魔しちゃった……てへっ」


 ミューエルさんの『てへぺろ』いただきました――っ!


「あっ、えっと……ここは?」

「ギルドの医務室だよ。ケント、訓練場で倒れちゃったから……」

「あっ、そうか……結局掠りもしなかったのか……」

「ギリクが相手じゃ仕方無いよ……と言うか、ケントは無茶しすぎ、めっ!」


 ひゃっは――っ! ミューエルさんに、めっ、されちゃいました――っ!


「す、すみません……何だか悔しくなっちゃって」

「んふふふ、ケントも男の子なんだねぇ……」


 て言うか近いです。ミューエルさんの顔が目の前にあって、もうちょっと近付いたらチューしちゃいそうな距離です。

 てか、チューしちゃっても良いですかね。


 ぐっぐぅぅぅ……きゅるるるぅぅぅぅ……


 はぅぅ、何てタイミングで鳴るんだよ、マイ・ストマック!


「んふふふ、あんだけ暴れれば、お腹も空くよねぇ。ギリクが目茶苦茶したお詫びに、何かご馳走するね」

「い、いえ、そんな……あれは鍛練してもらったんで、目茶苦茶とかじゃ……」


 ミューエルさんの人差し指が、僕の口を塞ぎました。


「お姉さんに恥をかかせないの。こういう時は、素直にご馳走になっておくものよ」


 勿論、コクコクと頷くしかないですよね。

 ミューエルさんに連れられて、ギルドにある酒場に初めて行きました。


 夕方からは、仕事を終えた人達でごった返すそうですが、遅い昼食といった今の時間は空いています。

 ミューエルさんと空いている席に座ろうとしたら、近くの席の男性から声を掛けられました。


「おぅ坊主、気が付いたか? なかなかのやられっぷりだったじゃねぇか」

「は、はぁ……」


 誰でしょうかね。明るい茶髪の長髪で口髭を蓄えたチョイ悪オヤジって感じで、歳は40代ぐらいでしょうか。


「いやぁ、最近の若い奴じゃ珍しい程のやられっぷりだったぜ。あのギリクが最後はウンザリしてたぐらいだからな」

「そう言われれば……」


 僕も自己治癒全開だったので全然余裕は無かったのですが、言われてみれば、ギリクもだいぶ疲れていたような気がします。


「そう言いや坊主、あんだけやられたにしては元気そうだな?」

「うぇっ? は、はい、えっと……寝ると治っちゃう体質? みたいな……?」


 光属性魔術での自己治癒がバレないように、しどろもどろで言い訳してると、また盛大に胃袋が不満を訴えました。


 ぐぐぐぐぅぅぅぅ……きゅるるるぅぅぅぅ……


「ぶはははは、いいぞ坊主。ぶっ叩かれて、寝て、食って、育て! おう、マスター! この坊主にガッツリ食わせてやってくれ!」

「いや、そんな初めて会った方に……」

「いいの、いいの、ケント、このオジサンはお金持ちだから……」

「ミューエルさん……?」


 むむっ、このチョイ悪オヤジ、ミューエルさんに手ぇ出してるんじゃないだろうな?

 援助交際なんかしてようものなら、忍者スケルトンのフレッドにサクっとらせちゃうからね。


「そうか、ケントはヴォルザードに来たばかりだから知らないんだね」

「おう、そう言いや坊主、魔の森から生きて逃げて来たんだってな? たいしたもんだ」

「いえ、もう何が何だか、無我夢中だったので、良く覚えてないんです……」

「それでも生きて逃げて来たんだ、そういう強運の持ち主は大歓迎だぜ。よく来たな、俺の街、ヴォルザードへ!」


 チョイ悪オヤジは、両手を広げて芝居っ気たっぷりに言いましたよ。


「俺の街……?」

「うん、この人が、ヴォルザードの領主のクラウスさんだよ」

「ええぇぇぇぇぇ! し、失礼しました、本日はお日柄も良く……は、初めてお目に掛かり……」

「あぁ、そういうは無しだ。俺は堅苦しいのは苦手なんだよ……クラウス・ヴォルザードだ。よろしくな、ケント」

「は、はい、よろしくお願いします」


 握手を交わしたクラウスさんの手は、分厚くて力強く、デスクワークをする人の手ではありませんでした。

 バステンから報告を聞いただけで、本人を確認しようとは思わなかったから、こんなフリーダムな人だなんて思わなかったよ。


 でも領主さんなら、お金持ってるよね。

 遠慮なくご馳走になりましょう、そうしましょう。

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