第三話 アフレコ現場で雑談を⑤

 食材を一通り買い終えれば、あとは家に向かうだけだった。

 結局、今日のお品書きは『新ジャガと新タマのキッシュ風オムレツ』、『鯛のカルパッチョ』、『パエリア』、『ふきとうの胡麻和え』、『筑前煮』、『ピリ辛こんにゃく』、『きんぴらゴボウ』、そして、二日酔い予防の『しじみの味噌汁』だ。カルパッチョとパエリアは今日のメイン料理として、あとは作り置き用の一部を食べる感じだ。だから、いつもより少しだけ量を多く作るつもりっでいる。

 平日はいつも朝早くに家を出なきゃならない。だから、必然的に前日はあまり夜更かしをしない。

 そして、料理を作れるスキルがあるのに、何かと理由をつけて買って来た物を食べるようになるのが怖いから。

 だから、早く仕事が終わる時に作り置きをたくさん作って、いつもはそれを食べるようにしていた。これがそれなりに楽しくて、その上、最近はいろんな『作り置き料理』のレシピ本とかが出始めて重宝している。

 何度もやっているうちに分かったことだが、一食分を作るよりも、何食分も一気に作った方が調理の手間も省けて楽だったりする。

 家の近くにある駐車場に沢城さんが車を止めた。

 それから、二人で手分けして食材や酒達を持って運ぶ。

「お邪魔しまーす」

「どうぞ。こまめに掃除はしているので綺麗だと思いますが、一応スリッパをどうぞ」

「あ、ありがと」

 一足先に玄関を上がって、台所に荷物を置く。それから玄関に戻って、沢城さんの持っていた分を持って台所においた。

「唯斗くんって、家具とかこだわるタイプ?」

 声のした方を見ると、沢城さんがソファーを繁々しげしげと眺めていた。

「確かに、それなりにこだわりますけど、そこにお金をかけたくないので中古とか処分セールとかで買ったものが多いですね」

「へぇ〜」

「沢城さん、疲れましたよね?冷たい水かお茶ならすぐに出せますけど」

「それじゃあ、水をお願い」

 言われた通り、水を透明なグラスに注いで出す。そのついでにソファーを勧める。

 沢城さんが座ったのを確認してから、一旦、食材を冷蔵庫に入れてしまう。そうしたら自分の分のお茶を入れて飲む。

「唯斗くん、私も調理手伝った方が良い?」

「できたらお願いしたいですけど、沢城さんはどれを作りますか?」

 沢城さんは少し考えてから、「味噌汁とパエリアかな?」と言っていた。

「それじゃあ、そっちは任せますね」

 部屋の時計を見ると、午後四時を少し過ぎたところだった。

「それじゃあ、先に僕が作る分を片付けておきますね。その間に沢城さんは休んでいてもらって大丈夫ですよ」

「そう?それなら、少し休ませてもらうね」

 そう言って、沢城さんはバッグからイヤホンを取り出して、スマホに繋いだ。動画を見ているか曲を聴いているかと言ったところかな。

 部屋にかけてあるエプロンを身につけて台所に戻る。

 今から作るのはカルパッチョ以外の五品だ。カルパッチョに使う鯛はお刺身用の切り身で売られていたものを買ってきた。そして、できれば食べ始める直前に作りたいので、まだ作らずに他から作る。

 作る手順は、新ジャガと新タマのキッシュから始めて、煮込みの関係で時間のかかる筑前煮、そのあとは手直にあったものを調理していく感じになる。

 もう何度も作っているせいか、慣れたもので、ぱっぱと野菜を切り終えていく。みるみる内に冷蔵庫の中が空いていく。今度は、冷蔵庫の代わりに埋まってきた調理台の上を片付ける。

 一つ一つ丁寧に、かと言って手早く終わらせていく。

 全てのコンロを駆使して作っていると、いつの間にか沢城さんが僕の後ろに立っていた。

「どうしました?」

「あ、うん。向こうでアニメ見ていたら、だんだん美味しそうな匂いが漂ってきたから。ちょっと見学させてもらうね」

 時計を見ると、既に一時間程度経っていた。お昼は食べたとは言っても、そろそろお腹が空いてくる時間帯なのは間違いない。

「どうぞ。あと、もう少しで作り終わるので、終わったらパエリアとかの方をお願いします」

「うん」

 ちょうど良くキッシュが焼き終わったようだ。キッシュを焼いていたオーブンが音を立てた。筑前煮は既に冷ましの工程に入っている。他ももう少しすれば火からおろして終わりだ。

 くんくん、と匂いを嗅ぐと、確かにいい匂いがするのがわかる。

 思わず、自分のお腹がなってしまった。心なしか顔が熱い気がする。幸い、調理音で沢城さんには聞こえていなかったみたいだ。

 それに、少しだけ安堵してしまったのは仕方ないだろう。



 野菜のクズを捨てて、調理代の上を綺麗にし終わると、後ろで立っていた沢城さんが袖をまくって待っていた。

「それじゃあ、私の方も始めちゃうね」

「お願いします。それと、明日の朝も早いので、沢城さんが調理している間にシャワー浴びてきますね。何かあればドア越しに声をかけてくださればお教えしますので」

 沢城さんには申し訳ないと思っている。それっでも、このまま呑み会に突入すると、いつもよりも寝るのが遅くなりかねないから時間があるときに先に入ってしまいたい。

 そんな事情は良く共演する人たちの間では暗黙の了解と化していた。

 だから、平日の収録終わりに呑みに行くことはほとんどないが、日を改めた土日に呑みに行く時はできるだけ参加させてもらっている。

 その度に申し訳なくなるのは否めないけど、ラジオが朝七時からあるんだから仕方がない。と、自分の中では割り切っている。

 浴槽に温かいお湯を貯め始めてから、部屋に戻って替えの下着を持つ。そして、浴室に入って熱めのシャワーを体にかける。



 お風呂から出ると、沢城さんは味噌汁を作っているところだった。

「お、おかえり。唯斗くん、少しパエリアの具合を見てくれない?」

「わかりました」

 パエリアを作っていると思しきフライパンは一つしかなかったので分かり易かった。蓋を開けると、エビとアサリの匂いが、鼻を抜けた。まだ少し水っぽいが、米にサフランの黄色が移っていて、美味しそうだった。

「大丈夫そうですよ」

「そう?」

 沢城さんは少し嬉しそうだった。

「それじゃあ、僕はカルパッチョの盛り付けをしてきます」

 冷蔵庫から、鯛の切り物乗ったトレーを出す。そのほかに、塩、胡椒、オリーブオイル、冷蔵庫に残っていたスダチを取り出す。

 オーソドックスなカルパッチョにはレモンが使われることが多い。

 しかし、スダチも柑橘類の仲間に間違いなく、レモンのような酸味もあるため、そこまで違いはないはずだ。

 それらをテーブルに持っていく。

 まずは鯛の切り身を適当な平皿に盛り付ける。この時、ソースが絡まるように、できるだけ重ねないでおいたほうが良いのだとか。

 並べ終われば、塩、オリーブオイル、胡椒、スダチの順にかけていく。かける順番に決まりはなさそうだけど、胡椒のように液体で流れやすいものはできつだけ後にかける。塩は下味的なものだから最初にかけているけど。

 そうしたら、他の料理も徐々にテーブルに並べていく。

 大量に作った作り置き用の惣菜たちを、深めのお皿に盛り付けていく。そして、おつまみで定番の塩茹でえんどうやなんかも出していく。パエリアを置くスペースを残して程よく埋まったところで、惣菜を出すのをやめる。あとは足りなくなった時に出せば良い。

「唯斗くん、パエリアはもう出して良いと思うから、持っていって」

「わかりました」

 火からおろしたばかりで、焼ける音を出し続けているフライパンと鍋敷きを一緒に持っていく。開けておいたスペースに鍋敷きを置いて、その上にフライパンを置く。

 そういえば取り皿を出し忘れていたなと思って立ち上がると、丁度よく玄関のチャイムが鳴った。流石に沢城さんに出てもらう訳にはいかないので、玄関に向かう。

「どちら……」

「唯斗!来たよ!」

 玄関の扉を開けると、元気の良い瑠美が立っていた。

「瑠美、手を洗って、料理を並べてあるローテーブルに座ってて」

「わかった」

 何度か家に来たことのある瑠美は躊躇なく部屋の中に入って行った。

「あ、沢城さん。お久しぶりです」

「あら、瑠美ちゃん。もう収録は終わったの?」

「はい」

「そう。もう大体の用意はできているから、どうしましょう」

 沢城さんが悩んでいたので、座っているように伝えたと話した。

「あら、そうなのね。それと、唯斗くん、お味噌汁はどうしようかしら?」

「最初の内はなくても良いんじゃないかと。料理が少なくなってきたところで出せば良いと思う」

 沢城さんも僕の意見に賛同してくれたのか、大きく頷いた。

「それじゃあ、もうみんなで呑みましょうよ!唯斗、お酒はあるんだよね?」

「あるよ。あまり度数は強くないけど」

「沢城さんも早く席に座っちゃいましょ」

 瑠美がいるとそれだけで場の雰囲気が和むけれど、なんとなくパシリのように扱われているような気がした。

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