第8話 ギルドで初めての仕事探し

 下宿初日は部屋の片付けと、使える物の確認に追われました。

 部屋の日当たりは期待できませんが、その代わりに物干し台があり、そこで布団を軽く干して埃を叩きました。

 暫く使われていなかったようで、少しカビ臭いし、叩くと盛大な埃が舞いました。


 箱の中には、前に下宿していた人の着替えが残されていましたが、かなり体格の良い人だったようで、僕では大きすぎて着られませんでした。

 ベッドになっている箱の中にも、歴代の下宿人の置き土産が入っていて、中には明らかな女性用の下着とかもあったけど、これまた僕では着られませんね。


 いや着ませんよ、そんな変態さんの趣味はありませんからね。

 結局、戸棚の中には、影収納に入れておいた馬車からいただいた着替えを入れましたが、箱から探し出したって言っておけば、大丈夫ですよね。


 部屋の明かりは、なんと照明用の魔道具でした。

 魔道具、きた――っ!


 発光部は魔物から取り出した素材だそうで、明かりの術式が刻んであり、魔石に乗せると光るのだそうです。

 早速、部屋を閉め切って暗くして、明かりを点けてみると確かに明るいです。


 魔石電池で点灯するランタンって感じですかね。

 ただ、明かりを消してしまっても、闇属性魔術士の特権で普通に見えてしまうので、魔道具の有難味無いっすねぇ。


 さすがに食堂を営んでいるとあって、アマンダさんの料理は美味しくて、これが毎日食べられるなら、少々部屋が狭い事にも目をつぶりますよね。

 娘のメイサちゃんが手伝ってはいますが、アマンダさんは一人で食堂をやり繰りしているようで、旦那さんの姿はありません。


 こういう場合って、結構訳ありだと思うので、そこには触れずにおきましたよ。

 ええ、僕は気遣いの出来る男ですからね……って、本当はヘタレで聞けなかっただけです、はい。


 夕食後は、疲れが残っているから早く休みます、と言って部屋に戻りました。

 部屋を片付けている時には、ちょろちょろとメイサちゃんが覗きに来ていたので、なかなか一人になれませんでした。


 何だかんだと言っても、新しい同居人は気になるのでしょうね。

 部屋の扉に鍵を掛け、ようやく一人の時間が作れたので、ラインハルト達と今後の話し合いをします。


 と言っても部屋が狭いので、三人に出て来てもらうのは無理なので、そのまま影空間に待機してもらいます。

 まず一番に話さないといけないのは、この話からだよね。


「ねぇ、ここリーゼンブルグ王国じゃないってよ……」

『いやぁ、ケント様、ワシらも驚いている所です。まさか、こんな事になってようとは……』

「だよねぇ……ラインハルト達だって驚きだよねぇ。でもさ、これからどうしたものかね?」


 例のカミラとかいう性悪王女は、森を抜けた先の街の兵舎に出頭しろとか言ってたけど、別の国の兵舎に出頭しても意味ないよね。

 と言うよりも、辿り着いてしまったら厄介な事になるのは間違い無いんだから、やっぱり無理だと……僕は魔物に食われて死ぬって思われてたんだよね。


 実際ゴブリンに食われたし、復活したけど、考えるだけでも腹が立つ、性悪王女め、いつか泣かせてやる、ベッドの上で鳴かせてやる。


『ケント様、ここが別の国になっているのだとしたら、例の王女の狙いは王位の簒奪では無いかもしれませんな』

「それって、ヴォルザードに攻めてくるかもしれない……って事?」

『はい、その可能性は十分にあります。なにしろ、元はリーゼンブルグの王族が支配していた国ですから』

「だよねぇ……」


 ラインハルト達が言うには、魔物が闊歩する魔の森を超えて攻めて来るのは、普通では考えにくいそうです。

 ですが兵士として大量に召喚され、全員が魔術を使える同級生達を魔の森を突破する為に利用すれば、不可能ではなくなるそうです。


 詰め所からギルド、そして下宿までしか歩いていないけど、カルツさんも、オットーさんも、アマンダさんも、みんな親切な人ばかりで、この街が侵略されるのは、ちょっと嫌だなぁ。


「バステンとフレッドが見た感じ、この街はどう?」

『我々が生きていた頃よりも、ずっと栄えていますね』

『貧民街が無かった……素晴らしい……』


 偵察してきた二人によれば、ヴォルザードは昔よりも綺麗に整備されて治安も良さそうで、街の人々の表情も明るかったそうです。

 守備隊の訓練もキビキビとした動きで、良く訓練されている印象を持ったそうです。


『ワシらが生きていた頃のヴォルザードは、栄えてはおったが、もっと荒んでいる印象がありましたな、正に冒険者が一攫千金を狙う街という感じでした』

「じゃあ、今この街を治めている人は、良い政治をしているって事なのかな?」

『まだハッキリとは言えませんが、恐らくは……』

「うーん……どうしたものかねぇ……」

『ケント様、心配でしょうが、結論を急がれなくても大丈夫ですぞ、そんなに早く事は動きませぬ』

「えっ、そうなの?」

『ケント様と同い年ならば、いくら魔術が使えても、兵士として使い物になるには、普通は三年、どんなに急いでも二年は掛かりますぞ』

「そうか……それもそうだよね」


 日本にいた頃から僕はポンコツだったけど、同級生のみんなにだって、いきなり兵士が務まるはずがないもんね。

 まして他国と戦争するような兵士になるには、年単位の時間が必要だよね。


 だって、人間同士の殺し合いなんて、平和ボケした日本育ちの僕らじゃ無理でしょう。

 時間があると分かったなら、もっと情報を集めるしかないよね。


 そもそも、あの性悪王女が本当に攻めて来るつもりなのかも分かりません。

 ヴォルザードの街だって、昨日着いたばかりで何も分からないのだから、僕の進む道を決めるには情報が不足しています。


「フレッド、リーゼンブルグ王国まで偵察とか行って来られそう?」

『お任せを……影移動ならすぐ……』

「おぉ、その手があったか……」


 影を使った移動では、過去に行った事のある場所であれば、そこの影と繋げて一瞬で移動出来ちゃいます。

 行った事のない場所でも、見える範囲の影を辿ってならば移動が出来るので、表に姿を現さずに移動が可能です。


「でも、みんなが居る場所が分かるかな?」

『召喚場所からは……あまり離れていないはず……』

「じゃあ、フレッドはむこうの偵察をお願い。バステンはヴォルザードを引き続き調べてみて。ラインハルトは残って護衛とアドバイスを頼むね」

『では、分団長、ケント様を頼みます』

『任せておけ、そっちこそドジ踏むなよ』


 それにしても、影に潜むスケルトンってチート過ぎだよね。

 影空間を使えば、何処でも出入自由だし、影の中から外の様子も窺えちゃうんだから、スパイし放題だよね。

 良く考えたら、僕自身も影空間には出入り自由だから、必要とあらば僕もリーゼンブルグまで偵察に行った方が良いかもね。


『それで、ケント様はどうなさいますかな?』

「僕は……とりあえず、ギルドで仕事を探して、仕事をしながらヴォルザードの状況を見てみようかなぁ……」

『でしたら、ケント様も念話で話せるようにしておいた方が便利ですぞ』

「そうか、僕だけ喋ってたら変な奴だと思われちゃうもんね、じゃあ練習してみようか」


 ラインハルト達は、僕と魔力のリンクがあるようで、少し練習するだけで声に出さなくても意志を伝えられるようになりました。

 うん、これで独り言の多い変な奴と思われなくてすむね。


 バステンが調べて来てくれたのですが、今日は新暦74年、旧暦833年、9の月の14日、光の曜日だそうです。

 この新暦というのが、どうやらリーゼンブルグ王国から独立後という事らしいです。


 こちらの世界では、1年は、12ヶ月、386日です。

 1ヶ月は32日で、年越しの2日を加えているそうです。


 1週間は8日で、火の曜日、風の曜日、水の曜日、土の曜日、闇の曜日、光の曜日、星の曜日、安息の曜日で、文字通り安息の曜日が休日です。


 休日は週に1日ですが、年越しの2日と、1の月の第1週を加えた合計10日、それと一番暑い、8の月の2週目、3週目の16日間は、長期休暇になるのだそうです。

 今は、9の月だから長期休暇は随分先だなぁ。


 通貨も昔はブルグ、今はヘルトに変わっていますが、1ブルグは1ヘルトで、今でも流通しているそうです。

 今でも、交易は続けられているからだろうね。


 森で回収した財宝は、金貨や銀貨で約170万ブルグ、魔石などを合わせると200万ブルグを超えるみたいです。

 その他に、反物とか絨毯とかもあるので……うほぉ、僕、リッチマンじゃん、全部いただきものだけどね。


 下宿代から考えると、働かなくても当分心配はいりませんが、ヴォルザードの内情を知るためにも働いてみるつもりです。

 と言うか、ギルドで依頼を受けて、仕事をこなして報酬を得る、これぞ異世界の醍醐味だもんね。


 翌日、朝食の後すぐに下宿を出てギルドに来てみたのですが、かなり混雑していますね。

 依頼が貼り出された掲示板の前には、黒山の人だかりが出来ていて、ちょっと近付けそうもありません。


 うおぉ、何か取っ組み合いになってるし。

 圧倒されてしまう光景だけど、お約束の光景って感じで、ワクワクしちゃうよね。


『ケント様、どのような仕事があるのか、ワシが見て来ましょうか?』

『ううん、いいよ、少し落ち着いてから探すから……それに、どんな人が出入しているのかも見てみたい』

『なるほど、さすがケント様……』


 昨晩、念話の練習をした成果が、早速役に立っています。

 ラインハルトには、それらしい理由を言いましたが、もう少しこの雰囲気を味わっていたいというのが本音なんです。


 周りを見ると、いかにも冒険者といった格好の人も居れば、商人風の人や、職人風の人も居ます。

 そして、それぞれが見る掲示板にも、違いがあるようですね。


 ランクごととか、仕事の種類によっても違うのかな。

 そんな朝のギルドの光景を眺めていたら、声を掛けられましたよ。


「君、あんまり見掛けない顔だね、新人さんかな?」

「えっ、あっ、はい、一昨日来たばかりです」


 声を掛けて来たのは、僕よりも少し年上に見える女性で、肩ぐらいまでのクセのある桃色の髪、少し垂目で、ほわっとしているように感じる人です。

 なんと、ピコンと三角の耳が生えていて、カーゴパンツのような、ゆったりとしたズボンのお尻には、太い猫のような尻尾がユラユラと揺れています。


 おぉぉ、猫耳きた――っ!

 身長は160センチぐらいですが、メリハリの利いたスタイルに、思わず目が吸い寄せられてしまいますよ。


「手前、何をジロジロ見てやがんだ? あぁん?」


 ドスの利いた声にギクっとして視線を上げると、猫耳さんの頭の上から覗き込むようにして、いかついお兄さんが睨み付けていました。

 こちらは灰色の髪で、やはり三角の耳が生えているのですが、尻尾の形が犬っぽい感じですね。


 来なくても良い、犬耳きた――っ!

 カーゴパンツに編み上げブーツ、身長は180センチぐらいありそうで、もう反射的に謝ってしまいました。


「え、えっと……すみません」

「もう、ギリクは何でそう他人に突っかかるかなぁ……ゴメンね、あたしはミューエル、君は?」

「あっ、ケントです」

「へぇ、黒い髪とか珍しいね、何処から来たの?」


 街中で見かける人達の髪は、色とりどりでカラフルでしたが、確かに黒髪は見かけなかったかもしれません。


「えっと、ずっと西の方から、商隊に付いて来たんですけど、魔の森で魔物に襲われて……」

「ええっ! ちょっと大丈夫だったの?」

「僕は何とか……でも、他の人は……むぐぅ……」

「あぁ、可哀相に……頑張るんだよ……」


 ちょっと俯いて落ち込んだ振りをしたら、ぎゅっと抱きしめられて、顔が柔らかな感触に包まれて……って、ちょっとピンチです。


「むぐぅ……息が……ふぐぅ……」

「やん……くすぐったいよ、そこで喋っちゃ駄目だって……」

「この野郎、いつまでミュー姉に抱きついてやがんだ! 離れろ、ごるぁ!」

「ふぐぁ……はぁ、はぁ、死ぬかと思った……」


 こっちの世界の女性はアマンダさんにしても、この猫耳お姉さんにしても、抱きしめる習慣でもあるのでしょうか。

 マジで、窒息するかと思いましたよ。


「ギリク、乱暴しちゃ駄目でしょ!」

「いや、ミュー姉の方が、こいつの命を危険に晒してたんじゃねぇかよ」

「えっ? そうだったの? てへっ……」


 うぉぉ、異世界に来たのに『てへペロ』が見られるとは思わなかったよ、勿論、ミューエルさん可愛いから許しちゃいますよ。

 ミューエルさんは、薬師志望のDランク冒険者だそうで、腰に巻いたベルトには、大振りなナイフの他に、皮袋が幾つも提げられています。


 船山みたいに無駄にデカいギリクは、同じくDランクの冒険者で、背中に剣を背負っています。

 二人とも、いかにも冒険者っていう出で立ちですね。


「ケントは登録したてのFランクか、じゃあ今の時期だったら、リーブル農園の摘み取り作業が良いかも」

「そうだな、お前みたいな小僧にはお似合いだ」


 リーブルというのは、この時期に実る果物で、お酒の原料にするのだそうです。


「分かりました、ちょっと行ってみます。どうもありがとう」


 どんな仕事をして良いものやら、悩んでいた所だったので、ミューエルさんお奨めの農園の仕事をやってみましょう。

 ようやく人が減って来た掲示板を見ると、リーブル農園からの依頼が貼ってありました。


 たぶん農園が広いのでしょう、募集人数も多いのでしょう。

 確かに依頼を受けるのにランクの制限は無いと書かれていて、Fランクの僕にも受注が出来るようです。


 依頼の紙を一枚剥がして受付に持って行くと、綺麗なお姉さんは不在で、昔お姉さんだった方が、事務的に対応してくれて、農園までの道も教えてくれましたよ。

 ギルドの受付のお姉さん、楽しみにしてたのですが……まぁ、ミューエルさんと知り合えたので、良しとしておきましょう。


 リーブルの摘み取り作業は週明けからで、報酬は一日400ヘルト、一週間の住み込みで食事付きだそうです。

 とりあえず、どんな所なのか、その足で向かってみました。

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