第9話 ホテル
翌日の昼休み。
生徒会室に二人だけ。
一緒に会長机に隣り合って、翠のお弁当を食べている。
もぐもぐと、翠が作ってくれた洋風のおかずのお弁当を口に運んではいるが。
正直、味はあまりわからない。
とても美味しいはずなのだが、意識は隣の翠に行ってしまう。
昨日沙耶に翠の事を教えられて、翠に対する郁斗の距離感が変わったと自覚している。
「郁斗?」
翠が怪訝だという様子で聞いてきた。
「何かあったの?」
翠が探るような瞳で覗いてくる。
「いや……」
郁斗はつぶやいたが、隠しきれはしないだろうとも思っている。
翠は――
少し思惑する様子を見せてから、
「妹に……何か聞いた?」
そう口にしてきた。
「なんで沙耶ちゃんが出てくる」
「ほら。私の妹の事、知ってる」
「………………」
翠が少し目つきを険しくした。
隠してもいずれバレるだろうと思って郁斗は翠に告げる。
「沙耶ちゃんとは少し話をした」
「そう……」
翠が少し寂しそうな、わかったわという表情を見せた。後、
「今晩、付き合って」
唐突に言ってきた。
「今夜かよっ!」
「そう。夜十時に駅前改札口で待ち合わせ。いい?」
抵抗は認めないという顔をしている。
「別に構わないが……。変な事じゃないだろうな?」
「変な事よ。覚悟してきなさい。勝負パンツとか履いてきて。私も履いてくるから」
「まじ……かよ……」
言葉に詰まる。
翠とそういう関係になることを想像しなかったわけではない。
というか、それ以外に色々変な事をしてしまってはいるのだ。
最後の一線は超えていないというだけの事だ。
今晩、そういう事態になるのか。
郁斗は思うと、感慨深い気持ちが沸き起こってきた。
◇◇◇◇◇◇
午後の授業は上の空だった。
昼休み以降、翠は見知らぬ人の様に声を掛けてこない。
段々と夜が近づいてくるにしたがって、興奮が沸き起こってきた。
翠と色々変な事を経験している郁斗と言えど、健康な男子には違いない。
同じ年の女の子と、それも容姿端麗で魅力的な美少女と、身体を重ねるというのは正気でいられる事態ではない。
夕食もまともにとれずに。
お風呂に入って色々と綺麗にして。
勝負パンツとやらは持っていなかったので、新しいトランクスを卸して。
カジュアルでシックな秋物の茶色のセーターを纏って、待ち合わせの三十分前に駅前改札口に来てしまった。
◇◇◇◇◇◇
翠が立っていた。
ピンクのカーディガンに白いフレアスカート。
長く真っ直ぐな黒髪が女性らしくてとても映えている。
肩にはお洒落なポーチバック。
素直に魅力的だと思えるデート姿だった。
「わるい。遅れた」
郁斗は、それ程悪くはないと思っていたが、礼儀だと思って口にした。
翠がふふっと笑った。
「合格」
短く、嬉しそうに口にする。
「行くわよ」
翠は郁斗の手を取る。
商業地区の繁華街の方向へ歩き出した。
夜更けに差し掛かる時間帯。商業地区は、アミューズメントパークが音をまき散らしショーウィンドウから光が溢れている。
繁華街に入った。
仕事帰りのサラリーマンに呼び込みの女性店員が盛んに声を掛けている。
居酒屋や飲食店、昼にはシャッターが下りているナイトクラブの前を、翠と共に通り過ぎて……
紫色のネオンに彩られたホテルの前に来た。
「お、おいっ。いきなりかよっ!」
「いきなりよっ!」
翠が阿吽の呼吸で答えてきた。
郁斗は取り合えず声を掛けた訳だが、心臓が早鐘を打ち鳴らし始めてもはや治まらない。
ええいっ、どうにでもなれっ、とラブホテルに入る翠の後に続き。
翠が客室パネルで部屋を選んで宿泊ボタンを押し。
エレベータで上がって部屋に二人して入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます