幕間 ある日の輝央
朝は唐突にやってくる。
気持ちよく夢を見ていても、唐突にその夢が断ち切られる。
例えば、そう。今お腹の上に乗っている飼い猫とかによって。
「ニャン太さん、重い」
そんなのは関係ない見たいで、むしろ、さらにいじけて僕のお腹の上で位置変更を始めた。
そう言えば、今日も学校に行かなくちゃならないんだった。正直、学校に行くのはあまり気が進まない。行くだけで疲れるし、自分とは反りの泡なさそうな人たちが多かったりして嫌だ。まあ、授業を受けないと単位を取れないし、教師陣はそこまで悪くないから良いけど。
「ニャン太さん、そろそろ降りてもらえますか。僕は学校に行かなきゃ、いけないみたいだから」
そう言って、無理やりニャン太さんをお腹の上から降ろした。目覚まし時計は午前四時半を示していた。お弁当を作るには早すぎるけど、もう少し寝るのが少し怖くなる時間。今からお弁当を作り始めても構わないのだろうけど、r両親ともにまだ寝ている時間だから、できれば起こしたくない。
どうしようかと少し考えていると、ふと視界の端に充電コードが装着されたままのスマホが目に入った。
充電はもちろん満タンになっていた。設定のアプリでバッテリーの状態という欄を見る。そこには、92%という表示が出ていた。
新しくなってからまだ一年ほどしか経っていない。親からは『多分この先ずっと使い続けると思う』というコメントをもらっているから、正直心配。
バッテリーの交換をしてもらえば良いのだろうけど、こういうのって、専門のお店だったりにいけなきゃいけないから、なんとなく億劫に感じる。
「まあ良いや。タブレットでweb小説でも読んでよ」
小声でそう言って、それから部屋の電気をつける。
タブレットは昨日と同じ場所、部屋の真ん中のちゃぶ台的な机の上にあった。それを手に取って、更新された話を読み始めた。
時計の針は七時半を示していた。
そろそろ学校に行かないと遅刻する時間。結局、web小説を読んでから、五時になったのを見計らって弁当を作り、そのついでに朝食を作った。それと合わせて、朝食を食べ終わったのが六時を少し回ったところ。
それから歯を磨いたり、顔を洗ったり、制服を着たりした。学校の用意も終わらせて時計を見ると、まだ六時半を過ぎたばかりだった。
放送しているのが平日の朝だろうと、兄さんの番組は聞きたい。だから、あと三十分は何かしていなくちゃいけなかった。
気は進まないけど、やっておいて損はないので、数学の問題集に手をつける。
それを五問程度解くと、ちょうどよく七時になった。放送は七時十分からだけど、登校中もラジオを聞くからと、あとは背負ってしめば良い状態まで荷物をまとめておく。もちろん、ラジオの電源を入れるために遅れたなんてことがないように、ラジオの電源はつけてある。
ラジオとは言っても、箱型の大きいものではなくて、ICレコーダーなんかに付属している機能のものを使っている。
それをベッドの上に置いてウキウキとしながら待っていると、ラジオの放送曲が入ったジングルが流れた来た。いそいそと、用意していたヘッドホンをラジオにつけて、自分も耳にあてがう。
『みなさん、おはようございます。GBプログラムFM、朝の七時十分からは声優、歌手などのアーティストとして活動しています茜音唯斗がお送りします。番組名は『茜音唯斗のしたいこと』。ハッシュタグはカタカナで『アカシタ』です。メッセージは番組ホームページ、もしくはハッシュタグをつけてツイートしてくださいね!さて、トークに入る前に皆さんにお聞きしてもらいたいのは、歌い手として活動中の人気クリエーター、まふまふさんで『ノンタイトル』です。それではお聞きください。どうぞ』
兄さんの声がフェードアウトして、代わりに曲が流れ始める。
朝、どれだけの人がラジオを聴いているかわからない世の中で、この時間帯に声優がMCをするのはかなり珍しいと思う。しかも、帯番組となると、よほど人気で知名度がないとできないと思う。
SNSを見ている限りだと、多いのは女性だけど、僕が知っているだけでも二十人ほどが聞いている。
それがちょっと嬉しかったりする。
なんとなく、今耳元で流れている曲が今朝のこの空気と重なっている気がした。
どこか現実ではないような感じがして、どこか寂しげな、ノスタルジックな感じがして。差し込む朝日に照らされた部屋。それがどこか輝いて見えるのに、どこか自分とは違う世界のもののように見えてくる。
曲の間奏まで聞いて、それからリュックとサイドバックを持つ。
このままラジオを聴いていると学校に遅刻する気がして、だから、いつもよりゆっくりと歩いて学校に行こうと思った。
兄さんの番組は八時まである。だから、早すぎるとラジオが終わる前に電源を切らなきゃいけなくなる。いつもなら、三十分に出て、学校に着く直前ぐらいで番組が終わるけど、今日はだいぶゆっくり歩るかないといけない。何しろ、二十分も早く家を出たんだから。
今日は少し涼しいとは言っても、もう六月も後半になったから、暑くないとは言い難い。特に、立ち止まると風が弱く感じてしまって、体にまとわりつく汗に気持ち悪さを感じる。
そんな事を頭の隅で考えながらも、兄さんが楽しそうに喋るのを聞く。
多分、僕は兄さんが楽しそうに喋っているのを聞くのが楽しいんだと思う。
兄さんと喋るのは好きだし、兄さんに構ってもらうのはものすごく嬉しい。
だけど、兄さんに構ってもらえることよりも、兄さんが楽しく笑っているのを見るのが好きなんだと思う。
それはもしかしたら変な見方なのかもしれない。
でも、例えば恋愛小説で主人公が相手のちょっとした仕草を好きになるのと同じなんだと思う。もしかしたら、ほんの少しは推しにはずっと笑顔でいてほしいというファン精神が働いているのかもしれない。
まあ、そんなことは僕の心の中だけでわかっていれば良いかな。
そう思って仕舞えば、もう考えるのをやめていた。
スクランブル交差点のところで、信号が青になるのを待っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこには
片耳のヘッドホンを外そうと手をかけると、陸斗が手で静止て来た。
さすが幼馴染み。よく分かっているなと思いながらそのまま前を向く。すると、陸斗が僕の隣に来た。
陸斗は小学校から今の高校までずっと一緒の学校にいる幼馴染みだ。流石にクラスが同じになることは高校では叶わなかったけど、それでも、こうして行きの道すがらに僕を見つけると肩を叩いてくる。
お互い、どんな趣味なのかはだいたい分かっているし、どんな考えか、今何を求めているかがわかる。だからこそ、『肩を叩く』だけで挨拶を済ませるし、僕が行きの道でラジオを聴いていても、よほどのことがなければ邪魔をしてこない。
それに甘えて、遠慮なくラジオを聴いている僕もどうかと思うけど。まあ、陸斗も許してくれているし、良いかなと思っている。
目の前の信号が青に変わったから、歩き出すと、陸斗は最初は若干早めた歩調を緩めて、僕に合わせてくれた。
そのままの歩調で歩いていると、学校からほんの少し離れた坂のところで番組が終わった。
学校の先生達と鉢合わせると面倒だから、さっと鞄にヘッドホンとICレコーダーをしまう。
「輝央、おはよ」
「陸斗も、おはよ。ごめんね、なんか、ずっとラジオを聴いてて」
「それは大丈夫。さっきまでお兄さんの番組がやっていたんだろ? 事情はよく知っている」
「本当にご迷惑をおかけします」
律儀な陸斗は、済ませたはずの挨拶をもう一回してきた。ずっと挨拶しようと思っていたのか、我慢から解放されたのか、陸斗はほっとしているようだった。
「まあ、俺ぐらいしか見たことない輝央の顔をずっと眺めていられたから。逆に儲けた、みたいな感じかな」
その言葉を聞いて、陸斗がふざけているのか、それとも真面目に言っているのかを考えた。
でも、正直、陸斗は感情があまり顔に出ないタイプだから、よくわからなかった。
とりあえず、考えるのはやめて、こう言った。
「そろそろ学校まで走ろ」
「そうだな」
そう言って、二人で走り始めた。
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