第5話 闇夜の死霊術士

 木の実の食事を終えた頃には日が傾いて来て、また森に夜が訪れます。

 一瞬、昨晩ゴブリンに襲われた恐怖が頭をよぎりますが、今夜は心強い護衛が三人も居るから大丈夫ですよ。


「そう言えば、みんなは眠たくならないの?」

『ワシらはアンデットの魔物ですから、睡眠も食事も必要ありませんな』

「そうか……この後、倒した魔物の魔石を取り込んでいったら、みんなは更に強化されるのかな?」

『そうですな、おそらくそうなるはずです』

「それならば、積極的に魔物を狩って、戦力を強化した方が良いのかな」


 この先どんな事態に巻き込まれるのか、どうすれば元の世界に戻れるのか分からないので、戦力強化をしておいて損はないはずだよね。

 明日からの生活を考えているうちに、日は沈んでいきました。


 まだ月が昇って来ないので、満天の星が良く見えます。

 こっちの世界にも銀河があるんだろうね、天の川が流れています。

 暫しの星空を楽しんだ後で、自分の身体に起こっている異変に気付きました。


「あれっ? 月が出ていないのに、何でこんなに明るいの?」

『ケント様、周囲の風景は、どう見えていますかな?』

「えっと……曇った日の昼間、みたいな感じかな……」

『どうやらケント様は、闇属性の魔術を使うのに慣れてきたお陰で、夜目が利くようになったようですな』

「えっ? もしかして、ここは真っ暗なの?」

『身体強化の魔術を目に集中すれば、何とか見えるでしょうが、普通の人間では伸ばした自分の手の先が、ようやく見えるか見えないかという暗さです』


 おぅ、素晴らしきかな闇属性。昨夜は月が出ていて、ようやくゴブリンの姿が見えたぐらいだったけど、今は月の光も無しで森を見渡せちゃいます。

 てかさ、星が綺麗に見られるのに、暗闇も見えちゃうなんて高性能すぎじゃね?


「どうやら、お客さんが来たみたいだね」

『ほほう、さすがはケント様、この暗さでも見えていらっしゃるとは』


 暗い森の中を近付いてくるゴブリンの姿も、はっきりと目に映っています。


「うん、闇属性の魔術士にとって、夜の闇はアドバンテージになるみたいだよ。何だか身体の奥から力が湧いてくる気がする」

『ふっふっふっ、ですがケント様、我々の仕事を奪ってもらっては困りますぞ』

「分かったよ。でも、ラインハルトとバステンは待機ね。二人だとゴブリンの魔石まで粉々にしそうだもんね」

『なっ、そんな殺生な……』

『我々も、この力を……』

「ちゃんと加減が出来るようになるまでは駄目だからね。フレッド、サクっと倒して魔石回収お願いね」

『心得ました……』


 凶悪なスケルトンが歯噛みして悔しがっている姿は、なかなかにシュールです。

 その間に、カーボンブラックのスケルトンが闇に溶けるように姿を消したと思ったら、ゴブリン達の首がコロコロと転がりましたよ。


 たぶんゴブリン達は、斬られたことにも気付かなかったよね。

 十頭以上のゴブリンが息絶えるまで、ほんの数秒しか掛りません。


 みんなに回収した魔石を吸収してもらうと、外見に大きな変化は無かったけど、何て言うか骨太になった感じがしますね。

 そのまま移動せずにいると、ゴブリンの死体から流れた血の臭いに誘われて、更にコボルトやゴブリンが集まって来ました。


 ラインハルトとバステンが泣いて頼むので、今度は二人にやってもらいました。

 バステンは頭だけを爆散させて魔石を回収出来たけど、ラインハルトの一撃を食らったコボルトは、魔石ごと毛と肉と血の飛沫に姿を変えてちゃいました。


「ラインハルト、ハウス!」

『あぐぅ……』


 影召喚で強制的に呼び戻すと、ラインハルトはガックリと肩を落として落ち込んでました。

 てかさ、マジで威力を調整しようよ。それ、どんな怪物と戦う一撃なんだよ。


 その後もフレッドとバステンのコンビで、ゴブリンやコボルトを仕留めて着々と強化を続けたけど、これはラインハルトにとっては悪循環なんだよね。

 ただでさえ力の調節が上手くいってないのに、更に強化されるんだから更に加減が難しくなっちゃうよね。


 そんな時に、そいつらは姿を現しました。

 赤褐色のゴツゴツした巨体は、3メートルぐらいありそうで、分厚い胸板や、二の腕、太腿など筋骨隆々としています。


 こげ茶色の縮れた髪が肩の辺りまで伸び、バットで殴っても壊れそうも無い頑丈そうな顎、そして額には二本の角が生えていますね。

 ゴブリンなどとは較べものにならない迫力の魔物は、ロックオーガと言うそうです。


 この辺りでは一番強い魔物なのでしょう、三体のロックオーガは周囲に警戒も払わずゴブリンなどの死体の山に近付いて座り込むと、グチャグチャ、ボリボリと貪り始めました。


 その気味の悪い音と周囲に漂う濃厚な血の臭いで、気分が悪くなってきます。

 どうやったって、自分が食われてた時の事を思い出しちゃうからね。


「ラインハルト、やっちゃって……」

『お任せあれ……』


 ラインハルトは堂々とした足取りで、ロックオーガの方へと歩み寄って行きました。


「ウボァァァ……」


 ラインハルトに気付いたロックオーガ達が、威嚇のための声を上げてきます。

 その声を聞きながら振り向いたラインハルトは、ニヤリと本当に楽しそうな笑みを浮かべました。


 めっちゃる気十分じゃないですか。

 一体のロックオーガが肩を怒らせながら立ち上がり、ラインハルトを出迎えました。


「ウバァァァ、ウボァァァァァ!」

『うらぁぁぁぁぁ!』


 掴み掛かって来るロックオーガに、ラインハルトは大剣も抜かずに向かって行きます。

 いくらタングステン製でも、1m80cmぐらいの骨と、3mクラスの筋骨隆々がガチ勝負なんかしたら駄目じゃないの?

 武器使おうよ、武器! せっかくグラムと名付けた意味無いじゃん。


 思った通り、ロックオーガと力比べをするような形になったラインハルトは、上から圧し掛かられるようにグイグイと押し込まれ始めます。

 影召喚で呼び戻した方が良いのかと思ってバステンとフレッドを振り返ると、二人は揃って肩を竦めて問題無いという表情をして見せます。


 二人とも骸骨なのに表情分かっちゃうし、意図まで読めちゃうよ。

 喜んで良いのか悲しんだ方が良いのか複雑な気持ちになりながら向き直ると、状況が変わり始めていました。


「ウボッ……ウボォォ、ウバァァァ……」

『ぁぁぁ……ぁぁぁぁ……うらぁぁぁぁぁ!』


 さっきまで圧し掛かられていたラインハルトが、ロックオーガの手首をへし折りながら押さえ込もうとしています。

 手首を反らせる方向へ曲げられたロックオーガが呻いても、ラインハルトは力を緩めず地面に這いつくばらせようとしているみたいです。


 仲間の劣勢に気付いた二頭のロックオーガが、食事を止めて立ち上りました。

 それを見たラインハルトは、今や足元に平伏すような形となったロックオーガの顔面に膝蹴りを叩き込みました。


 うひゃー、ロックオーガの頭が、風船みたいに爆散しちゃったよ。

 更にラインハルトは大剣グラムを抜き放つと、近づいて来たロックオーガの脚を横薙ぎの一撃で消し飛ばしました。


 ラインハルトは動けなくなった一頭を放置して、もう一頭の頭に目掛けて横薙ぎを食らわせます。

 ロックオーガは反射的に腕でのガードを試みたけど、大剣グラムの一閃は腕ごと頭を吹き飛ばしました。


 うーん……剣なのに、切りつけた相手が爆散するっておかしいでしょ。


『うがぁぁぁぁぁ!』


 ラインハルトは、勝利の雄叫びを上げた後、脚を失って動けなくなったロックオーガにサックリと止めを刺しました。

 やりましたよと言わんばかりのポーズが、ぶっちゃけ物凄く暑苦しいです。


「フレッド、申し訳無いんだけど、魔石の回収をお願い出来るかな?」

『了解……』


 フレッドは闇に溶けるようにして、瞬時にラインハルトの下へと移動します。

 うん、忍者みたいで格好良いぞ。


『すみません、ケント様。分団長があれなのは、昔からなんで……』

「あぁ……うん、薄々分かってたから大丈夫。時々発散する場所を与えれば大丈夫なんでしょ?」

『おっしゃる通りです。基本的には面倒見の良い人なんですけど……あぁ、今はスケルトンか』


 生きていた頃には結構苦労していたらしく、遠い目をするバステンにこれからも苦労してもらおうと決めました。

 あんな暑苦しいおっさんの世話は、僕には無理っす。


 ロックオーガ三体の魔石を取り込んでもらって強化を終えたところで、場所を移動して休むことにしました。

 闇属性の魔術士の特性なのか夜の方が元気になってくるんだけど、昼間の行動を考えたら少しは眠っておいた方が良いよね。


 あんま眠たくはなかったけど、みんなに護衛を任せて眠ります。

 眠たくない思ったのは神経が張り詰めていたからで、柔らかい草地になると気を失うように眠りに落ちていきました。


 ちゅん、ちゅん、ちゅん……


 翌朝は、再び鳥のさえずりで目を覚ましました。

 昨夜もお楽しみでしたね。


 えぇ、スケルトンナイツの皆さんが、心ゆくまで殺戮を楽しんでました。

 なんて思っていたら、何やら香ばしい良い匂いがしてきます。


『ケント様……朝食、出来てる……』

「おはよう、フレッド、おぉ! 魚だぁ!」

『その先の川で……取ってきた……』

「ありがとう、うわぁ、美味そう、いただきま~す!」


 マスに良く似た魚は、臭みも無く淡白な味わいで、とても美味しいです。

 果物もあったのだけど、久々のたんぱく源を夢中で貪りましたよ。


『ところで、ケント様』

「何かな、ラインハルト」

『ヴォルザードに行かれるのでしたら、服を何とかしないと拙いですな』

「うっ、そうだよね、流石にこの格好じゃ怪しまれるよね」


 今の服装はゴブリン達に食い千切られて、服と言うよりボロ布に近い状態です。

 血が染み付いた制服の残骸は、まるでゾンビのコスプレ衣装みたいで、これで街に行ったら怪しまれること間違い無しでしょう。


「うーん……でもさ、街に行く途中に店とかあるの? それに、お金も無いよ」

『なので、ケント様。少し街道の近くを歩きませんか?』

「それは別に構わないけど、何で?」

『上手くすれば、服が手に入るかもしれませんぞ』

「分かった、ラインハルトに任せるよ」


 ラインハルトの提案に従って、街道を見渡せる程度の距離の森の中を進みました。

 街道を進まない理由は、馬車と鉢合わせになった場合、いきなり攻撃される心配があるからです。


 僕はこんな格好だし、ラインハルト達は魔物そのものだもんね。

 今後の事を考えても、人間同士の無用な争いは避けた方が賢明でしょう。


 暫く街道に沿って森の中を進んで行くと、馬車が一台倒れていました。

 近付いてみると辺りには血の跡が残っていて、腐臭を放つ肉片も落ちています。


 三人は周囲を警戒していましたが、襲撃から時間が経過しているせいか魔物の気配はありません。


「ラインハルト、これは魔物に襲われたんだよね?」

『この状況から見て、間違いないでしょうな』

「もしかして、この馬車から?」

『この馬車の積荷は、このまま朽ちてゆくだけですので、それを有効に活用させていただくだけです』


 魔物たちは馬車に乗っていた人間は餌として襲っても、積荷には興味は無いらしく、多くの荷物が無事な形で取り残されています。

 少しだけ罪悪感を感じながら荷物を漁って、着られそうな服を探しました。


 身長160cm弱の僕には少々大きめの服しかありませんでしたが、贅沢を言ってはいられません。

 鞄の中に綺麗に畳んで入れられていた服を。手を合わせてから拝借いたしました。


 ラインハルト達も荷物や積荷を捜索して、使えそうな物を探してくれました。

 その結果、こちらの世界の服装一式、それに、金貨や銀貨、魔石などの金めの物、商品と思われる反物や絨毯、ナイフや鍋、小麦粉、塩、砂糖、油、ロープ、針や糸などが手に入りました。


 なんだか火事場泥棒みたいな気がしないでもないけど、他の馬車が通り掛れば同じように荷物が回収されるし、こちらの世界では遺品の活用が供養なのだそうです。

 これほど荷物を持って森の中の移動は普通の人では不可能だけど、僕は影の空間に収納できるので全部いただきました。


 ラ森を抜けての商売は危険を伴うが、その分稼ぎも良いそうで、回収した積み荷は、二、三年は遊んで暮らせるほどの金額になるそうです。

 お金も服も手に入ったで、僕らは城砦都市ヴォルザードを目指す事にしました。

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