第6話:試さなければ始まらない
世界の設定資料集といわんばかりの代物と共に、その内容がそのまま再現された世界に転生してきたことを知ったシノ。
もしこんな世界があったら、という妄想はよくしていた記憶があるが、まさか本当にそうなってしまうとは。
(私のこの姿も……そういうことだったんだね)
あのノートには設定画らしきものが描かれているページもあり、そのうちの一つが今のシノの姿とそっくりだった。
絵心はそこまでないけれど、あの設定画だけは結構上手く描けたんだっけ。
自分がデザインした人物になっているというのも、驚くと同時に不思議な気持ちだ。
元の世界でいうと――――――これはコスプレに近い感覚かな?
そもそもこの世界にコスプレという単語が存在していないので、もうあまり馴染みはないけれど。
そして何よりも、確かめなければならないことがある。本当にあの設定集に書いてある内容が、この世界で実践できるのかということだ。
天文学的な確率で、この世界と似通っているだけということも有り得るし、魔法などに関しては使い方も載っていたため、実際に発動するのかどうかはやってみなければわからない。
(……まぁ、何も起こらなかったらそれはそれで恥ずかしいけれど)
盛大に魔法を不発して、それを村の誰かに見られでもしたら物凄く恥ずかしいので、誰の目にも留まらない場所で実行することにしよう。
まだ陽は高いし人の往来も多いため、人目につかない場所となると……
(村外れの洞窟なら、さすがに誰もいなさそうかな)
村で特別な祭事などが行われる時に使われる洞窟ぐらいだろうか。
結界が張ってあるので魔物も寄り付かないし、だからといって一般の村人が来る場所でもない。
あれこれ考えていても日が暮れてしまうので、シノはさっそく出かけることにした。
そそくさと村を出て十分ほど歩くと、村の外れにある洞窟へと到着する。
念のため後ろを振り返ってみるが、誰もついてきてはいないようだ。
「よし、誰もこないうちに確認しちゃおうっと」
洞窟内は壁に沿って松明が取り付けられているが、無駄に消費するのも悪いので魔法で炎を灯しながら、奥にある広場を目指す。
長さ自体は五十メートルに満たないので、外の明かりもかろうじて見える程度だ。
奥の広場まで来たシノは改めて周囲を確認する。特別な時は祭事の道具が置いてあったりするのだが、今は何も置いていない。広さは大体二十メートルぐらいの、石で出来た円形の空間があるだけだ。
洞窟特有の冷たく静かな空気が流れる中、彼女は一度だけ深呼吸をすると目を閉じて、腕を前方に突き出した姿勢で詠唱を始めた。
「
短い詠唱の後に目を開いたシノは、鋭くそう言い放ってみせる。
もちろん、詠唱を含めたその全てが彼女の考えたオリジナルのものだ。どんな書物にも載っていないし、普通なら発動するわけがないのだが……
ドガガッ! バシャアッ!! グォォォォッ!!!
手をかざした数メートルほど先で突然、大きな音と共に色々な現象が巻き起こる。
洞窟の地面が小さく隆起して岩のトゲが発生して間欠泉が噴き出しだかと思えば、
そのちょうど真上で炎を纏った竜巻が渦を巻いて消え去った。まさに、
そして何よりも一番驚いているのは、魔法を使ったシノ本人である。
「ホントに使えちゃったよ……私がテキトーに考えた魔法だったのに……」
こんな魔法があったら凄いだろうな。程度の考えで設定を作った記憶はあるが、まさか本当に使えてしまうなんて。
その後も幾つか試してみるがどの魔法もちゃんと発動しており、あの設定集の情報が確かなものであるという証拠になった。
「……どうやら、アレに書いてあることは全て本当みたいね」
となると、ますますあの設定集の存在が危ういものになってくる。
何か騒動のきっかけにでもなる前にさっさと処分してしまったほうがいいのだが、これから先に有用な場面が出てくるかもしれない。
今すぐ手放すのはさすがに早計だし、金庫か何かで厳重に保管しておくぐらいに留めておこう。
ひとまず確認したいことは済んだので、村へ帰ることにした。
「まだ結構時間があるし、家に帰って夕食の仕込みでもしておこうかなー……」
思ったよりも早く手持ち無沙汰になってしまったので、夕食時までどう過ごしたものかと悩みながら村への道を歩いてゆく。
さすがに今から魔物の討伐依頼に出かけたりしたとしても、帰りが遅くなってしまう。
別に一人暮らしなのだから遅く帰ってもいいのだが、そこは気分の問題だろう。
「おっ、おかえりシノさん。魔物討伐の帰りかい?」
「ちょっと野暮用で村の外に行ってただけですよ」
「冒険者の皆が皆、魔物討伐帰りってわけでもねぇだろう。ははは!」
気づけば村の入り口まで帰り着いており、門番の若い男衆に声を掛けられる。
大きな街には魔物遮断の結界などが張ってあるのだが、クラド村にそういったものは特にない。結界魔法はかなり高度かつ難解なため、専門の魔法職に頼まないと扱うことができないのだ。
なので、魔物の侵入を防ぐ門番を立てる必要があり、誰かはここで見張っていなければならない。
「いっそのこと、村に結界を張る算段でもしたほうがいいのかな……?」
「シノさんにそこまでさせたらさすがに悪いって。専門家への依頼料だって馬鹿にならないだろうしよ」
「そうそう! それにここらは手に負えない魔物がウヨウヨいるわけでもないからな。俺達が門を守ってたら、大抵のことはなんとかなるさ」
「まぁ……皆がいいなら、私からは何も言えませんけど」
長いことこの村で暮らしているが、魔物が入り込んで被害があったという話は聞かないし、誰かが門を守ってくれているのならとりあえずは大丈夫といっていいだろう。もしものことがあれば、村長を頼れば何かしらの手は打ってくれると思うし。
「それじゃあ、私は行きますね。夕方にまた、お店で会いましょう」
「おうとも! 俺らも交代が終わったらすっ飛んでいくからよ!」
威勢の良い掛け声を背中に受けて男達に別れを告げると、シノは森の訪れへと足を向ける。
家で自炊を考えていたけれど、今日はお店の料理という気分になった。鉄板メニューのシチューもいいけれど、他の料理も捨てがたい。前々から約束していた新作メニューの作り方も教えて貰わなければ。
……などと色々と考えながら、村の入り口を後にしようとしたその時――――――――。
「――――――誰か! そいつを止めてくれ!!!」
彼女から見て真後ろの方角――――――村の入り口をちょうど出た辺り。
静けさが残る昼下がりの時間帯に、突如として大きな声が響き渡ったのであった。
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