第四話 ラジオのゲスト④

「それでは、次のお便りです。北海道にお住まいの花ゆりさんからいただきました。『唯斗くん、ゲストの沢城みつきさん、おはようございます。だんだんと暑くなってくる季節ですが、いかがお過ごしですか? 北海道は土地柄、夏もそこまで気温が上がりません。ですが、今年はいつもよりも暑くて少し困っています。何か暑さをしのげるような良い方法はないでしょうか? また、沢城さんが今までに一番大変だった役を聞きたいです。お願いします』ということです」

「あれですね。うまく沢城さんが引いちゃいましたね」

「そうだね」

 さっき予想したことが現実になった。まあ、前々から告知はしていたからさりげなく紛れ込んでいても不思議ではない。

「えっと、まずは暑さを凌ぐ方法でしたね。何かあります?」

「そうだな。……私はたくさんアイスコーヒーを飲んでいるかな」

「ああ〜〜〜」

 よくあるやつだなと思った。

「あの冷たい物を摂取したいけど、お茶だと飲みすぎるし、アイスとかお菓子は太るよな〜っていう悩みがあって、結局コーヒーで落ち着くんだよね」

「それはわかりますよ」

 アイスは糖分が多く含まれている、そしてお菓子の多くは油脂分が多く含まれる。それに、甘いものだと糖分も加わって太る対象になる。それを考えると、コーヒーが一番無難になる。

「わかるよね!」

「僕もアイスコーヒーは好きですね。まあ、コーヒーはホットで飲みたいはなんですけどね」

「へー、そうなんだ」

 思わずコーヒーの話で盛り上がってしまった。

 そんなことを思いながら、もう一つの質問を話していないから、そろそろ答えるかと算段をつける。

「それじゃあ、沢城さんが今まで演じてきた役の中で一番大変だったのはどの役なんですか?」

「私の場合はね、大変だった思い出があまりないんだよね。役に対する苦手意識とかが全然なくて……」

 意外だった。

 沢城さんクラスの声優なら、長年のキャリアの中で一度や二度は大変だった役が来るだろうと予想していたのに。

「それはオーディションの時からどんな役が良いかを決めているからなんだけどね。そこから音響監督の方達のディレクションを付け加えていくから、やりやすいっていうのはあるんだよね」

「へ〜。僕なんかはいつも役作りが大変だったりするんですけど、沢城さんはあまりないんですね」

「まあ、大変だったのはないけど、苦手だったのはあるかな?」

 それはそれで聞きたいなと思った。

「前に十代後半のちょっと大人びているけど、幼さも残っている女の子の役をやらせてもらうことがあって、その時は本当に苦手だったね」

「それは、役の性格がってことですか?」

「ううん。その時は声の方かな」

 そういうことか。

 沢城さんは役作りで大変だった思いをしたことがあまりないけど、声で苦しんだのか。それは大変というよりは苦手っていう言い方になるよね。

 そう一人納得してしまった。

「あの、唯斗くんは分からないかもしれないけど、十代後半の女の子の声って調整が難しくて、それに幼さも残さなきゃいけないから余計に大変でね。完全に大人の女の子なら簡単なんだけど、そこに幼さを乗せようとすると、どうしても声が安定しなくてね」

「あれですよね。男子中学生の役で、男性声優がやるか女性声優がやるか微妙なラインとかですよね?」

「うん。そんな感じ!」

 男子中学生ぐらいだと女性声優が少年声で演じることがある。僕が思ったのは変声期ぐらいの中学生の話。男っぽい低い声に所々高さも混じるあの感じ。

 音響監督によっては中学生から上は男性の声で良いという人もいる。

 だけど、役の持つキャラクター性を考えたときに、どうしても完全な男性声ではダメな時がある。

 一度だけしかやたことがないけど、その時はものすごく大変だったことを覚えている。

「僕も沢城さんの気持ちを理解できてよかったです。これ以上掘り下げることあります?」

「ないんじゃないかな?」

 沢城さんも言い残したことはなさそうだ。

「それじゃあ、まだ言っていなかったことがあれば、この後のところで言ってください」

「あ」

「?」

 沢城さんが何かに気づいたようだった。何に気がついたんだろう。

「そういえばさ、私たち、まだ全然このクッキーを食べていないよね」

「……そう、でしたね」

「……食べる?」

 どうしようかなと思いながら、ディレクターの方を見る。すると、カンペが準備されていたのか、見えたのは『手紙を先に読んでください』だった。

「え〜、ディレクターから手紙を先に読んでくれと言われたので、先に手紙から読みます。沢城さんは先に食べていてください」

「本当? それじゃあ、遠慮なく」

 沢城さんがタッパーからビスコッティを取り出したのを目の端で確認してから読み始める。

 それじゃあ読んで行きましょう。次のメールです。鹿児島県にお住まいのポヨポヨさんからいただきました。『唯斗くんおはようございます!そして、久しぶりのゲスト、沢城みつきさんもおはようございます』」

「ボリボリ」

「『初期からこの番組を追ってきたので、久しぶりのゲストが嬉しくてたまりません』」

「ボリボリボリ」

「『最近だとセボンイレボンがスポンサーのラジオで、パーソナリティーとして声優が起用されることが多いですが、ほんの少し前まではそこまでメジャーじゃなかったですよね……』」

「ポリ」

「あの、沢城さん? マイク入ってますよ? あの、沢城さんのマイクが入っていて、さっきからボリボリとちょっとうるさいんですよ!」

 最初は僕が何を言っているのか分からない様子だったけど、さすがに気がついたのか、「なるほど」と、相槌を打ってきた。

「あ〜あ。そういうこと。えっと、じゃあ、私のマイクを切っていればなんとかなりそう?」

「そうですね」

「ごめんごめん。なんかね、食べても良くなったから、食べることだけに頭が持ってかれてたの」

 まあ、そういうこともあるよなと思いながら、僕はメールの続きを読み始める。

「それじゃあ、気を取り直して。『また、久しぶりのゲストが沢城さんだなんて。昔の放送で沢城さんが女性声優の中で一番好きだとおっしゃっていたので、ファンとしては嬉しくてたまりません。今日の放送楽しんでくださいね。』と言うことでしたけど、沢城さんは……」

 手紙から顔を上げると、沢城さんはもぐもぐと咀嚼していた。

「えーっと、ちょっと沢城さんが食べている最中なので、後でお聞きするとして。そうなんですよ。元々ラジオのお仕事を声優がすると言うことはあまりなく、あるとしたらアニメの番組が作ったラジオ番組ぐらいだったのっでね。まあ、今となっては声優がパーソナリティーを務めるラジオ番組なんてたくさんあるんですけどね。こんな朝早くから、しかも帯で番組をやらせてもらえるなんてね。しかも、今時珍しい生放送。ここまでやってもらえるのは、この番組を聴きてくださるリスナーの方々のおかげです。この番組でニュースを扱う訳でもなく、一人の声優がおしゃべりするだけでこうして聞いてくださるので、ものすごく嬉しいです。そう言っている間に、沢城さん、準備はできましたか?」

「うん。できたできた。えーっと、何話せば良い?」

 咀嚼に集中していたのか、あまり話を聞きていなかったみたいだ。

「沢城さんが今までやってきたラジオパーソナリティーとしての経験を語って欲しいです」

「え、あ……うん。分かった。まあ、私も芸歴長いからね。何回もアニメ関連のラジオは任せてもらってるね。でもね、売れてきてからは慣れないことをやらなきゃいけなくて忙しくて、とてもじゃないけどラジオなんてやってる余裕なかったの。まあ、たまにゲストとして出させてもらうことはあったんだけどね」

「それじゃあ、パーソナリティーとしてはやったことがないんですか?」

「いや、多分ね、まとめて録音みたいなことをしてたのがあったはずだから、何回かラジオやってるはず。しかも、ウェブラジオ。あの、私自身が仕事に慣れてきたぐらいにやってたはず。でもね、ここまで長いことやったことはないかな。アニメ放送中のワンクールぐらいしかやってないから、あまり私は話すことがないんだけど」

「え、じゃあ、ラジオのパーソナリティーって大変でした?」

 ラジオは意外とやっていなかったことに少なからず驚いた。

「あ、うん。あのね、私の場合は話題探しが苦手だったかな。だから、それこそ、アニメの収録の時とか、アニメのここがよかったよねとかは話せたんだけど、他は何を喋って良いか分からなかったから。だから、結構苦労したかな」

「そうなんですね。いつも結構しゃべっているイメージがあったから、話題豊富だと思っていたんですけど」

 そういうと、「まあね」と言って、また沢城さんが喋り始めた。

「でもさ、ラジオでしょうもないこと話しても、聞きてくれるリスナーの人たちだって困るでしょ!」

「結構このラジオはしょうもないことを花っしてるんで、なんともコメントし辛いですが。えもう、それこそ本当に話題が少ない時は気kのう食べた夕飯の話してますよ」

「え……。本当?私、そういうこと喋るとあれかなって思って喋ったことなかった」

 それはそれで、よくラジオを1クールも続けられたアナと思うけど、それとは別に気になる事も出てきた。

「逆に、沢城さんはどう言ったことを話すんですか?」

「どうだろ。あまり覚えてないんだけど、一番こと話したのは、持っている大量の台本をどうにかしたいっていう話かな?」

「それは個人的に興味あるから聞かせてください」

 沢城さんは驚いているようだったけど、なんの躊躇いもなく話してくれた。

「まあ、私のことが好きな唯斗くんならわかると思うけど、私って客観的に見ても結構な数の番組に出ていたじゃない。それで、芸歴だけなら結構長いから、知名度はあるしで、年間で出てるアニメが毎年十五タイトルぐらいはあるから、全部で二百本とか出ることになるんだよね。で、二千冊ぐらいなら軽く超えちゃうからさ、どうしても置き場がなくなっちゃって。それで捨てたいなと思ったんだよね」

 あ、うん。僕は大体分かった。

 でも、これはリスナーのみんなには伝わらないんだろうなと思って、補足する。

「えっと、僕の認識が間違ってなかったら、二百本っていうのはアニメでいうところの話数で、大体いちクール十二本が基本だとすると、百八十本出ていることになるんですよね。まあ、あとは映画とかドラマCDとか、DVDについてくるOVAとかを集めると合計で二百本ぐらい行くって事なんですよね?」

「そうそう。あとは、アニメ一話の台本程度ならそこまでページ数が多くないんだけど、映画の台本とかだと特に多くてね。あの、唯斗くんもわかると思うんだけど、一つの映画で二時間ぐらいやることが普通じゃん。少なくても一時間とか。で、普通のアニメがCMとOP、EDを抜いて二十分ぐらいだから、三倍から六倍の厚さになって、三倍ぐらいならまだ良いんだけど、6倍だと重くて重くて仕方ないっていう。そういう悩みがあるよね」

「確かに。台本って、言って仕舞えば紙の束なんで、しかも大体余白が多いっていう。そして、主役なら良いけど、傍客なら台詞は多くないっていうところがありますよね」

 同業者だからこそ、仕事に対するもどかしさとか苦労がある。

 それは誰もがわかることではないだろう。業界に入って一線で活躍したからわかることがある。

 人によっては、そんな苦労は表に出すなという人だっているだろう。

 だけど、その苦労を知ってもらった上で、見る人が楽しめるようなものを作り上げるのが一線で活躍するプロというものな気がした。

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