第8話 沙耶



 それから。


 沙耶に一階のリビングに案内されてソファに座っていると、沙耶が紅茶を給仕してくれた。

 後、沙耶は郁斗の前に座る。


「お姉ちゃんが変態だって、わかってくれましたか」


「改めて認識した。ってゆーかわかってはいたが、これほどまでだとは……」


 むうと、郁斗は脳内の情報を整理する。

 目の前の沙耶が、真剣なものに表情を変える。


「で、お姉ちゃんの事、本気でお願いしたいんです」


 沙耶が語り出した。


「うちは両親が変態というか性に開放的な家庭で。小さい頃から大切で真面目でそれでいて気持ちいい健康的なことだからと性教育を受けてきたんです」


 沙耶が続けてくる。


「『翠、妹欲しいって言ってたよね。このはその為のとても大切で気持ちいいことなんだ』とか言って、お姉ちゃんが見守る前で男女の行為とかして。お姉ちゃんも目を輝かせて、『わたちも、おおきくなったら、おとこのこときもちいいことして、あかちゃんつくれるかな?』とか喜んで」


 沙耶の言葉に絶句する。

 確かに両親の言葉に間違いはないと思う。だが流石にそれはやりすぎで、常軌を逸しているとも思ってしまう。


「お姉ちゃん、小学生のころ、学校で変な事とか言って先生に叱られたりクラスで虐められたりして。中学校からは外面をすごく気にするようになって。でも内心の興味とか関心とか欲望は抑えられなくて。人目を忍んで変質者みたいになっちゃって」


 沙耶の言葉に納得した。

 確かにそういう育ちをすれば、ああなるとは理解できる。


「お姉ちゃんの変質者趣味は私はそれほど気にしていないんですけど、将来男に騙されたりして道を踏み外しては欲しくないんです。お姉ちゃんは性欲魔人だけど実際の男には慣れていないから、変な男に引っかかって欲しくないんです」


 沙耶が身を乗り出してきた。

 郁斗の手を取る。


「郁斗さんなら安心できます。郁斗さんならお姉ちゃんを幸せにしてくれると確信してます。郁斗さん。お姉ちゃんを救ってあげてください」


 沙耶が真剣な瞳でじっと凝視してくる。

 何と答えればいいのだろうと、思いが巡る。


 翠は正直変態だと思う。

 思春期の、年頃の少女にしても、男子に興味がありすぎる。

 でも沙耶に聞いてその理由もわかった気がする。

 何よりそんな翠を嫌ってはいない自分自身がいるのが事実で大切な事だった。


「わかったよ。努力してみる」


 郁斗は口にした。

 沙耶が破顔する。


「絶対ですよ。もう決まりです。今日からお姉ちゃんと郁斗さんは婚約者です。婚約者だから婚前交渉とかも全然オッケーです。なんでもしちゃってください」


 沙耶は興奮が収まらない。


「郁斗さんを信じて、ここまでやって良かったです。私、今日から郁斗さんの義妹です」


「努力するだけだ。これから翠とどうなるかは保証できない」


「郁斗さんならもう性交したも同然です。成功ですけど」


 沙耶が立ち上がって、キャっと飛び跳ねて喜んだ。

 それを見て。

 沙耶はずっと思い煩ってきたのかもしれない。郁斗は思っていた。

 あの性癖の姉を見ながら暮らすのはどういった気持ちなのだろうか、とも想像してしまう。


「あのな……」


「なんですか」


 沙耶が幸せの中から返してきた。


「翠はああなってしまったが、沙耶ちゃんはまともそうに見える。実際沙耶ちゃんも……その……変態なのか?」


 ふふっと沙耶が嬉しそうに笑った。


「私は同世代の女の子に比べて知識はあると思いますが、普通です。それほど男の人に興味はありません。あまり両親に構われなかったおかげで」


 にこりと沙耶が悪戯っぽく微笑む。


「ご希望に添えなくてごめんなさい。私が変態だったら姉妹丼、一緒に楽しめたかもしれませんね」


 そう言った沙耶に、やはり同じ両親に育てられた翠の妹だと思い直しているところだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る