第3話 学園



 一週間が過ぎた。


 翠は朝礼での恋人宣言から格段の異常行動は見せなかったが、郁斗には付きまとってきて、昼休みには手作りのお弁当を恋人よろしく一緒に食べたりもしている。


 翠の料理はとても美味しく、猫を被っているときは愛想も対応も申し分ない。

 世話を焼かれているのは正直心地よく気分は悪くない。

 このまま騙されてしまいそうになって、自分の心に警鐘をならす。


 最初の恋人宣言は生徒たちを驚かせたが、翠の初心で甲斐甲斐しい態度に、周囲は二人の仲を公認しつつあった。

 万事翠のペースで進んでいるようで流されているという自覚はあったが、これという対抗策もない。

 今は昼休みで、郁斗は翠やそのファンの女生徒たちとお弁当を囲んでいた。


「でも高瀬さんのあの宣言、本当に驚きましたけど、高瀬さんが本気だってわかったんで納得です」

「高瀬さん、男女の付き合いでもトップクラスなんですね」

「憧れます」


「そう?」


 何食わぬ顔で返答した翠に女子生徒たちが口々に並べる。


「すてきです」

「憧れます」

「如月君がうらやましいです。嫉妬します」


 郁斗は女子生徒の言葉に閉口した。

 人間、こうもたやすく騙されてしまうのかと、暗澹たる思いになる。

 この女生徒たちは翠の外見しかみていない。

 まあ、自分もそうだったから文句も言えないのだが。


 と――


「あの……」


 女子が一人、顔を赤くしておずおずと尋ねてきた。


「高瀬さん。如月さんと……その……な事ってもうしましたか?」


 女子生徒たちが一斉に翠に注目した。

 食いつきがすごい。

 獲物を前にした肉食獣の様にギラギラしている。


「そういう大人のことって、私たちにはまだ早いと思うの」


 翠が優美な表情でやんわりといなした。

 女子生徒たちが、『ほぅ』と吐息する。


 郁斗は会話には加わらず、黙々と一人翠の作ってきたお弁当を食べていた。

 あることないことなにもかもぶちまけてスッキリ爽快な気分に浸りたいとも思ってしまうが、それをやったら身の破滅だ。

 この献身的な恋人を演じている外見だけの上品美少女の前では、郁斗が一方的な悪者にされるだけだ。

 気が狂ったとしか思われない。


 昼食を終える。


 翠が「じゃあ私と郁斗君は生徒会での仕事があるから」とにっこり微笑んで、二人して廊下に出る――生徒会長権限で郁斗は生徒会長補佐官という訳のわからない役職に一方的に任命されていた。


 二人だけになって、翠がにこやかな作り笑顔を面持ちから消す。


「郁斗、どこかで変な事しゃべってないでしょうね」


 容疑者を詰問するような声音で問いかけてきた。


「ねーよ。写真バラまかれるわけにはいかねーんだよ」


「それならいいけど……」


 翠の険しさが緩んだ。

 対面から男子生徒二人が歩いてきて、翠がにこやかに挨拶を交わしながらすれ違う。

 二人組は頬を緩めながら、「また男子のパンツが盗まれたってよ」とか会話しながら去ってゆく。

 郁斗は半眼で翠の顔をじっと凝視した。

 翠が何食わぬ顔をして明後日の方向を向く。

 そのまま二人は廊下を進んで生徒会室に入り――



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