第四話 ラジオのゲスト②

 十分ほど待っていると、ペットボトルを三つ持った小春ちゃんが戻ってきた。

「お待たせしました」

 走ってきたのか、かなり息が上がっていた。

「ありがとう小春さん!」

「いえいえ。これもADの仕事のうちですから」

 沢城さんの謝辞に答えた小春ちゃんは心なしか嬉しそうだった。

 ADは仕事内容が幅広い。それを再認識することになった。

「それで、唯斗さんにはレシートとアイスコーヒーです。きちんと千円札で払っておきました」

「ありがと。それじゃあ」

 そう言って、僕は鞄から財布を取り出す。レシートには572円と書かれていたので、千円札一枚を小春ちゃんに渡す。

「確かに受け取りました。で、こっちがお釣りです」

 先に用意していたのか、スッとお釣りを渡された。

「それじゃあ本番までもう少しなので、私は外にいますね。何かあったら言ってください」

「うん。お疲れ様」

「それじゃあ、また後でね」

 僕と沢城さんがそれぞれ口にする。

 今日は放送作家の方に台本を作ってもらっていた。とは言っても、いつも通りの物にdどんな話題で話して欲しいかが書かれただけだ。

 あまり変わらないような気もするけど、沢城さん的にはやり易いと思う。

 今日は僕と沢城さんとの出会いや、お互いの視点から見た人物像を中心に話す予定だ。その間に曲を流したり、いつもやっているコーナーを挟む予定だ。

「唯斗くん、この台本ってさ、いつもより細かく指定されてる?」

「そうですね。トークテーマとかは勝手に決めさせてもらっていて、打ち合わせで問題がないかの確認だけしてる感じですね」

「そっか……(どうしよう。ラジオってこんなに決まってない物だったっけ? ていうか、唯斗くんって毎朝こんな台本で後十分番組をやっていたの!?)」

 なんとなく沢城さんの考えていることを察してしまい、申し訳なく思った。

 自分でも、五十分間話し続けることに驚いていた。CMや曲を流したり、お便りを読んでいるとは言っても、話続けられる能力はある意味すごいと思う。

「本番十秒前です」

 ディレクターから指示が飛んできた。

 気持ちを切り替えて、ヘッドホンをつけたり、喉の調子を確認したりする。

 カウントされるのを見て、ゼロになったタイミングでカフボックスのレバーをあげる。

「みなさん、おはようございます。GBプログラムFM、朝の七時十分からは声優、歌手などのアーティストとして活動しています茜音唯斗がお送りします。番組名は『茜音唯斗のしたいこと』。ハッシュタグはカタカナで『アカシタ』です。メッセージは番組ホームページ、もしくはハッシュタグをつけてツイートしてくださいね!さて、今日は以前から予告していた通り、ゲストの方が来ています。後ほど紹介させていただくので、少しお待ちください。それrでは、今日はこの曲を聴いてもらおうと思います。雨のパレードで『Summer Time Magic』です。どうぞ」

 レバーを下げると、曲が流れ始めた。

 ちょうど今は梅雨の時期。最近見つけたこの曲は、ちょうど今の時期にぴったりだと思い選曲した。

「沢城さん、僕が合図を送るので、そこから話し始めてもらえますか?」

「分かったわ。にしても、この曲いい曲だね」

「ですよね!」

 心の中で、この後のトークはこの話をしようと決めた。

 1番のサビが終わり、間奏のところで曲の音量を下げて話し始める。

「お聞きいただいているのは雨のパレードで『Summer Time Magic』です。さて、早速この曲について話して行きたいところではありますが、その前に今日のゲストの方に登場してもらいましょう。今日のゲストはこの方です」

 そういうと同時に沢城さんに合図を送る。

「みなさんおはようございます。唯斗くんと同じ声優をやらせてもらっています沢城みつきです。よろしくお願いします」

 良いタイミングだった、

「よろしくお願いします。まあ、本当は沢城さんについて紹介していくべきなのでしょうが、今日は事前に集めていたお便りがあるので、その時に聞いていきたいと思います。ということで、早速ですが、この曲良くないですか?」

 既に二番の後半に入っていたが、小さい音で流し続けていた。

「良いと思う。その……、ちょっと色褪せた写真を見るみたいな気持ちになって、私は好きだよ」

「なんとなく分かります。静かなんだけど、寂しさもあって、それでいて曲はアップテンポだからこそ、寂しさとかが前に出てこない、みたいな感じですよ」

「うん。そんな感じ。というか、よく考えてみたら、ラジオパーソナリティがこんなよくわかんないこと言っているのはどうかと思うんだけどね」

 確かに、僕と沢城さんが言っていたのは『悲しい』とか『嬉しい』とかの分かりやすいコメントじゃなくて、抽象的とまではいかないけど、分かりにくい表現なことに変わりはない。

 とは言っても、今の自分が感じたままのことを言っただけだから、一番伝わりやすいと思う。それに、この曲の持つ空気感を表現する分かりやすい言葉を知らないから仕方ない気がしてきた。

「まあ、僕たちの感想を聞きながら、この曲を聞けば大体わかる気がするので良いんじゃないですか?」

 僕がそう言うと、沢城さんは少しだけ考えてから言った。

「それもそうね」

「ということで、この曲のラストまで聞いてから始めていこうと思います……」

「それでは残り少しですがお聞きください」

 僕がどういう風に言葉を続けようか悩んでいると、沢城さんが助け舟を出してくれた。

 カフボックスのレバーを下げると、ミキサーの方が曲の音量を上げてくれた。

 自分たちの声が入っていないことを確認してから、沢城さんに「ありがとうございます」と言った。

「まあ、あそこかあら言葉を繋げようとすると難しいよね。次回からの参考にすれば良いからね」

 と言ってもらえた。

 流石、僕よりも長く声優としての仕事をこなしてきた人だなと思った。

 最近のアニメは放送と同時進行でウェブラジオを作ることが多い。一種の宣伝なのかは分からないけど。当然、沢城さんは何度もそう言ったラジオをやって来ている。

 それを言っちゃうと僕の立場がなくなるような気がする。

 そういえば、沢城さんが中心になって喋っていると、何故か会話が途切れない。

 なんでなのかな?

 そんなことを考えている内に曲もラスサビを通り越してラストの間奏に入っていた。この後に歌唱部分がないから、終奏になるのかな?

 だんだんと音がフェードアウトし始めたところで沢城さんに目配せする。

 僕が先にレバーをあげて話し始める。

「みなさんにお聞きいただいたのは雨のパレードで『Summer Time Magic』でした。さて、コーナーに入る前に、今日のゲスト、沢城さんを改めて紹介させてもらいます」

 こうして、番組は順調に始まっていった。

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