第7話:便利で不穏なチート情報
森の訪れへ向かおうとしたシノの耳に突如として飛び込んできたのは、村の外から聞こえた大きな声だった。続いて目に映ったのは、街道の方から必死に走ってくる男性冒険者と思われる人物の姿。
そして――――――その前を走っているのは、手負いと思われる狼の魔物が数匹。
恐らくは、討伐の途中で取り逃がしてしまったのだろう。手負いで気性が荒くなった魔物というのは厄介なもので、中々動きを捉えるのが難しい。
槍を構えた門番の男達が繰り出した一撃がなんとか当たりはしたものの、
「っ!? しまった、もう一匹が……!」
一撃を免れた一匹が横をすり抜けて、村への侵入を許してしまったのだ。本職の冒険者ぐらいならまだしも、門番とはいえ一般人の彼らではその足には到底追いつけない。
「きゃっ……!」
門番を掻い潜った魔物は直線状にいたシノへと、通り過ぎざまに体当たりを食らわせた。あまりに突然だったので反応できず、彼女は尻餅をついてしまいそのまま襲われるかと思ったが、何故か魔物はシノに向かってはこない。
ならば、どこへ向かうのかというと――――――
「う、うわあぁぁーーっ!!」
――――――同じく村の入り口にいた子ども達が、標的となってしまったのだ。慌てふためいて抵抗こそするが、相手は凶暴な魔物だ。子どもの力で敵うはずもない。
「誰か! 誰か助けてぇぇぇーーーっ!!!」
あっという間に鋭い爪が傷を負わせ、牙で腕や足に噛みつきにかかる。起き上がったシノはその光景を見るや否や、考えるより先に走り出していた。
子どもが魔物に襲われている。このままでは、殺されてしまう。それだけは駄目だ。絶対に駄目だ――――――!
「子ども達に……手を出すなあぁぁぁーーーーーっ!!!!」
もしかすると、今までの人生の中でもっとも大きな声で叫んだかもしれない。
まさに瞬足ともいえる速度で、男の子へ襲い掛かっている魔物へと接近したシノは、炎の魔力を宿した腕による全力の右ストレートを炸裂させる。あまりに力いっぱい腕を振るったため、火の粉が軌跡を描いていたほどだ。
悲鳴をあげながら吹き飛ばされた魔物は地面に叩きつけられた直後に消滅し、シノはすぐさま倒れている男の子へと駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫っ!? しっかりして!!」
身体のあちこちから血が流れており、腕や肩には噛まれた傷があった。そして何よりも、今しがた消滅した魔物は毒を持っている種類だった筈だ。大人ならばよほどでない限り大事には至らないが、子どもとなればそうもいかない。現に、シノの腕に抱かれている男の子の息は弱々しいものになっている。
「先生ぇ……痛いよぉ……苦しいよぉ……」
焦点の定まっていない小さな瞳が、彼女の銀色の瞳を見つめていた。身体にも段々力が入らなくなっているのがわかる。村にいる医者が大急ぎで走ってくるのが見えたものの、これでは間に合わないだろう。相当な大魔法による治癒でもすれば助かるのかもしれないが、当然そんなものはこの村にはない。
――――――と思っていた矢先、彼女の脳裏に何かが浮かぶ。
そうだ。私がその手段を持っているじゃないか。
いくらか目を通したあの設定集の中に、治癒系の強力な魔法についての記述があったことを思い出したのだ。死人を蘇らせるまでとはいかないが、重傷ぐらいならば一瞬で治すことはできるはず。自分の厨二精神で考えた魔法なのだから当然だ。
だが、それには唯一ともいえるリスクがある。
ここまで大勢の村人が見ている中で、そんなものを使ってしまって大丈夫なのかということ。
あの設定集に書かれていた一部の知識や魔法などについては、この世界に生きる人々がまず知らないような裏情報に近い。それを大っぴらに披露なんてしてしまえば、疑いの目は避けられないだろう。最悪、危険な存在として認知されてしまう可能性も無いとは言い切れない。
……いや、こんな時に自分の体裁など気にしている場合だろうか?
目の前にいる子どもの命の方がどう考えても重いに決まっている。迷っている時間などない。あとはもうどうにでもなれだ!
一瞬のうちに葛藤からの迷いを振り切ったシノは、腕の中にいる男の子に「大丈夫だよ」と優しく笑いかけると手を宙にかざした。
すぐに詠唱を始めると、手を渦巻くように光が集まり始めた。その行動に周囲の村人達は驚くが、気にしてはいられない。
「星よ。空よ。天より
詠唱が終わって男の子へと手をかざした瞬間、その身体が虹色の光に包まれる。シノ以外はその眩しさに思わず腕で顔を覆ってしまうほどだ。
光が収まると、彼女の腕の中には文字通り傷一つない男の子の姿があり、苦しそうだった息づかいもすっかり元に戻っている。
(よかった……なんとか間に合った……)
心の底から安堵の息をついたシノは、近くにいた母親へ男の子を抱きかかえて渡した。
そこまではよかったのだが問題はここからである。今起こった現象は、ここにいる数十人が一部始終を見ていただろう。
シノが使ったのは、普通では到底知りえないような種類の魔法であり、
「シノさん! い、今の魔法は一体!?」
「明らかに致命傷だったのに、どうやって助けたんですか!?」
「虹色の光を放つ治癒魔法なんて、見たことが……」
――――――こう思われてしまうのが当然だ。むしろ思わないほうがどうかしている。勢いに任せる形で使ってしまったけれど、この場をどう切り抜けたらいいのだろう……
子どもの命を救ったという大義名分があるからまだ驚かれるぐらいで済んでいるが、ここで何か納得のいく説明でもしておかないと後々尾を引きかねない。
色々と考えを巡らせていた彼女だが、
「私が数十年かかって編み出した新しい魔法ですよ。扱いが難しいので、そう何度も出来はしませんけど……」
「な、なるほど……新しい魔法ですか……」
「成功するかは賭けでしたけど……上手くいって、よかったです」
理由としてはこのぐらいが妥当なところだろう。村では知識人の先生として通っているわけだし、自分はペリアエルフだ。新たに魔法を編み出すほどの実力があってもなんら不思議ではない。
意外にもすんなり村人達は信じてくれたようで、シノは胸を撫で下ろす。それと同時に、たった一度でここまで注目を集めかねないという、設定集情報の重大さを改めて実感していた。
(これは、思った以上に扱い方を考えたほうがいいかも……)
仮に自分が村にきたばかりの新参だったら、確実に怪しまれていたと思う。こういう時にこそ、長年積み重ねた信用や人望が試されるというものだ。役得というわけではないのだが、結果としてはこれで良いとは思う。
「シノさん、本当にありがとう御座いました……!」
男の子の母親に何度もお礼を言われているうちに、何だか気恥ずかしくなってしまった。それだけのことをやってのけたということなのだけれど。
件の男の子は母親に背負われて静かに眠っており、シノはそっとその頭を撫でてやる。
彼女が何も言わずに頷くと、母親は再び深くお辞儀をしてその場を去っていった。シノ自身もあまりその場に長くいるのもどうかと思ったため、村人達が散り始めたのを確認すると、一旦自宅へと戻る。
「つ、疲れたぁー……」
部屋に入るなりベッドに仰向けで倒れ込んだ彼女の開口一番。
なんとか怪しまれずに切り抜けることこそできたが、あの設定集の情報を隠すことがこれほど気を使うことだったとは。実際にその場面に遭遇して初めて実感できる。危惧していた通り、もし公になったら大騒ぎになるのは間違いないだろう。
「治癒魔法だからよかったけど、攻撃魔法とかだったらもう完全に怪しいよね……」
とりあえず「何があるか」と「どうなるか」は知ることが出来たし、今後は同じことにはならないと信じたい。あの設定集の知識や魔法を扱う時は、入念に考えてから使うことにしよう。
「早めに森の訪れに行っておこうかな……冒険者の人から噂が漏れることもあるし」
ネットどころか電話もない世界ではあるが、情報伝達網を甘くみてはいけない。口止めぐらいはしておかないと変な噂が広まりかねないし、クラド村のシノ先生は大魔法の使い手! なんて言われても困る。
別に間違ってはいないのだが、それで人が押し寄せてきても何かと面倒なことになりそうだ。
そうと決まれば早く行こう。善は急げとも言うのだし。シノはベッドから跳ね起きると家を後にし、森の訪れへと向かう。
いつもより慌ただしい彼女の一日は、こうして過ぎていくのであった。
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