第一話 ラジオ
「みなさん、おはようございます。GBプログラムFM、朝の七時十分からは声優、歌手などのアーティストとして活動しています茜音唯斗がお送りします。番組名は『茜音唯斗のしたいこと』。ハッシュタグはカタカナで『アカシタ』です。メッセージは番組ホームページ、もしくはハッシュタグをつけてツイートしてくださいね!さて、トークに入る前に皆さんにお聞きしてもらいたいのは、今日みたいな晴れ晴れとした空にぴったりなこの曲。AAAで『Wake UP!』です。それではお聞きください。どうぞ」
そして、レバーを下げると、ちょうど良く曲が流れ始めた。曲は一番の終りまで流したら音量を下げてトークに入ることになっている。
ヘッドホンから聞こえて来る音を確かめながら、キューボックスの表示を目で追う。
と、そこにメッセージを印刷して持って来たスタッフさんが、ブースに入って僕の目の前に紙を三枚置いた。
そのスタッフさんは四月から番組スタッフの一員になった新人
赤崎さんは、三月までADとして番組を支えていた石黒さんのもとで研修をしていたらしく、ベテランスタッフの多いこの番組のAD後任を任されたそうだ。
任せた石黒さんーー石黒さんも女性の方だーーは別の時間帯の番組でADをやることになったらしく、この番組も担当すると、少ない日で一日に二時間しか寝られなくなるそうだ。
全てが番組卒業祝いで少し酔っている石黒さんから聞いた情報だから、「らしい」「そうだ」としか言いようもない。まあ、石黒さんに限って、嘘を言うはずもないんだけど。
そうこうしている内に、キューボックスは五秒前を示していた。
タイミングを合わせてレバーを気持ちゆっくり上げる。
「お聞きいただいているのはAAAで『Wake UP!』です。それではこの曲を聴きながらお便りを読んでいきたいと思います。ラジオネーム『赤犬』さんからいただきました。ありがとうございます。『唯斗さん、おはようございます。毎朝楽しくこの番組を聴きながら通学していました。実は私、今年からGBプログラムで働き始めました。私は放送業界に入りたいと言う夢はあったのですが、放送業界のなかでどういう方向で働きたいかをギリギリまで決めかねていました。そんな時に、昔から聞いていたこの番組を思い出して、私はラジオの業界で働きたいんだと思って、ラジオ局への就職活動を始めました。もちろん、第一志望はGBプログラムでした。そして、念願かなって、入社することができました。本当にありがとうございます。』ということですが、まずは入社おめでとうございます。そして、いつも放送を聞いてくださって本当にありがとうございます。この番組、生放送でお送りしているわけですが、こういうことを聞くと、僕は嬉しくなっちゃいますよ!ちょっとね、このお便りについてすごい話したくなって来たから、ちょっとこの後のトークコーナーで話すね。それでは、本日も元気に始めていきましょう!『茜音唯斗のしたいこと』。スタートです!」
そう言ってレバーを下ろすと、ちょうどラスサビが始まるところだった。
それを聴きながら、指示が出ていないかを見る。ディレクターからは何も指示が出ていないから、このまま続行して良いのだろう。
曲が終わったのを確認してから、レバーを上げる。
「改めまして、みなさん、おはようございます。今日は久しぶり快晴ですね。ほんとに気持ちがいいです。
このラジオは生放送でお送りさせてもらっている訳ですけれども、放送が始まる一時間ぐらい前には局のほうに来て、スタッフの方々と打ち合わせをしなきゃいけないんですね。なので、家を五時ぐらいに出ないといけないんですけど、朝から雲が一つもなくて、びっくりしました。暗くても、よく分かりました。
あの、下弦の月って言うんでしたっけ?まあ、その月が見えて、『月ってこんなに綺麗だっけ?』なんて思ったりしていました。
今みなさんは電車に乗っているのか家で聞いているのか分かりませんが、最後までお付き合いください。
はい。と言うことで、本当は最近見て面白いなって思ったアニメの話とか、アフレコ現場とかの話をする予定だったのですが、ちょっとね、それはいつでもネタとして使えるから今度のお楽しみにするとして、ちょっと、さっきのお便りを掘り下げて行こうかなと思っています。
まずね、本当に皆さんが聞いてくださっているおかげでこの番組を続けていられるので、視聴者の皆さん、本当にありがとうございます。そして、『赤犬』さんは今年の春からGBプログラムで働き始めたと言うことでしたが、僕のやっている自由奔放な番組が就職動機になるなんて思っていませんでした。本当にありがとうございます。
この番組って、本当に僕が自由に喋って、自由にやって行こうぜって言う軽い感じの番組なんですよね。
それこそ、今では週五で、しかも基本的には生放送でお送りしているわけですが、始めたばかりの頃は金曜日のこの時間帯に、事前に録音した物を流していたんですよ。それが、お便りをたくさん寄せていただいたり、いろいろなところでこの番組が取り上げられてよく認知されるようになって来て、こうして続けられるようになったんですよ。
皆さんのような視聴者がいなければ、僕はこの番組を続けられていませんでした。本当にありがとうございます。これからも末長く、この番組を聞いていてください。
もしね、『赤犬』さんがこのラジオを聴いていらっしゃるなら、僕がこの局にいる時間帯、それこそ、放送終了後にでもお会いしましょう。
はい。と言うことでね、もう四月ですよ。早いですね。あけましておめでとうございますって言って、番組からのお年玉ということでサイン色紙を贈らせていただいたのが十四週間前の今日ですよ。それが一月八日。
それから、僕はいろんな仕事とか、それこそ、このラジオをやっていたわけですけれども、あっという間に新年度になって。僕の所属している
まだね、新人のうちって慣れないこともたくさんあって、不安だらけになると思うんですけど、頑張ってください」
そこまで言って、もう何度も使っているあるサインをブースの外に送る。横に置いてあるペットボトルを手に持つ。ただそれだけ。
そのサインを見て適当に短いCMをミキサーさんが選んで流す準備を始める。
「それではね、僕が水を飲んでいる間にCMを挟みます」
ちょうど準備が整ったことを示すサインが出た。
「それではCMです。どうぞ」
喋り続けて口の中が乾き始めたのを感じて、ストローの挿してあるペットボトルの水を口に含む。
さっき出したサインは『水飲みます』というサインだ。生放送だからこそ使われるサインだ。番組を生放送で行うと決まった時に、最初に僕が確認したことだった。だから、多分この番組オリジナルのサインだと思う。
放送業界では、3秒も沈黙が続けば放送事故とみなされる。そして、民放ラジオゆえに、CMを流さないわけにはいかない。なので、この番組は僕が水を飲むタイミングでCMを流すことにしていた。
もちろん、これが二人で喋るラジオなら決められた時間にCMを流せばいい。
でも、この番組は基本、僕一人がパーソナリティー。ゲストが来ることもあると入っても、この時間帯なのでかなり厳しい。そういう事情があった。
CM終了五秒前の合図が出た。
「んっうん」
喉の調子を確かめて、合図とともにラジオを再開する。
「はい。皆さんお待たせしました。お水を美味しくいただかせていただきました。
さて、ほかにも届いているお便りを読んでいきましょう」
そう言って、一番上にあったお便りの紙をチラッと見る。
「あ!皆さん、ここからは当初の予定どおり、僕が声優のお仕事でアフレコ現場に行った時の話もできるので聞いて行ってくださいね。ラジオネーム『キミキミ』さんからいただきました。ありがとうございます。
『唯斗くん、おはようございます。私は唯斗くんの声が大好きで、唯斗くんが出るアニメは全部見ています。ところで、九月からの新アニメで唯斗くんが出演することが昨日発表されましたね。おめでとうございます。もし始まってなかったらごめんなさいって、言うしかないんですが、アフレコ現場での話を聞かせてください。これからも唯斗くんを応援しています』
ということでしたが、ほんとにありがとうございます。そうなんです。僕ね、九月からの新アニメ、『学生作家は忙しい』に出ることになりまして、まだどの役をやるかは言っちゃいけないんですけど、アフレコはもう始まっているので、少し話したいと思いますよ。
まずね、『学生作家は忙しい』なんですけど、『小説家になりたい』っていうウェブ小説投稿サイトで投稿されて、ちょうど二年前から
で、ちょうど半年くらい前にアニメ化企画進行中の宣伝がされて、とうとう、アニメ化が決定ということで昨日発表がありました。
そして、メインキャスト陣の名前が発表されて、もう少ししたら多分各声優の方々と担当キャラクターがわかるようになると思います。ので、それまでお楽しみにしていてくださいね。
でね、事務所の先輩である
で、現場に着いたら丁度
で、まだ集合時間までに時間があったので、まだいいかなって思いながら喋ってたんです。そしたら、音響監督がいらっしゃって、で、僕たち四人と神谷さんを見て『君たち仲が悪いの?』って聞いて来て、それで始めて僕たちの存在に神谷さんが気づくっていうことがありましたね。まあ、その後、神谷さんが『そんなことないです!』って言っていたのがすごく印象的でした。
まあ、『神谷さんって、真剣に仕事と向き合ってる』んだなって思った場面ですね。やっぱり、僕が声優になりたいと思って、声優としての活動を始めたのは先輩声優の姿を見て来たからです。まあ、そういう意味では、僕も『赤犬』さんと同じなんですよね」
話している途中で、ディレクターが『曲を挟む』という指示を出していることに気がついた。
それに対して、親指を立てて見せると、ADの赤崎さんが入って来た。
そのやりとりがなされている間も、僕は適当な相槌を交えて話す。これも、長くラジオを続けて来たから慣れているけれど、最初の頃は進行が止まったりして、あいつも反省していた。
「さて、僕も次のコーナーに入らないといけないみたいですね。
現在の時刻は七時二十七分。
ということで、曲とCMを挟んで次のコーナーに入っていきたいと思います」
赤崎さんから渡された紙には曲名が二つ書かれていた。
「なんと、今日は二曲続けてお送りしてからCMに入るそうです。一曲目は愛知県にお住まいの、ラジオネーム『くみちゃん』さんからのリクエスト、ポルノグラフィティで『THE DAY』。そして、二曲目は、なんと僕、茜音唯斗のカバー曲、『Hard to Say I’m Sorry』。こちらは東京都にお住まいの、ラジオネーム『セイルン』さんからいただきました。ありがとうございます。僕のカバー曲も嬉しいんですけど、僕の大好きなアーティストであるポルノグラフィティの曲を楽しんで聞いてくだしね。どちらもワンコーラスずつですが、二曲続けてお聞きください。どうぞ」
レバーを下まで下げて、曲が流れ始めていることを確認してからヘッドホンを外す。
「お疲れ様でした」
僕がヘッドホンを外すのを見て、赤崎さんが声をかけて来た。
「お疲れ様です。それじゃあ、次のコーナーの準備をお願いします」
「分かりました」
返事を聞いてから、僕は席を立ってブースを出る。
出てすぐのところにいるディレクターに、
「トイレ行ってきますね」
と、声をかけて急いで済ませてくる。急いでいても、手はきちんと洗う。
そして、丁度CMが始まってすぐにブースに入り直す。改めて眼下に広がる街並みを見る。そこには、通勤のために外を歩いているサラリーマンのおじさんや、学校へ行く途中の学生。道路には通勤ラッシュで少し動きが遅い自動車の列。それらが見えた。
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