第四話 ラジオのゲスト③

「みなさんにお聞きいただいたのは雨のパレードで『Summer Time Magic』でした。さて、コーナーに入る前に、今日のゲスト、沢城さんを改めて紹介させてもらいます」

「よろしくお願いします」

「七色に変化する声で小さい少女から大人の女性まで幅広く演じてきた演技派声優、沢城みつきさん。数多くの作品に出演されています」

「恥ずかしいな……」

 確かに、他の人に自分の紹介をされるのは少し恥ずかしかったりする。自分も、前にテレビのトーク番組に出た時にやられて恥ずかしかったのを覚えている。

「個人的な代表作は『池袋魑魅魍魎デュラ〇〇……』のセルティーと『隆と妖〇〇友人帳』笹田役ですかね。台本には『デュパン三世』の藤子役が挙げられてますけど」

「確かに、世間的には『デュパン』の方が有名かもしれない」

「そうなんですかね?まあ、新作ができる度に話題にはなりますよね」

 個人的には先に挙げた二つだけど、世間的には違うのかなと価値観の違いを感じた。

「という事で、早速メールを読んで行きたいと思います」

「私はどうしよう」

 それは考えていなかったな……。

「そうですね……」

 とりあえず何か声を入れておく。

 だけど、特に何か良い案が思いつくわけでもないから、普通にしててもらうことにした。

「とりあえず、最初の一通目は相槌打っていてもらって良いですか?」

「あ、うん。分かった」

「それじゃあ行きます。愛知県にお住まいの『あんまデジャブっぽくない』さんからいただきました。『唯斗さん、ゲストの沢城みつきさん、おはようございます。毎朝友達がこの番組を聴いているので、最近聴き始めました。唯斗さんとみつきさんは共演作が多い気がしますが、プライベートでも遊んだりするんですか? 放送日を楽しみにしています』ということですけど、僕と沢城さんって仲良い方ですよね?」

「うん。私もそう思ってるけど、違うのかな?」

 自分たちは仲が良いと思っていても、改めて他人から聞かれると自信がなくなる。

「まあ、仲は良いですよね。この前も僕と沢城さんと、僕の所属している事務所の浅海瑠美の三人で宅飲みしましたもんね」

「うん。そうだね。私の家でやったんだよね。その前には同じ三人で唯斗くんの家で呑んだしね」

 宅飲みしたから仲が良いという訳ではないのだろうけど。それでも、具体的に仲が良いことを示すとなると、それぐらいしか思い浮かばない。

 よく考えたら、僕と沢城さんは何の話をしているか分かるだろうけど、聴いているリスナーの人たちや、それこそラジオのスタッフの方々は『何の話をしているのかな?』と思うだろう。

「えーっとですね。事は少し前に遡るのですが、前に『このラジオにゲストは来ないんですか?』みたいなメールをもらったことがあるのですが覚えていますかね? その時に、何となく気分が沈んだので、僕が瑠美に声をかけたんです」

「そうだよね。その時に、なんか私がゲストに行きたいって言って、成り行きで宅飲みすることになったんだよね」

「そうですよね。で、その呑みの時に沢城さんと瑠美がお勧めのパン屋さんがあるって言って、それでちょうど一週間前にもう一回三人で呑んだんですよね」

「そうそう、パンを買ってね」

 今日までの間にあった放送の時に話しても良かったけど、何となく沢城さんがくる時までネタとして取っておこうと話していなかった。

「あのー、僕が食べたザラメのついた小さいフランスパンはともかくとして、沢城さんが食べていたメロンパン美味しかったですよね。サクサクしていて、甘さもちょうど良くて」

「うん。私はあれが一番好きなんだよね。なんか、お店の一押しとは違うみたいなんだけどね」

「そうなんですよね。今このラジオを聴いている人に向けて話すと、一週間前に三人で呑んだ時に、沢城さんと瑠美がお勧めのパン屋さんでパンをたくさん買って、そのパンを食べながらお酒を飲んでいたんですけど」

「私の食べていたメロンパンが結構美味しいんだよね」

「そうなんですよ〜。僕も瑠美と半分に割って食べたんですけど、結構美味しかったんですよね」

「お店の一押しはふわふわの食パンだったんだけど、唯斗くんどうだった?」

 どうだったか聞かれると、

「美味しかったです」

 としか答え方がない。

「まあ、確かにふわふわしてて、素材の風味もしっかりと出てはいたんですけど、食パンを食パンのまま食べたのが良くなかったんですかね? 最初の一枚は良いんですけど、だんだん飽きてきましたね」

「ごめんね。私がジャム切らしたあまりに」

「あれは、調子乗ってたくさん使った瑠美に責任があるので、沢城さんは悩まなくて大丈夫です」

 沢城さんが「そぉ?」と聞いてきたから、「もちろんです」と答えておいた。

 沢城さんの家には、飲み始める前の時点ではジャムがあった。

 だけど、瑠美が調子乗ってヨーグルトに入れたらなくなってしまっただけだ。だから、沢城さんは何も責任を感じる必要はないのに。

「まあ、そんな感じで、サクサクとメールを処理していきましょう。今日は沢城さんが来るということで、いつもより、紹介するメールも多いのでね」

「そうね。あの、今私の目の前にメールの束が置いてあるんですけど、ざっと数えた感じだと十通あるのかな? 私はアニメのラジオしかやったことないけど、一回の放送で紹介するメールはここまで多くなかったかな?」

「まあ、普通はそうなんですけどね。多分ですけど、番組初の量じゃないかな、十枚以上のお手紙を読むの」

 スタッフさんに投げかけると、ディレクターが大きく「うん」と頷いた。

「番組スタッフもブースの向こうで頷いていたので、多分初めてなんでしょう。あ、そうだ」

 危うく、説明の機会を逃すところだった。

「今日はですね、沢城さんがゲストに来てくださるということで、僕がビスケットを焼いて来ました。ただ、そのビスケットがイタリアの地方のもので、まあ硬いんですよ。本来ならコーヒーとか紅茶につけてふやかしながら食べるもののはずなんですが、それを知っていてお茶を持って来忘れるという失態を犯しました」

「スタッフの子に買いに行ってもらったんだよね」

「はい。沢城さん、それと買いに行ってくれたADさん、本当にすみませんでした」

 小春ちゃんの名前は伏せておく。いくらスタッフとは言っても、民間人に近いんだから。

「と言うことで、適度に水分補給をしながら、ビスケットを食べながら、今日の番組をやっていきたいと思います。それではCMを挟みます」

 そう言って、カフボックスのレバーを下げる。

「沢城さん、この分だと僕と沢城さんが交互に読んだほうが良いですかね」

「そうだね。私もずっとビスケットを食べる感じになりそうだから、そっちの方が良いかな」

「わかりました。それじゃあ、そんな感じで。もう二十秒ぐらいでCM終わるんで、次のお便りからお願いします」

「分かったよ」

 ひとまず出だしは良い感じだ。

 確か、来ていた手紙の中には沢城さん宛のものもあったから、うまくそれに当たってくれると良いなと思ってしまった。

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