第三話 アフレコ現場で雑談を

 よく考えたら、今日あったことは全部朝のあれから始まっているのかもしれない。

 そう思ったのは家に帰る途中だった。

 夕日が綺麗だなと思いながら、帰り道の途中にある坂を歩く。

 両手で持った買い物袋が重くて、早く家につかないかなと思う。

 けど、そんなことよりも、引っかかることがある。……なんとなく、だけど。

 そのがものすごく引っかかる。



 ラジオの後半、『唯斗が聴きます!』のコーナーが始まる前。

 あの日から小春さんはよく周りに頼るようになった。もちろん、小春さんは僕にもだいぶ打ち解けたみたいだ。まあ、一週間ずっと同じ時間帯に顔を合わせればそうなるのは分かっていたんだけど。

「唯斗さん。今日来たメールです。後半も頑張ってくださいね」

 そう言って、小春さんはブースから出て行った。もう五月も終わるっていうのに、長袖のパーカーを着ているのがどこか可愛らしい。

「しかも、なんかわからないけど、輝央にしてるみたいにしそうになるんだよな」

 思わずため息まじりに漏らしてしまう。

 背格好が近いからか、それともパーカーのフードがポンポンと上下に跳ねているからか。なんとなく煇央と接する時みたいに頭を撫でたくなる。

 でも、流石に、多少打ち解けたとは言っても、二歳年上の男に撫でられるのは女の子的にもどうかと思うので、まだ撫でたことはない。というよりも、まだ信用を失いたくない。

「まあ、こんなことで悩んでたら、どうしようもないよな」

 そう思って、手元にあるメールにざっと目を通す。今日は特に話題がないから、このコーナーの時間を長めに取るつもりでいた。

 来ているのは、一、二、三枚か。これなら多分いけると思う。

 本番前の指令が出たので、席に着く。

「さて、始めますか」

 決意を決めて、カフレバーを上に上げる。

「現在の時刻は、七時二十五分。今日はあまりネタがないので、早速コーナーに入りたいと思います。それでは行きましょう。『唯斗が聴きます!』のコーナーです。早速メールを読んで行きますね。

 ラジオネーム、『デコやん』さんからいただきました。

『唯斗くん、おはようございます。この前のライブ楽しかったです。ありがとうございます。早速なんですが、唯斗さんが思う仲の良い声優って誰ですか?お願いします』

 はい。ということで、なんか、毎日言っているような気がしますが、ライブに来てくださった皆さん、ありがとうございます。

 さて、僕と仲の良い声優ですか。そうですね……」

 正直、仲が良いかどうかは個人の主観だから相手がどう思っているかにもよる。ていうか、どこからが『仲の良い』に入るのかがわからなかったりする。

 そんなことを一瞬のうちに考えて、またしゃべり始める。

「まあ、僕が仲良いなあって思っているだけかもしれませんが、やっぱり共演回数の多い神谷さんとか沢城さんとかは仲良いなって思ってます。あとは、事務所の同期の人たちとか、後輩が中心ですかね。

 はい。それじゃあ、次のお便りです。ラジオネーム『猫大好き』さんからいただきました。

『唯斗さん、おはようございます。毎朝楽しくこの番組を聞かせてもらっています。最近、ふと他のラジオを聴いていて思ったのですが、ゲストで誰か呼んだりしないんですか?これからも楽しく聞かせてもらいます』

 ということでしたが。そうですね。あの、まあ、本当に、ゲストを呼べるかどうか、と言われたら、多分呼べるんですよ。でも、この番組、ご存知の通り朝早くからやっているので、ゲストを呼んで良いのかがわからないんですよね。

 まあ、他にも理由があります。真面目な話になっちゃうんですけど、ゲストさんの事務所が出演を許可してくださるかどうか。そして、何よりも、この時間からラジオに出てくださるゲストが見つかるかどうかにかかっているんですよね。っで、多分、この番組はギャラを出せるんですよ。大体の事務所が、ギャラさえちゃんと出すなら出演を許可してくださると思いますので、あとは出てくださる方がいるかどうかですね。

 まあ、スタッフの方ともお話ししたいと思います。

 はい。ということで、次のお便りに行く前に、一回CMを挟みたいと思います。それでは、またCMの後で」

 そこまで言い終わってから、カフレバーを下に下ろした。


 番組も無事に終わり、今は小春さんと一緒にスタバに並ぶ列の中にいた。

「それにしても、確かに、ゲストが来ない番組ですよね」

 それを聞いて、ラジオのことかと思い出した。

「まあ、仕方ないよね。ゲストの人が来るとなれば、朝早くから打ち合わせも行われるし、ゲストの人が遅れでもしたら番組を放送するかどうかって、問題になるからね」

「そうですよね。私たちや唯斗さんみたいに朝早くからの仕事に慣れている人なら良いんですけどね」

「うん。昔は録音したものを流しているだけだったから、ゲストは呼べたんだけどね。流石に生放送になっちゃうと、リスクが高すぎてね」

 僕の言葉が意外だったようで、小春さんは驚いていた。

「昔って、一年目とかですよね?」

「そうそう。あの頃は仲の良い先輩とか、同期の人たちを呼んでたんだよね。まあ、一ヶ月に一回あるかないかだったけど」

「へー……」

「まあ、ゲストの話はプロデューサーがなんとかすると思うよ」

「そうですね。ああ、私、先に頼んできますね」

 確かに、ゲストに来てもらった方が喋りやすい。もちろん、一人でそれでも話題が尽きないようにコーナーを作ったり、自分も話題がないかを常に探すようにはしている。

 でも、僕が五分でしゃべり終えてしまうことを、二人で喋れば十分に広げることもできる。

 ゲストか……。

 見つかるかなと、脳裏に不安がよぎる。

 そんなことは他所に、注文カウンターが空いたので手早く頼む。横を見ると、小春さんが美味しそうなキッシュを頼んでいた。自分もそれを頼もうか迷って、結局ホイップ増増ましましにしてもらったハニーキャラメルフラペチーノだけを受け取る。

 外で待っていた小春さんに声をかけて、GBプログラムの社屋に戻る。


 そのまま、いつぞやと同じように、屋上までの道を辿る。

 あれから、番組が終わった後にお互いの時間がある時は屋上のベンチで話すことにしている。

「それじゃあ、食べましょうか」

「そうだね」

 いつも通り、僕はカロリーメイトの袋を開けた。

「ちなみに、唯斗さんはゲストに来るならどんな人が良いっていうのはあるんですか?」

「まあ、ないけど、話しやすいのは同じ業界の人たちだから、やっぱり声優になるんじゃないかな? あとはアニソンをよく歌っている歌手の人たちとかかな」

「そうなんですね。あ……ラジオの生放送に早い時間から出演してくれる人がいるかが問題なんですよね」

 結局堂々巡りになってしまった。

 二人とも何か話したほうが良いよなと思いながらも、何を話せば良いかわからずに困っていた。

 結局、カロリーメイトを食べ終えた僕が明日流す曲を何にするかという話をして、その日は解散した。

 神田駅から事務所まで向かう道すがら、ずっと、『ゲストか……』と、考えていた。

 でも、考えたところで何かが起きるわけでもないなと思った。

「まあ、後で瑠美に連絡をとってみるか」

 なんとなく、というか、柄になく、今日はほろ酔いになりたい気分だった。

 いつもは、お酒をとことん飲まずにいるけど、ふとしたときに愚痴りたくなる。そんな時に、頼りになるのが瑠美だ。

 ーーでも、急に呑まないかと言って、来るかな?

 そんなことを思ったけど、どっちにしても午後は作り置きを量産したかったし、瑠美が来れない時はその時の話。ウジウジしていないでシュッポリとアニメでも見よう。

 そう思った。

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