第二話 春のライブ②
ホテルに戻って必要な荷物を持ったら、その足で名古屋ドームに向かう。
ナゴヤドームはドームの横に大きな駐車場があった。そっちにグッズ販売のために並ぶファンの人たちの姿がある。逆に、スタッフ専用入り口は閑散としていた。
そして、その入り口から入ってすぐのところが今日の集合場所であり、マネージャーと落ち合う場所でもあった。
まだ集合場所にいるスタッフは少ない。でも、会場のあちこちでスタッフの姿を見かける。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
若干、輝央が緊張しているのがわかる。
とそこに、マネージャーが来た。
「唯斗くん、おはよう」
「おはようございます、佐々木マネージャー」
名前を呼ばれたマネージャーこと佐々木は「うん」と言って、笑顔になった。
「さて、ゆいと君には早速控え室に行ってきてもらいたいんだけど、その、少し後ろにいるのがd電話で言っていた弟君?」
「あ、はい!」
「いい返事だ」
輝央が緊張しているのは分かっているのだろう。
だが、それは気にせずに、率直に輝央のことを褒めた。
大して、輝央はさっきから緊張しっぱなしで、無意識に僕の服の裾をつかもうとしていた。
「輝央。大丈夫、佐々木さんはああ見えても事務所のマネージャーの中でモテている方だから。主にあのお腹が気持ちよさそう的な意味で」
佐々木さんは頭髪もきちんとしていて、顔も優しい人だ。ただ、他の部位はそうでもないのに、お腹だけがぽこっと出ていた。
「唯斗くん、これは筋肉だって補足しないと、僕が太っているみたいに思われるじゃん」
そんなやりとりを聞きていて緊張がほぐれたのか、クスッと輝央が笑った。
そんな輝央を見て、佐々木さんも安心したみたいだ。
「さて、輝央君。今日は僕の仕事を手伝ってもらうんだけど、早速、このカードに名前を書いてぶら下げてもらえるかな?」
そう言って、佐々木さんはカードを取り出した。カードというか、縦長のネームホルダーに入れるやつだ。わかりやすく大きな字でスタッフと書かれている。どうやら、名前は裏に書くようだ。
「で、輝央君の荷物は唯斗くんの楽屋で良いよね?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃあ、そのネームカードを書いたら荷物を唯斗くんに預けて僕について来て」
読みやすい字で名前を書いて、ネームホルダーに入れて首から下げる。そして、荷物を僕に預けて佐々木さんについて行った。
「まあ、楽屋の場所はわかるから良いか」
そんんなことを思いながら、楽屋に入り、荷物をおく。楽屋内には、すでに衣装さんやメイクさんがいて、各々準備を進めていた。
十時集合の予定だったのは、ライブのリハーサルがあるから。
とは言っても、リハーサルは粗方機能のうちに終わらせているので、今日はマイクの音量調整と機材の確認だけだ。
ライブのグッズでもあるシャツとジーンズに手早く着替える。
そして、カバンのチャックを閉めて、スタッフの方がいるから大丈夫だとは思うけど、念のため、小さい南京錠のようなものをはめる。もちろん、輝央の荷物もだ。輝央には解除の番号を教えてあるから、大丈夫なはず。
それが終わると、あらかじめ出しておいたスマホだけ持って舞台袖に行く。
「さて、今日もお仕事頑張るぞー!」
小声で呟いた言葉は誰にも聞こえていなかった。
お昼になって、楽屋に輝央が入って来た。
「お疲れ?お昼食べな」
「うん」
そう言って、僕が渡した唐揚げ弁当を食べ始める。
舞台のところでマイクチェックと、ライブ中に使う機材や道具、それからトロッコなんかを実際に動かす。その中で、声を出して喉の調子を整えた。前日に一回通しているからか、スムーズに確認が終わり、十一時半には楽屋に戻っていた。そこから早めのお昼を食べて今に至る。
「そういえば、harukaさんに会ったよ」
「後で挨拶回り行っておかなきゃ」
harukaさんは僕の一個下の女の子で、よくアニメとかのオープニングやエンディングを歌っている。まあ、いわゆるアニソン界の有名女性ボーカルといったところかな?
今日のライブでは、シークレットゲストとして来てもらっていた。昨日は、彼女がレコーディングと重なって会えてなかった。だからというのもあるし、ゲストで来てもらっているから、挨拶はしておく必要がある。まあ、マネージャー同士の挨拶は済んでいるだろうから、かなりラフな感じにはなるけど。仲も良いし。
「うん。後、harukaさんと会ったときに、なんか、サインもらった」
「輝央、それは大事にしておけよ」
「うん」
どんな状況で会ったのかがすごく気なる。
多分、今頃はステージでリハしてるんだろうなと勝手に想像していた。
「そうそう。harukaさんが『ライブ前に楽屋行くから待ってて』だって」
「なんの雑用をしてたの?」
思わず、ツッコミというか、疑問を返してしまった。
輝央は少し考え込むようなそぶりを見せた。
「佐々木さんとharukaさんのマネージャーがやるはずだったことと、後は佐々木さんの持ってた荷物を持ったりしてた」
「流石、運動部」
「そんな、大したことない……」
分かっている。ちょっと、火曜日にやった収録を引きずっているのは分かってる。ていうか、あのBL作品、なんでこうも僕と輝央の関係に似てるの?
輝央の反応を見て、思わずドキッとした自分がいることに悶絶しそうになった。
「唯斗さーん!こんにちわ!って、……何しているんですか?」
「ごめん、ちょっとだけ待って」
悶絶した勢いで、机の下で頭を抱えて意識を切り替えようとしていたら、harukaが元気よく楽屋に入って来た。まあ、扉が空いていたから、いきなり入って来たのは別に構わない。
ちなみに、輝央は輝央で机に突っ伏している。下から輝央の方を見ると、向こうも僕の顔が見えたのか、唇の前で人差し指をピンと伸ばしていた。
あ、うん。分かってます。ていうか、こんなの、言えないよね?
ようやく落ち着きを取り戻した僕は、椅子に座り直した。ちなみに、僕よりも早く復帰した輝央は先にharukaさんを椅子に案内しました。
「それで、harukaさんはリハ終わってご飯も食べた?」
「はい。出番はそこまで多くないので、リハもすぐ終わりました」
ちなみに、輝央は弁当を食べ終えていて、今は食後のお茶……みたいな感じだ。
「そっか。僕はもうちょっとしたらメイクしないといけないんだよね」
メイクとは言っても、髪のセットとかがメイン。ファンデを塗ったりとかはあるけど、濃い化粧は嫌だから、時間はかからない。
「そう言えばさ、さっき、輝央くんとも会ったけど、礼儀正しい子だね」
「親に変わって、お礼を言っておきます。まあ、落ち着いた性格してるからな」
そう言って、朝と同じように輝央の髪の毛をワシャワシャとする。
輝央が気持ちよさそうに目を閉じて頭をすり寄せる。
「なんか、二人って、仲良いね」
「そうかな」
「そうだよ。だって、輝央くん高校生でしょ?なんか、その歳だとさ、少し反抗期混じるじゃん。でも、反抗期の影が全く見えないんだよね」
「え?」
「?」
harukaさんの言葉に、僕は驚いた。
確かに、高校生って、反抗期だよな?そんな時に、僕は輝央にベタベタと接触しすぎたか?嫌がってた?
そんな不安を抱いてしまった。
でも、その考えはすぐに打ち消された。
「兄さん、少なくとも僕は兄さんが頭撫でる分には嫌じゃないよ?」
「ホント?」
「ホント。だから、もっと撫でて。っていうか、兄さんは撫で方が上手だから!」
いや、まあ、嬉しいけど、いろんな意味で嬉しいけど、ちょっと反則じゃないかな?
そう思ってしまった。
ちなみに、完全に蚊帳の外のharukaは二人のことを微笑ましく見ながら、「唯斗さんは無自覚として、輝央くんは確実にブラコンだな。しかも、結構重度の」と思っていた。
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