第一話 ラジオ④

「声優として活動し始めて最初の頃って、自分で言うのも何だけど、いろんな作品に出させてもらったんだよね。それこそ、いろんなアニメのメインキャラクターをやらせてもらったんだ。でもね、声優って活動してからの年数とかでもらえるお金が変わってくるんだよね」

 声優は決まった額を毎月もらうわけではなく、あくまで仕事をした分、それだけの報酬をもらう歩合制になっている。

 これは日本俳優連合によって定められている。三十分アニメ一本の場合を示すと、預かり時や新人は一万五千円。年数を重ねて行くごとに、三万円から四万五千円程度まで上がって行く。その他にも、大ベテランの誰もが知っているような声優の場合は、それ以上の額が出たりする。

「しかもね、報酬がもらえるのは早くても翌月。アニメの場合は放映されてからとか、発売されてからとかで」

 そこまで言って顔をあげる。

「だからさ、最初はすごい不安だったんだよね。ちゃんと報酬はもらえるのかとか。それに、全く実績なんてないから、使う側は僕を使い捨てのティッシュみたいに扱うんだ。人気声優ならそんなことはないんだろうけど」

 空の色は今の心とは全く似ていない。今の僕の心には夕暮れの空が似合ってる。

 学生時代に現国で習った心情描写なんて、全くの嘘だよな。周りの風景や風の強さ、空の色、太陽の明るさ、月の静けさ。そんなのは物語の主人公のことなんか置き去りで決まっちゃう。

 でも、もしかしたら。

 もしかしたら、僕の心は晴れているのかも。朝の少し寒い風が肌を撫でる。昔のことはもちろん懐かしんでいるけど、今の生活があるから良いやと思っているのかもしれない。この青空のように、爽快に。

「それに、生きることに必死だったんだよね。それこそ、さっき話したみたいにバイトを掛け持ちして、大学行って、現場に行ってって。もちろん、他の声優さんたちとの関係を築くためにも、飲み会とかには参加した」

 その後に、「まあ、最初は十八歳だったから、お酒は飲まなかったけどね」と付け足した。

「でも、そういう先輩たちの話を聞いたおかげで、報酬はいつ入るのかとか、先輩声優さんのライブでコーラスをさせてもらったりとか。そんな縁に恵まれたんだよね」

 声優として活動をしていても、根底は俳優と変わらない。だから、先輩声優の方が出られる舞台に誘われたり、ライブを手伝った時のコネでアーティストデビューできた。それに、その先輩のおかげで多くの人にCDを買ってもらえた。

「だからさ、別に先輩社員の方と飲みに行けとは言わないけど、それこそ僕たちの番組のディレクターとか、ミキサーさんとかを頼ったら良いんじゃないかな?」

「でも、あの人たち忙しそうじゃないですか」

「多分だけど、あの人たちは人柄が良いか、もしくはよっぽど腕が良いかでやっているはずだよ?」

 自分の唇に人差し指を当てて、反論しようとした小春さんを黙らせる。

「自分で言うのも何だけど、あの番組は生放送だよ?例えばミキサーさん。あの人は僕の声を聞きやすいように音量を調整したりBGMをかけたりしてくれてるよね?」

 その問いかけに小春さんはコクンとうなずいた。

「あれだって、録音なら何度も調整できるけど、生放送では一回できちんと決めなきゃいけない。それは腕が良くないとできないことのはずだよ。それにディレクターだって、生放送中に急に内容を変更しなくちゃいけなくなったり、それこそ、緊急ニュースを入れなくちゃいけなくなったら、何秒後にまたラジオの放送を再開するとか、そう言うのを瞬時に決めなきゃいけないよ?それに、あのディレクターは人望厚い人だよ。だから、僕が帯でラジオをさせてもらえるようになったんだし」

 そこまで言われて、小春さんは自分の周りにいるのはプロばかりなんだと、腕の良い人ばかりなんだと覚えた。

「それに、石崎さんとは直接会えなくても、メールとか、それこそ、メモを石崎さんの机の上に置けば、それで聞きたいことは聞けると思うよ?だから、自分でやらなくちゃ、って思い過ぎずないで?僕が知る限り、僕たちの番組は全員人当たりが良い人ばかりだよ?もちろん、石崎さんも含めて」

 だからさ、小春さんは不安にならなくて良いんだよ?

 自分が正しいのか、きちんと仕事ができているか。それが不安になるのはわかる。だからこそ、周りを頼ることをした方が良いんだよ。

 その気持ちが伝わったのか、彼女の目から涙がこぼれた。

 でも、その涙は悲しみに溢れていなかった。

「唯斗さん。私、もっと他の人を頼ってみようと思います」

 彼女の涙は笑顔と自信で溢れていた。

「うん。頑張って」

「はい!」

 彼女の不安がなくなってよかったと、僕は安心した。

 その後、小春さんは口に運ぶ手が止まっていたおにぎりをパクパクと食べて、急ぎ足でオフィスに戻っていった。

「さて、僕も次の現場に行きますか」


 それは、ある晴れた日の朝の出来事だった。

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