第11話 USB
翌日。
下駄箱で翠と出会って、おはようと挨拶と笑みを交わした。
それ以上何も言葉を交わさなかったが、確かに分かり合えたという実感があった。
見つめ合って。
二人で並んで廊下を進む。
一時間目は休講で、翠と二人で生徒会室に出向いた。
普段は郁斗が給仕するのだが、翠が二人分の紅茶を用意してくれた。
翠はいつも通りの平常運転でそれをすすりながら、はいと何気ない仕草でUSBを手渡してきた。
「写真とか動画とか私の弱みが入っているわ」
軽い調子で口にしてきた。
「貴方に私の弱点をあげる。これは私と貴方の二人だけの秘密。私が貴方を裏切らない、貴方が私を裏切らない誓い」
翠がじっとしたまなこで見つめてくる。
「わかった」
郁斗はそう答えてUSBを受け取った。
大切に、胸ポケットにしまう。
翠は納得して安堵したようで、別の話題を振ってきた。
「来年度の生徒会長選挙の応援演説なんだけど」
「なんだけど?」
「郁斗にお願いしようと思って。っていうか、もう郁斗以外いないでしょ」
顔中に信頼しているという笑みを見せてきた。
その翠の微笑みが、無性に愛おしく感じる。
二人だけの生徒会室の五十分は、心満たされる時間だった。
◇◇◇◇◇◇
昼休み。
翠と机に並んでお弁当を食べている。
「はい。あーん」
翠がにっこりとミニハンバーグを差し出してきた。
学園公認の仲にはなっていたが、流石に公衆の面前で昼間からいちゃつくのは少々気が引ける。
「あーん」
翠の微笑みが眩しかった。
郁斗は、もぐっとその箸に口をつけた。
「美味しい?」
翠が聞いてくる。
「美味しい」
郁斗が素直に答える。
「よろしい。合格」
翠が頷く。
教室に残っている面々は、仲のおよろしいことで、という感じで達観してはいるようだ。
郁斗ももう遠慮することはないだろうと思って、あーんと翠にミニトマトを差し出した。
ぱくっと、翠が小さな口でそれを頬張る。
もぐもぐとして、それから。
「美味しい」
にこっと笑みを見せた。
「お前が作ってきた弁当だろう」
郁斗が言うと、
「そうよ。でも郁斗と一緒だからとても美味しいの」
悪びれる様子もなく答えてきて。
二人は仲の良い恋人同士の様に、楽しい時間を教室で過ごした。
「次、移動教室。化学の実験」
「そうか」
郁斗は立ち上がった。
ど、ぽろりと翠にもらったUSBが胸ポケットから床に落ちた。
郁斗はそれを拾って机横の鞄にしっかりとしまう。
翠と一緒に廊下に出て、やがて教室には誰もいなくなった。
吉野春香は、二年三組、翠と郁斗の教室を後方の扉から覗いていた。
翠と郁斗が仲良くお弁当を食べていた。
やがて予冷が鳴って、郁斗が小さなものを鞄に大切にしまってから翠と共に出て行った。
春香は郁斗を諦めていなかった。
何度かこうして、翠たちには見つからないように教室の様子を覗いたりしている。
春香は教室に誰もいなくなったことを確認して、中に入る。
郁斗の机横の鞄の中から、先ほど郁斗が大切そうにしまっていた物を取り出した。
「USB?」
春香は思惑するような顔でじっと見つめる。
中身はわからないが、取り合えずコピーして元に戻しておけばよい。
春香はそれをブレザーの内ポケットにしまって教室を後にした。
==========
第二章終了となります。
以下、第三章に続きます。
第三章は、少々ストレス展開となります。
お嫌いな方は読み流していただけると助かります。
よろしくお願いいたします。
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