第三話 アフレコ現場で雑談を③

 アフレコに一区切りがつき、今は製作陣が音の確認をしているところだった。音を確認してから、修正しなきゃいけないところをその場面だけ取り直したりする。

 でも、音響監督の方を中心としたスタッフの方々が音を確認している間は声優陣が暇だった。

「そうだ。瑠美に知らせておかなきゃ」

 唐突に今朝のことを思い出した。特に連絡する必要もないのだけど、どうせ飲むなら楽しい方が良いし、瑠美もテンションを上げて飲みに入れると思うから事情が変わったことを伝えようと思った。

「どうしたの、唯斗くん?」

 横で午後の紅茶を飲んでいた沢城さんが声をかけてきた。どうせだからと、今朝あった諸々の事情を話す。

「あ〜あ。だから、やけに嬉しそうだったんだ」

 あの後、二人のキャラクターだけが話すシーンを撮る関係で、他の声優陣はブースの外で休憩していた時に、沢城さんがマネージャーに確認した。その時に事務所から許可が出たらしいので、正式にゲストとして出てもらうことが決定した。まだ不明な日程の箇所があるから、実際にゲストとしてラジオに参加するのはもう少し後になるそうだ。

「そうなんですよ。それで、仕事終わったら飲もうって話していた瑠美に、報告しておこうかと思って」

 瑠美には、今日の呑みは『ちょっとお酒に酔いたい』、つまり、少し辛いことがあったから、お酒を飲んで少し楽になりたいと伝えていた。それが嬉しいことに変わったのだから報告しておきたい。

「そっか。そういえば、瑠美ちゃんと唯斗くんって同じ事務所だったね。同期だっけ?」

「そうです」

 沢城さんがこまめに飲んでいる午後の紅茶を見て、久しぶりに自分も飲みたいなと思った。沢城さんが飲んでいるのはストレートの方だけど、個人的にはレモンも捨て難かった。

「そっか……それならさ、私もその呑みに参加しても良い?」

「……え?」

 いらないことを考えていたからか、沢城さんが言ったことへの反応が一瞬遅れた。

「あ、邪魔なら良いの。なんとなく、久しぶりに瑠美と喋りたいなと思っちゃって」

「あ、え。良いですけど、僕の家で宅飲みしようって言っていたんですけど、大丈夫ですか?」

 瑠美にはすでに伝えてあるからともかくとして、沢城さんは女性だから気にするかなと思って、確認する。

「まあ、唯斗くんは良く知っているし、多分大丈夫だよ! それに、瑠美と一緒に帰れば、週刊誌のネタにされようにも、『ただの飲み会だろう』で終わるだろうから。安心して」

「沢城さんが大丈夫なら良いですけど。一応、瑠美にも確認しておきますね」

 そう言って、人気のないところまで行って、瑠美に連絡する。念のため、LINEで電話しても良いかだけ確認をとる。LINEにメッセージを送ってから、それほど経たずに、瑠美の方から電話がかかってきた。

「もしもし、唯斗? どうしたの?」

「今大丈夫だった?」

「大丈夫だけど、そろそろ休憩が終わると思うから、手短にお願い」

 それなら、説明を省いて質問と事実を伝えれば良いかな?

「あのさ、今朝言っていた呑みについてだけど、問題がなくなったから、楽しい感じになります」

「あ、うん。それは良かったけど」

「説明するとめんどくさいから、後で話すね」

 空気を読んでくれたのか、瑠美は『分かった』とだけ返事した。

「で、瑠美に聞いておきたいことがあるんだけど、さっきポロッと呑みの話をしたら、沢城さんも来たくなったらしくて。それで、瑠美に沢城さんが来ても大丈夫か確認取っておこうと思って」

 元々、二人で呑む予定だったから、確認は取っておいた方が良いと思っての行動だ。

 ーー仲は悪くないはずだけど……。

 そう思っていると、瑠美はさも当然のように言った。

「え? 沢城さんは無条件で来て良いに決まっているじゃん」

「あ、うん」

 その時思い出したのは、昔、同期だけで話していた時に、好きな声優について話していたことがあった。その時、瑠美は『沢城さんが女性声優の中で一番声が良い』と言っていた。

「それじゃあ、沢城さんに伝えておくね」

「うん。お願い」

 電話口の奥の方から『瑠美ちゃ〜ん。そろそろ休憩終わるよ』と言う声が聞こえた。

「分かった! あ、ごめん。呼ばれたから切るね」

 そう言って、瑠美が電話を切った。

「さて、僕もそろそろ戻ろうかな」

 さっき他の声優さん達とたむろしていたところまで戻った。途中、午後の紅茶のレモンティーが売られている自販機を見つけて、買ってしまう。

 戻ると、僕のことを待っていてくれたのか、沢城さんが「どうだった?」と聞いてきた。

「大丈夫だそうです。それどころか、沢城さんは無条件で呑みに参加しても良いそうです」

「はは、何それ」

 沢城さんは瑠美が言っている姿を想像したらしく、くつくつと笑っていた。

「じゃあ、私も呑みに参加させてもらうってことで。で、唯斗くんの家に行けば良いんだっけ?」

「はい。えっと、どうしますか?駅で待っていてもらえれば、僕か瑠美が迎えにいくなり一緒に行くなりすると思いますが」

 その後、沢城さんは少しだけ悩んだ。その後、スマホを鞄から取り出して、手帳と照らし合わせている。

「私、今日はこの現場が終われば何もないんだけど、唯斗くんは仕事ある?」

 奇遇にも、沢城さんもこの現場だけで終わりだった。

「僕もこの現場が終われば今日はないです」

「そっか〜……。近くに駐車場あるなら、私の車で行くけど」

 沢城さんに言われて、家の周りの駐車場を思い出してみる。えっと、まずはスーーパーにあるでしょ。パーキングエリアもある。あ!

「あるはずです。僕の住んでいる所に駐車場も併設されているので、そこなら止められます」

「そっか。なら、私の車で行くってことで良い?」

「お願いします」

「オッケー」



 その後は、僕が沢城さんのLINEに住所と近隣の地図を送ったり、沢城さんにおつまみのリクエストを聞いたりしていた。沢城さんは意外とイタリア料理が好きらしく、生ハムとか、魚介系の料理などが上がった。

「僕、養殖で魚介類ってあまり作らないんですよね。それこそ、パエリアとカルパッチョぐらいしか作ったことがないんですよ」

「ちょっと待って。今時の男の子って、『僕、カルパッチョ作りますよ』とか言ってるの?」

「さあ?」

「まあ、その二つ作れたら、お洒落だから、良いんじゃない? あとは、焼き貝とかになるかな?」

 焼き貝か。そういえば、ムール貝とかって結構美味しいんだよね。イタリアのイメージが最初あったけど、フランスで食べた時はすごい美味しかったな。

「う〜ん。美味しいのは分かるんですけど、焼くとなると、どうしても匂いが気になりますね」

「まあ、確かに。私も、魚とかエビは焼くけど、貝は匂いが怖くて焼かないな」

「それじゃあ、貝はスーパーに調理してあるものがあったらと言うことで」

「そうね」

 美味しい料理よりも、匂いのことを気にしてくれるあたり、沢城さんは女性の感性をしているなと思う。

 いつもは、少し低めのカッコ良い声を聞いているから、なんとなくギャップを感じる。

 二人で楽しく話していると、音響監督が出てきて、ガヤと一部の台詞の取り直しを伝えにきた。

 僕と沢城さんはガヤだけだったので、二人で何をガヤで話すか決めていた。そうすると、さっきの話の流れで、必然的におつまみの話になってしまった。監督が何も異論を唱えずにOKを出したので、使われることになった。

 まあ、このアニメの舞台が現代日本だから良かったのだろう。

 それに、ガヤはかなり音量が小さくなっているので、作品にはあまり影響しない。しかも、今日この場にいるキャスト全員が一斉に喋るのだから、僕と沢城さんがおつまみの話で盛り上がっていても作品的には大丈夫なはずだ。

 まあ、ガヤを撮り終わったところで、近くで別の方達と喋っていた神谷さんが『唯斗、みつき、なんでお前達はおつまみの話をしてたんだよ! どうせなら俺も混ぜてくれよ』と言っていたことはまた別の話だ。

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