第7話 住めば都のヴォルザード
カルツさんに連れられて、ヴォルザードの街に足を踏み入れると、異世界に来たという実感が湧いてきましたよ。
7、8メートルぐらいの高さがある城壁の規模は大きく、見た感じでは一辺が500m以上あるようです。
「かなり広いんですね」
「あぁ、だがあの壁は旧市街の壁だから、新市街の壁までは、あの三倍はあるな」
「えぇぇぇ、そんなに広いんですか」
カルツさんの話によれば、古い城壁の周囲に新しい城壁を築く形で何度も拡張工事が繰り返されているそうです。
街の建物は、石の土台に木の柱や梁、土壁かと思ったらコンクリートのように固められた壁で出来ていています。
壁の色はパステル調と言うのですか、優しい色合いでヨーロッパの田舎町という感じがします。
道幅は馬車が余裕を持ってすれ違えるぐらい広く、シッカリ舗装もされていて、良くみると下水溝もあるようです。
雰囲気は、いかにも異世界なんだけど、なにげに進んでる感じがしますね。
まぁ、臭かったり、汚かったりするよりは全然良いですよね。
「随分と街が整備されているようですね」
「分かるか? ここは魔の森に面した最果ての街だが、内地の都会には負けたくないという思いがあるのだよ」
「こうした道とかの整備は、やはり魔術でやるのですか?」
「それはそうだ、魔術でなければ、ここまで綺麗には仕上がらんだろう」
カルツさんは何を言っているのだという顔をしているので、やはり魔術が普通に使われている世界のようですね。
土属性魔術を使った建築現場とか、めっちゃ見て見たいっす。
逆に、日本では魔術無しで、これよりも進んだ街が作られている、なんて言ったら驚くでしょうね。
街に出て、一番に目に留まったのは、人々の髪の色です。
青や水色、緑、黄緑、ピンク、赤……髪の根本まで同じ色なので、染めているのではなく自毛なんでしょうね。
それに、獣人さんらしき人もチラホラ……あの耳は本物ですよね。
おっさんが獣耳のカチューシャとか、真っ昼間からしてないよね。
街の中央通りには色々な商店が立ち並び、日本では見掛けないような色彩の織物や、用途不明の道具などが置かれ、香辛料の様々な匂いも漂って来ます。
まるでモロッコとかのバザールみたいです。
やっぱり異世界はこうでなくっちゃ。探訪気分が盛り上がってきますよ。
ギルドは、森に一番近い門から街の中心に向かって十五分ほど歩いたところにありました。
ヴォルザードの求人情報は、役人の採用から引越しの手伝いまで、全てここに集まって来るそうです。
コンクリートみたいな壁ではなく、質実剛健という言葉を形にしたような、石造りの立派な建物で、外観からは四階建てのようです。
「あの、剣とハンマーが交差した看板が出ているのがギルドだ」
「冒険者の荒事と、職人仕事……って感じですかね?」
「その通りだ。まぁ、簡単な仕事もあるから心配はいらんぞ」
「はい、いきなり大変な仕事とかは無理なので、地道にやります」
カルツさんと話をしながらも、僕は次なる展開に胸を膨らませていました。
ギルドと言えば、綺麗な受付のお姉さんというのが、お約束ですよねぇ。
綺麗なお姉さんに、仕事の面倒を見てもらっているうちに、良い仲に発展していく……異世界ものの定番ですよねぇ、ねぇ、ねぇ。
ところが、連れて行かれた新規登録の窓口に居たのは、オットーという名のくたびれた感じのおっちゃんでしたよ、ちーん……。
しかも、二度と再会したくなかった、あいつが置かれてるじゃないですか。
「じゃあ、これに手を乗せてみて……」
「あ、あの、これは……」
「うん? 君、『魔眼の水晶』知らないのかな? これは属性と魔力量を見る魔道具じゃよ」
「は、はぁ……」
もちろん知ってるし、でも森の中で激しく魔術使ったから違う結果になるかもしれないと、淡い期待を持ちながら手を乗せると、当然何の反応もしやがらないんだよね、こいつ。
「あー……珍しいね。今度こっち……あー……もう良いよ、Fランクね」
「あの、Fランクというのは?」
「最低ランクだね。まぁ、魔術も使えないで、魔の森なんか入ったら死ぬからな」
「はぁ……」
予想していたとは言え、嫌味な水晶球を投げ捨てたくなりましたよ。
でも、オットーさんからは、意外な言葉が続けられましたよ。
「勘違いしなさんなよ、魔力がどんなに強くても何の実績も無ければ、Eランク止まりじゃからな」
「えっ、そうなんですか?」
「当たり前じゃろ、魔術が多少使えたところで、経験も無しに魔の森なんか入ったら死ぬからな」
判定の後で、必要事項を用紙に書くと、ギルドの登録カードを作ってくれました。
ご丁寧に、でっかくFって刻み込まれてますよ。
まぁ、測定上は魔力無し、更には仕事の経験が何も無いなら、Fランクでも当然ですよね。
「ところでお前さん、住むところはあるのかい?」
「いえ、一緒にいた商隊は全滅してしまったので……」
「なんじゃ、お前さん、魔の森で生き延びて来たのかい?」
「はぁ……まぁ」
「ほぉぉ、魔術も使えんで、良く逃げ延びて来たのぉ、お前さん、相当ついとるのぉ」
はい、確かに憑いてますね、凶悪なスケルトンが三体も。
「あの……宿の件は……」
「おぉ、そうじゃった、安い下宿があるが利用するかね?」
「下宿ですか?」
「何せ、ここは最果ての街じゃからな、人手は貴重なんじゃよ、新たな人手が流出せんように、住宅を融通しておるんじゃ」
「食事とかも付くのでしょうかね?」
「それは、家主との交渉次第じゃが、普通は付くぞ」
「じゃあ、お願いします、紹介して下さい」
「ふむ、空があるのは……アマンダの所なら食事も出るじゃろう」
事務的だったけど、テキパキと登録してくれて、下宿も紹介してくれて、ほぼ無一文だと言うと融資制度も教えてくれました。
オットーさんマジ良い人です。くたびれたおっちゃんなんて思ってゴメンね。
オットーさんの書いてくれた地図を持って、さっそく下宿に向かいます。
カルツさんは下宿にも付いて来てくれるそうで、こちらもマジ良い人です。
下宿先に向かう前に、ギルドの融資制度を利用して、お金を借りました。
影収納には、当分遊んで暮らせるぐらいのお金はあるのですが、それをいきなり使うと怪しまれちゃうもんね。
初めて登録したギルドの会員には1万ヘルトまで、1年間無利子で貸してもらえるそうです。
1万ヘルトと言われても、どのぐらいの価値なのかが分からないから困るよね。
下宿先に向かう途中で、カルツさんに聞いてみました。
「カルツさん、ここの物価で1万ヘルトだと、何ヶ月ぐらい暮らせますかね?」
「そうだな、安宿に泊まり続けて、1ヶ月ぐらいかな?」
「そうですか……って、今ひとつピンと来ないかなぁ……下宿って、どの位の値段なんでしょう? あぁ、聞いて来れば良かったなぁ……」
もう一度ギルドに戻るのも面倒なので、下宿先で聞く事にします、足りなかったら足りなかった時ですよ。
街の中央を通る道から、2本ほど裏に入った所に下宿先はありました。
1階は食堂ですが、もう昼の営業時間は終わって、午後の休業時間のようです。
ドアには準備中の札が下がっていましたが、鍵は掛かっていませんでした。
「えっと、こんにちは……ここは、アマンダさんのお店ですか?」
「ごめんね、昼の営業は終わっちゃったんだ、また夕方にでも来ておくれ」
店の入口から声を掛けると、厨房の方から快活な声が帰ってきました。
「いえ、そうじゃなくて、ギルドから下宿の紹介をしてもらった者なのですが……」
「あぁ、そっちかい。ちょっと待っておくれよ……これを、こっちに置いて……ほい、待たせたね、あたしがアマンダだよ。おや守備隊の人も一緒なのかい?」
エプロンで濡れた手を拭きながら姿を見せたアマンダさんは、ザ・肝っ玉母ちゃんという風貌の女性です。
身長は170センチ弱ぐらいで、その上、横幅のボリュームが凄くて、スリーサイズは120、140、130といった感じでしょうか。
ビヤ樽って感じですけど、もしかして妊娠なさってるのかもしれませんが、違っていたら拙いので、ちょっと聞けませんよねぇ。
赤みの強い茶髪を後ろで一つに束ね、目元がキリっとしていますね。
「いや、俺は付き添いだ。下宿を希望しているのは、こっちのケントだ」
「ケントです、初めまして」
「まぁ、ずいぶんと華奢な坊やだねぇ……」
「ケントは、森を抜けてこようとして、途中で魔物に襲われた商隊の、たった一人の生き残りなんだ」
「あぁ、何てことだい、そりゃ辛かっただろうに……」
「いぇ、そんな……むがぁ……」
事情を聞いたアマンダさんに抱きすくめられてしまいました。
汗の匂いと香辛料が入り混じった、これがヴォルザードの母さんの匂いなのでしょうか。
てか、窒息するぅぅぅ……。
「むがぁ……もがぁ……ぷはぁ……」
「あぁ、御免よ。それで、ケントだったね、あんた、お金はあるのかい? 仕事は、何か手に職はあるのかい?」
「はい、お金はギルドで借りてきました、仕事は、治癒士の師匠の手伝いをしていたのですが、雑用だけだったので、職と言えるような仕事は……」
「そうかい……それじゃあ、今月は残り半分しかないから、来月分と一緒で良いよ。月の家賃が2千5百ヘルト、朝夕の食事を付けるなら、あと5百追加で月3千ヘルトだよ」
「ありがとうございます、では食事付きで、とりあえず二ヶ月分先払い……」
「何を言ってるんだい、家賃は毎月の末で良いんだよ」
「そうなんですか? でも、ある時に払っておきたいのですが……」
「まぁ、払いたいって言うなら、それでも構わないけど……それなら今月分の食費もサービスしてあげるよ、珍しい子だねぇ……」
これは後で知ったのですが、こちらの世界では基本的には後払いが普通だそうで、ギルドなどの依頼も半金貰って残りは依頼が達成出来てから……とかではなく、全て仕事が終わった時に支払われるのだそうです。
その代わり、仕事が終わったのに報酬を払わなかったり、値切ったりするのは、重大なマナー違反だそうで、二度とギルドに依頼が出来なくなっても、文句が言えないのだそうです。
そうなると、あの性悪王女が言っていた元の世界に戻れるという話は、あながち嘘ではないのかもしれませんね。
二か月分の家賃を払って部屋に案内してもらおうとしたら、僕のお腹が盛大に鳴り響きましたよ。
魔術を使うようになって、すぐにお腹が減るようになった気がしますね。
「おやおや、お昼を食べていないのかい、それじゃあ一緒にお昼にしようかね、守備隊の人もどうだい?」
「良いのか、ならば馳走になろう……」
「あぁ、こっちのテーブルに座っておくれ、メイサ! お昼は四人分だよ!」
「えぇぇぇ、なんで、急に四人になるのぉ……」
厨房から、ひょっこり顔を出したのは、僕よりも2つか、3つほど年下に見える女の子でした。
髪の色こそはアマンダさんそっくりですが、外見はヒョロっと痩せっぽちで、クリクリっとしたグリーンの目をしています。
「誰? この人……」
「今日から下宿するケントだよ……ほら挨拶しな」
「えぇぇぇ、どうせまた、コロって死んじゃうんじゃないの?」
「馬鹿! なんてこと言うんだい、縁起でもない……」
「もしかして、前の下宿人さんって……」
アマンダさんは渋い表情を見せた後で、話してくれました。
「どうせ分かってしまうしね。前に居た子は、下宿してからいくらも経たないうちにダンジョンに潜って、それっきりさ……」
「あっ、ダンジョンがあるんですか?」
「あるけど潜るんじゃないよ、あんな所、碌なもんじゃない!」
「そう、なんですか?」
カルツさんに、チラリと視線を向けると、頷いてみせました。
「ダンジョンは、腕の立つ冒険者でなければ勧められないな。ましてFランクのケントでは無理だ」
「でも、浅い所なら……」
「とんでもないよ、何を言ってるんだい。そうやって軽い気持ちでダンジョンに入ったら、それこそ魔物の餌になるだけだよ。うちに下宿するなら、あたしの目が黒いうちは、ダンジョンなんかには潜らせないからね。それが嫌なら出てお行き!」
「わ、分かりました、分かりましたよ、潜りませんよ、と言うか、今の僕じゃ潜れませんから大丈夫です」
アマンダさんの剣幕に押されて、潜らない約束をしてしまったけど、やっぱり異世界と言えばダンジョンですよねぇ、潜りたいですよねぇ。
昼食にありつきながら、どうすればダンジョンに潜れるのか考え始めていました。
食後に案内された下宿の部屋は、階段を上ったすぐ脇の部屋で、ベッドと戸棚とテーブルがあるだけで広さは三畳間ぐらいでした。
突き当たりの壁に小さな窓があるけど、日当たりは……期待出来ませんね。
ていうか、ベッドも戸棚もテーブルも、何かの木箱を並べただけじゃん。
ベッドは、木箱を五箱ずつ二列に並べた上に、布団が乗せてあるだけだし、戸棚は箱を横向きにして縦に四つ積んだだけ、テーブルは箱を二つ重ねただけだよ。
「あぁ、箱の中には、前に居た子達の物が残ってるから、使えるものは使って良いからね」
「はぁ……分かりました」
ほほぅ、馬鹿にしていたら意外や意外、収納家具でしたか。
でも、アマンダさんは気軽に言うけど、前に居た子ってダンジョンで死んじゃった人だよね。
まぁ影収納に入れてある物も、魔物に襲われた馬車からいだたいて来た物だから、贅沢は言えないよね。
こっちの世界では、使える物は無駄なく使うというのが基本みたいです。
てことは、召喚されたのに捨てられた僕って……扱いが酷すぎだよ。
守備隊のカルツさんとは、ここでお別れとなりました。
「じゃあ、ケント、何かあったら何時でも相談に来るんだぞ」
「本当に、何から何までお世話になりました、ありがとうございます」
「なぁに、これが俺の仕事だ、じゃ無理せず、元気にやれよ」
「はい、落ち着いたら報告に行きますね」
がっちりと力強い握手をして、再会を約束しました。
色々と隠し事しているのが心苦しくなるほど、カルツさんには、めっちゃ親切にしてもらいました。
後で改めて御礼に行かないと駄目ですよね。
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