第四話 ラジオのゲスト ⑥

「沢城さん、お疲れ様です」

「うん。唯斗くんもね。それにしても、私なら50分の番組なんてやれないと思うよ。しかも月曜日から金曜日までやっているわけでしょ? なかなかすごいよね」

「いやー、慣れると結構楽しいですよ?」

そんなことを話していると、小春ちゃんがブースに入ってきた。彼女は何枚かの紙を手に持っていた。

「唯斗さん、沢城さん、お疲れ様です。この後はいつも通りメールを読んでもらいます。ある程度絞っておいたので、それを読んでいただけるとありがたいです。選出しなかったメールは後ほど、ラジオネームと本文だけのものをお渡ししますけど、沢城さんは要りますか?」

「うん。メールとかは読みたいかな? だから、もらおうかな」

「わかりました。それじゃあ、番組が終わるまでに用意しておきますね」

そう言って、ルンルンとした足取りでブースを出て行った。

沢城さんもそろそろわかってきたのだろう。僕が見ていたディレクターの合図を沢城さんも見始めた。

「さて、いつもならここで曲をかけるところなのですが、今日はメールの数が多かったらしく、スタッフが選出してくれたものだけでも時間がかかりそうなので、早速メールを読んでいきたいと思います」

「それじゃあ、一通目は私が読みます」

僕が言い終わったタイミングで、メールの文面が書かれた紙を手に持ってスタンバイしていた沢城さんが話し始めた。

「岡山県にお住まいのミスズさんからいただきました。『パーソナリティーの唯斗くん、そして、ゲストの沢城みつきさん。こんにちは。私は現役高校生なのですが、夏休みはあまりやることがなく、かといって、何かやりたいなと思っています。お二人は夏の間にやりたいことや、予定はありますか? 差し支えない範囲で答えていただけると嬉しいです』とのことで、唯斗くんは何かある?」

「いきなりすぎて、少しびっくりしているんですけど、僕は夏の間に新曲の準備をしないといけないので、割とやることは多めですね。後、僕の弟がこっちに遊びにくるみたいで、それで僕の家に泊まるのがあるぐらいですかね」

「あ、そっか、唯斗くんって弟君がいたんだね。ちなみに、その弟君はこのラジオを聞いてくれてるの?」

「多分聞いていると思います。まだ高校生なんで、今はちょうど登校時間かな? だから、リアルタイムできっけているかはわからないですけど」

「そうなんだ。私もその弟君に会いたいな〜」

沢城さんが誘うように言ってきたけど、弟は僕と違って一般人だから、業界の人と変に合わせるのは避けたかった。

「まあ、その内。ちなみに、沢城さんは何か予定とかあるんですか?」

「えーっとね、私は友達と海に行くぐらいかな?」

「確かに、沢城さんは海で火に焼けているような気がしますね」

「そう? あ、でもね、ちょっと言っていいのかわからないけど、秋冬の出演作品が多いから、あまり時間がないんだよね……」

「まあ、稼げている間は良いですけど、自分の声に需要がなくなっちゃえば、この業界で生き残るのも難しいですからね……。まあ、そうならないように日々努力するばかりですがさて、次のメールを読んでいきましょう」

そう言って、紙束の一番上に置かれたメールを読む。

「北海道にお住まいのデネフスさんからいただきました。ありがとうございます。『唯斗くん、ゲストの沢城さん、こんにちは。いつも楽しく拝聴させていただいてます。最近、以上に暑くなってきて、あまり外出したくなくなってきました。お二人は家に引きこもる時は何をしていますか? また、外に出たく無いけど外出しないとならないような時はどうしているか教えてください』とのことですが、沢城さんは外出したくないなーって思うことはありますか?」

「あるけど、仕事があるから仕方なく出てきてるかな?」

「あ、あるんですね」

「そういう唯斗くんこそどうなの?」

「僕ですか?僕は……」

思い返してみると、基本毎日外に出ているから、あまり思い浮かばなかった。確かに、僕も沢城さんと同じで、仕事があるから出てきているだけ。仕事を除くと、外に出るのはスーパーに行くか、郵便局に行くか、書店に行くかぐらい。偶に休日にランニングのために出ることがあるか。

でも、外に出たく無いと思ったことはあまり無いと思う。

「あまり無いですかね。出ようと思わなくても、買い出しとかで出なきゃいけないのであまり関係ないです」

「そうなんだ。そう言えばさ、全然関係ないけど、仕事の疲れって取れる?」

「僕は忙しくしていないと生きている感じがしないので、あまり疲れてるって感じたことはないですかね」

「私ね、最近肩の凝りがひどくてね。ちょっと最近は映画の吹き替えとかが多ったから、台本が重くて重くて」

「あれは職業病みたいなものですよね」

「ほんとにそう」

唐突な話題変更にどまどいこそしなかったけど、いきなりだったから、驚きはした。

「あ、唯斗くん、唯斗くんが焼いてきたお菓子、まだまだあるから食べな? で、食べている間は私がお便りを読むと。ちょっとね、探してたら面白そうな手紙があったから私が答えていくね。で、唯斗くんは要所要所っでツッコンで?」

「あ、了解です」

何を察してくれたかはわからないけど、沢城さんがやる気に満ち溢れていたのでおまかせすることにした。


***


「と言うことで、沢城さんにゲストとして来ていただいて、もの凄く楽しかったんですけど、後1分ほどで八時になってしまいます。ということで、今日の放送を終わっていきたいと思います。本当に沢城さん、来ていただいてありがとうございました」

「いやいや、私も楽しかったし、この番組に一度出てみたかったから」

「はい、そんな沢城さんの優しさに甘えさせてもらいました。と言うことで、番組宛のメールやお便りをお待ちしております。と言うことで、今日の『茜音唯斗のしたいこと』はここまでです。ありがとうございます」

そう宣言してカフボックスを下げると、BGMが数秒流れてフェードアウトしていった。

「沢城さん、改めて、今日来てくださってありがとうございます」

「いいよいいよ。私も楽しかったし」

「よかったら、このビスコッティも持ち帰ってください」

「あ、ほんと? じゃあ、ありがたくもらっていくね」

そんな会話をしていると、ふと、あるノートのことを思い出した。そのノートは小学生の頃に思い描いていた将来の夢を書き連ねていた。小学生ながら色々と調べて、どうやったらなれるのか、どう言うふうになりたいのかを書いていたノートだ。詰めの甘いところもあって、若干黒歴史として恥ずかしく思うけれど、それよりも、そのノートがなかったら今の仕事に繋がらなかったなという感謝の気持ちの方が勝っていた。なんで唐突に思い出したのかはわからない。でも、不思議と沢城さんと関係あるような気がした。

「唯斗くん?」

「え、あっ、すみません。ぼーっとしてました」

「やっぱり疲れが溜まっているんじゃない?」

「そうかもしれないですね。まだ週も半ばなのに……」

「あんまり若さに頼っていると、そのうち痛い目見るよ。声優なんて次の日も安定して暮らしていける保証なんてないんだから。それに、体が資本の職業なんだし、健康第一で頑張っていかなきゃ」

「そうですね」

ちょうどその時、事務所から電話がかかってきた。

「すみません。ちょっと電話に出てきます」

「うん。いってらっしゃい」

ブースの隅によって電話に出る。

「もしもし、茜音唯斗です」

「唯斗くん? 担当の坂島さかしまです。今時間良い?」

「はい。ラジオも終わってるんで大丈夫です」

「ならよかった。実は、高校生作家のコウさんって知ってるでしょ?」

「はい。アニメの現場で何度か」

「そのコウさんが原作のアニメ出演者と対談することになって、それで唯斗くんに白羽の矢が経ったんだけど、受けてくれる?」

あまりにも突拍子のない話だったから、一瞬思考が停止した。それでも、なんとか空回っている思考を使う。

「えーっと、アニメの宣伝用か何かですか?」

「まあ、表向きはそうね」

微妙な違和感を感じた。なんだろう。『表向きは』って。

「もちろん、宣伝用だけど、純粋に唯斗くんと話がしてみたいらしいの。なんか、どの作品にも出ているから、気になっているみたいよ」

「はあ……」

なんだか拍子抜けしてしまった。

もちろん、今人気の高校生作家の目に留まって、しかも、興味を持ってもらえたことは嬉しいけど、理由が理由なだけに唖然とした。

「後は単純に人見知りらしいから、年齢が近くて、同性っていうのも関係しているみたい。そういえば、コウさんも名古屋に住んでいるらしいわよ」

「へぇ……」

「そういうわけだけど、大丈夫?」

どの訳を指しているのかが気になるけど、純粋に僕もコウという高校生作家に興味もあった。

「受けることにします」

「わかったわ。急に電話かけてごめんなさい。出版社側から急ぎで連絡が来て、返事が今日のお昼までだったから。今のうちにかけておかないとと思って」

「いいですよ。別に。仕事がもらえること自体は嬉しいですし、急ぎなら仕方ないですよ。それに、坂島さんにはスケジュール管理をやってもらってますし。オーディションとか音楽活動まわりの仕事とかもとって来てくれますから。感謝しかないです」

「そう。それじゃあ、詳しい対談の日時が決まったら連絡するわね」

「了解です。そえじゃあ、お願いします」

そう言って電話を切る。そういえば、輝央がコウさん作のあのシリーズが好きだって言っていたな、などと思い出しながら、沢城さんの元に戻る。

僕が電話に出ている間に小春ちゃんも来ていたみたいで、二人で楽しそうに話していた。

沢城さんは僕の電話が終わったのに気がついたようだ。

「あ、おかえり。事務所から?」

「そうです。なんか、アニメの宣伝用の対談企画に出てくれないかって打診が来ました」

「そうなんだ。誰と対談するの?」

「『数多の階段』を書いてる高校生作家のコウさん」

「そう言えば、唯斗さんも沢城さんも出演しているんですよね?」

作品名を聞いて合点が言ったのか、小春ちゃんは手をポンと叩いて納得していた。

「そうそう。別の作品でも、私と唯斗くんは出ているんだけど、まだそっちは情報解禁されてないからね」

「そう言えばそうでしたね」

もう一つの『学生作家は忙しい』は、作品のアニメ化だけ発表されて、キャストの情報はまだ解禁されていなかった。ゆっくりとアフレコの方は進んでいて、二週間に一回のペースでやっている。それと同時進行で絵の方を進めているみたいで、スケジュールが余裕を持っている分、全体的に他のアニメ作品よりも早く収録が進んでいる。

それこそ、『数多の階段』の収録は放送開始のワンクール前に終わるけど、どちらかというとそっちの方が一般的なスケジュールだったりする。

「それじゃあ、頑張ってね!」

「うん。まあ、頑張ってきます」

「あ、そう言えば、ディレクターが一ヶ月に一回ぐらいのペースでゲストを呼ぶのも良いかもねって言ってましたよ?」

小春ちゃんが唐突な話題変更をした。そこまでは良いけど。

「とうとうゲストを呼んじゃうのか……」

ゲストが来ること自体は楽しいから良いのだけど、ゲスト登場回というレア度がなくなるような気がして、惜しい。

「まあ、楽しい放送になるなら、良いのかな?」

そう思えた。

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