第2章 俺はこの〇〇少女の恋人でなくてはならないのか?
第1話 春香
郁斗と翠のドタバタは続いているが、二学期も九月を過ぎ秋に差し掛かる頃になった。
昼休み。
今日は翠は所用で留守にしていて、郁斗は翠お手製のお弁当を一人で食べていた。
――と、
「如月君」
朗らかな声が聞こえて顔を上げた。
女の子が二人。ショートカットのよく似合った笑顔の可愛い少女と、その後ろに隠れているおさげの少女。が郁斗の脇に立っていた。
郁斗はこの二人の少女の事を知っていた。
ショートの子は吉野春香(よしのはるか)。
隣の二年四組の女子生徒で、男子にも人気のある朗らかな面持ちの美少女だ。
翠程ではないがこの学園の有名人の一人で、去年の生徒会長選挙でも翠に次ぐ支持を集めている根強い支持のある女生徒だ。
後ろのおさげの女の子は、小早川しほり。
郁斗と同じ三組の生徒で、クラス内でもあまり目立たない。
「今日は高瀬さんといっしょじゃないの?」
春香がにこやかな調子で郁斗に聞いてきた。
郁斗は口の中の物を咀嚼して飲み込んでから答えた。
「いつも一緒ってわけでもないさ」
「そう? いつも一緒に見えるけど?」
春香は、郁斗の前の席の椅子に座った。
両腕を着いて手を組んでその上に顎を載せて見つめてくる。
郁斗はこの吉野春香が声を掛けてきた理由がわからなかった。
春香も、郁斗や翠と同様に有名人なのだが、今まで会話したことはないはずだ。
「で、何の用?」
ちょっとぶっきらぼうだったが、正直に聞いてみる。
「如月君、高瀬さんとうまくいってる?」
春香も直球で返してきた。
返答に困る。
少し考えてから、
「うまくいってないってことはない」
曖昧な答えを返す。
春香が突っ込んできた。
「私には高瀬さんの一方的な感じに見えたから、それなら……」
「それなら……?」
「私にもチャンスあるかなって思って」
言ってから春香がにっこりとした笑みを見せる。
「私一人だとちょっと言うの怖かったから、友達のしほりに一緒に着いてきてもらったの。ね、しほり」
「はい、春香ちゃん」
横に立っていたしほりが初めて応答した。
郁斗は思いを巡らす。
翠と恋人公認の自分に近づいてくるんだから、かなり勇気がいっただろう。
案の定、周囲の目がいつの間にか集まっている。
ある意味敬意に値する。
実際翠の威力にダメージを受けていて、春香の朗らかさに癒される感じがあった。
春香みたいな明るくてにこやかでそれでいて清純さも合わせ持っている娘に惹かれもするが、今となっては翠を裏切る気持ちにはなれない。
それだけ翠に近づいてしまったということだ。
翠という芽は確実に自分の中を侵食していると実感する。良しにつけ悪しきにつけ。
「どう、私は?」
春香が聞いてくるが、返答に困る。
「魅力的だとは思うが……」
「思うが……?」
「っていうか何で俺みたいなのに声かけてんだ、君みたいなのが? そっちの方が謎だわ」
ふふっと春香が笑った。
「前から、如月君いいなって思ってたの。一人で流されない所とか、クールだなって見てたの」
「ほんとかよっ!」
「ほんとよ。だからこの際立候補しようかなって思ったの。先こされちゃったけど」
春香が少し残念だという寂しそうな顔を見せる。
その表情がズキンと染みた。
もし翠と出会ってなかったら。
もし翠の男子更衣室の出来事に遭遇していなかったら。
この少女とそう成り得た未来もあったのかもしれない。考えると感慨深いものがあった。
五時間目就業前のチャイムが鳴る。
「残念。時間切れ」
春香が立ち上がった。
「私のこと考えておいてね。正式に如月君の恋人候補に立候補するから」
言い終わると、春香は手を振りながら教室を後にして去っていった。
翠のいない昼休みの出来事だった。
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