第4話:冒険者は曾孫の代まで

 異世界への転生を果たしたシノは、あれからあっという間に百年近い歳月を過ごしていた。

 これは天使のいたずらか神様の気まぐれか。何はともあれ、今はその存在に感謝しておくべきかもしれない。


「元の人生の四倍ぐらい経ったのかな……? イマイチ実感がないけれど」


 木造二階建ての自宅にて、シノは一人呟く。元の世界にいた友人達は、そろそろ孫の世代ぐらいだろうか?

 それを言い出したら自分は、人間の頃から数えるともう百年以上独身じゃないか!

 結婚とか恋愛とか、この長い間ずっと思いもしなかったけど……ここまでくると、さすがに行き遅れ感がすごい気がする。

 でも、エルフにとっての百歳って人間の二十歳ぐらいと変わりないんだっけ。


(……私の姿はあの頃と変わってないし、ホントに不老なんだなぁ)


 紅い髪の毛だけは伸ばしたり切ったりを繰り返してこそいるが、

 シノの見た目は未だに二十代前半ぐらいの姿を保ち続けていた。この世界に来た時となんら変わっていない。

 ペリアエルフという種族は、最も輝かしい年齢の容姿で成長が止まるらしい。だからこそ不老と言われているのだろう。

 つまり、今の彼女の姿が最も輝いている年齢ということになる。永遠の二十代前半とは、世の女性陣が泣いて羨ましがりそうだ。


(たまに告白されて勢いで断っちゃったりもしたけど、悪いことしちゃった気がする……)


 シノ自身、礼儀正しく何かと面倒見もいいのでそういう性格も手伝ってか人気は高い。彼女に想いの丈を打ち明けにきた人も何度かいたようだ。

 人間として生きていた頃はこういう告白イベントには掠りもしなかったのに、異世界に来てしまうとこうも違いが出てくるものなのだろうか?

 もう数十年も昔のことだが、そんな彼らを思い出してちょっと苦笑する。

 クラド村に住むという条件の下、無償で譲り受けたこの家とも長い付き合いになってきた。

 さすがに木造なため若干は痛んだりしてしまったので、その度に補修や改築を繰り返し、住み始めた当初よりも少しだけ豪華になっている。


「まぁ……今の家ならいつ家族が増えても大丈夫かな?」


 増える予定は――――――多分、今のところはないと思う。

 相変わらず色々と考えることが多いが、あまりボケッともしてられないため、手短に朝食を済ませたシノは家を後にした。

 まだ日が昇り始めるぐらいの時間帯だが、村周辺の魔物退治が彼女の日課となっている。

 さすがに時間も時間なので、まだ起き出している村人達の姿は少ない。

 村を出るとそのまま数分ほど歩いて周辺の街道に到着すると、周囲を見回す。


「おっ、いたいた。それじゃあ早速……」


 シノの目線の先にいたのは、狼の形をした魔物が数匹ほど。

 クラド村近辺は弱い魔物。それこそスライムレベルしか出現しないので危険は少ないのだが、こうして街道まで出てくると一般人では中々に手を焼く魔物も出現する。

 こういった小型の魔物はまだ何とかなる部類でもあるのだが、子供や老人が襲われてからでは遅いので、こうして定期的に討伐も行っている。


「雷鳴轟け――――――ライトニング!」


 短く詠唱した後に手をかざすと、魔物の頭上から青い稲妻が出現して直撃。

 ほぼ不意打ちに近い形だったので魔物は声もあげずに消滅し、稲妻が収まった跡には魔結晶まけっしょうが転がっている。

 魔結晶まけっしょうは、元いた世界でいうところの石油や電気のようなもので、この世界では重宝するエネルギー源として認知されている。

 その後も似たような魔物を見つけては、その度に魔法を発動させて討伐していく。

 彼女が使っている魔法は魔法書を読んで覚えたもので、ワリと簡単に使いこなせるようになった。元から能力が高いせいもあるとは思うのだけれど。


「よし、それじゃあそろそろ村へ帰ろうかな」


 合計で十匹ほど似たような魔物を討伐したシノは、村へと戻り始める。

 ちょうど太陽も昇ってきたようで、入り口に着く頃には村人の姿もちらほら見え始めた。


「おはようシノさん。いつもご苦労様」


「おはよう御座います! 日課なので、なんてことはないですよ」


「村に滞在する冒険者さんは少ないしねぇ。先生のおかげでいつも助かっとりますよ」


「とはいっても、私は冒険者と呼ばれるには少し頼りない見た目ですけどねー」


 村に戻ってくるなり、行き交う村人達と挨拶を交わす。

 さすがに百年近く住んでいると彼女が一番の年長者となってしまい、今となっては村でシノの名前を知らない者はいない。

 先生と呼ばれていることについてだが、教師としての仕事もしているからである。

 それまでは近隣の街の教職者のところへ子ども達が通っていたのだが、当時の村長から子ども達の教育をお願いされたのが始まりだ。


 もちろん本業は村所属の冒険者として仕事をしてはいるものの、割と暇を持て余してることが多い。

 シノ自身も子どもは好きなので冒険者との兼業ということで、その役目を受け持っている形だ。

 まさか二度目の人生で先生と呼ばれることになるなんて思いもしなかった。

 基本的に読み書きを教えればいいだけだから大変ではないけれども。


 物思いにふけりつつ、彼女は冒険者の集う場所――――――森の訪れへとやってきた。

 先ほどの魔結晶まけっしょうの納品と報酬受け取りのため、カウンターへと向かう。

 そこで受付業務をしていたのは、長いストレートの黒髪に青い瞳をした若い女性。


「おはようローザ! 報酬の引き換えにきましたよーっと」


「お、おはよう御座いますシノさん。今日もお早いですね……」


「こう見えて百歳は超えてるからねー。年長者は早起き早仕事なのだよ」


 ローザと呼んだ受付の女性は、少し物怖じした雰囲気で受け答えをする。

 彼女は、かつてシノとこの森の訪れで会話を交わしていたあの受付嬢、ルゥの曾孫にあたる人物だ。

 まさか孫の代どころか曾孫の代に渡ってまでお世話になることになろうとは。

 人間として普通に生活していたら、まずできない経験だろう。これも長命のエルフならではだ。

 百年近く同じ店に通っている点でも、既に常連を超えた何かかもしれない。


「お母さんは物凄く活発な人だけれど、貴女は少し控えめだよねー」


「まだ私では、母のように振る舞うにはとてもとても……」


「それでもこの店任されてるってことは、ローザにも魅力があるんだよ。うん」


「シノさんにそう言って頂けると、幸いです」


 数々の冒険者を相手にする者としてはまだ足りない感じがあるものの、根は強い子なのだろう。

 いつもしっかりと業務をこなしている。他の従業員のサポートもあってこそだけれども。

 陽気な冒険者に話しかけられた時はたまに対応に困ってたりするのだが、こういう時は助け船を出してあげたほうがいいんだろうか。


「何か面白そうな依頼は入ってきてない?」


「面白そうな依頼というと……」


「たとえば……ドラゴン退治みたいな?」


「ここは王都じゃないんですから、無茶言わないでくださいっ!」


「あはは、冗談だよ冗談! それじゃあ、私はそろそろ行くね」


「……はい! お気を付けて」


 魔物討伐の報酬を受け取ったシノは店を後にするともう一つの日課をこなすため、近くに建っている少し大きめの建物へ向かって歩き出した。

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