第四話 ラジオのゲスト
「おはようございます」
いつも通り、番組の始まる一時間ほど前に来て用意をする。その場にいるスタッフさんたちに一声かけてから、ブースに入る。
今日はいつもと同じラジオだ。
だけど、少し違うところがある。
それは、今日の放送にゲストがくること。そして、そのゲストが有名な沢城みつきだということだった。
鞄の中から水や手帳など、必要なものを出していく。そして、昨日の夜に用意したタッパーも忘れずに出した。
「おはようございます。唯斗さん、今日も頑張りましょうね!」
「うん。よろしく、小春ちゃん」
担当ADの小春ちゃんが入ってきた。彼女と今日の番組内で使う曲などの打ち合わせをする。
それが一区切りついたところで、小春ちゃんが口を開いた。
「ところで、そのタッパーに入っているものはなんですか?」
「これはね、また後でのお楽しみにしてね」
いつもは持ってくることもないけれど、どうせだからと持ってきてしまった。
僕は嬉しそうに話していても、小春ちゃんは『はぁ……?』と、首を傾げるしかないみたいだ。
そうこうしているうちに、時刻は六時四十分になった。ちょうど番組開始の三十分前。そんな時に沢城さんは颯爽と入ってきた。
「おはよう、唯斗くん」
「おはようございます」
沢城さんは僕が座っているのとは逆側の椅子に腰掛けた。
「いやー、朝早いね、この番組」
「そうですねえ。開始が七時十分からなので、それよりも前にスタジオに来ていなくちゃいけないですからね」
そんな感じで一言、二言話してから、タイミングを見計らっていた小春ちゃんが沢城さんに番組の流れを説明し始める。
その間に、僕は僕で小説を読み進めたりしておく。これは明日か明後日のラジオで使うネタにするためだ。
ただでさえ週五回で一回あたり五十分の番組なのだから、どうしてもネタが尽きかねない。それを防ぐためにも、日々ネタを探すしかない。
まあ、そうは言っても、躍起になってネタを探しても見つからない時は見つからないもの。だから、こう言った小説の紹介や読後報告みたいなネタとして準備しやすいものは、できるだけ準備する。そう決めていた。
「それじゃあ、他にわからないことがあれば唯斗さんに聞いてください。私が答えるよりも参考になると思うので。それでは失礼します」
そう言って、小春ちゃんはブースを出て行った。さっき使う曲の話もしたから、多分倉庫にCDを取りに行ったのだろう。
「それにしても、朝七時からニュースでもなんでもない番組を帯でやるなんて、この会社も奇抜なことを考えるよね」
それは自分も思っていたことだった。
一般的なテレビ局では、この時間帯にニュースを流しているはずだ。日本放送協会みたいに何かに特化しているのなら別として。多分だけど、それはラジオにも言えることのはずだ。
通常ならあり得ないことだと考えるのが普通だろう。
一般論ならそうなる。
「まあ、僕としては仕事があるだけ嬉しいですけどね」
一般論と本音は別になることもったある。特に、お金が絡むと。
「それもそうね。そう言えば、この局って他にどんな番組をやっているのかしら?」
確かにそれは気になる。
この局にお世話になり始めてからそれなりに経つけど、他の番組のことまで知っているわけではない。
それどころか、ほとんど知らないだろう。
「まあ、良いか。そんなこと気にしていても仕方がないし」
それでも、悩んだところでどうしようもないことはある。だから、沢城さんみたいに考えるのをやめたほうが良いのかもしれない。
「そう言えば、なんかクッキーでも置いてあるの?」
沢城さんが鼻をクンクンとさせながら聞いてきた。
「実は、今日の放送用にと思って、ビスコッティを焼いてきました」
ビスコッティとは、いわゆるビスケットのこと。その中でもイタリアのトスカーナ州にあるプラートという町で作られた地方菓子で、『カントゥッチ』と呼ばれたりもする。
特徴はイタリアで作られるビスケットの中で一番硬いこと。それは、二度焼きすることで記事に含まれる水分を飛ばしているかららしい。だから、食べる時はそのままではなく、カフェラッテや紅茶に浸して食べる。
「なんだか急に紅茶が欲しくなってきたね」
「イタリアのお菓子なので、カフェラッテかカフェーーエスプレッソのことーー当たりの方が合う気がしますけど」
「それもそうだね」
沢城さんも、僕と同じく『郷に入れば郷に従え』の精神が働くようだ。あっさりと頷いた。
「そう言えば、このブースって食事大丈夫なところ?」
「汚さなければ大丈夫ですよ」
その声は小春ちゃんのものだった。どうやら、CDの調達を終えて戻ってきたようだった。
いつからブースの中にいたのか気になる。
「どうせ番組終わりにスタッフで掃除をするので。だから、落ちにくい汚れじゃなければ大体大丈夫ですよ」
「ありがと。あ、本番前だし、小春ちゃんも食べる?」
僕がタッパーを差し出すと、小春ちゃんは迷った末にコクンと頷いてタッパーに手を伸ばした。
触れた一枚を摘み上げてそのままパクリと食べる。
「……」
「……カ、カタイ」
どうやら、ブースに入ってきたのは沢城さんが『このブースって食事大丈夫なところ?』と言ったあたりらしい。
そのまま食べるとは思わなかったけど、よくよく考えてみたら、外見は普通のビスケット。違っても厚めのクッキー当たりにしか見えない。見た目だけなら柔らかそうに見えても仕方がない気がする。
「でも、コーヒーと一緒なら悪くないかも」
何も情報がない中で、よくまあ的確な答えを出すなと感心した。
「ど、どうかしました?」
その言葉で、自分と沢城さんが小春ちゃんを見つめていたことに気がついた。
「ごめん。いや、なんか、小春ちゃんってすごいなと思って」
「私も」
沢城さんも同じことを考えていたみたいだ。
「そ、そうなんですかね……」
小春ちゃんはどう反応して良いか戸惑っているようだった。
自分自身、どう小春ちゃんをフォローして良いかわからずにいた。
「そう言えば……」
そう言って小春ちゃんは時計を確認した。
「放送の中でこのクッキーを食べるなら、何か飲み物を買ってきましょうか?」
「あ……」
自分で、このクッキーは飲料に浸して食べるものだとわかっていたはずなのに、沢城さんに言うのを忘れていた。
「唯斗くん、もしかして忘れていた?」
「すみません」
沢城さんは察したようだった。
「小春ちゃん、お願いできる?」
「わかりました。こう言うのもADの仕事のうちなので。それじゃあ、今日は暑いですし、アイスコーヒーでも買ってきましょうか?」
「うん。私はそれでお願い。唯斗くんは?」
「……同じもので」
「せっかくだから、小春さんも何かお茶でも買っておいで。唯斗くんの奢りで」
今日は自分に責任があるので、千円もいかない程度の出費で済むなら御の字だと思って、『うん』と頷く。
「それじゃあ、私立て替えますね」
「はい。お願いします。できれば、千円札だけで払ってもらえると嬉しいです」
建て替えの時によくある問題を未然に防ぐためにも、そうお願いする。小春ちゃんはその意味を汲み取ったようで、「了解しました」と言ってブースを出て行った。
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