第2話 露見

 一週間が過ぎた。


 徐々に翠の取り巻きの生徒たちが減ってきて。

 最後には郁斗しかいなくなっていた。


 現在、翠は学校中で嘲笑の対象とされている。

 郁斗と一緒に廊下を歩いているとき、すれ違った男子生徒たちに、


「お前、ウリやってるんだって?」


 いきなり話しかけられた。


「俺の相手もしてくれよ」

「ってゆーか、マジいくら? 俺本気で頼みたいんだけど」

「金なしでもOKってほんと?」


 けたけた笑って去ってゆく。

 郁斗は衝動的に殴りかかろうとしたが、なんとか堪える。

 翠の為にならない、そう思って歯を噛みしめる。

 俯く翠の肩を抱いて、廊下を再び歩き出す。





 ◇◇◇◇◇◇





 朝翠と一緒に教室にやってくると、翠の机と椅子に生ごみが散乱していた。

 悪臭を放っていて、誰も近寄ろうとはしない。

 翠は俯きながら、自分の机に散乱した生ごみを黙ってかたずけ始める。

 郁斗も手伝い始める。

 周囲の生徒たちがクスクスと笑っている。

 やり場のない怒りはどこにもぶつけることが出来ない。





 ◇◇◇◇◇◇





 昼休みは生徒会室に避難して購買のパンを食べるようになっていた。

 郁斗が紅茶を給仕して、デラックスチェアに小さく座っている翠の前にティーカップを置く。

 翠は口をつけない。

 ややあって、


「郁斗はもういいのよ……」


 翠が小さな声を出してきた。


「私に構わなくて。そうすれば郁斗だけは普通に学校生活が送れるわ」


 翠はじっと机を見つめている。


「そんなわけにいかないだろ。翠が悪いことなんて全然ない。盗みも盗撮もとっくにやめてる。少しばかり俺といちゃいちゃしただけだ」


 郁斗は励ますように言葉をかけた。


「いいのよ。私の事なんて捨ててくれて」


 翠がなげやりに続けてきた。


「郁斗もこんな女に引っかかって嫌な想い一杯しているだろうし」


「そんなことはない」


「うそ。郁斗前みたいに私に何も突っ込んでこないもの。郁斗私と一緒にいて楽しくないの、わかるもの」


「俺は今でも翠と一緒にいたいと思ってる」


「じゃあ、笑いなさいよ。私とエロい事していた時の様に楽しそうに悪口いってみてよ」


 翠の口調が徐々に熱を帯びてくる。

 翠が顔を上げた。


「素直に私が悪いっていいなさいよっ! 自業自得だってっ! 変質者が相応の対応をうけているだけだってっ!」


「そんなことは思ってないっ!」


 郁斗も声高に言い返していた。


「もっと自信を持って俺の事を頼ってくれっ! 俺の事だけ見て信じてくれっ! この状況は絶対になんとかするっ! 必ずだっ!」


「どうやってっ!」


 翠が叫び返す。


「嫌なのよっ! 郁斗が辛そうにしているのを見るの! 私一人なら我慢できるのにっ! 小学生の時だって今までだってそうしてきたっ! もういいからどっかに消えてよっ!」


 翠は言い放つと、力を失ったように机に突っ伏した。


「お願いだから……」


 翠が小さな震え声を出してくる。


「一人にして……」


 その誰にともなくつぶやいた翠に――


 郁斗は答えられなかった。

 郁斗がいることが翠の負担になっているのか。

 だが翠を一人で放っておくわけにもいかない。


 どうすればよいのか。

 答えが出ない。


 泣きそうになった。

 郁斗は震えながら、生徒会室で立ち尽くすばかりだった。





 それから。

 郁斗は翠と行動を共にしてはいたが、話す機会は徐々に減っていった。


 教室で笑われて。

 昼休みは生徒会室に逃げ込んで。

 また午後の授業で嘲笑を受けて。

 二人で逃れる様にして学校を後にする。


「さよなら」と短い言葉だけ交わして住宅地区で別れるのが毎日のルーチンになっていた。


 すれ違ったままの心を感じる。


 徐々に気持ちが離れてゆくのをどうしようもできない。


 気持ちがぐちゃぐちゃになる。

 苦しい。

 辛い。


 郁斗は離れてゆくその手を掴もうとして、翠に必死で腕を伸ばす。

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