第3話 映画館


 次の指定時間まで時間があったのでドンキの近くで晩飯を食べることにした。0時を越えようとするのにこの街は人が多くて賑やかで店を探すのはそう難しくなかった。高級クラブな軒並みを揃える通りを一本入ると赤提灯やスナックキャバクラからガールズバーまで色々あった。色々物色していると、錆びれた小さな個人営業の中華屋を見つけた。

 中に入ってみると「いらっしゃい」とおばさんの声がした、天井の壁紙は黒ずんでいて梁などもススや油で汚れていた。壁には手書のお品書きが貼ってあった。夫婦二人でやっているようで厨房の奥で鍋をカンカン振るおとがきこえカウンターの奥の見える所では膨よかなおばさんの後ろ姿がお皿を洗っていた。客は飲んだ後の締めに来てるのか、ネクタイを緩めたスーツ姿のおっさんが二人、瓶ビールを酌してあっていた。

安っぽいパイプのいすに座るとメニューを見渡した。

 「瓶ビールと餃子とチャーハンお願いします。」

 「あい、瓶ビールを餃子、チャーハンですね。少々お待ちください。」というとカウンターの壁際に置いてある冷蔵庫から瓶ビールと冷えたコップが運ばれてきた。

 やっと落ち着けると思いながらコップにビールを注いで一気に飲み干した。サウナで出した水分を一気に補うように体の隅々に吸収されて行く感じがした。

 「っぷはー、うめー。」

 ポケットからガラケーと封筒それにUSBメモリーを取り出し、机に並べた。よく見てみても、普通にありふれたメーカー製のUSBだった。頭の中を整理しようと胸ポケットから黒い手帳を取り出して起こっていることを無造作に書き出したが、意味がわからなかった。書き出した単語にクリスマスと誕生日が目についた。「祝ってくれてんのか。」ボソッと言うと。

 「はい、おまちどー。」と餃子とチャーハンが運ばれてきた。わからないのでひとまず飯を食べた。

  ロマンシネマ座は歓楽街の外れにある、ポルノ映画専門の映画館だ。ポスターには[極道の妻の危険な情事]書いてあった。この辺りでは唯一残っているので有名な映画館で外観は相当古かった。チケット売り場には80歳ぐらいのおばさんが居て、上の方に料金表が貼ってあり一般1200円、学生1000円、女性800円、老人700円、特別席プラス500円と書いてあった。老人も来るんだと思いながらおばさんに。「大人一枚。」というと。

 「ああ、一般ね、1200円だよ、後500円足せば二階の特別席にもできるけど。」

 「特別席って何が特別なの?」と聞くとおばさんは売り場のアクリル板に厚化粧の皺皺の顔を近付けこちらの顔を覗き込んだ。

 「あんた初めてかね。」

 「ああ。」

 「あんたノンケかい?」

 「おれがホモに見えるか。」

 「人は見かけによらんからね、じゃあ一階にしときな。」

 「ところで、二階って何があるの?」聞くと口をニヤリと開き、まばらに有る金歯をみせながら。

 「秘密だよ。」と呟いたその顔が余りにも不気味だったので、こちらも無理やりニタっと笑い返した。

 「ばかやってんじゃないよ。早く行きな、入れ替え制じゃないから、好きなだけシュポシュポしこって来な。」

 映画館の中に入ると、タバコの臭いが充満していてロビーのベンチの近くに灰皿があった。ロビーには10人ほどいて、うちの2人は女だった。一人はその後シアターに入っていって一人はベンチに足を組んで座っていた。俺は灰皿の近くでタバコを吸い始めると、残っていた女が声をかけて来た。

 「お兄さんノンケ?」

 「えっ、ああノンケノンケ。」時がないように答える。

 その女は赤い口紅に、赤いリボンで髪を束ねていた。年は俺より少し下っぽいが顔立ちでなんとなく幼くて、着てるワンピースも60年代アメカジ風の白いワンピースで可愛く見えた。

 「私どう、いつもはイチゴだけどお兄さんかっこいいからイチでいいよ。」と煙をこっちに吹きながらニコっと笑った。

 「今お仕事中だから今日は辞めとくわ。」

 「なにサツ。」少し訝しむ顔をした。

 「だったら、脅してタダでやってもらってるって。」とおどけると。

 「たしかに。」とプルっとした唇を開けてにこっと笑った。

 「知り合いに、頼まれごとだよ。」

 「ポルノ見てこいって。」

 「まあそんなとこ。」

 「変なの。」

 「そう言えばここの二階ってないが有るか知ってる。」

 「さあ知らない。だって二階は女は入れないんだもん。」

 「そうなの。」

 「うん、でも噂なら知ってるよ。」

 「え、どんなのどんなの。」

 「ヒミツ〜。」と唇の前に人差し指を持ってきた。

 「イチ〜。ちょっと高くない。」

 「商売だもん。」と可愛く言った。

 「商売だもんじゃないよ〜。」と言いながらポケットから10000円を渡した。

 「ありがと〜、じゃあ教えてあげるね。ここって実ははってん場なんだけど知ってる?」

 「そうなの。」

 「うん、で一階は女も入れて商売も出来たりして結構自由なんだけど。上はガチのHGがくんつほぐれつの凄いプレイをやってるんだって。」

 「すごい?なに、じゃあここでも軽いセックスやってるわけ?」

 「うん、トイレとかシアターの中とかいろんなところでいろんなペアがやってるよ。」

 「マジかよ、すごいな。」と少し想像した後。

 「ありがとな、勉強になった。そういえば名前なんて言うんだ?」と短くなったタバコを灰皿にポイっと投げ入れた。

 「マリーよ。」

 「ありがとよマリー。」

 「まいどあり〜」と手に持った万札を振って言った。

 ポップコーンとコーラを持ってシアターの中に入ると映画館特有のモワッととした空気が体を包み、かすかに甘い香水の匂いと人間の生臭い匂いがした。中には10人以上人が入っていて壁の周りを歩き回るおっさんや、何人かで座席でもぞもぞやっていたり、二人組で股間のあたりに頭を持っていってるやつなどがいて時々小さな喘ぎ声なんかもした。

 座席の真ん中あたりに座った。空いてる隣の席にポップコーンを置いてコーラを飲みながら、大画面に映し出される修正済みのアソコのドアップはなかなか見ごたえがあった。

 暫く見ていると疲れたのか急に眠たくなって来てウトウトしてるうちに。居眠ってしまい、次の瞬間フッと目が醒める。腕時計を見ると3時を回っていた。

 少し焦って周りを見ていると、横の席を一つ開けて次の席に杖を持った男の老人が座っていた。老人は口の周りには白い髭が蓄えられていて頭には小さいニット帽を被っていた。例えるならサザエさんに出てくる、裏のお爺さんだ

 「君は、よくここでそんな物が食えるな。」

 「爺さん、俺はノンケだから金出されても爺さんのは咥えねえよ。」

 「なにを言っておるんじゃ。わしには妻も娘も孫もおるわ。」と呆れたように言った。

 「ごなんだ、めんごめん、爺さん悪かったよ。ここがそういうところだって、さっき教えてもらったとこだったから。」

 「まあな、昔よりもそういう輩が多くなった。儂みたいに真面目に見にくるやつは少なくなった。」

ポルノって真面目に観るものなんだと心の中で思った。

 「お前が木本とかいうやつじゃろ。」

 「ああ、…じゃあ爺さんが。」

 「こういう場面に来る奴ってのは、お前みたいにぐっすり居眠りするもんなのか。」

 「ちょっと色々あってつかれたんだよ。」

 「じゃあホイっと」と言ってポケットからメモを渡した。

 「アンタが電話かけて来たって訳じゃないんだよな。」

 「儂は頼まれただけじゃ。なにも知らん。」

 「ふーん。」とメモを見てみると[95218192]だけ書いてあった。

 「これだけか?」

 「ああ、儂はその紙に何が書いてあるかも知らん。」

 後ろからコツコツと誰かが歩いてくる音がした。

 「おじいちゃん、もう帰ろ。」聞き覚えのある声だった。

 「ああ、真理子か。こっちもようが済んだから帰るか。」

振り向くとマリーが居た。

 「あれ、おじいちゃんが待ってた人ってこの人だったの。」

 「お前こんな爺さん相手に商売してんのかよ。」

 「バカ言わないでよ、爺さんじゃなくて私のお爺ちゃんよ。」

 「真理子お前、こんな男とやったのか。」

 「こんな男って何だよ。」

 「お爺ちゃん違うわ、初めてそうだから、色々教えてあげたの。」

 「お前もしかして童貞なのか?」

 「童貞じゃねえ。」

 「貴方童貞なの?」

 「だから童貞じゃねえって。もうさっさと帰れよ。」

 マリーは「じゃあね童貞さん。」と言って小さく手でバイバイした。

 「頑張れよ童貞。」

 「うるせえ。周りに迷惑だろ。」と怒鳴った後

 「やった事あるもん。」と小さく呟いた。

  ポップコーンを食べ終わってから外に出ると。5時を回っていた。ポップコーンを食べ終わるまで座っていると、近くの席に何人かの男たちが集まって来て、其奴らが席でうずくまりながら。シコシコやり始めたので帰る前に周りに。

 「俺は童貞じゃねえ。」と怒鳴って出て来た。

 ガラケーを見てみると、指令を伝える着信は何も無かった。ロマンシネマ座は事務所より家に近かったのでそのまま家に帰り、家にあるパソコンでUSBのデータに、紙に書いてあった番号を入力したが、ロックは解けなかった。ベッドに仰向けになりメモを見ているうちに、いつのまにか眠ってしまった。

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