第五話 夏のある日④

 瞼を通して感じる日の光に気がついて目が覚めた。

 見慣れた天井。

 見慣れた時計。

 いつもと変わらないように見える部屋。

 額を触って、もう熱も引いたことを悟る。

 寝過ぎたのか、思考がまとまらない。

 ふと、膝のあたりにある温かい感触に気がつく。見ると輝央だった。

 そこで、ようやく思考がはっきりとしてくる。

 ずっとそばにいてくれたのか、顔に変な跡をつけて寝ている。

 まだ朝の5時。

 輝央はまだ寝ている時間かなと思いつつ、近くに置いた鞄からスマホを取り出した。


 ***


 動く気配というか、感触というか、何かわからないけど、何かの影響で目を覚ます。

 よく知らないところだなと思いつつ、安心する匂いが近くにあるからか、自分がここにいることは不思議じゃないと思う。

 とりあえず、この大好きな匂いをもっと嗅ぎたいと思って、顔をゴシュゴシュとなすりつける。うん。気持ち良い。


 目を開けると、兄さんがスマホを触っていた。

 起きた僕に気が付いたのか、こちらに顔を向けておはようと挨拶をしてくる。

「おはよう。もう体調は大丈夫なの?」

「うん。とりあえずだるくはないかな?」

「そっか」

 兄さんの言葉に安心した。

 それにしても、兄さんの横で寝落ちするとは情けないな。兄さんの横で寝るのは良いけど。僕の中では寝落ちと寝ることは違う。意識の違いだけなんだけど。寝落ちは少しだらっとしている感じがする。だから、大好きな兄さんの横で意思を持って寝るのと寝落ちは違う。

 まあ、でも、寝落ちしたのは、ある意味兄さんが原因でもあるから仕方ないのかな?

 昨日の夜、兄さんの横にいたら急に兄さんがうなされ出した。

 何をしていいか分からなくて、とりあえず兄さんの手を握っていた。

 そうしたら、すぐに楽になったみたいで、すやすやと寝息を立て始めた。

 それで安心して寝たはず。そのあとは、兄さんと目が合うまで何も変なことはしていないはず。

 はずだよね。

 途端に心配になって来た。

「どうした、輝央?」

「な、なんでもないよ!?」

 いや、なんでもないわけがないんだけど、そういうしかないよね。

「そう? なら良いんだけど。それじゃあ、そろそろ朝ごはんにする?」

「うん。そうする」

「じゃあ、準備しているから、どこか行くなら決めておいてね」

 そういうと、兄さんはキッチンの方へ行ってしまった。

 流石に手持ち無沙汰だなと思って、harukaさんに東京近辺のおすすめスポットがないかLINEで聞くことにした。

 LINEを開くと、陸斗からメッセージが来てた。

 内容はちゃんと東京までつけたかということと、人酔いしてないかだった。

 どうせだからと電話をかけると、ワンコールで出てくれた。

「輝央か。大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。無事に兄さんと合流したし、人酔いもなんとかなったよ」

「そっか。それなら良いんだけど。そういえば、輝央、唯斗さんの膝に頭をこすりつけたりしてないか?」

「え? どういうこと?」

「あ……うん。それなら気にするな」

 純粋に今の言葉が気になる。どう意味なのか。

 ふと、一つの可能性が頭をよぎった。

 でも、流石にそれはないよねと思って打ち消した。いや、打ち消そうとしてできなかった。

「ねえ陸斗、変なこと聞くかもしれないけど、僕って寝起きに頭擦り付けたりするの?」

 電話口で溜息が聞こえた。

「そうだな。まあ、俺が知る限り俺か唯斗さんにしかしていないはずだから心配しなくていいぞ」

「そ、そっか……。なんか、ごめんね」

 陸斗だから嘘を言うはずがない。そう信じているからこそ、嘘じゃないとわかる。

「今度からは気を付ける。うん。そうする」

「いや、まあ、俺は嫌じゃなかったし、たぶん、唯斗さんも嫌じゃないと思うぞ。むしろ可愛いなと思っているんじゃないか?」

「ふぇ〜……」

 兄さんならありえる。僕には甘いし、可愛がってくれてるし、ぶっちゃけ、恋人の気配が一切見えないから僕が一番じゃないかと思っているのは本当だし。

 そこまで考えて、自分がかなり恥ずかしいことを言っていることに気がついた。

「まあ、俺も輝央だから許してるし、小学校の修学旅行でもあったことだからもう慣れた。それに、前に泊まった時も俺を抱き枕みたいにして寝ていたから、多分意識しても治らないと思うぞ」

「ちょっと待て。そういえばなんで陸斗が兄さんの考えまで分かるの?」

 よく考えたら不思議だ。

「ああ、それは小学校の頃にお前の家に泊まっただろ? その時にも抱きつかれて、たまたま様子を見に来た唯斗さんに聞いたんだよ。そうしたら、嬉しそうに話してくれたぞ」

「……そっか。うん。分かった。今後とも、そのような事態になった時はよろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくても。まあ、唯斗さ……ん、って、これ以上は言わないでおく」

 陸斗の切った言葉の続きが気になった。聞いても、なかなか答えてくれない。

 結局、何を言おうとしていたのか分からずじまいだった。

 少し釈然としないまま、陸斗との通話を終える。LINEの通知が一見来ていることに気がついて、それを開く。harukaさんからだった。

『唯斗さんとのデートですか? それなら神保町をお勧めします。時間が許す時はラジオ帰りに歩いていると聞きます! それと、唯斗さんは輝央君が行きたいところに行きたいと思うので、素直に言ってみるといいかもしれません! デート頑張ってください!!』

 harukaさんからのメッセージはすごくありがたかった。

 なんだか朝から気持ちが忙しい。

「輝央? 朝ご飯の用意ができたよ?」

「うん! 食べる!」

 そう言って、テーブルを片付け始める。

 そういえば昨日読んだ小説が面白かったけど、それを兄さんに言うのを忘れていた。

「兄さん、これ。面白かったよ」

「そういえばそれ、この前買ったはいいけど読んでなかったな……」

「うん。タイトルに惹かれるよね」

 その本のタイトルはーー


 ーーこの物語は終わらない。




〈後書き〉

この物語を読んでくださった全ての皆様に感謝を申し上げたいと思います。


こんな始まり方の後書きは後にも先にも今回だけだと思います。

と言うのも、この物語を一回完結にしようと決めたからです。


順を追って説明しますね。

第五話の③を投稿した後に、この物語を続けるべきかどうかと考え始めました。

もともと、この話自体が第一話まで書いて終わろうと思っていて、なんか書けちゃったからその後も書き続けていた節がありました。

そんなふわっとした始め方だったので、伏線回収にも時間がかかり、更新も遅かったですよね。お待たせしてしまった方々には本当に申し訳なかったです。

まあ、そんな感じで色々考えた時に、これ以上続けてマンネリ化するよりも、ここでやめておこうと思いました。あと一話二話(物語の展開で見せたアニメ原作者とのインタビューの話とか、その作者と輝央くんの話とか)ならできるかもしれません。でも、そこから先に話を広げてつまらなくするくらいならここでやめようと思いました。

これが完結にすると言う判断に至った経緯です。


まあ、ほとんどの人にとっては、『また一つ話が終わるのか』程度だと思います。

でも、個人的にはいくつも思い出深いことがありました。

自分の人生の中で初めて、一つの物語の文字数が十万字を超えたこと。

一定のPV数が付くようになったこと。

更新に関するマイルールを決められたこと。

など、かなり個人的なことにはなりますが、僕にとっては貴重な経験をさせていただきました。

もし、この物語が続くことになったり、万が一にも書籍化するなんてことがあったら、その時にはまた応援してくださると嬉しいです。


さて、ここまで言っておいてなんですが、ベタですよね。

でも、そのベタなネタを使わせていただきます!

そうです。『この物語は終わらない』!!!

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