第8話:海辺の都から遥々と

 村の入り口にて一騒動あってから一週間ほど経ったある日。

 あの時助けた男の子は以前と変わらず元気なようで、学校にもいつも通り顔を出していた。

 どうやら、あの魔法に後遺症のようなものはなかったようだ。

 まぁ、自分が考えたんだからわざわざデメリットを設定する理由なんてないけれども。


「これで夜も、皆が安心して寝ることが出来るな!」


「本当にありがとうよ、シノさん!」


 村の入り口では、門番を務めていた男達が嬉しい悲鳴をあげているが、その理由がまさに先日の魔物騒ぎ。

 例の設定集を改めて読んでみたところ、結界魔法についても書いてあり、当然ながらそれはシノ自身も扱うことができる。

 面倒な手順もいらない実に簡単なもので、専門職に頼む必要もこれといってなかった。

 立て続けに色々見せるのはさすがにどうかと考えもしたのだが、また魔物被害が起こってからでは遅いだろう。

 変な疑いをかけられないように注意しつつ、村を守る結界について提案してみたのだった。


「しっかし、まさかシノさんが結界魔法を使えるなんて驚いたよ」


「美人なだけじゃなくて腕も立つなんて、さすがだな!」


「もう……あまり調子の良い事言わないでくださいね?」


 村長に話を通すなど色々ありはしたが、無事に村全体を覆う結界を張ることに成功した。

 念のため、万が一の害も少ない魔物。スライムなどをぶん投げてテストなどもしておいたため、対魔物としての機能はとりあえず十分といったところだろう。

 これなら、陽が沈んだ後も村の入り口に立っている必要はほぼなくなるし、心なしか村全体の雰囲気に明るさも増したような気がした。

 いつもの仕事も既に終わり、時間的には昼を回ったところ。

 家に戻っていたシノは休憩がてら部屋でゴロゴロしていたのだが、


 ――――――コンコンッ!


 突然、誰かがドアをノックする音が玄関の方から聞こえてきた。

 あまり私の家にくる村人はいないし、村長か誰かだろうか? 結界の件で改めてお礼を言いにきてくれたのかもしれない。

 もう十分感謝されたのだから、これ以上はいいんだけどなぁ。

 なんてことを思いつつ部屋を出ると、玄関へと向かう。


「はいはい、今出ますよー」


 あまり来客の対応をする機会はないため、いつもの感じでドアを開けると、


「お初お目にかかります。クラド村の、シノ・ミナカワさんですね」


 村長ではない別の人物――――――というよりも、明らかにこの村の住民ではない誰かが玄関先に立っていた。

 いかにも学者といった格好をしている背の高い男性で、緑の短髪に同色の瞳を持つ人物。

 その後ろには、護衛の兵士と思われる男性が控えている。

 ……なんだか結構偉い感じの人がきちゃったぞ。兵士を連れてるということはそれなりの人物な筈だ。



 こういう人を呼んじゃうようなことを――――――した気がする。



 すぐさまシノの頭に思い浮かんだのは、やはり先日の魔物騒ぎ。

 可能な限り話が広まるのは抑えたつもりだったのだが、完全には防げないのが世の常だ。

 流れの冒険者などを通じれば、話が広まることなど実に容易である。

 さすがにそこまで手は回せていなかったので、恐らくはその線が濃厚か。


「そうですけど……何かご用ですか?」


「未だ見たことのない治癒魔法を扱う方が住んでおられるとの噂を耳にし、リューンベルより参りました。医学者のローレルと申します」


 ……これはもう完全に広まるところまで広まっちゃったのが確定と見ていいだろう。

 リューンベルといえば、ここから山を二つほど超えた先の海辺にある都だ。何度も訪れたことがあるし、かなり大きな都市だった。

 もちろん冒険者だって物凄い数が行き来しているし、噂が漏れてもおかしくない。


「そんなところまで話が……確かに、私かもしれませんけど」


「都での医療魔法の発展の為、是非ともお力を貸して頂きたく思っているのです」


「ということは、魔法の研究をされている方ですか」


 シノの問いかけに対して、ローレルは頷いてみせた。

 そりゃあ大魔法レベルのことを一瞬でやったのだから、ノウハウを学びたくなるのは当然だし、気にならないほうがおかしいか。


「昨今、医療に関わる魔法の発展は頭打ち状態になっておりまして……。色々な伝手を探してはいるのですが、なかなか宛てがなかったのです」


「それで探していたら、ちょうど私の噂に行き当たったと」


「はい。なんでも、致命傷の子どもを立ちどころに救うほどの魔法を扱えると聞いております」


 噂とはいってもデタラメや誇張ではなく、ワリとそのまま伝わっているらしい。

 ただ単に大魔法の使い手だとか広まってしまうと、弟子入り志願の魔術師とかが押しかけてきそうだ。

 だがここで、今の彼女ならではの問題が浮上してくる。


(これって……安易に教えたらマズいやつだよね……?)


 という矛盾に近い状況だ。

 かつてのシノが設定として考えたオリジナル魔法の数々は、入念な準備をして行うような規模を詠唱一つで使えてしまう。

 そんなものが昨日の今日であちこちに広まってしまえばどうなるか。


(魔法の発展こそするけど、いずれローレルさんに迷惑がかからないかな……?)


 シノがあのような魔法を使っただけでも疑いの目を向けられかけてしまったのだ。

 ならば普通の人間がそれを使い出すともっとややこしい事態になるのは間違いないだろう。


「貴女ほど上手く扱う……とまではいかないかもしれませんが、是非とも都まで足を運んで頂き、お力添えを頂けませんか?」


「私がリューンベルに……ですか」


 手を貸すという行為自体は別に構わないのだが、教える内容にそもそもの問題がある。

 万が一教えるとしても、どこまでならセーフなのかをもう少し調べておきたいし、行動を起こすのはそれからでも遅くはないはずだ。

 それだけ、あの世界設定集と呼べる書物は重大かつ慎重に扱わねばならない存在なのである。


「申し出は有難いんですけど、まだ編み出したばかりの魔法なので……」


「安全性や扱い方の検証が必要である、と……成る程。それはごもっともです」


「私が協力できる段階になったら、ということでどうでしょうか?」


「分かりました。ではそのように致しましょう。私としても、少し配慮不足でした……申し訳ない」


 ローレルが言葉を引き継いでくれたが、安全性だとか検証というのはもちろん嘘だ。

 そもそも安全でなかったのなら、この間の男の子は助けられていないのだから。

 リューンベルは陸路だと二日は余裕でかかる距離なので、遥々やってきてくれたのだろう。

 医者にそこまでの日数を空けさせてしまって、しかもあまり収穫なしで帰す結果になってしまい、なんだか凄く申し訳ない気がする。


「遥々来て頂いたのに、力になれなくて御免なさい……」


「頭を上げてください、シノさん。来訪はいつでもお待ちしていますので、またその時にでも」


 この対応からして、ローレルはかなり心の広い人物のようだ。

 世の中がこういう人ばかりだったら平和になるというのに。


「……そのうち、必ず伺わせてもらいますので!」


「ええ、是非とも歓迎させて頂きますよ。それでは、私達はこれで」


 護衛の兵士と共に一礼をすると、二人はシノの家を後にした。

 ごめんなさい都の学者さん。この埋め合わせはそのうち必ずさせて頂きます……

 仕方がないので、気持ちを切り替えてこちらは出来る限りの準備をしておこう。まずはあの設定集を読み返して何か探ったほうがいい。

 部屋に戻ったシノが窓の外を見ると、去って行く彼らの後ろ姿が見えた。


(ローレルさんか……向こうでは、どのぐらい評判のある人なんだろう?)


 今のところ都の医者ということぐらいしかわからないため、相手のことを知っておくのは大事だ。

 となると、この村で一番情報が集まるあの場所にいくのがいいだろう。

 シノは足早に家を出ると、彼についての情報を集めるために森の訪れへと向かうことにした。

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