17.Editorsと拙作「寂しさしのぎの退屈に」

 実は、拙作「寂しさしのぎの退屈に」で歌われる曲には、モデルがありました。

 そのお話をする前に、まずは簡単に拙作のご紹介だけ済ませてしまいましょう。


「寂しさしのぎの退屈に」(SF/短編)

これでもう、退屈はしないはず。だけど──

夜の裏路地で、機械の頭を拾った“私”。それを持ち帰った“私”は、やがて気付いてしまう。

(※追記:現在は非公開)


 なんでまた、このあらすじの作品に歌が出てくるのか…というのは読んで頂いてからのお楽しみ。2ページだけなのでお気軽にどうぞ。



 さて、拙作のことはいいんだ。音楽の話をしましょう。

 なんやかんやでこのお話には歌が出てきます。歌詞も含め作中に登場するのですが、これは当然架空のもの。しかし、作中の主人公がいる世界に元々あった曲ということで、書き手の私は、自分がいる世界に実在する曲をモデルに歌詞を考えました。(モデルにしたのは英詞ですが、作中の歌詞は完全な和訳ではありません&モデルにした曲にはない歌詞も作中では描写されています)


 その曲は、Editors “Blood”。2005年リリースのデビュースタジオアルバムにしてド名盤、“The Back Room”の収録曲です。

 Editorsは2003年結成のイギリスのバンドで、ギターボーカルのTom Smithを中心とした5人組。ボーカルのこもり気味な声質やどちらかと言えばシリアスな曲調、その中で際立つギターを中心とした構成が印象的です。また、2013年に英XFMラジオが行った、リスナー投票で選ぶ「史上最高のロック・ドラマー」の中にEditorsのEd Layが入っていたりと、演奏技術にも定評があるようです。



 私がEditorsを知ったのは、2006年のサマーソニックMOUNTAIN STAGE。今の彼らでは想像もつかないくらい閑散とした客席、私も事前に知っていて聞きに行ったわけではなく、時間の隙間があったので偶然立ち寄ったと記憶しています。でも、そういう時が一番危ないんだ。私は知っています。

 そして何の前知識もなく聴いた一曲目の“Someone Says”のイントロに、打ちのめされてしまったのです。あのポストパンク風な耳をつんざくギターの音、細かく刻まれるドラムのリズム。そこへ、ジョイ・ディヴィジョンを思わせるこもった声のボーカルが重なり、Tomは高いところにぶら下げたギターをかき鳴らす…。ベースの音は重たく響く。Editorsが作る音に、心を奪われてしまいました。


 この時、くだんの“ Blood”や代表曲“ Munich”も聴きました。捨て曲無しのアルバム“The Back Room”で構成されたライブだったので、耳に入って来る音色全てがかっこよくて美しかったです。

 “The Back Room”の曲は全体的にダークな曲調で、だけど希望の光も見えるような絶妙なバランスを保っています。それを表現するかのように、ステージも華美でなく照明を軸にしたシンプルな演出。それでいて本人たちの様子はごく普通のお兄さん(それゆえ当時は“カリスマ性に欠ける”という評価もされていたとか)。なんだか、目の前にいたのに現実味がありませんでした。


 2006年にそんな出会いをしてしまい、あの時の音楽が好きで仕方がなく、“The Back Room”をバージョン違いを含め2枚持っているほど音楽に惚れ込んだのですが。その反動かなんなのか、それ以降のアルバムはあまり好きになれませんでした。(あるあるですね。)特に3枚目辺りはダークさが凄くて…。

 だけど、最近聴いたら意外といいなと思ったので、もしかしたらまた好きになるかもしれません。人生は伏線回収の連続ですから。



 では、そんなとにかく大好きで仕方がないアルバムの中で、なぜ“Blood”が好きなのか。理由はいくつかありますが、今回は“歌詞のいいところ”を3つに絞って書き残しておきます。


1.抽象的でなんのことかよくわからない

 愛してるとか恋に落ちたとか、仲間最高とか夢を追いかけるぜとか、そういう話を言っているわけでは無い。考察しようと思えばいくらでも出来るけど、しなくてもいい。そんな曖昧さがとてもいいです。私の解釈と、CDについていた和訳も今では少し違いがありますが、それもまた楽しみ方のひとつ。


2.「僕らの共通点は血管に血が通っていることだけ」なんだけど……

 この曲のほとんどは、サビで繰り返される2つの主張に充てられています。

「僕らの共通点は血管に血が通っていることだけ」

「血が僕らの血管を流れている」

※いずれも直訳。2つ目には、「血は争えない」みたいなニュアンスがある…?

 この2点をずっと言い続けているのが、とても示唆的というか意味深で好きです。「僕らの共通点は血管に血が通っていることだけ」と、最低限のことしか共通点がないと突き放すくせに、その最低限の共通点をすぐ後に強調する。どういう心境だ…。


3.結局、暗いのか明るいのかわからない

 端的に言うと、“Blood”が暗い歌なのか明るい歌なのか、よくわからないのです。冒頭にある「邪悪な街があなたを引き摺り下ろす」とか「約束を守るのは何より難しい」とかいう言葉は、とても不穏です。おや?と思う単語も使われていますし。そこからのやれ血管だなんだ…ですから。決してこの曲は明るい曲ではないでしょう。歌詞はもちろん、サビのボーカルの後ろで聞こえるギターのメロディーも、泣くような音色ですし。

 だけど、最後の最後に歌うのです。

「もしあなたが希望を持っていたなら。僕は最初から知っていたのかな」

 なに?

 一体何があったのか。

 わからない。想像ばかりが膨らんで。

 そこがいい。




 さて。そんな“Blood”を踏まえて、私は拙作「寂しさしのぎの退屈に」を書きました。作中の主人公が聴いた音楽が、“Blood”だったのかは知りません。多分違うでしょう。でも、もしあの状況下で歌が流れてくるんだとしたら。私は、“Blood”がいいなと思いました。


 「寂しさしのぎの退屈に」は、当時感じていたなんとなくの感覚を暗喩したり形を変えたりして作ったお話です。

 もしあなたがこのエッセイを経由して「寂しさしのぎの退屈に」を読んでくださったら。その時、どんな音楽が聞こえて来るのでしょうね。よくよく耳を澄ませて読んで、聞こえてきた音楽を楽しんだいただけたら、私はとても嬉しいです。



───



 また、この記事に記載した和訳は矢向独自で訳した内容です。完璧なものではないことをご了承いただき、ぜひご自身の目で歌詞をご覧になってみてくださいね。

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