第6話 たどり着いた先は別の国?
魔物に襲撃された馬車から使えそうな物を回収し、再び森の中を移動しようと街道の端まで来た時に黒い腕輪を見つけました。
おそらく持ち主のものであろう血に汚れていたけど、『魔眼の水晶』による判定の後で、みんなが着けてもらっていたのと同じものに見えます。
『隷属の腕輪ですな、馬車には奴隷も乗せられていたのでしょうな』
「えっ、今なんて言ったの? ラインハルト」
『あぁ、ケント様は隷属の腕輪を御存知ありませんか』
「いや、この腕輪と同じような物は見た事があるけど、この腕輪は何のための物なの?」
『これは奴隷を縛り、逆らえないようにする魔道具ですが……』
「嘘でしょ! あの性悪王女め、やりやがったな……」
一緒に召喚された同級生全員が、この腕輪を着けさせられたと、ラインハルト達に話しました。
当然のようにラインハルト達の表情が曇り、当然のように僕はその表情の変化を読み取れてしまいました。
うん、きっと皆が表情豊かなスケルトンなんだよ、そうだよね。
『ケント様、どうやら、皆さん騙されているようですな』
「だよね、そうとしか考えられない……って、あれ?」
『どうなさいました? ケント様』
「あのさ、召喚された人を元の世界に戻す魔法って、ちゃんとあるんだよね?」
『さぁ、どうでしょう、勇者召喚は王家の秘事とされていますので、ワシらでは分かりかねます』
ラインハルトだけでなく、バステンやフレッドも首を傾げています。
何だか、とても拙い状況な気がしてきました。
これだけ騙されているならば、元の世界に戻る方法も本当は無いような気がしてきます。
「これまでに召喚された勇者は、元の世界に戻れたのかな?」
『勇者召喚はお伽話の中でしか知りませんが、殆どの物語では、王家の美女と結ばれて末永く幸せに暮らした……といった結末ばかりですな』
「それは帰れなかったのかな、それとも帰らなかったのかな?」
『さぁ、それもワシらには分かりかねます』
ラインハルトは、申し訳なさそうに首を横に振りました。
「そっか、でも、疑って掛った方が良さそうだよね」
『そうですな、話を聞いた限りでは、そのカミラという王女からは剥き出しの野心を感じます』
「これは、ますます軍には戻らない方が良さそうだね」
『戻ってしまったら、ろくな事にはならないでしょう。幸い、当分の間暮らすだけのお金はあります。暫く外から様子を見た方が良いでしょうな』
「そうだね。出来れば機会を窺って、みんなを助ける方法も考えたいけど……そんな事出来るのかな?」
ラインハルト達に護衛してもらって森を踏破すれば好待遇が待っていると思っていたけど、召喚したみんなを奴隷にしているなれば話は違ってきます。
一転して先行きに不安を感じてしまいました。
それを感じとったのでしょうか、バステンが口を開きました。
『ケント様、今の状況では不安になるなと言っても難しいと思いますが、あまり後ろ向きな思考に陥らない方がよろしいかと思います』
「だけど、今こうしている間も友達が、奴隷として捕らえられているんだよ」
『その通りですが、その第三王女は何らかの目的があって皆さんを召喚したのですし、その目的が達成されていないうちは危害を加えられる心配ないと思われます』
「そうか、わざわざ呼び出した物を処分してしまっては……あれっ? でも僕は処分されちゃってるよね?」
『当時のケント様は、その……ハズレだと思われていたからでしょう』
「なるほど。有用と思われている皆なら心配はいらないか。役に立たないハズレの僕とは違って……って、何でだろう目から汗が……」
『ケント様、当時はともかく、今のケント様の隣に並ぶような魔術士は王国中を捜しても見つかりませんよ。それに……』
「それに?」
『その隷属の腕輪は、闇属性魔法の術式を使って作られているものです。ケント様であれば、外す事も可能だと思います』
バステンの言葉を聞いて、僕は手に持った腕輪に意識を集中しました。
腕輪には特殊な術式が組み込まれていて、通常それを解除するための術式が必要なようです。
その他に、特定の者、たぶん腕輪を嵌める者の魔力パターンが登録される構造となっていて、その人物に逆らって行動しようとすると、体の動きや魔力の動きが阻害される仕組みのようだと自然に理解出来てしまいました。
材質は魔物の血を粘土に練りこんで、術式を刻んで焼き固めた物のようです。
腕輪をロックしている術式に割り込みを掛けると、パカっと二つのパーツに分かれました。
『なっ! そんな……』
「ん? どうしたの、バステンが外せるって教えてくれたんじゃない……」
『外せるとは言いましたが、不正な手順で外す場合は何時間も掛かるはずです』
「えっ、そうなの? でも、術式に割り込みかけるようにイメージしたら外れたよ」
『手順としてはそうなのでしょうが、こんなに簡単に外すとは……』
どうやら、また常識外れな魔術を使ってしまったようで、ラインハルト達が目を丸くしていました。
目を丸くするスケルトン、これまたシュールで良いですね。
「ねぇ、この腕輪を性悪王女に嵌めたら、僕の奴隷に出来るのかな?」
『おそらく、無理だと思います。 隷属の腕輪の製造や解除は王家の認可した者が管理していて、王族は奴隷にならないように解除の術式を知らされていると聞きます』
「ちぇ、それじゃ持ってても意味ないか……」
チートな魔術を手に入れたから、大手を振って戻れば良いと簡単に考えていたけど、召喚した者を全員奴隷扱いしている以上、戻れば利用されるだけですよね。
幸い闇属性の魔術が使えるから僕自身が奴隷にされる可能性は殆ど無いだろうけど、君子危うきに近寄らず、リスクは避けた方が良いに決まってるよね。
そこで城砦都市ヴォルザードには、召喚された者ではなく旅人として潜入します。
ただし、森を一人で抜けて来たとなると絶対に怪しまれるので、折角手に入れた服だけどボロボロに汚して、命からがら逃げて来たという風体にしました。
そして、自分は西の国から来た商隊に所属していた治癒士の見習いという設定にして、身分証などは全て魔物に襲われた時に無くした事にします。
「でも、さすがに無一文だと拙いよね」
『そうですな。ケント様ならば治癒士として直ぐに稼げるでしょうから心配は要りませんが、一応いくらかの金は持っておいた方が良いでしょうな』
「まぁ、必要だったら影空間から出せば良いんだけどね……」
怪しまれるような物は全部影空間に収納したし、何か必要になったらラインハルト達に調達してきてもらえば良いでしょう。
森を進みながら片っ端から魔物を倒して強化を続けてきたので、もはや三人もチートすぎるスケルトンになっています。
僕が召喚するまでもなく、自由に影空間を移動出来るようになっています。
そこで、基本的にラインハルトが僕の護衛として残り、バステンとフレッドには情報収集に動いてもらいましょう。
「よし、それじゃあ、そろそろ行きますか……」
『はい、ケント様』
森の木々の隙間から、既にヴォルザードの城砦の一部が見え始めています。
城砦都市ヴォルザードに入るには、城砦に設けられた門を潜るしかありません。
僕らの場合は影移動を使えば入り込めるけど、許可を得ずにうろついて何かあった時には面倒になるので、最初は正式な手筈に乗っ取って中に入ります。
周囲の安全を三人に確保してもらって森を出たら、ヨロヨロとした足取りを装ってヴォルザードの門を目指しました。
すぐに城砦の上にある見張り台から発見されたらしく、門の上の砦部分で人が動くのが見えます。
途中で足がもつれて転ぶ芝居を加えつつ、門へと近付いて行きました。
何てったって、チートなスケルトンが三体も影の中で守りに付いているので、魔物に襲われる心配なんて全く無いし、芝居する余裕もあるんですよね。
「おい! お前、大丈夫か、早くこっちへ来い……あぁ、誰か、手を貸してやれ!」
大きな門の横にある頑丈そうな扉が開いて、屈強な兵士が飛び出して来ました。
よろめきながら手を伸ばし、もう一度足をもつれさせて転んで見せます。
重たい足音が駆け寄ってきて、起き上がろうとした僕は、引っこ抜かれるようにして担がれました。
うほぉ、担がれている位置が、やたらと高い気がするんですけど。
「良く頑張った、もう大丈夫だ、撤収するぞ!」
「み、水を……み……」
「もう少しの我慢だ、すぐに町に入れる。町に行けば浴びるほど飲ませてやるぞ」
僕は頭を森の方に向けて兵士の肩に担がれているので、街が近付く様子は見えなかったけど、厚い城壁を抜けて街へと入りました。
はい、とりあえず潜入に成功しましたよ。
「誰か、水を持って来てくれ、大丈夫か、しっかりしろ」
「は、はい……み、水を……」
「おう、ちょっと待て、さぁ、水だ」
「あぁぁ……」
僕は差し出されたカップの水を、貪るようにして飲み、その場に平伏して、ひたすらお礼を言いました。
「ありがとうございました、ありがとう……ありがとう……あり……」
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……でも、みんな……みんな、やられて……」
「そうか、もう大丈夫だ。ここには魔物は入って来られないから安心して休め」
「はい、ありがとう……ありがとう……」
助けに来てくれた人を騙している罪悪感を感じつつも、ひたすら命からがら逃げ込んできた人を演じ続けました。
それに、魔物は入って来られないどころか、ヤバいスケルトンを三体も引き連れて入って来ちゃってるんだよね。
その後、門の衛兵さんの詰め所へと案内されて、そこのベッドに横になりました。
今日の逃亡劇は演技だったのですが、この数日間、これまでとは違いすぎる生活を続けてきた疲れが出たのでしょう、本当に深い眠りへと落ちてしまいました。
目を覚ました時、自分が何処にいるのか把握するまで少し時間が掛かりました。
それだけ眠りが深かったのでしょうね。
「目が覚めたみたいだな。うん、昨日は死人みたいな顔色してたが、少しは見られるようになったな」
「あぁ、ここは……」
「ここは城砦都市ヴォルザードの門番詰め所だ、改めて、良く生きて辿り着いたな」
「あ、ありがとうございます……」
声を掛けてきたのは、昨日僕を担いで走ってくれた兵士さんです。
寝ぼけた頭が、ようやく状況を把握したところで、さてどうやって対応しようかと俯いて考え込むと、失った仲間を悼んでいるように見えたようです。
「仲間が無くなったのは残念だが、それは君の責任では無いし、君が生き残った事に負い目を感じる必要はないぞ」
「は、はい……ありがとうございます」
「気持ちが落ち着いたら、少し話を聞かせてもらいたいのだが、大丈夫か?」
「はい、正直、今でも動揺していて、上手く答えられないかもしれませんが……」
そう言ったところで、胃袋が盛大に、ぐぐぐぅぅぅっと空腹をアピールしました。
「そうだな、先に食事にしよう」
「す、すみません……ありがとうございます」
食事は、パンとチーズ、スープという簡単なものでしたが、久しぶりに手の込んだ献立を口にして演技抜きに涙が零れました。
その涙も、いい感じに誤解してもらえたようです。
朝食の後で、事情聴取を受けました。
兵士の名前カルツと言い、守備隊の第三部隊長を務めているそうです。
身長は190センチ近くあるでしょうか、胸板が厚く、ガッシリしています。
ダークブラウンの癖が強い髪に、ダークグリーンの瞳、髭の剃り跡が男臭いっすね。
僕は、偽名を使わずケントと名乗りました。
こちらの世界に漢字は存在しないので健人とは書けませんが、ケントという名前は珍しくないそうです。
苗字を名乗れるのは、貴族として所領を治めている家の者だけだそうです。
そして事情聴取の途中で、驚愕の事実が判明しました。
「何を言ってるんだ、ここはリーゼンブルグ王国などではないぞ。いつの時代の話をしているのだ、ここはランズヘルト共和国だ」
「はぁ……?」
ラインハルト達がスケルトンとして彷徨っている間に月日は流れ、リーゼンブルグ王国は、森を境にして二つの国に分かれていました。
現在のリーゼンブルグ王国は、僕達が召喚された森の西側だけで、森を抜けた東側はランズヘルト共和国になっているのだそうです。
何ですとぉぉぉぉぉ…… って、思わず叫びそうになりましたね。
森によって王家の実効支配が及ばなくなって、森の東側は大きな都市の領主七人が合議制で政治をおこなう共和国になったのだとか。
「すみません、まだ混乱しているようで、あれっ? 僕はリーゼンブルグを出て、あれっ?」
「まぁ慌てなくて良いぞ。落ち着いて考えれば、大丈夫だろう」
僕は内心思い切り焦りながら、首を捻って混乱している振りを装いました。
と言うか、ただ今絶賛混乱中ですよ。
「ところで、ケント。君は何をしている人なのかね?」
「西の国から来た商隊に、治癒士の見習いとして加わっていました……」
カルツさんには、事前に考えておいた筋書き通り、わずかな金を残して全部失ってしまったと話すと、心底同情されてしまいました。
「そうか、大変な経験をしたな。しかしケント、その歳で治癒士の見習いとは凄いな」
「い、いえ、見習いと言っても、師匠の雑用をこなす程度でしたので、実質的な治療はまだやっっていないんです」
「それはそうだろう、治癒魔術は経験と感が必要だと聞くからな、君の歳で治療までは無理だろうとは思っていたよ」
実は内臓が飛び出しちゃうような怪我でも、自分のなら治せちゃいますなんて言ったら、どんな反応されちゃうんでしょうね。
「それで、暮らしていく為に身分証とか、仕事を探したいのですが」
「それならば、ギルドに連れていってやろう」
「ギルドと言うと、僕は冒険者になるんでしょうか?」
「そういう国もあるようだが、うちのギルドは仕事を求める人が、職種に関わらず登録するところだ」
「職種に関係無くですか?」
「そうだ、専門的な職人仕事から、未経験の者でも出来る仕事まで、仕事と名の付くものは、後暗いものを除いてみんな揃っているぞ」
「そうなんですか、それなら僕に出来る仕事もありそうですね」
治癒士として稼ぐのも良いのですが、やはり異世界に来たならばギルドで依頼を受けて仕事をするというのに憧れますよね。
魔物はラインハルト達に倒してもらえば良いですし、ダンジョンとか攻略しちゃいますかね。
「どうだ、ケント、体調さえ良ければ、これから行ってみるかね」
「はい、是非お願いします」
こうして僕は、憧れの異世界のギルドへと足を運ぶ事になりました。
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