第5話:私は世界の原作者

 一旦ローザに別れを告げた後、シノは別の建物にやってきていた。

 普通の民家より一回り大きなそれは彼女がこの村に来た時はなかったもので、建ったのは五十年ほど前だ。

 中には大きな部屋が一つだけあり、そこには十組から二十組ほどの椅子と机が並んでいる。

 部屋の一番前には教壇のようなものがあり、それはまるで――――――――


「おはよーございます! 先生!」


「おはよう、みんな!」


 学校のようである。というより、まさに学校そのものであった。

 これが冒険者とは別にやっている村での教師仕事で、だいたい十歳ぐらいまでの子ども達はここでシノが教えているのだ。

 それ以上の年齢になると、街のほうにある大きな学校へ通うことになってしまうのだけれど、それまでの間はシノが受け持っている。

 教えている内容は読み書きや計算が主であり、たまに世界の歴史などを簡単な範囲でといった感じだ。

 一時間ほど授業は続き、時刻はあっと言う間に昼前を迎える。


「じゃあ、今日はこれまで! また明日ね、みんな」


「ありがとうございましたー!」


 シノが終わりを告げると、子供たちが建物から続々と出てきた。親兄弟と帰る子や元気に一人で駆けていく子など様々。

 それは元の世界にいた頃と変わりない学校の下校風景のようで、手を振りながら皆を見送る彼女もまさに教師の姿だ。

 そんな中、生徒の女の子がぎゅっと抱き着いてくると、


「またね、先生っ!」


 こちらを見上げながら可愛らしい笑顔を向けてきた。

 自分も結婚とかしていたら、とっくにこのぐらいの娘がいたりしたのかなぁなどと思ってしまう。

 よしよしと頭を撫でてやると、女の子はたたたっと駆けてゆき姿が見えなくなる。

 とりあえずこれで、今日やるべき仕事は一通り終了。あとはいつも通りの自由きままな時間だ。


(そういえば、物置の整理してなかったっけ……帰ったらやっておこう)


 一旦家へ戻ろうとした矢先、シノはそんなことを思い出す。

 住んでいる自宅もそれなりに変わったが、それに伴って物も増えた。

 さすがに不必要なものを買いまくったりはしていないが、これも女性の性というやつなのだろうか。

 自然と物は増えていくもので、数十年ともなると不要なものの一つや二つは確実に出てくるだろう。

 自宅へと帰ってきたシノは庭に回ると、物置の中をあれこれと整理し始めた。


「うわっ、この魔法書ってまだあったんだ。さすがに処分しよう」


 物置の整理は数年に一度ぐらいしかやらないため結構な見落としがある。

 魔法を覚えるために使った古い書物などは捨ててしまってもいいし、古い服も随分と増えた気がする。

 古いものを縛っては横にどけたりをしばらく繰り返していると、ちょっとした山が出来上がった。

 部屋の半分ほどの広さしかない物置だが、数十分も作業をしているとさすがに広くなるものだ。

 ふぅ、と息をついて額を汗を拭うと傍らの椅子に腰かける。

 そのまましばらく整理し忘れがないか物置を観察していたが、彼女の目線があるものに留まる。


「なんだろう? あの古びた箱……」


 それは物置の隅の隅。よく見なければ気付かない場所に置かれていた古びた木の箱だった。

 少し埃も被っているようで、かなりの年数が経過していることを匂わせている。

 そもそも、あんな箱は見たことがないような……もしかしてずっと見落としていたのだろうか?

 椅子から立ち上がったシノはその箱を拾い上げてみると、それは意外に軽かった。小さなみかん箱ぐらいの大きさだが、何も入っていない空箱だったりして。

 そっと埃を払うと、木箱を開けて中を覗いてみる。すると――――――


「これは……」


 入っていたのは一冊のノートと思われる物体。それ以外には何も入っていないようだ。

 こちらも随分古くなっているようで、表紙と思われる部分が変色している。角などはボロボロになっている部分もあった。

 木箱に一冊入っているそれだけが妙な存在感を放っていたのだが、そこでシノは何かに気付く。


「なんだか、見覚えがある気がするんだけど……」


 これを目にするのは初めてではない。いつか、どこかで見たような気がする。

 遠い記憶を辿っていくうちに、彼女は何か重要なことを思い出したようだ。



「まさかこれって……あの時、私が抱きかかえていたノート?」



 ――――――そうだ、私はこれの正体を知っている。

 転生する前、妙な光の空間で私物と共に浮かんでいたあのノートだ。

 日頃思いついたファンタジー的な設定を含めた色々なことを書き記していったネタ帳。

 言い方を変えれば黒歴史帳とも言うけれど、それはそれとして。

 おそるおそる捲ってみると、文章や絵がところ狭しと並んでおり、当然ながらすべて日本語で書かれているのだが、この世界の言語に慣れた彼女でもまだ読むことは出来た。


(私と一緒に、この世界に来ちゃってたのかな……?)


 懐かしいなーと思いつつもページを読み進めていくシノであったが、突然その手がピタリと止まる。まるで、気付いてはいけない何かに気付いてしまったかのように。その表情にはハッキリとした驚きの色が浮かんでいたため、何か人に見せられないすごい黒歴史でも書いてあったのだろうか?


「……ちょっと待って。これって……この内容って――――――」


 息を呑むと共にページをめくる速度が段々と早まった。書かれている内容に次々と目を通すうちに、シノの中にあった驚きはほぼ確信へ近いものへと変わってゆく。


 ――――――それもその筈だった。


 彼女が手に取って見ているノートの中身には、この世界に来てから百年ほどの間に見てきたあらゆるものが「設定」として書き記されていたのだから。

 それこそ村や街の名前に始まり、魔物や魔法の種類に至るまで、まるで百科事典かのように。


 シノ自身も、微かにではあるがまだ憶えがあった。元の世界で生活していたかつての自分がこの設定を書き連ねた事実を。そして、認識せざるを得なかった。


この世界がという現実を。


 ある程度の年月こそ経っているので若干今と違っている部分こそあるが、殆ど全てがピタリと当てはまっているのだ。こんなことが実際にありえるというのだろうか?

 異世界に転生してしまうというのは、まさに経験したシノがここにいるのだからまだわかる。

 しかし、転生先の世界そのものが、自ら設定を作ったものだとすると――――――――



 ――――――――その原作者自身が、今まさにここに居る。



 しかもご丁寧に、それらの事柄が網羅もうらされている書物付きでだ。

 この世界で過ごしていた今までの年月を思い返してみるとたまにではあるのだが、既視感にも似た何かを感じることがあった気がした。

 恐らくは、無意識のうちにここに書かれている内容を覚えていたりしたのだろう。

 魔物の弱点を最初から知っていたり。初めて訪れた場所なのに不思議と土地勘があったり。

 ペリアエルフという能力の高い種族だから勘でも鋭いのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

 いや――――――そもそも、ペリアエルフという設定も書いてあった。



(もしかしてこれって、凄い情報源なんじゃない……?)



 この世界の設定が書いてあるということは、書いた本人しか知らない情報も載っているということだ。

 結構なページ数に渡って書かれているため、まだ発見されていない宝物とか、凄い魔法の使い方とか。全て確認はしていないが、載っている可能性は十分にある。

 というかよくここまで色々と考えたものだ。設定だけでノート一冊が埋まるとは、妄想も極まれりといったところか。

 だが、物凄く便利な代物だと思われる反面、それは同時にある危険も秘めていた。


(もしこの内容が本当なら、知られたりしたらマズいよね……?)


 世界の設定資料集といわんばかりのこれがでも流出でもしたら大騒ぎになるのは間違いない。

 悪人にでも渡ってしまえば、それこそ大変なことになるだろう。

 書かれているのは全て日本語なので、この世界の人には読めないといえばそうなのだが、

 そこで解読されてしまうのがお決まりのパターンだ。決して楽観視などはできない。


 シノはもう少しだけそれに目を通した後、すぐにノートを箱に戻すと物置の奥へと仕舞いこんだ。

 知ってしまった以上、人目に触れさせるわけにはいかない。むしろ、百年近くもよく気付かれなかったものだ。

 他の誰かがこれを手にしていた可能性だって十分にありえたと思う。

 色々な偶然が重なって、無事に持ち主の元へ戻ってきたということで、今はよしとしておこう。

 どう活用していくかについても追々考える必要はあるけれど、今は置いておいたほうがいい。

 あのノートの内容に感化されて、急におかしな行動を取ったりしてしまったらさすがに不自然だ。


(なんだか、禁書でも手に入れちゃった感じだなぁ……)


 原案の書物と共に転生した世界の原作者、シノ・ミナカワの生活は、これから一波乱も二波乱も迎える予感を呈していたのであった……

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