幕間 唯斗の休日

 朝はいつも通り、午前四時半から午前五時までの間に目を覚ます。

 それは今日も例外じゃなかった。

 休日とは言っても、体内時計はきちんとさせたかったい。それに、朝早くに起きるのは気持ちが良い。

「ん、ん〜〜〜〜」

 伸びをする。ベッドから降りて、部屋の中を歩き回る。

 そうしているうちに、目は覚める。

 昨日は夜十時近くに家にたどりついた。そこから、衣服を脱いだり荷ほどきをしたり。それらを手早くやって、それから洗顔などをしたらすぐに寝た。

 面倒臭いことは先延ばしにするほど面倒臭くなる。だから、さっさとやってしまう。その方が楽だし早い。そう思いながら、台所にあるコーヒメーカーにコーヒー粉と水をセットして、スイッチを押す。昨日の脱力感から、あまり料する気にはなれない。でも、朝食は食べたい。

 だから、簡単に茹で卵とベーコンにする。どっちも、そのままの状態で放置しておけば良いだけだから、調理が楽で良い。

 ベーコンを真空パックから出して、油を引いたフライパンに入れる。卵も、少しだけ多めの水を張った鍋に入れて、火にかける。

 そこまでやり終えたら、洗濯カゴに入れた服を洗濯機の中に入れる。柔軟剤や洗剤を入れて、回し始める。それから、うがいをして台所に戻る。

 台所に戻れば、ベーコンがちょうど良い焼き色になっていたので、お皿に移す。鍋の水は沸騰しかけていたから、火を弱くする。ベーコンの乗ったお皿に八枚切りの食パンを一枚のせる。コーヒーが出来ていたので、カップに注いで、一口、口に含む。

 フォークでベーコンを突きながら、その合間合間にパンを食べながら、茹で卵ができるのを待っていた。

「今日は何しようかな」

 やることはある。掃除、洗濯。他にも、来週ある仕事の練習とか。

 東京都内とは言っても、少し郊外にある物件を買った。でも、都内なのは変わらないし、それなりに便利なところだから買うときにそれなりの値段はした。まあ、台所があって、独立した部屋が一つあって、トイレと洗面所とお風呂があって、洗濯機なんかを置けるぐらいのスペースあれば良い。その条件で探したのが今の物件。あるマンションの三階にある一部屋だった。

 鍋の中がグツグツと沸騰してきたので、お湯だけを流しに捨てて、水の中に卵を落として剥き始める。台所の平面に卵を打ち付けて、殻にヒビを入れる。まだまだ熱いそれは、しっかりと鐵で支えることができなくて、ハラハラする。

 それが終わると、水の中に戻して、ヒビのところから徐々に剥がしていく。水の中で剥がすと、殻と白身の間に水が入り込むらしく、きれいに剥くことができる。

 剥き終わることには、水の冷たさで、卵は手に持っても熱くなかった。

 席に戻って、塩を少しふりかけて食べる。口に入れた瞬間は、塩の味がする。下に伝わる白身のプニプニとした弾力のある感触を感じながら、歯で噛む。すると、塩の風味と白身の淡白な味わいが混ざって、ちょうど良い塩梅になった。それを飲みこんっで、もう一口かじると、白身の感触のすぐ後に、黄身の濃い味わいが口の中を占領し始めた。

 そして、また一口、口に含める。

 白身、黄身。白身、黄身。

 同じ食材の中に存在する二つの全く違う味わい。それは、手が止まらなくなるほどに美味しい組み合わせだった。

 シンプル・イズ・ザ・ベスト

 単純なものは最良である

 その言葉を裏付けるような味わいだ。

 茹で卵を食べ終わると、なんとなく口が乾いていたから、味覚のリセットも兼ねてコーヒーを飲む。それから、トーストとベーコンを味わう。


 朝食を食べ終わると、時間は六時近くになっていた。

 まだ隣の部屋の人は寝ているなと思いながら、大きな音を出さないような掃除をする。台所の流しを磨いたり、洗面台を拭いたり、トイレ掃除をしたり。そうしているうちに七時を過ぎ、気づいたら七時五十分になっていた。

 そろそろ掃除機をかけても良いだろうと思って、壁際に置いてあるコードレスの掃除機を手にとる。この一室程度の広さなら、コードがある方が邪魔になる。それに、どうせなら見栄え御意方が良いと思って、それなりにおしゃれなものを使っている。具体的に言うと、ダから始まる四文字の会社で、最後がンだ。

 それも、ものの二十分もあれば完全に終わる。洗濯機の乾燥もちょうど終わったらしく、電子音が聞こえてきた。

 それを合図に、今度は洗濯物を干す作業に移行する。朝食を食べ終わる頃には日が出ていた。その光はなかなかに明るくて、今日は絶好の洗濯物日和だなと感じたほどだった。スマホに入っている天気予報アプリでも、今日は快晴と出ていた。洗濯物を干し終わったら、そのまま本でも読みたい気分だったけど、来週の収録に備えて練習しておきたい。来週は三十分のアニメが四本。外画の吹き替えが一本入っていた。あとは土曜日と日曜日に朗読劇をやるぐらいだけど、そっちは随分前から稽古があったから、やらなくとも問題はない。そんなことを考えていた。


 アニメといい、外画といい、大体の作品で映像と台本を収録前にもらうことができる。その映像を見ながら台本に書かれているセリフをどう言うのか、どれぐらいの速さで言えば良いか。それらを考える。気づいたことなどを台本にメモする。もちろん、他のキャストとの兼ね合いもあるから、今やっていることを全て本番でも同じようにやるとは限らない。思ったよりももっと早く言ったり、むしろゆっくり言ったり、その部分に感情を足したり。それは現場で臨機応変に対応していくしかない。三十分のアニメはCMの時間も含んでいるので、実際に声を当てるのは二十分ほど。その映像を止めたりしながら、台本にメモを書いていく。最後に、一回止めずにやる。

 それを午前中に二本分やったあと、お昼にパスタを作って食べてから、午後に残りのアニメ二本と外画をやる。

 外画は二時間以上のことが平気であるので、できるだけスピーディーにやる。だらだらとやっていたら終わらない。

 ただ、アニメに比べて、外画は楽だと個人的に思っている。アニメの場合は自分で正解を模索しなきゃいけないけど、外画は実際に出演している俳優の声やしぐさを見ながらできる。だから、どれぐらい声の大きさに差をつけるか、この場面は泣きながらも悲しみを噛み殺すのかを判断できる。だから、一度見ながら台本に気づいたことを書きこんでいる。

 もちろん、時間のない時はこんなことやっていられないけど、時間のある時はできるだけこうしている。まあ、時間のない時でも、台本は一読するようにはしているけど。あとは、原作が小説の時は移動時間に読んで先に流れを把握しておくこともある。どうせ本を読むならそっちの方が効率良い。先に流れが掴めていれば映像を見ながら速さだけ調整すれば良い。

 ただ、今収録しているアニメは、大体が原作がマンガだった。マンガは早く読めると言う人が多いけど、いまだにどう読み進めれば良いかわからないことがある。えーっと、コマ運びっていうんだっけ。コマ運びが分かり易いのもあれば、分かりにくいのもある。それに比べたら、小説は一方通行で読めるから楽だ、と個人的に思っている。


 結局、外画の方も終わったのは午後六時前。洗濯物を取り込んで畳めば、午後六時半になっていた。結局、読書をするのは寝る前の時間帯だけだなと思いながら、夕食の準備に取り掛かる。今日みたいな練習をしている時は買い出しに行っている時間がないことも多いから、ネットスーパーとかを利用する。一本めのアニメの連取湯が終わったタイミングでネット注文をしておいてよかったなと思う。配達はちょうど外画に入る前に来たから、練習を中断することもなかった。

「さて、今日の夕食は、ちょっとおしゃれにブラウンシチューと洒落込みますか」

 自分に喝を入れて、ブラウンシチューを作り始める。

 できたブラウンシチューは美味しくできて、なんとなく、今日一日が充実していたなと感じた。多めに作ったから、瓶に保存する。それっで一週間程度なら持つらしい。

 食べ終わってお風呂に入れば、午後十時を過ぎていた。そこから本を読み始めて、十二時になる前に灯りを消してベッドに潜り込む。流石に疲れたのか、すぐにまぶたが重くなていった。

 ーー明日もがんばろう……、そういえば、外画やっている時に見えた夕焼けが綺麗だったな。

 そんなことを思いながら、眠りにつく。

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