第二話 春のライブ⑤
「と言うわけで、みなさん、今日のライブはもう間もなくで終了のお時間となります。みなさん、楽しかったですか?」
そう問いかけると、観客のみんなが「「「「イェー!!!」」」」と、大きな声で答えてくれた。
「はい。ありがとうございます。本当に、今日は熱く熱く燃え上がりましたね!ですが、僕は東京に帰らないといけないし、この日のために遠方から駆けつけてくれた皆さんも帰らないといけない時間なのではないでしょうか?と言うことで、終わりたいと思いますが、今一度harukaちゃんには出てきてもらって、それで終わりたいと思います。harukaちゃん、ステージに上がってきて?」
そう言うと、タオルを片手に、harukaが上がってきた。harukaはトークに入るたびにステージに上がってきたし、ソロで何曲か歌った。
「それじゃあ、ね、積もる話は後でライブ後記を書いて貰うので、今日は終わりましょう!」
そう言ってバンドメンバーにも出てきてもらって、全員で手を繋いだ。
「と言うわけで、ライブを終わりたいと思います。本当にありがとうございました」
そう言って、全員が繋いだ手を挙げて、お辞儀と一緒に下ろす。
観客席からは「フゥ〜〜〜」と言う声や拍手が聞こえてきた。
「はい。アンコールまで本当にありがとうございました。また会える日を楽しみにしています!!」
そう言ってから、ステージの出口から出て、舞台袖のところに戻る。僕の後ろに続いて、他のライブメンバーも降りてきた。
そして、全員が降りてきたのを確認して、もう一度集まる。
「えー、みなさん。本当に今日はありがとうございました。こうして、無事ライブを終えることができたのも、みなさんのおかげです。この後は後片付けだけして、みなさんホテルで休まれたりすると思います。今日は本当にお疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました」
そして、僕が八方に頭を下げる。
それを合図に、拍手がその空間を包む。ある人はお茶片手に、ある人は移動させていた荷物を持ちながら。それでも、そこにいる人たちの顔には『やり切った』と言う達成感が浮かんでいた。
「兄さん」
いつの間にか、自分の横には輝央が来ていた。
「どうした?」
「ライブお疲れ様」
「うん」
輝央の一言を聞いただけで、胸の中の『ちゃんとしなきゃ』という心が砕けた。そのせいか、急に疲れが出てきた。
少し輝央を抱きしめる。
最初はピクッと驚いた輝央も、察してくれたのか僕の好きなようにさせてくれていた。
もうちょっと。もうちょっとだけ。
そう思いながら、メイク落として、新幹線乗らないとなと、ほんの少しだけ思っていた。
「唯斗くん、仲睦まじくしている所悪いんだけど、新幹線に遅れられても困るから、早く身支度してほしいんだけど」
「あ、……はい」
欲求は、マネージャーの一言ですぐに
「それじゃあ輝央、バイト代とかは後日届くと思うし、そこらへんは慣れてるから、僕の方でやっておくね」
「うん。佐々木さんもさっき同じこと言ってた」
「そっか。じゃあ、また後でね」
「うん」
その後、僕は楽屋に入って、メイクをサッと落とした後、すぐに着替えた。鈴木さんはいたけど、ただ「ライブ、よかったわよ!」と言うだけで、特に何も言ってこなかった。
マネージャーに先に上がりますと伝えてから、母さんに連絡を取った。すると、「会場前で待機していた父さんと会ったから、少しだけデートしてくるね。どうせだし、兄弟仲良く時間を潰してて」と言われた。一瞬親としてそれはどうなのか問い詰めたくなったが、輝央が嬉しそうだったのと、harukaちゃんもホテルに戻ると言うことだったので、三人で帰ることにした。
帰ると言っても、ライブが終わってから一時間と経っていないこの時間。さすがにファンの人たちが近くにいることもあって、harukaちゃんのマネージャーが運転する車でホテルまで戻ることになった。そこからは実家まで歩いて帰れるし、実家から東京に持っていきたいものや、置いて欲しいものがあるので、その順路の方が楽だったりする。
車に乗り込んでから、ホテルまでは二十分程度で着く。その時間ならあっという間だろうと思っていた。それに、今は一種yのランナーズハイの状態だから、二十分の間に寝こけたりしないだろうと思っていた。
だけど、思ったより疲れていたみたいで、数分したらウトウトし始めていた。
その眠気をなんとかして抑えながら、目を開け続けていると、右腕に重さがかかった。見ると、横に座っていた輝央が僕の二の腕あたりを抱きながら寝ていた。どうにかしてもらおうとharukaちゃんの方を見ても、彼女も彼女で寝ていた。
仕方ないなと思いつつも、空いている左手で頭を撫でた。
「輝央くんでしたっけ?」
車を運転していたharukaのマネージャー、半田さんが声をかけてきた。
「はい……」
「彼、よく働いてくれました。スタッフの人たちに可愛がられていましたよ」
「そうなんですね。よかった」
「本当に。彼、マネージャーとかに向いていると思いますよ」
「そう、なんですね」
半田さんは寝ている二人を気遣ってか、低い声で喋っていた。
「本当に、うちに欲しいぐらいですよ」
「半田さん、どうせなら僕の所属している事務所に僕専属として雇うんで大丈夫です。そうでなくても、僕はこの子を養えるぐらいには稼いでいますので」
僕の返答を聞いて、半田さんは笑った。
「そうですね。あなたに言ったのが間違えだった。でも、輝央くんを欲しいなと思ったのは本当ですよ?」
半田さんの言葉に、思わず反応する。その誤解が何かわかって、半田さんは「いわゆる、ヘッドハンティングです」と、付け加えた。
「輝央くんは人のことを気にすることができる。それはマネージャーとして持っていた方が良い能力でもあるんです。私にはそれがなかった」
半田さんの物言いは、どこか懐かしんでいる雰囲気があった。
「マネージャー業務なんて、大体の人ができる。それこそ、自分のスケジュール管理ができるなら学生でもできる仕事なんです」
僕はマネージャーの仕事がどう言うものなのか、詳しく知らない。だから、半田さんの言うことが正しいのかなんて分からない。
「まあ、こんなのは、一介のマネージャーの言うことです。もしかしたら、ベテランの方からしたら、そうではないかもしれません」
僕はそれに対して、否定も肯定もしなかった。ただ、「そうなんですね」と言っただけだった。
「ささ、もうすぐホテルに着きます。二人を起こしてあげてください」
「わかりました」
二人の肩を揺らすと、すぐに起きた。
半田さんはさっきとは違う雰囲気を醸し出していた。
その違いがなんなのかがわからなかった。
ホテルの荷物を回収して半田さんに部屋の鍵を渡す。名古屋ドームに向かった時の服装でホテルに帰ってきたので、カジュアルな服に着替えてから実家に戻る。
当然、両親はまだ帰っていなかった。
高校生になったとは言っても、輝央に名古屋駅まで一緒に来てもらって、その後は一人で家まで帰ってもらうと言うのは、少し心配だった。
「兄さん?荷物の入れ替え終わった?」
「あ!あ、うん。ごめん。まだ」
「早くしないと、新幹線に乗り遅れるよ?心配だし、僕も一緒に行く」
心配はすぐに杞憂に変わった。なぜか、自分の良いように進んでいる気がした。まあ、そんなことは気にしていても仕方がない。そう思って、手早く準備を終わらせる。
「後、兄さん、帰りは母さんたちが迎えに来てくれるみたいだから、そのまま近くのファミレスででもご飯食べるね」
「あ、うん。わかった」
なぜか自分の心が見透かされているようで、少しだけ怖くなった。
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