第6話 沙耶
それから。
一週間は平穏な日々が続いた。
あれ程郁斗に執着していた吉野春香も姿を見せず、翠も郁斗と二人だけの時はいつも通りの素の表情だが、無理難題は言ってこない。
六時間目の授業が終わり、今日は部活のない郁斗は鞄を畳んで教室を出た。
翠は次期生徒会長選挙の説明会に顔を出している。遅くまでかかるから先に帰っていいと了承を得ていた。
下駄箱で下靴に履き替える。
――と、
「郁斗さん」
女の子らしい涼やかな声が響いた。
声の方を見る。
白いブラウスに紺のスカート。彩雲学園中等部のセーラー服を着た少女が、まっすぐ立って柔らかい笑みを浮かべていた。
セミロングの黒髪がよく似合った、整った目鼻立ちの清楚さを感じさせる美少女。鞄を両手で前に吊り下げている。
「ええと……。君、俺の名前呼んだ?」
少し戸惑いながら郁斗は聞いてみる。
「はい、呼びました。郁斗さん」
柔らかい音程。
「俺、君の事知らないんだけど……」
言いながら、郁斗はバツの悪さに落ち着かない。
中等部の生徒が高等部の学舎まで出向いてくるというのは珍しいことだ。
周囲の、下校時の生徒たちがじろじろと自分に目を向けているのが気になる。
いつも学校でべったりの郁斗と翠の噂話は、あることないこと広まっている。
吉野春香が近づいてきたときは、それに尾ひれ葉ひれが付け加わり。
また中等部の生徒に手を出したと陰口を叩かれると思うと、ちょっと気分は鬱になった。
が、やってきた少女を無視するわけにもいかない。
「なんの用?」
続けて聞いてみると、
「少し付き合ってください」
微塵の動揺も見せずに落ち着いた様子で言い放ってきた。
「えっ!」
郁斗が驚いて目を見開く。
少女がふふっと笑って、
「私です」
スマートフォンを取り出した。
「郁斗さんがお姉ちゃんの部屋で押し倒した写真、撮りました」
カシャ、カシャと、二枚この場で写真を撮って見せる。
「あっ! あーーーーーーーーっ!」
「思い出しましたか?」
少女が悪戯っぽく微笑む。
「高瀬翠の妹、高瀬沙耶(たかせさや)です。
その高瀬沙耶と名乗った少女には確かに覚えがあった。
翠の男子更衣室での行為を目撃してから翠の自宅まで連れていかれて、捏造写真を撮られた時のあの少女だ。
「何の用だよっ! また何か翠に頼まれたのかっ!」
郁斗が警戒を露にする。
「ちがいます。今回は私の独断、一存です」
と、その沙耶が近づいてきて、
「ちょっとだけ付き合ってください。断ると、ここで腕組んじゃいます」
「それはやめてくれ」
あらがいきれず……郁斗は沙耶に少々付き合うことになった。
沙耶と並んで、学園のある丘上から下るスロープを降りる。
中央公園の紅葉を眺めながら通過し。
住宅街に差し掛かった。
「この道は……」
少々苦くて、今となってはやけに思い出深い、翠の自室での事件を思い起こす。
「そうです。私の家への道です」
「そうか……」
郁斗はつぶやく。後、
「本当に君、変な事は企んでないんだろうな」
「沙耶……でいいです」
沙耶は落ち着いた様子で答えてきた。
「沙耶ちゃん?」
「それでもいいです」
沙耶は少女らしい落ち着いた足取りで前に進んでいる。
「沙耶ちゃんの両親、母親とか家にいるのか? 翠の両親には……なんというか、もはや顔向けできんのだが……」
「大丈夫です。私も両親も全部知ってますから」
「本当かよっ!」
「本当です」
沙耶がにこっと笑ってくる。
「というか、両親とも海外赴任で、家にはお姉ちゃんと私しかいません」
「そうか……」
取り合えず郁斗は安堵する。
「私、お姉ちゃんが随分世話になっていて、郁斗さんには感謝しているんです」
沙耶が言葉にしてきた。
「家ではお姉ちゃん、前は学校の話とか全然しかなったんですけど。今はそれはもう夢中で不機嫌そうに郁斗さんの話ばかりするんです。郁斗が怒った、郁斗が拗ねたって、そればっかり」
沙耶が目を細める。
そうこうしているうちに。
見覚えのある洋風の大きな一戸建てが見えてきた。
正面の門をくぐり、沙耶が玄関を開けて。
中に案内された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます