第一話 ラジオ②
少し外を見てから、スマホに連絡が来ていないかをチェックする。
急にオーディションの連絡が来たり、仕事の時間変更や場所の変更の連絡。そんなのが事務所からメールで知らせられる。CM終了まではまだ一分ほど時間が残っているので、連絡が来ていないかだけなら確かめられる。
幸いにも、連絡はまだ来ていなかった。
今日は、このラジオを収録した後に、アニメのイベントに使う写真撮影があって、その後に一つのアニメの現場で収録がある。
それが終われば、後は家に帰って身支度を済ませるだけだ。
「茜音さん、CM終了まで後三十秒です」
「分かりました。準備しますね」
そう言って、席に着く。ヘッドホンをする前に、そう言えばと思って、赤崎さんに声をかける。
「赤崎さん、慣れないのは分かるけど、僕とあまり歳も変わらないし、堅苦しいのはあまり好きじゃないから。だから、よかったら、僕のことは『唯斗さん』って呼んでね」
「あ、分かりました……。それじゃあ、頑張ってください」
そう言って、赤崎さんはブースの扉を開けて出ていった。
それを横目に見ながら、キューボックスを見つめる。
別に、赤崎さんの呼び方がダメだとは言わない。
でも、できたら、現場を手伝ってくれているスタッフさんとは仲良くしたいし、それに、いくら僕が年上とは言っても、記憶違いじゃなかったら二つ差。それだけなら、できれば友達感覚で呼んでほしい。
そう思っている。
「さて、みなさん、CMが終わりまして、現在の時刻、七時三十二分。
後二分前だったら、『時刻は七時三十分』って言えたんですけどね。まあ良いんですよ。
あのー、知っている方は知っていると思うのですが、ラジオって構成作家って言う、番組の進行を考えてくださる方がいらっしゃるんですが、この番組は僕が話したいように話す番組なので、だいたいこのところでCMに入
はい、つまり、ものの見事に数分ズレた訳ですけど、早速次のコーナーに行きたいと思いますよ。
お次のコーナーは、『唯斗が聴きます!』。このコーナーは僕、茜音唯斗が視聴者からのお悩み相談を真摯に答えていこうと言うコーナーです。
はい。まあ、この番組自体、冒頭の『フツオタ』コーナーと僕の雑談コーナーがあって、その上でのこのコーナーなのでね。はい。と言うことで、早速一つ目のお悩みから行って見ましょう。
広島県にお住まいの、ラジオネーム『ユイくん大好き!』さんからいただきました。ありがとうございます。
『ユイくん、おはようございます。確認ですけど、このラジオって生放送なんですよね?もし、録音を流しているようなら、このメッセージは速攻に打ち切ってください』
ちょっと、コメント挟みますね。
『ユイくん大好き!』さん、大丈夫ですよ。この放送はですね、生放送です。僕が噛んだり、読み間違えたりしたものが日本全国にリアルタイムで流れると言う、そんなラジオです。
それじゃあ、続きを読みますね。
『僕はユイくんと同じ二十四歳です。僕は朝早くからの仕事です。その分、夜は早く帰れるので良いのですが、いつも間に合うギリギリの時間まで寝てしまって、朝食を食べる暇を逃しています。ユイくんは毎朝ラジオを放送するために朝早くから起きていると思いますが、朝食はいつ食べていますか?また、早く起きるためのコツとかがあれば教えて欲しいです』と言うことでした。
はい。そうですね。番組前半でも話しましたが、僕は朝の五時とかには家を出ていないといけないのでね、四時半に起きてますね。朝食は最悪このラジオが終わってからでも良いので全然大丈夫なのですが……。そうですね。どれぐらい早い時間なのかにもよると思うし、出勤するための移動手段にもよっちゃうからさ、なんとも言えないんだけど、朝食が遅くなっても良いなら前の日のうちに買っておいて、それを持っていくとかかな。
僕も、こういう活動をし始めた頃ってバイトをとにかく詰め込んでたの。しかも、バイトって言っても、これは結構特殊だと思うんだけど、移動先でもやれたりするものとか、在宅系のものばっかやってました。
一応、事務所に所属し始めた頃、それこそ僕の場合は高校三年生の三月とかには何処の事務所に所属するかっていうのが決まってたの。で、僕の場合は最初は預かりとしての所属だったの。しかも、同じ頃に僕は短期大学に通ってたの。高卒だけだと、もしこの活動をやめるってなった時に困るんじゃないかって思ってたから。そして、バイトもしないと生活費を稼げないと思っていたので、できるバイトは片っ端からやろうと思っていたの。
でもね、駆け出しのひよっこが考えるのも恥ずかしい話ですけど、もしこの活動のお仕事が入った時にバイト先にも迷惑をかけるようなことはしたくないって思ってたの。今でこそバイトはあまりしてないけど、当時はまだ売れていなかったのでね。だから、ギリギリまで家で作業して、オーディションに呼ばれたら、移動中にできる作業をしてってやってたの。
で、話戻すと、基本はずっと作業してるから、買い出しの時間とかをあまり作りたくなかったの。ていうか、作らないようにしないと終わらなかったの。で、僕は安売りのお買い得な日の早い時間帯に買い出しに行って、買いだめしてました。
それで、現場に行ったりするときは日持ちがするカロリーメイトとか、なんか、袋にゼリーみたいなものが入っててストローみたいなやつで数やつあるじゃん。あのー、スポーツ選手が栄養補給をするために使うみたいな。ああいうのを出先で食べてました。
で、早く起きるコツなんだけど、僕の場合は、寝る前にスマホとかを見なくなったら早く起きられるようになった。寝る前はそれこそ次の日の準備とか、後は本を読む時間にしてます。そう。寝る前は趣味の時間です。ただし、スマホとかテレビを見ないやつね。そうすると、遅くまで起きてるみたいなことはないし、あとね、目が疲れにくくなったかな。
はい。ということで、こんな感じで『ユイくん大好き!』さんのお悩みは解決したでしょうか?
今日はこれだけなんですけどね、視聴者の皆さんの中で、僕に来て欲しいお悩みがあれば、番組ホームページからご応募ください。
それでは、以上、『唯斗が聞きます!』のコーナーでした。
時刻は七時四十三分。少しだけCMを挟ませていただきます」
そう言って、レバーを下ろした。
時間通りではないが、予定通り、コーナーの間にCMを挟んだ。
「ふ〜……。疲れた……」
「唯斗くん、お疲れ。次のコーナーも頑張ってね」
ブース内に聞こえて来たのはディレクターの声だった。僕よりも年が上の筈なのに、なぜかやんちゃな感じの声だといつも思う。
CMの最中だからといって、気が抜けない。次のコーナーに使うものの用意と、やはり、メールの確認をしなきゃいけない。
通知を確認すると、LINEが数件とメールが二件入っていた。
LINEは最悪遅れても問題ない。でも、事務所との連絡がメールなので、先にメールを見る。
一件は趣味関連のメールだったからスルー。そして、もう一件はオーディションへのお誘いだった。
中には個人を指名される場合もある。
でも、ほとんどがオーディションを通過しないといけない。
『学生作家は忙しい』の時もそうだった。自分もプロの声優として日々活動しているつもりだけど、自分よりも芸歴が長い人はたくさんいるし、それこそ、メインキャラは僕以外はほんとに有名な人たちばかりだ。そんな人たちもオーディションを潜り抜けて来ている。
「あか……唯斗、さん」
「どうしました?赤崎さん?」
「あの、後二十秒でCMが終わります」
「分かった。ありがとう、赤崎さん」
「は、はい!」
そう言って、赤崎さんはまたすぐにブースを出た。見ていたメールを閉じて、準備をする。
そして、また合図と同時に話し始めた。
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